第40話 エルフの長老

「【ホーリー・シャイン】」


 姿は見えないが、長老と呼ばれている者の魔法が放たれた。

 俺を包み込むように、キラキラと輝きが生じ、視界はうっすら白んだ。


 どうやら攻撃的な魔法ではないように見える。

 興味本位で、体の感覚が少しだけきくようにしてみた。


 俺が邪悪な魔物か、闇魔法の使い手だと思ったらしいが、当然俺にはダメージは無い。

 ただ、目が覚めたときのような清々しい気分に似た、心が洗われるような感覚があった。

 これに包まれている間は、闇魔法やよこしまな考えを制御できなくなるのだろうか。


「い、今だ!」

「いくぞ!」


 魔法や弓が飛んでくる。

 やれやれ、また同じものを見せられても退屈だな。


 おそらくどこかで見ている長老とやらに、アピールも兼ねてご挨拶あいさつといくか。


「闇に眠れ。【ジ・エンド・ゲート終わりの門】」


 長老の魔法もろとも、場の半数近くのエルフを闇に送った。


「なに!?」

「聖魔法が効いていない!?」

「いや、そんなはずない!」


「そこまでにしておけ」


「長老!」

「長老だ!」

「ここは危険です!」


 長老が俺の目の前に姿を現したようだ。

 声もそうだったが、長老というには見た目は若く、イケメンなエルフ男子だ。

 もしかしたら幻影かもしれないな。


「お前達には、この人間らしき男には勝てん」


 らしき、ただの人間ではないということは理解してくれているようだ。


「だからと言って、長老が――」

「愚か者が。さっきわざわざ見せたであろう? 私の力をもってしても、この男は抑えられなかったのだ」


「では、なぜここへ?」

「この男の話を聞きにきたのだ。なぜここに来たのかをな。お前達はしばらく黙っていろ」


 どうやら実体で登場してくれたらしい。

 里の空間のみという制約付きの可能性はあるが、いずれにしてもなにかしらの転移魔法が使えるようだ。


「やっと話のできそうな人が現れたか」

「私はこのエルフの里の長老、フィン・アールだ。この里になにかようかな?」


「俺はリュウ。ハーフエルフの友人の頼みを聞いてほしい」


 ざわめきが起こった。

 ハーフは余計だったか?


「話が終わるまで静かにしろ。……すまない、話を続けてくれ」


 優しい口調ではあったが、そこはさすが長老というべきなのか、皆すぐに静かになった。

 フィンは、特に驚く様子もなく、俺の話に耳を傾けてくれている。


「では、本人に登場してもらうとしよう」


 闇からアリスを呼び戻した。


 長老のフィンを除き、周りの連中と、現れたアリスはちょっと理解できていない様子だ。


「は、い!?」


「アリス、ここが話していたエルフの里だ。そしてこちらが、フィン長老だ」


 状況を飲み込めていない彼女に簡単な説明をする。

 ついでに、彼女の紹介もしておいた。


「アリス、私はフィン・アールだ。よろしく」

「あ、はい、アリスです、よろしくお願いします」


 ちょっと彼女は緊張気味のようだ。

 いや、まだ整理ができていないだけか。


「聞いてほしいことがあるんだって?」

「あ、はい、私の父のことで……」


「込み入った話になりそうだ。場所を変えて、できれば、まずは私とアリスの二人きりで話をしたいのだが?」


 フィンは俺に視線を向けてきた。


「私は大丈夫よ。……あまり展開に追い付けてないけど」


 彼女もまた俺に視線を向けてきた。


「いや、ダメだ。アリスになにかあれば、この里は跡形も無く消えることになる」

「ちょっと、そんな物騒な言動はダメだって言ったでしょ」


「まだ信用してはくれないか。では、そなたもついてくるといい」

「わかった」


 フィンは周りの者に、絶対についてくるなというように言い聞かせながら、歩き出した。


「転移で行かないのか?」

「そなたはそれを受け付けてくれるのか?」


 俺に魔法が通じないことを感じ取っているようだ。


「さすが長老。たぶん無理だろうな」

「では、ついてきてくれ」


 俺と長老のやり取りを、アリスは静かに見守っていた。

 落ち着きも取り戻していて、ある程度の状況は飲み込めているのだろう。





「部分的な結界は解除しておいた。関係ないだろうが、消えた者達を元に戻してほしい」


 しばらく進んだところで、フィンが要求してきたので、言われる通りにした。

 言われなくてもそうするつもりではあった。

 状況を理解してないやつらをアリスの前に戻すとややこしくなるので、今まさにちょうど頃合いだと思っていたところだ。


 俺が闇から元に戻せることは教えてはいない。

 アリスを出現させたことで、他の者も同じだと理解したのだろう。

 さすが長老というだけのことはある。


「そうするつもりだったよ。今元に戻った。理解していない者が、急にアリスを襲う事がないようにしてくれ」

「伝えておくよ。黙っていれば、アリスの見た目はほぼ純血のエルフと変わりないから、そんな敵対されることはないだろう」


「よそ者でも?」

「元はと言えば同じ祖先だからね。人間だって、たくさん国があるだろう? それと同じだ」


「敵対関係になければな」

「同じ種族で敵対するなど、人間ぐらいなもんだ。おっと、これは失礼」


「愚かな種族だと言いたいんだろう? その通りだ」

「ところで、そなたは本当に人間なのか? いや、これまた失礼。思ったことがすぐ口に出てしまうくせがあってね」


 最悪なくせだな。

 そんなんで、長老がよく務められたものだ。


「強すぎてもはや普通じゃない人間と言ったところだろうか」

「なるほど」


 全く説明になっていないが、何故なぜかそれで納得してくれたようだ。

 アリスはなにか考え事をしているのか、途中から二人ふたりの会話を聞いていないようだった。




 しばらく歩いた後、建物に入った。

 そこはどうやら小規模な牢獄ろうごくのような場所で、簡易的な牢屋が三つある。

 地下に続く階段もあったので、地下牢もあるのかもしれない。


「さて、ここにいる者に、聞きたいことを質問してみてくれ」


 一つの牢の中に、エルフの男がいた。


「セオドア・レッドフィールドというエルフの男を知りませんか?」


 アリスが尋ねた。


「それは僕の名前だが」

「え!?」


 彼女の驚く様子を、フィンはただ静かに見守っていた。

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