第12話 レインと共に

 作業場には二人ふたりの若手がいた。


「俺のことを信用してくれているなら、他の従業員のことも同じように信用してやってくれ。つまりここでのことは、誰にも漏れないと思ってもらえればいい」

「そのつもりだ」


 従業員の制服を偽造してなりすます者がいるかもしれないが、見つかればただでは済まないので、そこまで神経質になることはないだろう。


「後から聞いたんだが、これが初依頼なんだってな。ではさっそく見せてくれ、期待の新人」

「まずはこれとこれから」


 狩猟と採集の件の依頼書を見せる。


「ウサギはこのおりの中、薬草はこの器にいれてくれ」

「どちらも最低量の二倍とっておいた」


 そう言って、それぞれを所定の位置に闇から戻した。


「相変わらず、見事だな。成果も素晴らしい。ウサギにしろ薬草にしろ、危険は少ないが、特別なスキルでも無ければ、わりと面倒で大変だからな」


 しばらく彼は獲物と収穫について検査していた。


「問題ないか?」

「ああ、傷すら一つ無い、鮮度抜群の品だ。量だけではなく質についても報酬アップするだろうな」


「もう一件、南の森林の洞窟内部の調査をしたんだが」

「調査か。なにかあったか?」


 少し彼の声のトーンが下がったような気がした。


「とりあえず捕獲した四種類の生き物を一つずつ出す。ゴブリンと同じく魔核と思われるものを持っているみたいだが、魔物で間違いないだろうか」


 前回注意を受けたので、言いつけを守り、【ストレージ保存領域】内で絶命状態にしてからその場へ出した。


「よく理解できているな。その通りだ。とくに驚くようなものはいないが、これだけの種類が生息していたとは」


 いつもの明るい声に戻ってくれたようだ。


「それぞれ少なくとも三十匹はいた」

「数えたのか?」

「全部捕獲した」

「マジか。普通のFランクなら戯言として受け止めるところだが……」


「金になりそうなものはあるか? 少額なら面倒をかけるだけなので遠慮するが」

「仕事だからそれはかまわんのだが、残念ながら金になりそうなものは無いな」


「いや、待てよ。ギルドでは買い取っていないが、ケイブバット、ケイブスパイダー、ケイブスネイク、ケイブフロッグ、それらは毒の素材になる。取引する余地はありそうだな」

「その程度なら無理して金に換える気はない。もしも欲しがっている人がいれば、無償で譲ると伝えておいてくれ」

「わかった、掲示板に張り出しておくよ。そこまで金に執着してるわけではないんだな」

「大金持ちにはなりたいが、小銭を集める趣味はないだけだ」

「そうか。本当にそう思っているんだろうが、真顔で言えるところがすごいな。安心しろ、お前には俺がいる。友達が作れなくてもなんとかなるさ」


「他にも珍しそうな地質も削っておいた」


 地質調査もあるかもしれないので、壁や地面も数カ所を削るようにして取っておいたのだ。

 彼に見えるように、構成に違いがあると思った岩や土を並べた。


「まあ普通の物質だな」

「そうか」


 そう言いながら、俺は残る二件の依頼書を見せた。


「そう簡単に奇跡は起こらないものさ。奇跡と言えばだが……ん?」


 彼はなにか言いかけて、黙って依頼内容を確かめた。


「残る二件は開始時にギルドの従業員に立ち会ってもらう必要がある」

「ほお、いろんな依頼を受けてたんだな」

「何事も経験にしようと思って」

「大胆な発言はするが、そういう地道なところもあったりして、なにを考えているかさっぱり読めないな」

「そう簡単に考えを読まれては困る。で、今からできるのか?」

「無理じゃないが、日は落ちたっていうのに、こんな暗い中まだやる気なのか?」

「無理じゃないならお願いする。暗さなら問題ない」

「わかったよ。んじゃ、行くか」


 準備や手付きを済ませた彼と共に依頼を受けた倉庫へ向かった。




 倉庫に着くと、彼は鍵を開けながら説明をしてくれた。


「目を通していると思うが、ここが古い倉庫だ。まずは中の様子を確かめておこう」

「わかった」


 二人ふたりで中に入って、彼の持っていたランプで一通り見て回った。


「これと全く同じ形状の新しい倉庫にこれから移すわけだが……暗くて見えづらいし、この量じゃすぐには終わらないぞ」

「大丈夫だ」


 そう言って俺は、倉庫の荷物だけを丸ごと闇へ格納した。


「あれ?」

「安心してくれ例の空間操作だ」

「念じるだけでできるのか?」

「まあ、そんなところかもな」

「そうか」


 説明が難しいので適当にしておいた。

 俺が説明を諦めたのは向こうにも伝わっているようだった。




 古い倉庫の鍵を閉めて、少しだけ離れた位置にあった新しい倉庫に着いた。

 同じように彼に鍵を開けてもらい、中を確認した。


 たしかに、全く同じ作りだ。


「で、どうするんだ?」


 俺は格納しておいた荷物を同じ配置で新しい倉庫に戻した。


「完了だ」

「おい、ウソだろ……こんなの聞いたことないぞ」


 彼は薄暗い中、ランプを片手に全体を見にいった。


 俺の前に戻ってきた彼はキツネにつままれたような顔をしていた。


「じゃあ、最後もよろしく」

「いやいや、まだ気持ちの整理ができていないって。……とりあえずだな、この件は俺が立ち合いにて直接完了を見届けた。できてそうな雰囲気だが、後の細かいところは依頼主に確かめてもらうだけとなる」

「ありがとう、おかげでスムーズに報酬が手に入りそうだ」

「こちらこそいいもん見させてもらったよ」


 新しい倉庫の鍵を掛けて、二人ふたりで最後の依頼の目的地へ向かった。




「着いたぞ。この下の先につながる下水道だ。中の鍵はお前に預ける。一応ここで作業に入るところまでは見届けたから、俺は帰らせてもらうぞ?」


 業者の怠慢により長らく放置されていた街の外れにある下水道の清掃、これは国からの依頼だった。

 ここ最近、地上にまで異臭を放ちだしたらしい。

 既に辺りに強い臭いが立ち込めている。


「帰ってもらってもいいが、たぶんすぐ終わるはずだ」

「さすがに無理だと思うが……ちなみに一緒に見るのもごめんだぜ。臭いは我慢できるかもしれんが、変な病気に……」

「俺一人ひとりで大丈夫だ」


 奥にある扉用の鍵を一応受け取り、マンホールの蓋開け、垂直な階段を下りて先に進んだ。

 地球では地下道を見たことないが、こんな扉は無かったんじゃないかと思っている。


 この世界では得体の知れない生物が住みついてしまわないように対策をしているのかもしれない。

 面倒なので鍵は使わずに扉をすり抜けて奥へ進んだ。


 臭覚を鈍感にしておかないとキツイな。

 精神が狂うわけでもないが、無駄に不快を味わう必要もない。


 たしかに、酷い汚れだ。

 俺は下水道の内部の汚れを闇に送った。


 見違えるように美しさを取り戻した。


 地上に出た。


「終わった」


 近くで鼻をつまんで待っていた彼に言った。


「ん? ……マジなのか?」

「マジだ」

「マジのマジか?」

「マジのマジだ」


「わかった。やってなければ、最終確認が入ってバレるもんな。ウソをつく意味がない」


 彼は自らに言い聞かせるようにして納得していた。


「鼻で呼吸すればわかることだ」

「ホントだ、臭いが消えている!」


「ではこれから、新しい依頼を受けに戻る」

「その前に話がある。が、さらにその前に、せっかちさんのために、完了の報告をしておきたい。まだ電話してもギリギリ許される時間帯だからな」

「それは助かる」


 二人ふたりでギルドへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る