第42話 スキンシップ

 アリスの家のリビングに戻ってきて、彼女を出現させた。


「家に戻った」

「大丈夫。まだ慣れてないけど、ここがどこかぐらいわかるわよ」


「あんなに探していた父親にようやく出会えたというのに、あっさり別れてよかったのか?」

「展開が早すぎて気持ちの整理が大変だったけど、リュウのおかげで目的は達成できたわ。それよりも、こうしてのんびりデートを楽しむことだって私にとっては貴重なの」


「休みのときなら、アリスならばいつでも誰とでもできるだろうに?」

「言ったでしょ? リュウじゃないとダメなの」


「気持ちはうれしいけど、出会って間もない、こんな俺で本当にいいのか?」

大事だいじなのは時間じゃないのよ。直感ていうか、感覚的な部分が大切なの」


「言っていることは理解できる」

「私がイヤなの?」


 イヤなわけない。

 きっとそれがわかっていて言っているんだろう。


「それはない。俺にとって君の存在は癒やしそのものだ」

「急に君扱いするのって、ちょっと調子に乗り過ぎじゃない?」


 無意識に青春ドラマを演じてしまったのか。

 心のどこかで言ってみたかったのかもしれない。


「すまない、調子に乗ってしまった」

「いつも態度のでかい君が謝るなんて珍しいわね」


「なんだ、ふざけているだけか」

「もっと感情をむき出しにしてくれないと面白くないわ」


 見せかけの本音を聞くことを避けてきた彼女だったが、実は誰よりも本音で語り合いたかったのだろう。


「アリスと一緒にいれば、この冷めきった心にも、強い感情が呼び起こされるような気がする」

「だったら私と一緒にいるべきよ」


「そうだな」

「宿とか決めてないのよね?」


「ああ、今のところ予定はない」

「それなら、私の家にずっといてくれてもいいのよ」


 若干上から目線というか、こっちが頼み込んでいるようにも聞こえるが、甘んじて受け入れよう。

 ただ一つだけ確かめておきたいことがある。


「男の俺と暮らすということはどういうことか理解しているんだな?」

「なによ、急に男を出しちゃって。ただのルームシェアじゃない」


 随分となめられてしまっているが、悪い気はしない。

 主導権を握って、俺を振り回したいのかもしれないが、しばらくは彼女に合わせるとしよう。


「ありがとう。では、そうさせてもらうよ。家賃はいくらだ?」

「無料で結構よ。私は安定した職に就いてそれなりに稼いでるし、あなたからお金を取るのは気が引けるわ」


 相変わらず俺は守銭奴のような扱いだ。


「わかった、ありがとう」

「あなたは居候ではなく客人ということ」


 少しの沈黙。


「……で、これからなにをするんだ?」

「そういう言い方されると寂しいんだけど。急だったからなにも予定は決めてないわ」


「では、なにかしたいことはあるのか?」


 テーブル越しに見つめ合う。


「……ちょっと、私に変なこと言わせないでよ!」


 なにを想像したのか知らないが、誘導した覚えはない。


「では、俺から言えばいいんだな」

「それも困るわ!」


「いやいや、戻ってきたらハンバーグ作ってくれるみたいな話が――」

「あっ! そっちね! そうだったわ、ランチにしましょ」


 彼女は席を立ち、ランチの準備に取り掛かったみたいだ。


 さっきのような雰囲気になると確実に取り乱しているようだが、それでも俺といると居心地はいいのだろうか。




 彼女は手際よく料理を完成させた。


「いっただっきま~す!」

「いただきます」


「おいし~」

「うまいな」


「これホント病みつきになるよね」

「アリスの料理が上手なだけだよ」


 デリシャスラビットには強い中毒性を感じる。

 本当に麻薬成分が入っているのではないだろうかと思えるほどに。


「ありがとう。もしお礼をしたいと言うなら、こういったおいしい食材で頂こうかしら」

「教えてくれれば、なんでも取ってくるよ」


 家賃の代わりみたいなものだ。

 こちらとしても、お礼を形として表せるのでありがたい。


「あなたはやっぱり最高ね」

「最強だからな。ちなみに、このウザギなら四匹は手元に残っている」


「ありがとう。あまり連続で食べても感動が減るから、少し間隔は空けるけど、メニューは考えておくわ」

「楽しみだ」


 たくさん作ってあったが、二人ふたりとも気付けば全て平らげていた。


「ごちそうさま~♪」

「ごちそうさま」




 彼女は片づけを始めた。

 しばらくして、テーブルに戻ってくると、静かに見つめ合う形になった。


「リュウは、女性の家に上がるって初めてだった?」

「そうだな」


 ……この世界では。


「やっぱり緊張する?」


 その言葉をそっくりそのまま返したいところだが、やめておこう。


「緊張はしていないが、俺はレインのようにおしゃべりではないだけだ」

「いやいや、レインさんこそ寡黙な人だわ。テンションが高くなると、冗舌になるみたいだけど、そもそもテンションが高くなること自体珍しいから」


「俺の見てきたレインは、大体テンション高めだったが」

「相当あなたにハマッているみたいね」


「のようだな。ところで、このギルドの受付を連想させるテーブル越しの会話をやめて、あのソファに並んで座らないか?」

「そ、そうね、そうしましょう」


 俺の左に彼女が座る。

 肩が触れ合うかどうかのギリギリの距離だ。

 いい香りがする。


 せっかくの良質なソファなのに、彼女は背を預けずに、真っすぐ伸ばしている。


「『大事だいじなのは時間じゃない』って言ってたけど、ある程度はそうなんじゃないか?」

「そんなことはないわ」


「いつもそんな姿勢で座ってるの?」

「あ、忘れてた」


 彼女はようやくソファに深くもたれた。

 それでも不自然な程、真っすぐ前を見つめている。


「スキンシップを深めていこう」

「え?」


 多少の荒療治は仕方ないのだ。

 彼女の右太ももの上に乗った右手に、俺の左手を重ねてみた。


 まるで息を殺すように不自然な無反応を示した。


 重ねた手の指を絡めてみる。


「相思相愛だったら、次はなにをするんだろう?」


 左を向いて話すと、彼女の耳にささやく形になった。


「私に言わせるの?」


 彼女の息遣いが少し荒くなった。


「ただ聞いてみただけさ」


 そんな彼女の左の腰に左手をまわしてみた。


「んっ」


 そういえば彼女は里から戻ってきて着替えていないので、ずっと露出度の高い正装のままだった。

 太ももと同じく、腰の部分も素肌にじかに触れている状態だ。


「ところで、その姿のままでいいの?」

「あっ! 忘れてた!」


「俺はかまわないけど」

「そういうこと!? 私のせいで変な雰囲気になってたのね」


 そう言って、彼女は立ち去っていった。


 別にそういうわけでもなかったのだが。




「お待たせ」


 彼女はラフな姿になって戻ってきた。


「一応聞いただけで別にそのままでもよかったのに」

「変な刺激を与え続けるなんて迷惑でしょ」


 こちらとしては大歓迎だが、大切な正装をいじるのはやめておこう。


「迷惑じゃないが、アリスの家なんだから、君の好きにすればいい」

「また君って言ったね。でも、私もリュウのことあなたって呼ぶときもあるし、いいよ」


 公認をもらえたようだ。




 それからエルフの里での出来事なんかを話したりして過ごした。


 夕食はあっさりしたメニューだったがおいしかった。


 お風呂を済ませて、布団に入り、次の日の朝を迎えた。




「おはよう!」

「おはよう」


「合鍵、そこに置いといたから、じゃあ私はもう行くね」

「行ってらっしゃい」


 彼女はもう出勤か。

 それに比べて勤務時間に縛られない冒険者って最高の職業だな。


 転移すれば合鍵を使う必要もないのだけど、記念にもらっておくとしよう。

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