第41話 捕らわれのエルフ

「もしかして、君はアリステルかい?」


 セオドア・レッドフィールドの名前を持つ男が、牢屋ろうや越しにアリスへ聞き返した。


「そうです。まさか、あなたが……」

「会えるとは夢にも思わなかった。大きくなっても、お母さん譲りのその優しい目は変わらないね」


「お父さん、なの?」

「右手の中指にはめている指輪はお母さんの形見だね。僕とおそろいのオーダーメイドなんだ」


 セオドアは左手を前に出し、薬指の指輪がこちらに見えるようにした。

 父親ならもっと泣いて喜んでもおかしくない状況だと思うのだが、至って落ち着いている。


 アリスは自分の右手の指輪を見つめた後、セオドアに向き直り、小さくうなずいた。

 相手とは違い、捨てられたと思っている彼女が感動に浸れないのは仕方ない。


「わかったわ。だったら聞きたいことがあるの」

「僕はいいんだけど……」


 セオドアはフィンのほうを見た。

 フィンはゆっくりうなずいた。


「さっき私を知っているような口ぶりだったけど、私が記憶していないだけで、初対面じゃないってこと?」

「そうだよ。と言っても、ほんのひと時だけどね」


「そうなんだ。ここからが本題なんだけど、なんで私達を置いて行ってしまったの?」

「この通り、禁忌をおかして捕まったのさ」


「罪を犯したとしても、家族のことを思えば、こんなとこいつでも逃げ出せたでしょ?」


 身体能力や魔力に優れたエルフ族であれば、こんな簡易的なかせろうなど、たやすく破壊できそうである。


「僕なら本気を出せば抜け出すことぐらいはできる」

「罪を償うために、自ら捕まってあげているというわけ?」


「長老と取引をしたんだ。僕の一生をかけて、この力をもって里の結界をより強固にする代わりに、僕の家族に手出しをしないようにと」

「私達のために、私達の元を去ったと言うの?」


 セオドアは静かにうなずいた。


「結界に関しては、こやつの右に出る者はいない。禁忌を犯したとは言え、今ではこの里の守り神でもある」


 フィンが口を挟んだ。


「一言だけでも、お母さんに説明してくれてもよかったんじゃない?」

「それは本当に申し訳なく思っている。既に監視下にあった俺の元に君が生まれ、それから間もなく僕は捕らえられた。選択肢は無かったんだ」


「そっか。ビンタでもしてやろうと思ってたけど、その気は無くなったわ」

「許してくれるのか?」


「難しいところだけど、ある意味罰は受けているようなものだしね」

「ありがとう。立派に育った姿を見せにきてくれただけで、もう僕に思い残すことはない。後は、命尽きるそのときまで、この里を無心で守り続けるだけだ」


「別にあなたを喜ばすために来たわけではなかったんだけど。ところで、お母さんのことは気にならないの?」

「亡くなってしまったんだね。日に日に弱まる生命エネルギーを指輪を通じて感じ取っていた。それを受け継いだ者は君だと思っていたよ」


「知ってたんだ。ならもういい」

「力になれなくて悪かった。……しかし、どうやって入ってきたんだ? 誰かに手引きされたのかい?」


「いいえ、私は気付いたら里の中にいたの。連れてきてくれたのは、リュウよ」

「リュウ君、まずは、このような再会の場を与えてくれたことに感謝を言おう」


「いつもアリスにお世話してもらっている身なので、これぐらいなんでもありません」


 紹介を受けたので俺も応じた。


「結界をくぐり抜けたことも驚きだけど、問題はその後だ。ここまで来るには簡単では無かっただろう?」

「話の通じる人を見つけるのには少し苦労したけど、ちょうどフィンが来てくれたので」


 久々に再会した娘よりも、今や俺に興味があるらしい。


「そなたもやはりこの男に興味がわいたか。間違いなく普通の人間ではないと言える」


 フィンは親子の再会に水を差さないように我慢してくれていたのだろうか。

 本当は俺のことを話したくてうずうずしていたのかもしれない。


「長老が部外者を許し、ハーフである俺の娘を引き合わせてくれるなんて、にわかに信じがたい状況ではあるが」

「許すもなにも、私の力ではこの男、リュウを制御することはできなかった」


「それってますます危険人物では……」

「リュウは侵入こそすれど、こちらから攻撃を仕掛けない限り危害を加える様子もなく、対話を望んでいた。悪ではないと言えよう」


 あのとき、おそらくフィンも全力は出していなかったと思うが、俺の善悪を見極めていたようだ。


「たしかに、それは僕にもわかる」


 なにがわかるというのか。

 ただ見えていないだけだと思うのだが。


「で、アリスはもういいのか?」


 主役の彼女に焦点を戻そうとした。


「そうね。早く帰ってデートの続きを楽しみたいわ」


 あれはデートだったのか。

 二人ふたりの大人エルフは、その発言に対し、なんの反応も示さなかった。

 そこらへんは、クールな種族なのだろう。


「わかった。帰る前に、もう少し話をしていきたい」

「私はかまわないわ」


「エルフが全ての魔法の原型を作ったというのは、どういうことなんだ?」

「私もそれ詳しく知りたかったところだわ」


 フィンに問いかけに、アリスも同調した。


「わかりやすく言えば、原理を解明し、誰でも使えるような仕組みにしたということだ。詠唱や魔法陣を使用することで、持って生まれた能力以外の魔法も発動できるようにね」

「エルフって天才だったんだな」


「後悔しても仕方ないが、それを共有したのは間違いだった。人間がこれほどまでに、貪欲どんよくで賢く、闘争心の高い種族だとは思っていなかったのだ」

「エルフ達の意思で、教えてあげたのか」


「そうだ。平均するとなんの力も持たない人間だったが、彼らには心があった。それは他の種族や生物とは比べ物にならない程、繊細で優しく、愛にあふれていた。そんな彼らに少しでも豊かになってほしいと、魔法を授けた」

「そして、力を得た人間は、戦争を始めた、ってとこか?」


「その通り。同族争いでは飽き足らず、争いは他の種族にまで及んだ」

「恩人のエルフ達にも?」


「そう、そして我々は人間達と関わりを断った」

「そんな人間の俺が、こうして里にやってきたんだ。随分と迷惑なことをしてしまったわけだ」


「そなたは人間ではないだろう。おっと、すまない、言い過ぎだったかな」

「半分正解と言っておこう。だが俺は人間として暮らしている。話は変わるが、闇魔法ってなんだ?」


「今更だが、君は愚かな者ではないと思って話している。ここの里でのことは君達二人ふたりの心の中だけに留めておいてくれ」

「そのつもりだ。この里のことは、ここにいるアリスにしか話していない」


 アリスもうなずいて見せた。


「魔法の原型を作ったのは我々エルフだが、人間達は改良や開発を重ねて、より強力で危険な魔法を量産した。我々も自衛のため、密かに逆輸入しているほどだ」

「で、闇魔法とは?」


「そう焦るな。ある程度の魔法であれば学習して身に付けることができる。だが、一部の強力な魔法の他に、資質によって使いこなせるかどうかが決まる魔法がある」

「それが闇魔法?」


「そう。それと対になる聖魔法も同じく使う者を選ぶ」

「強力ということだな」


「他の魔法とは、少し根本が違う。聖魔法はともかく、闇魔法だけはこの世に存在するべきではない」

「まさに闇に消え去ったとか、誰か言ってたが」


「それは確かめようがない。えりすぐりの戦士達に調査させているが、いい報告はまだ受けていない」

「世界に点在するという、この里以外のエルフ達とはつながりはあるのか?」


「まさにその件で情報共有はしているが、一部の者しか知らないことだ。ちなみに、セオドアは知っている」


 アリスの父親は、牢屋ろうやにぶち込まれているものの、里の中で重要なポジションを担う人だったのかもしれない。

 だとしたらなにやってんだ、と言いたくなるところだが、俺としては彼女をこの世に与えてくれてことに感謝している。


「危険な魔法であることはわかったが、具体的にはどんなものなんだ?」

「それについては、伝えるつもりはない」


「わかった。ありがとう。それじゃあ、俺達はもう行くが、お二人ふたりさんは、言い残したことはないか?」

「私の用は完全に済んでいるわ」


「アリステル、君が元気でいてくれるだけで僕はうれしい。だから、リュウ君のそばを離れるんじゃないぞ」

「大丈夫よ、私達は相思相愛だから」


 俺の腕に、自分の両腕を絡めてきた彼女は、真顔でふざけている様子はない。

 そんな雰囲気だったっけ?

 俺としては大歓迎だけど。

 いろいろと説明不足な気がするが、とりあえず父親公認をいただいたようだ。


「それじゃあ、もう行くよ」


 アリスを闇に預けて、彼女の部屋に向かって転移した。

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