第35話 オムライス

「いいのか?」

「いいわよ。それじゃあ、大したおもてなしはできないけど、歓迎するわ」


 あまりにも油断し過ぎな気がする。

 子供扱いされているのかもしれない。


「ありがたいんだが、どうしてそこまで親切にしてくれるんだ?」

「知りたい?」


 もはや親切の次元を超えているけど。


「ああ。それに俺から聞いておいてあれだけど、家族の話だって本当は秘密だったんじゃないのか?」

「それについては見つけてくれたお礼に、ということにもできるけど……」


「……けど?」

「なんか、リュウといると居心地がいいというのか落ち着くんだよね」


「そんなこと初めて言われたな」

「リュウ、あなたの心だけはなにもわからないの」


「能力か?」

「そう、ステータスとかそんな細かいことはわからないけど、私には他人の考えや心の声がなんとなくわかるの」


 使い道によっては、なかなかのチートスキルだな。


「隠蔽や偽装をしている者だっているだろう」

「自分の心まで隠せる者なんて、そうはいないと思うわ」


「俺がその一人ひとりかもしれない」

「それならそれで別にいいの。わからないという事実が重要なの」


「そういえば新規登録の後、俺に絡んできたスキンヘッドに向かって意味深なことを言っていたな」

「ああ、あれね。会って早々の人に面と向かって、なにか隠しているのか確かめるわけにはいかないからね。ちょうどいいタイミングでゼイルが来たから言って、リュウの反応を探ってみたの」


「外ではあいつは呼び捨てなんだな」

「幻滅した? まあ仕事だからね」


「むしろ、自然体な姿を見られてラッキーだよ」

「そう、私はリュウの前なら自然体でいられるの」


「それは光栄だね。普段他の人と接するときどうしているんだ?」

「人の本音なんか聞いてもろくなことないから、意識して流れ込んでこないようにしているの。これは能力なんて呼べるもんじゃなくて呪いよ」


「もっと有効活用したらいいのに」

「聞かなきゃよかったってことあるでしょ。デメリットのほうが多いの」


「そんなもんなのかな」

「みんな他人にはわからない自分だけの悩みがあるのよ。リュウだって一つぐらいはあるでしょ?」


「悩みか……」

「そうそう」


「俺が強すぎて、相手の強さが全くわからないことかな?」

「それ本気で言ってるの?」


「至って真面目だ」

「なんだか初めて本音が聞こえたらいいのにって思ったわ」


「俺は無理らしいが、きっとそのうち役立つこともあるさ」

「そうかもね」


「レインしか知らないことだが……」

「ん? 別に私に合わせて無理しなくていいのよ。私が話したかっただけなんだから」


「いや、アリスには聞いておいてもらおうと思う」

「そう? じゃあ話してみて」


 どっちみち明日には知ることになるんだがな。


「俺は、おそらく、めちゃくちゃ強い」

「またそれ~? ま、自信のある人は嫌いじゃないけどね」


「自信とかそういう次元じゃないんだ」

「なになに?」


「この場で説明するのは難しい。強さの証明にはならないが、明日アリスを送り届ける方法について先行公開しておこう」


 安全性は実証済みなので、俺はためらうことなく、アリスを闇に送り、街のはるか上空へ転移した。




 彼女を出現させお姫様抱っこのようにして支える。


「いい眺めだね」

「ん? え? ええー!?」


「こんなこともできる」


 太陽の光を反射する三つの月のうちの一つに向かって手をかざした。

 いつものように必要は無いが、演出として。

 たっぷり間をとってから闇に送った。


「ちょ、ちょっと、待って消したの?」


 すぐに戻した。


「冗談だ」

「冗談? 待って、ちょっとパニック。いろいろ追い付かないんだけど」


「では戻ろう」


 再びアリスの家に戻ってきて、向かい合わせに座る状態にする。


「え? あ? 家だ。とりあえず、わかった。あなたはクレイジーだということが」

「最高の誉め言葉だ」


「なんかとんでもないことしてたけど、今はあまり深く考えすぎないようにしとくわ」

「アリスもさすがはCランク。ちょっと驚かせようと思ったんだが、意外と落ち着いているな」


「いや、処理しきれていないだけよ。なんだかお腹空いてきたわ。リュウはなにがいい? リクエストがあれば作るわ」

なんでもいい」


「それ一番テンションの下がるやつだわ」

「そうだな、オムライスをお願いしようかな」


「やっぱりお子様ね」

「お子様ではない」


「わかったわかった。じゃあ、ちょっと待っててね」

「あ、デリシャスラビットって具材に合うかな?」


「ごめん、さすがにそれは無いわ」

「いや、ここにあるよ」


 絶命させたデリシャスラビットをテーブルの上に一匹出現させた。


「きゃ、び、びっくりしたぁ……え、どこから出てきたの?」

「俺のプライベート空間だ」


「マジックバッグ? ……なんて、そのいつもの軽装を見る限り無いよね」

「一般的に言えば能力みたいなものだ」


「そっち系もあるのね。そりゃ大物になると言われても当然ね」

「そっち系しかないというか……」


「なにこれ! めちゃくちゃ鮮度がいいんだけど。今まで生きてたみたい!」

「その通り」


 もうすっかり彼女の口調から硬さが取れてきている。

 喜ばしいことだ。


「え? しかも、外傷も全くない。そういえば、最初の依頼の一つも、これの生け捕りだったわね」

「そのときに、おいしいとうわさのものを俺も食べてやろうと捕まえておいたのだ」


「そんな時間が経っているようには思えないわ」

「もちろん時間が止まっていたからだ」


「さらっとありえないこと言うね。レインさんの言ってた通り、もういちいち驚いていられないわね」

「マジックバッグには時間が停止できる機能は無いのか」


「そんなもんあるわけないじゃない。もうただ奇跡よそれは」

「ならば俺は奇跡を扱えるということになるな」


「もうそれでいいわ。これ、本当に使ってもいいの?」

「こういうときのために用意していたのだ」


「わかったわ。ありがとう。じゃあ、用意するわね」


 彼女はデリシャスラビットを持って席を外した。

 こういうとき素人だったら、死体を見るだけでも騒ぎそうなものだが、何食わぬ顔で肉をさばくのだろう。


 それにしても、物が少なくて居心地がいい。

 装飾で彩られたようなオシャレや可愛いといった、そんな女子の部屋という感じではなく、殺風景で落ち着きがある空間だ。

 どこをとっても完璧かんぺきだ。


 来たときに出してもらっていた、ちょうどぬるくなったお茶を飲んだ。

 おいしいな。

 今ならたとえ普通の水だったとしても、おいしく感じるのかもしれない。


 しばらくすると、いい匂いが漂ってきた。

 手際もよさそうだ。




「はい、お待たせ」


 俺と彼女の分で二皿のオムライスが運ばれてきた。


 食べる前からおいしい。


 彼女は手を合わせる。


 神に祈るスタイルか?


「いっただっきま~す!」


 普通だった。


「いただきます」


 作ってもらったお礼を込めて言う。


 スプーンですくって食べる。


「どうかな?」


 聞かれるまでもない。


「うまい。うま過ぎる」

「よかったぁ。じゃあ私も食べよっと……おいし~♪」


 料理も最高だが、彼女の幸せそうな表情のほうがもっと最高だ。


「これこそ奇跡というものではないのか」

「そりゃあのウサギちゃんが入っているからね」


「アリスが作ってくれたからさらにおいしくなったんだ」

「ありがとう。はぁ、幸せ~♪」


 二人ふたりともあっと言う間に完食した。


「ごちそうさま」

「ごちそうさま♪」


「久々に食ったな」

「また意味不明なことを……。それじゃあ、お風呂にする?」


 お風呂とかあるのか。


「そうさせてもらおうかな」


「……ねぇ、一緒に入る?」

「うん」


 食い気味に答えた。


「えぇっ? そこはさすがに断ると思ったんだけど……」


 俺の反応を見て楽しむつもりだったのだろうが、形勢逆転となったようだ。

 自分で言っておいて恥ずかしくなるパターンだな。

 彼女は再びほほを赤らめている。


「冗談なら諦めよう」

「……いや、冗談なような冗談ではないような」


 歯切れが悪いので、またの機会を願ってお楽しみにしておこう。


「今日は一人ひとりでゆっくり入らせてもらうよ」

「そ、そっか、わかったわ、用意するね!」


 悪夢から解き放たれたように、彼女は晴れやかな顔になって、席を外した。


 俺に他人の能力を奪うような力があればな。

 彼女が呪いという心をのぞく能力で、彼女の本心を見てみたい。

 どんなに敵に負けない力があろうと、人の心を操ることはできない。


 そう考えたら、人の心を操る能力が一番チートかもしれない。

 本当の意味で思い通りにできるのだから。

 それが楽しいかどうかはさておき。


「用意できたわ。お先にどうぞ」

「ありがとう。じゃあお先に」


「タオルとかは脱衣所に置いてあるから」

「ありがとう。使わせてもらうよ」




 脱衣所に着いた。


 俺のトレードマークとも言える黒シャツと黒ズボンを脱ぐ。


 ある意味、分裂した状態なのである。

 顔や手が増殖するわけではないが。


 意思を持つ部分が分裂できたとしたら、どっちが本体で、どっちが分身体なのか、判断できるのだろうか。

 それが怖いので、分裂の実験はまだしていない。

 自分が自分にこき使われるなんてごめんだからな。


 分身体が他の分身体を闇に送った場合、どうなるんだ?

 無限の循環が生じて大爆発でも起こしそうだ。


 そのうちギルドの応接室から続く、あの訓練場でも借りて、少し実験しよう。

 あそこなら人目を気にする必要も無いからな。

 置いてあるものを壊さなければ、鍵も借りずに勝手に入って勝手に出ていけばいいだろう。




 お風呂場に入った。

 シャワーがあって、湯気の立ち込めるお湯が張られた浴槽もある。


 申し分ない設備だ。

 一般家庭のものとは思えないほど、ワンサイズ以上大きく広々としている。


 体を洗う必要性はないが、お風呂を楽しむという意味で一応洗っておいた。


 入浴する。

 あ~、最高だな。


 このお湯は魔道具で作られているのか。

 万能過ぎる。


 湯に浸かりながら、ぼんやりと考える。

 俺は人智を超えた力を得たが、今んとこ地味だなと。

 別に地味は嫌いじゃなく、派手さを求めるわけじゃないが、もうちょっとだけ刺激があってもいいかもしれない。


 俺が知っている異世界のヒーローと言えば、ランクなら最初から最高になって、美しい女性に囲まれ、強敵と死闘を繰り広げるって感じだ。

 ランクはそこそこ上がった。

 美しい女性なら、今こうして本命に呼ばれて、その人のお風呂に入っている。

 そこまでは、なんやかんやで順風満帆と言っても過言では無いだろう。

 強敵……これだ、これが圧倒的に不足しているのだ。


 恐ろしい魔物というのも手合わせ願いたいが、本気を出せば一瞬だろうからな。

 それよりも、憎たらしい程に俺をハメてくるような頭脳も駆使する人のほうがやりがいがあるかな。


 このアドリニスは平和だって言うのだから仕方ない部分はある。

 人々にとっては理想的だろう。

 波乱を待ち望む奴など狂ってるだけだからな。


 俺にとっては時間なら無限にある。

 そう急ぐ必要はない。




 風呂から上がると、来客用の寝室に案内された。


「私はこれからお風呂に入るから。先に寝といてね」


「ありがとう。おやすみ」

「おやすみなさい」


 せっかくなので眠るとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る