第19話 自由研究

 目が覚めた。

 この表現が正しいのかわからない。


 とりあえず、俺という自我を持った物体として、再びこの世界に戻ってこられた。


 眠気があったわけではないが、眠ることで気分はスッキリしている。

 無意味ではなさそうだ。




 さすがにレインは起きているころだろうな。

 IDカードを見ると、ちょうど正午ぐらいだった。


 それにしても、このIDカードは本当によくできている。

 時間についていえば、地域に合わせて自動調整がかかるらしい。

 アナログ表示ではあるが、地球でいうところのソーラー電波受信機能付き時計そのものだ。


 ランクの文字が書かれた表面に対し、裏面には冒険者名とステータスが表示される。

 ステータスは、本人が触れているときだけ表示されるという個人情報にも配慮された作りになっている。


 ミレイヤが俺のIDカードを見てステータスを測定していないと気付いたのは、裏面を上にして手渡したからかもしれない。

 俺には表記されていないので別に見られたとしても全く問題ないのだ。


 最初に測定していたとすれば、早くも俺の人外伝説の幕が上がっていたのかもしれないな。

 あらゆるステータス値が無限大かゼロかのどちらかになるのではないかと思っているからだ。


 レインが眠る前に、IDカードも魔道具の一種だと教えてもらった。

 微力な魔力を動力源としているものは、この世界に漂う魔素を取り込むことでほぼ永久的に動き続けるらしい。


 これだけ便利な物があれば、地球のように科学を発展させる必要もないのかもしれない。




 そんなことを考えながら、西の森林を自主的に探索しているところだ。


 ミレイヤからせっかく情報をもらったので、役に立たせてみようかと思った次第である。


 しかし、致命的な問題にぶち当たった。

 強力な魔物とは一体どの程度のことを言うのだろうか。


『ルシア……?』

『はいは~い』


『魔物の強さってなにが基準になるんだ?』

『ステータスが見られるなら、それが客観的情報としては一番確実よね。隠蔽や偽装をしていない場合に限るけど』


『その他に方法は?』

『闘力や魔力でおおよその潜在能力を見極めることもできるけど、強いかどうかには直結しないわね』


『今の俺でもわかるような方法は?』

『アタシはアナタの創造主じゃないから的確なアドバイスを求められると荷が重いんだけど、見るスキルを持たない前提においての一般的なことなら教えてあげられるわ』


『それでかまわない』

『じゃあまず魔力から。魔核のエネルギーが大きさに比例して魔力も大きいと考えればいいわ』


『それならば、俺はもう認識できるということだな』

『ただし、基本的にはという話になるけど、今はそれだけ覚えておけば十分でしょ』


 難しいこと言っても今は無駄だと言わんばかりだが、俺にとってはこれぐらいで丁度いい。


『ちなみに魔力を有する人間なら?』

『その人の感覚によるんじゃない?』


『感覚?』

『丹田がしっかりくると思えばそこだろうし、頭の中の人もいるだろうし、人それぞれだと思うわ。魔物はそれが魔核というわけ。魔物についても言えることだけど、常に全身や特定の部位に巡らせている場合もあるわね』


 人間は魔物よりも一癖あるようだ。


『では闘力は?』

『威圧感みたいなものかしら。戦闘における貫禄とか迫力とか、すごみとか』


曖昧あいまいだな』

『ステータス値的に言えば、物理的な身体能力のステータスから算出されるんだけど、見えてない人にとってはカンでしかないわね』


 あのクソ野郎はどのようにして俺の闘力を測ったのだろうか。

 耐性があったり、人の力を測ったり、もし本物だったとしたら意外に有能だったのかもしれない。

 魔道具という可能性も捨てきれないが。


『なるほど、また勉強になったよ。ありがとう』

『どういたしまして』


『それじゃあ』

『は~い』


 誰かにこのやりとりを見せれば、最初に俺を殺そうとしてきた者だったとは誰も考えられないだろう。

 今回は変な絡まれ方はしなかった。

 相変わらず忙しいのかもしれない。




 闇霧あんむを周囲に放つ。

 俺の探索ごっこはそれから始まる。

 空中から大規模な探りを入れる。


 ネズミ、サル、キツネ、イノシシ……そんな感じの見た目で、凶悪とはかけ離れたような魔物しかいない。


 洞窟のある位置は森林において北西にあたる。

 その地点から見て南東に移動しながら探るポイントをずらしていく。

 そのまま進めば森林を抜けてエレの町にたどり着く方向だ。


 ちょっと気付いたことがあった。

 考えが合っているか確かめるため、今度はその地点から見て南西に移動した。


 すると予想外のことが起きた。

 アリスに似たエルフ族が暮らすと思われる村? いや里だろうか? ……そんな場所を見つけてしまったのだ。


 姿も見えず物もすり抜ける状態であれば、魔力も闘力も無い俺が侵入したことで驚かせはしないはずだ。

 姿が消えるだけの【バニシュ】に対し、こちらは【完全バニシュ】と呼ぶことにしよう。

 それでも万が一気付かれていたら、上空から参上するなど確実に侵入者扱いとなる。


 念には念を入れ、あらかじめ地面に着地し、その地点にゆっくりと平行移動して慎重に近づいていく。

 ある程度近づいたはずだが、何も見えてこない。


 そう思っていると、突然視界が切り替わり、おおよそイメージしていたエルフの里が姿を現した。

 いわゆる結界だな。

 ただ、俺に幻術の類は通用しないはずなので、精神に影響を与えているのではなく、物理的に操作するタイプと見える。


 男女ともにモデルが勢ぞろいしたかのように美しく外見が整っている。

 だが、アリスに比べて、どこか冷たい印象が感じられる。


 ひとまず俺のことは気付かれていない。

 よかった、魔核は持っていないようだ。

 他の亜人種については定かではないが、少なくともアリスは魔物ではないということになる。

 もし仮にそうだったとしたら、冒険者の受付などやるはずもないか。

 ミレイヤについても、同じことが言える。


 国とはどのような関係なのか不明だが、平和な雰囲気だ。

 アリスには個人的に伝えてみてもいいな。

 別に悪いことしたわけじゃないから、問題ないだろう。




 好奇心も程々にその場を離れ、さっきいた洞窟の付近に再び戻った。

 戻ってきたのは、さっき考えていたことが、おそらく合っているからだ。


 この洞窟付近の魔物は、他の離れたところの魔物よりも、平均して体が大きいのだ。

 大きい以外に、中には色味や特徴などが少し変化しているものもいる。

 それは素人見解であって、ただの個体差と言われて終わりという可能性はある。


 今俺のやっていることは夏休みの自由研究みたいなものだ。

 結果が正しいかどうかは重要ではない。

 謎を解明すると言う過程を楽しむことに意義があるのだ。


 一種類でいいから大物を捕まえてやろうと考えていたところ、あっさり発見できた。


 茂みに潜んでいた巨大なイノシシみたいなやつを一匹発見し、すぐさま闇に送った。

 周りにいたやつも捕獲したが、こいつもそれなりに大きい気がする。

 洞窟から離れたところで、一番小さいやつも捕獲した。


 大きくなるにつれて、口からはみ出している牙の本数が違う?

 顔がいかつい?

 なんとなく見て取れるのはそんなところだ。

 魔核のエネルギーは大きさに比例している。

 これでレインにもいい報告ができそうだ。

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