第46話 思わぬ収穫

 エレの町に入った。


 上空から見ていた通り、王都より規模は小さい。

 人口も少ないと思うが、それなりに活気はあるようだ。

 都会過ぎることも無く、田舎過ぎること無くといった感じだ。


 初めて訪れた町であれば、武器や防具などの品ぞろえを調べておくのが基本なんだろう。

 しかし、今日はこの後に用も控えているので、寄り道はできないな。

 俺にとって道具は、それほど重要な意味を持たないので問題ではない。




 レインに連れられて、立派な屋敷の前に着いた。


「先方の機嫌を損ねるようなことはするなよ」

「報酬にひびくか?」


「ま、それもあるが。金持ちと仲良くなって置いて損は無いぞ」

「レインはどうなんだ?」


「言っておいてなんだが、こことは今回初めて関わる程度だ」

「参考にならないな」


 レインが呼び鈴を鳴らした。

 鍵が開けられ、中に通された。


 数人のメイドと執事らしき人達に迎えられた。


「レイン様、お待ちしておりました。そちらの方がリュウ様ですね?」

「そうだ。今回は全てこいつの手柄だ」


「ここの執事をしております、コムスと申します。リュウ様にお目にかかれて光栄です」


 コムスと握手を交わした。

 渋い初老の男である。

 昔はモテただろうな。


「よろしく。そんなに敬われれるような身分ではない」


「ご謙遜を。いずれこの国に多大な影響を与える最強の男になる、そうレイン様から聞いております」

「まぁ、間違いではいないかな」


 依頼を引き受けるために、適当に俺のことを説明したんだろう。


「否定しないのですね。それも納得です。リュウ様は明鏡止水のごとく、一片の気の乱れも感じられません」


 残念ながら感じ取れないだけだな。


「へぇ、コムスにも武術の心得みたいなのがあるんだな」

「いえいえ、お二方を前にして、そのようなことは言えません。余談が過ぎました、では、こちらへどうぞ」


 コムスに連れられて、一室に案内された。


「ガティお嬢様、レイン様とリュウ様がお見えになりました」


「待ってたわ。レイン、それから初めまして、リュウ」


 ガティはこちらに近寄り、スカートを少しつまんで少し膝を曲げた。

 冒険者と聞いていたが、おしとやかなお嬢さんだ。


 部屋の雰囲気も冒険者という感じではない。

 休業中かな。


「よろしく」


 このタイプの挨拶あいさつに男はどのように返すのかわからなかったので、軽くうなずいておいた。


「イフニスはどこにいるのかしら? 完全に状況が飲み込めていないのだけど、生き返ったとか……」


 レインを見ると、うなずいて返事があったので、俺はその場にイフニスを呼び戻した。


 神々しい光が部屋を包む。


「こ、これは!?」


 コムスが素早く反応した。


「ん?」


 レインは慎重に様子を見ている。


「な、なに!?」


 ガティは単純に驚いている。


 まばゆい光は徐々に収束していった。


「イフニス!」


 ガティに呼びかけられたおかげか、イフニスの目は開かれた。


「ここは!?」

「おかえり」

「心配しましたよ」


 ガティとコムスの涙ぐむ二人ふたりに囲まれて、イフニスは徐々に正気を取り戻しているようだった。

 ガティとイフニスはすぐに抱きしめ合うのかと思ったが、そういう雰囲気は無い。


「僕はあの時……たしか……」

「あなたは一度命を落とした。でもこうして生き返った。それでいいじゃない」


「よかった。お嬢様がご無事で」

「ごめんなさい、あなたのおかげで私は逃げることができた。あの時もっと早く応援を向かわすことができていれば……」


「謝らないで下さい。僕のせいでお嬢様を危険な道に進ませてしまったのです」

「いや、いいの。あなたの話を聞いて、反対を押し切ってまで冒険者になったのは私だから。楽しかったわ。でも私の冒険はもう終わりにしたの」


「はい、それがお嬢様にとって一番です」

「あなたは私の従者ではなくなった。また昔のようにガティって呼んでくれればいいわ」

「急には難しいですね」


「あ、報酬でしたね。コムス、リュウに渡してあげて」

「はい、もちろんですとも。リュウ様、遅くなりましたが今回の謝礼です」

「ありがとう」


 カードのようなものを手渡された。

 小切手みたいなやつか。

 五万ドルとなっていた。

 人が生き返った奇跡を目の当たりにさせてみたわけだが、高いのか安いのかわからないな。


「じゃあ、二人ふたりの再会に立ち入るのもなんだし、俺達はこれで……」

「リュウ様!」


 コムスが立ち去ろうとする俺を呼び止めた。


「ん?」

「ご無礼を承知でお聞きします。先ほどの魔法、あの輝きは一体?」


「聖魔法のこと?」

「やはり……。どこでそれを?」


「トップシークレットだ」

「私の有り金全て譲ると言えばどうですか? 三十万ドル程度でしょうかね」


「こればかりは金で解決できない。わるいね」

「そうですか。では力づくということになりますが、よろしいでしょうか」


「コムス? さっきからなにを言っているの? ふざけないで」

「コムスさん? 悪い冗談ですよね?」


 ガティとイフニスが不安そうにコムスの動向を見守る。


「狂ったか、このおっさん」


 レインは笑っている。

 なにか起きるんじゃないかと期待しているようだ。


「光が闇を滅ぼそうとしているように、その逆もまた然りというわけです」

「話が見えてこないな」


 若干見えた気もしたが、情報を引き出してみよう。


「あなたのような一介の冒険者に使えるような代物ではないのですよ」


「評価が急落したな」


 レインがやじる。


「魔法に詳しいんだな」

「【ダーク・ニードル】」


 数本の黒い針状のものが俺の影に刺さった。


「どこを狙っている?」

「たわいもない」


 コムスが俺に一歩近づいたときだった。


「やめてぇ!」


 ガティが叫んだ。


「お嬢様。伝えるのが遅れましたが、コムスはただ今を持って、辞職いたします。ですので、ご命令には従えません」


「とにかく、私の部屋を壊さないで! 外の庭でやって! リュウ、あなた強いんでしょ? 半殺しでかまわないからそいつを正気に戻して!」


 無理難題な注文だな。

 半殺しというのも難しいし、正気に戻るかどうかは彼次第なのだ。

 部屋を壊すなとか、この状況でさすがはお嬢さんと言ったところか。


「コムス、とりあえず出ようか」


 部屋の出口へ向かった。


「な? ど、どうして動ける!?」


 コムスを無視して外の庭へ向かった。


「外に出たらいけません!」


 イフニスが異常な事態を察知したメイド達に説明をして止めていた。




「さて、来るなら来いよ」


 庭に着くなり、後ろをついてきたコムスにそう言った。

 後ろから刺してきたりするかと思ったが、そこまで卑怯ひきょうなやつではなかった。


 他の三人も外についてきた。

 ガティ、イフニスが見守る中、俺はコムスをどう処理するべきか悩んでいた。


「【ダーク・ニードル】」

「それしかできないのか?」


「【ダーク・ブラスト】」


 黒い衝撃波のような塊が飛んできた。

 お嬢さんがわめきそうなので、庭も壊れないように、できる限りは俺の闇で預かろう。


 発言から考えても、これは闇魔法だと思う。


「これは闇魔法か?」


「どうしてあなたは平然としていられるのです?」

「それはお前が弱いからじゃないか?」


「言ってくれますね。【ダーク・イリュージョン】」


 黒い霧状のものが俺を包んだ。

 俺から情報を引き出すつもりなのか、相手は命を取りにきていないのかもしれない。


なんだこれは?」

「気にいっていただけましたか? さあ私の問いに答えるのです。あの聖魔法はどこで誰から譲り受けましたか?」


「ちょっと待て。催眠の類にかけたつもりか?」


 黒い霧を闇へ吸い込んだ。


「ほう、どうやらあなたを見くびっていたようですね」

「お前のことを先に教えてくれたら、こっちの情報についても考えてやってもいいんだが」


 こればかりはウソである。

 大切な仲間との約束は絶対なのだ。

 悪いやつならだましても、心が痛まない。


「論外ですね。【ダーク・ホール】」


 俺の専売特許の亜種みたいなやつか。

 当然俺はその場に留まり、なにも起きなかった。


「この私の力が通用しないですと!?」


 コムスの描いていた展開とは程遠いそれになっていることだろう。


「ガティ、こいつはもう従業員じゃなかったな。てことは、どうなってもかまわないか?」

「わからないわ。もう、意味がわかならい。リュウに任せる!」


「ありがとう。その言葉が聞けて安心した」

「では、処刑の時間だ。いや、ちょっと待てよ……」


『闇魔法の使い手と思われるやつと交戦中だが、殺さずに拘束して引き渡したほうがいいか?』


 テレパシーでフィンに聞いてみた。


『素晴らしい。そなたと協力したのは正解だった。そなたの空間に格納した状態で、いつものセオドアの牢の前に来てくれるかい?』


 牢獄ろうごくが集合場所みたいなノリで扱われるようになった。


『わかった、そのときになったらまた伝えるよ』

『よろしくお願いします』


「絶対におかしい! ありえない! この私が! 【ダーク・フレイム】」

「相手の力を読み間違えたのが命取りだったな。闇に眠れ。【ジ・エンド・ゲート終わりの門】」


 いつも通りあっけなく幕切れを迎えた。

 庭は全く壊れていない。

 状況だけ見ると、初老のおじさんがわめいて消えただけという地味な展開になってしまった。


「コムスは死んだの?」


 ガティが気になるのも無理はない。

 どこまで説明すればいいのやら。


「死んではいない。あいつが良心を取り戻した日には、再び会えることもあるかもしれない。期待はしないでくれ」

「わかったわ。言うことを聞けない身勝手な使用人なんかどうなってもいいの」


 どれほど時を共有したのだろうか。

 強がってはいるが、そう簡単に吹っ切れるものではない。


「いろいろあって気持ちが整理できないだろうが、俺達はこの辺で……。イフニス、ガティをよろしく」

「もちろんです!」


 イフニスは元気よく答えた。


「ちょ、待って。あのね、元の暮らしに戻ろうと考えていたんだけど……やっぱり私は今日からリュウに着いていくわ!」

「お嬢様!?」


 イフニスは驚く。


「ん?」


 俺も驚いている。

 気が動転しているのだろうか。


「あれれ。お嬢さん、イフニス君が好きなんじゃなかったのかい?」


 機嫌を損ねるなとか言った人が、一番プライベートに踏み込んでいるではないか。


「どこからそんな話が出てきましたの? 大切な友人には間違いありませんが」


 気のせいかもしれないが、イフニスは少し残念がっているように見えた。


「お嬢様、恩人であるリュウ様を困らせてはなりません」

「私は本気。足りなかったのは強さだったのよ」


 イフニスは悲痛な表情を浮かべていた。


「悪いが断る。依頼なら歓迎するが、一緒に連れていく、つまりパーティを組むとなると話は別だ」

「私ではダメですか?」


「ダメだ」

「心に決められた人がおられるのですね?」


なんの話をしているんだ? とにかくダメなものはダメだ」

「私、余計に燃えてまいりましたわ」


「燃えてもダメだ。ではこれで失礼。レイン、帰るぞ!」

「はいよ」


「諦めませんから……」


 最後にガティの放った一言が気になりながらも屋敷を出て、適当なところでレインハウスへ転移した。




「リュウ様、モテモテじゃないか」

「まあな」


「面白くない反応だな。お前らしいが。もったいない」

「金か?」


「それもあるが、可愛いお嬢さんだったじゃないか」

「絶対邪魔だろ」


「仲間はたくさんいるほうが面白いぞ」

「さっきの件だが、コムスをあるところに引き渡しに行く。悪いがこの件についてはレインにも言えない」

「はいよ」


『今から行くよ』


 エルフの里、セオドアのいる牢獄ろうごくに向かって転移した。

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