第34話 アリスの過去

 アリスと約束していた場所に着いた。

 商業街からは少し外れ、民家と見られるものが建ち並んでいる。


 道路に隣接する入口のドアの呼び鈴を鳴らす。


「はーい」


 彼女の声だ。


「リュウだ」


 ガチャっと鍵の開く音が聞こえた。


「どうぞ、上がって」


 彼女に迎え入れられ、部屋に案内してもらった。




 テーブルを挟んで向かい合うように椅子に腰をかけた。


 彼女はギルドで見る従業員用の制服ではなく、ワンピースのようなラフな服装をしている。

 美しさと可愛さを兼ねそろえるとは、こういうことだ。

 普段はエルフっぽい服を着ているわけではないんだな。


 それにしても、知り合ったばかりの男を、こんな夜に招き入れるなんて、少しガードが甘すぎるのではないか。

 しかも得体の知れないと話題になっているかもしれないこの俺を。


「まさか、家に招待されるとは思ってもみなかった」

「リュウはお金を使うのを嫌がるかなと思って」


 金の亡者みたいに思われているようだ。


「それは気をつかわせたみたいだな」

「なんてのは冗談で、ここなら誰にも聞かれないかなと思ってね」


「たしかに名案だ。ありがとう」

「で、話って?」


「西の森林に、たぶんだけどエルフ族が住む里を見つけた」

「……え? ウソ? あの大森林に?」


 反応を見る限り知らないようだ。


「ああ。人間が近づくような場所では無かった」

「リュウはそれを見つけたのよね」


「まあ、俺は今話題のCランカーだからそれぐらいは」

「そうだったわね」


「アリスと外見が似た人がいっぱいいたな」

「そりゃエルフだったら、同じ種族なんだから当然よね」


 あまり興味が無いのか、これといった反応は無いな。


「でもアリスが一番綺麗きれいで可愛いな」

「な、なによ急に」


 ほほを少し赤らめている仕草も愛らしい。

 こんなこと言われ慣れていると思ったが、案外打たれ弱そうだ。


「思ったまでを述べたまでだよ」

「……それはエルフ族限定ってこと?」


「いや、全てにおいて一番だ」

「……あ、ありがとう。そんなに真っすぐ言われると、普通にうれしい」


「里の人達も皆、容姿端麗ではあるけど、どこか冷たい印象だった。でもアリスには、温かみが感じられる」

「それは、もしかしたら……」


 やっとなにかを話してくれそうな雰囲気になった。

 彼女に気分よく饒舌じょうぜつになってもらう目論見があったのだが、ここまでの会話にウソは無い。

 このままなにも無ければ、レインの言いつけを守って青春を楽しんだだけで終わっているところだった。


「……もしかしたら?」

「私が人間とのハーフエルフだからかしらね」


 なるほど、ハーフはもてるからな。

 エキゾチックな中に親近感が共存しているというか。


「エルフの外見をより濃く受け継いでいるように見える」

「人間よりもエルフの遺伝子のほうが優性だからね」


 それは別に不思議ではないことだ。

 貧弱な人間よりも、類まれなる才能を持つらしいからな。


「母親が?」

「母は人間で、父がエルフ。私は父の顔を知らない」


 おや、複雑な感じだなこれは。


「両親はどこで知り合ったんだ?」


 聞けるだけ聞いてみよう。


「西の森林で出会ったらしいわ。

 ある日、母は森に薬の元となる材料をもとめて採りに入ったの。

 母には寝たきりの父がいたのだけど、貧しくて危険を承知で自ら材料をそろえるしかなかったみたい。

 ランクは低かったけど、一応冒険者だったわ。


 探している途中に魔物に襲われかけたんだけど、何故なぜかエルフに助けられたの。

 それから二人ふたりは、森で逢瀬おうせを重ねたんだって。

 もうわかると思うけど、その相手のエルフが後に私の父となる人だったんだけどね。


 本来、里で暮らすエルフは外界と交流を持たないらしいけど、ちょっと変わり者だったみたい。

 里を出て冒険者になったり、職人になったりする変わり者のエルフもいるけど、基本的にはみんな引きこもりの種族らしいわ。


 エルフのことについては、父はほとんど母には話してくれなかったみたい。

 母は私に父のことをほとんど話してくれなかった。

 私はエルフでありながらなにも知らないエルフのことを人間の情報をたよりに独学で学んだわ。

 大した情報では無かったけど、それでわかったこともあったの。


 エルフは他の種族と原則交わることが禁止されているみたい。

 私ってけっこうレアなのよ。

 純血主義のエルフにとって、もはや私は危険人物でもあるわ。


 そのことが関係して、父は私達とは一緒にならなかったのかもしれない。

 里を出て一緒に暮らしくれればよかったのに、母は見捨てられたのね。

 そう思うようになったのは、ある程度成長してからの話だけど」


 そう言われてみれば、エルフの種族は亜人種の中では、あまりみかけないような気もするな。


「母親は今どこかに住んでいるのか?」


「母は、私が十五歳のときに、母の父と同じ病にかかって、長くはもたなかったの。

 父がいてくれたら、エルフに伝わる秘薬とかで治ったんじゃないかと思うんだけどね。

 そして私は一人ひとりで生きていく術を身に着けるため冒険者になった」


 彼女は胸元からブルーのIDカードを取り出して見せた。

 Cランクの冒険者だったんだ。


「実はリュウとおそろいだったりするのよ。リュウだったらすぐに色が変わるんでしょうけどね」

「そんな風には見えなかった。まさか冒険者だったとは」


「そりゃ新人の冒険者に威圧感を与えないように、いろいろ努力してるのよ。だからIDカードは受付場所では見せていないでしょ」

「たしかに。レインはたまに見せてたり見せなかったりだな」


「レインさんはなにも考えていないのよ。まあ、受付じゃないし、本来こんなに表に出てくる人じゃないの」


 さん付けをする理由って、やっぱりヴァンパイアだからかな。

 畏怖の念を抱いているとか。


「アルベルトにも言われたよ。レインにとって珍しいことだって」

「え、ギルマスのアルベルトさんに会ったの!?」


 アルベルトが受付で話をしたのはアリスでは無かったようだ。


「ああ、急に帰ってきたみたい」

「私が最後に会ったのっていつだろう? う~ん……。ま、いいか。本当にリュウってなにか持ってるわね」


「たしかに運があるかもしれないと思うことが最近あったな」

「なんか、すごいね。……だって、私があんなに探してた里を見つけるんだもん。頼んでもいないのに」


「今も探しているのか?」

「以前ほど積極的じゃないけど、一応ね」


「冒険者として活動はしているのか?」

「今はギルドで受付業に専念しているわ。依頼を出しているわけではないけど、情報が入ればすぐわかるし」


「里を探すということは、つまり父親を探しているということだな」

「そうよ。里がどんなところかというのも興味はあるけど、私の目的は父を見つけて、なんで母を見捨てたのか確かめたいの」


「こんな近くにいるなら昔母親に会いにきていたように、一言でもいいから教えてくれたらよかったのにな」

「そこが父の出身の里である保証はないけど、まず間違いないと思うわ」


「一つではないんだな」

「エルフだって人間のように、みんな知り合いというわけではないわ。それぞれの出身があるのよ。ルールだってそれぞれだと思うわ」


「里を離れて暮らすエルフに聞けば簡単だったんじゃないのか」

「自分の里に迷惑を掛けるようなことできないでしょ。聞くなんて失礼よ」


「では早速行ってみるか?」

「え? 二人ふたりで?」


「嫌なら他に呼んでもかまわない人がいれば呼んでくれてもいい」

「あ、いや、一対一が気まずいとかそういうことじゃなくて」


「Cランク二人ふたりでは危険か?」

「いや、リュウは実質Aランクみたいなわけだし、そんな風には思ってないんだけど」


「どんな危険があろうとも俺が絶対に守る、約束しよう」

「すごいうれしんだけど、……こういうパターンってフラグが立つ感じなんだよね」


「俺にはフラグなど存在しない」

「それそれ、めっちゃフラグが立ってるんだけど。まあ、低姿勢で接すればエルフが私達を襲うこともないでしょう。だから任せたわ、よろしくね」


 エルフは外敵に対して攻撃的なのか。


「よし、準備はいいか?」

「え? 部屋着なんだけど。というか今日はもう夜だから……。明日ならちょうどお休みをもらっているわ」


 普通はそうなるか。


「では明日、迎えにこよう」

「……それなら泊まっていく?」


 一瞬のためらいの後、彼女が選んだ言葉はそれだった。

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