第33話 夜の街

 受付を見るとミレイヤがいた。

 アリスは仕事を終えて交代したんだな。


 目が合ったので、会釈するぐらいでよかったのだが、なんとなく話しかけにいった。


「早速Aランクを受けたのね」


 ミレイヤには伝わっているみたいだ。

 アリスから直接聞いているのか、担当の資料を見たのかはわからないが。


「せっかくなので」

「順調?」


「終わったよ。レインに報告をしていたところだ」

「冗談みたいに言うわね」


「運も味方してくれたな」

「あ、気に障ったらごめんなさい。それぐらいすごいってことを言いたかったの。運も実力のうち、きっと日頃の行いがいいからね」


 それなりに笑顔でいるつもりだったんだが。

 俺ってそんなに無表情なんだろうか。

 変に意識したら絶対変な顔になりそうなので、またひっそり鏡でも見て練習しておくか。


 返答しにくい流れだな。

 特に用事もないのでここらへんで切り上げるか。


「わかっている、それじゃあ」


 ちょっと冷たかったか。

 俺はなにをしに来たんだろう。


「あれ? 今日は次の依頼を受けておかないの?」

「ああ、今日はゆっくりするよ」


「それがいいわ。さすがのリュウも初のAランクの依頼にはお疲れなようね」

「そうだな、いろいろあったからな」


 このまま続けると浮気を隠そうとして支離滅裂な状態に陥る人のようになりかねない。

 アリスと会うことを隠しているわけではないのだが、話の内容は彼女に最初に伝えたいと思っているだけなのに。

 こんな簡単な話でさえ、隠し事って難しいな。


「なんか安心したわ」

「それならよかった。特に用は無かったんだが、ミレイヤの顔が見えたから、なんとなく話そうと思ってね」


「あら、そんな風にうれしいこと言ってくれるのね」

「それじゃあ、行くよ」


「またね」


 自ら墓穴を掘りに行くところだった。

 君子危うきに近寄らずだ。

 ミレイヤに罪はない。


 俺がアリスと会おうが勝手で自由なのだが、なんか後ろめたさがある。

 うぬぼれ過ぎなのか?

 レインのせいか、少しミレイヤのことを意識してしまっているのかもしれない。


 リュウセイ時代よりも確実に感情の起伏は少なくなっているはずだ。

 でも、もう少し減ってくれていたら、無駄な悩みを抱えずに済んだのに。

 ま、それがゼロになったとき、俺は人の形をした神か悪魔に近い存在になるのだろう。

 今のところ人として楽しんでいく以上は、これも大事な要素ではあるな。


 ギルドを出て約束の場所へ向かう。




 実は時間としてはまだ余裕があった。

 ギリギリになるのがいやなので、時間を気にしていた結果、アルベルトの話を切り上げる形になってしまった。


 さっきのミレイヤとの会話を見られていないことを祈るばかりである。

 まるでアルベルトとの話が退屈だったと誤解を招いてしまいそうだ。


 人の話を切ってまで、女性を口説くとはいい度胸をしているなと。

 しかも、これから別の女性と会う約束までしていると知られたら、相当にチャラついた男だと思われそうだな。


 そんなことよりも、アルベルトに次に会って話ができるのはいつかわからないということが問題である。

 レインとブラッドレインについて話をしていたときにアルベルトは現れた。

 そのとき『それだけじゃないだろう?』と言っていたのだが、果たしてあの言葉にどんな意味があったのだろうか。


 あれもヴァパイアに関わる意味を示していたのかもしれない。

 ただ切り裂くだけではなく、その血を飲むことで力を得る、とか。


 レインがヴァパイアであることを隠しておきたい理由もあまりよくわからない。

 これだけ亜人種もたくさんいるなか、ヴァンパイアなど知られたところで、問題ないと思うんだが。


 ヴァンパイアは他の種族とは違って特殊だったり、危険だったりして、忌み嫌われているのだろうか。

 地球と同じ設定だとすれば、他人の血を吸うというのはマイナスイメージかもしれない。

 しかし、人と共存しているところを見る以上、少なくともレインに限っては、そうではないはずだが。




 ミノタウロスは素材として高く引き取ってもらえるのだろうか。


 エレの町の件は本部と支部の間で連絡のやり取りが挟まるので、報酬が出るのに時間がかかっているようだ。

 一旦、依頼として終わりかけたところで、あのアンデッドとしてイフニスが見つかったので、まとめてもう少し先になるかな。


 ウィリアムがゼイルの件でおわびしたいとか言っていた。

 次に会ったとき、限りなく黒に近いやつを見て俺はどう接するのだろうか。


 毒系のモンスターはまだ誰の需要も発生していないようだな。


 そんなとりとめもないことを考えながら夜の街を歩く。




 視界に道具屋が映りこんだ。

 ジイさんがやっていた万屋ではなく、大通りに面していて品ぞろえもよさそうな店だ。

 レインが言っていた録画ができる魔道具、現金をくずせば買えると思うが、ちょっと見ておこう。


 ワゴンセールのコーナーに、動画撮影用のマジックレコーダーという商品が、中古品ならば五百ドルで売っていた。

 ワゴンセールで掘り出し物を探し出すことは、ダンジョンでお宝を見つけるような小さなクエストであると言っても過言ではない。


 地球のビデオテープのように劣化するものなら避けるが、詳しい仕組みは知らないものの、デジタルメディアみたいなものだろうから、たぶん問題ないだろう。

 必要最低限の仕組みはそろっているらしいので、これで十分だな。


 カード払いで商品を購入した。


 店を出て、目的地に向かいながら再び夜の街をぶらつく。

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