第7話 解体作業場

 アリスからの説明を思い出し、ネックレスチェーンをIDカードの穴に通して首にかけた。

 ギルド内において、それを所持している者は見えるように携行する義務があるのだ。

 それが無ければ立ち入りが禁止されている場所もあり、酒場や受付のある広間以外は大体そうなっている。

 身分証明になるので、戦闘や入浴、就寝のようなとき以外は、理由が無ければ常に身に着けることを勧められていた。


 教えてもらった通り受付から少し離れた位置にある通路を進むと、体育館のような大きさの広間に出た。

 街の中心から少しだけ外れた位置にあるとはいえ、敷地は広大なようだ。


 作業台の上や床には魔物のものと思われる様々な部位が転がっている。

 大きな窓で換気はされているが、血なまぐさく、あまりいい空気ではない。

 窓の外を見ると草むらの上に無造作に積まれた大小さまざまな素材があった。


「用があるなら聞いているから伝えてくれ。今日は俺一人で忙しいんで、多少の失礼は許してくれ」


 こちらに目を向けることなく、作業台で次から次へと素材の解体作業にいそしむ渋めの男がいた。


「ゴブリンは金になるのか?」


 その男の前に行き、聞いてみた。


「うちでは引き取れないな。味は悪いし、道具の素材にもならない。ハイクラスのゴブリンなら話は別だが。……F? 見ない顔だな」


 男はようやくこちらを見ると、Fランクがなんの用だと言わんばかりに眉をひそめている。


「とびっきりの新人だ。よくわからんのでこれを見てくれないか」


 闇より、キングと名乗っていたゴブリンをその場に出した。

 俺の闇=異空間の一部は物質を保存することもできるのだ。

 スキルっぽく表現するならば【ストレージ保存領域】といったところだ。


「お、マジックバッグでも持っているのか? あまり見せびらかすものではないぞ」

「ん? ぐぉっ……。なにが起こった……?」


 完全消滅や時間停止など空間の特性はいろいろあるが、生物を送り込む場合は、理由が無ければ時間の止まった空間に放り込んでいる。

 目の前に現れた四肢を失い倒れ伏しているキングも例外ではなかった。

 まだ息がある。


「おい、今なにか喋らなかったか?」


 聞こえづらかったのか、そもそも凡人には魔物の言葉はわからないのかもしれない。


「鮮度は抜群だが、査定アップになるのかな?」

「まさか生きているのか?」

「まだ生きている」

「鮮度はいいに越したことはないが、ここで暴れられたら困るんだ。今度からはちゃんと処理して持ち込んでくれるか」


 闇刀あんとうを手にするのではなく、キングの首元を通過するように発現させた。

 闇刀波あんとうはとでもいうところか。

 キングの首元から血しぶきが舞う。


「わるかった。今ちょうど処理は済んだ」

なにをした!? ……こいつはゴブリンキングじゃないか!」


 転がったキングの頭を両手で持ち上げ男は言った。

 体の大きさ以外に、顔にも特徴があり、見分けがつくようだ。


「たしかにキングと自分で言っていたな」

「言っていただと? それよりも、この鋼鉄のように固い肉体に対して、芸術的に美しい切断面。かなりの業物に違いない」


 男は作業台に頭を置き、転がる胴体の切断面を観察し始めた。


「いや、武器は……あ、そういえばあったな」


 剣・弓・棍棒こんぼう・杖といった初歩的な武器なら、あのゴブリンの洞窟で奴らもろとも闇に吸い込んだので所持していることになる。

 剣を右手に取り出して見せた。


「ふざけてるのか、それはアイアンソードだろ。どんなに力が強くても、剣がもたないはずだ。Fランクでパーティの荷物係かと思えばそれも違うようだな。それに、なんで生きた物がマジックバッグに入ってたんだ?」


 男の興奮状態はピークに達しているようだった。


 ルシアのことは秘密の約束なので、それにつながるような話はできない。

 普通の人間に俺の状況を説明しても理解されないだろうし。


「説明しないと引き取ってもらえないのか?」


 アイアンソードを闇に戻して質問をした。


「……すまなかった。久々に興奮させられたよ。空間操作はスキルだったんだな。その珍しい服装からみても君は授かりし者、……いや、詮索はやめよう」


 黒の長袖シャツに黒のチノパン。

 この俺が今身に着けている服は宇宙船で愛用していたものだ。

 たぶん俺の影響で漫画の主人公のように、絶対に破れない仕様となっている。

 着替えはできるが、俺にとって防具に意味はないので、愛着のあるこの服装で冒険するつもりだ。

 多少目立ってしまうようだがあきらめる。

 酒場で視線を感じたのは、俺の見た目の弱さだけではなかったのかもしれない。


 授かりし者とは、転生や転移をしてチートを得た者達のことだろうか。


「それは助かる。俺が安全で友好的な奴と広く認められれば、隠す必要もないのだが」


「君がただ者ではないことぐらいわかるが、悪い奴とは思っていない。皆秘密ぐらい持っていて当然だ」

「変な奴が寄ってくるのは、むしろ歓迎するところだ。悪は俺が滅ぼす」


 漠然としているがこれも実現させたい内容の一つだ。


「さらっとすごいこと言ったな。俺じゃなければ笑われているところだ。腕に自信があるみたいだが世界は広い。慢心は油断を生む。君がFランクということは紛れもない事実なのだ。……そういえば、君は誰かとパーティを組んでいるのか?」

「いや、組んでいない」

「では、これは依頼遂行中に得たものではないことになるわけだが、どこで手に入れたんだ?」


 Fランクではありえない依頼ということか。


「大きな森林だ。どう方角を表現していいのかわからないが、この王都から見て途中に一つ町があった」

「それはエレの町を超えた先の西の森林だな。ちなみに中心都市を起点に北極点側を北、南極点側を南とし、その南北線に対して、右が東で、左が西だ。他国に行けば起点が変わる。簡易でいいから地図ぐらいは買っておけよ」


 なんだか子を思う父親に見えてきた。


「金ができたらそうする」

「安心しろ、こいつはわりといい金になる。貴金属には及ばないが、軽くて丈夫な革は中級までの女性冒険者達に人気にんきがある」


 男は思い出したかのように、止まっていた手を動かした。


「ありがとう」

「西の森林ということだが、ここからは遠いため、他の町が出した依頼に関係しているかもしれない。念のため調べるように伝えておこう。報酬は無いと思ってくれ」


「問題ない」

「知っているかもしれないが俺はレインだ、よろしくな」


 レインは腰の布で手をぬぐって握手を求めてきたので、それに応じた。


「リュウだ。よろしく」

「IDカードを貸してくれ」


 俺は首にかかるIDカードを外して彼に渡した。


 彼は紙になにかを記し、そこに俺のIDカードをあてがった。


「IDカードに触れてくれ」


 俺が指で触れると、彼は小さな水晶のようなものをその上からかざした。

 彼のIDカードも同じように処理された。


「伝票だ。受付に渡せば金を受け取れる。本来は全て処理が終わってからしか出せないが、特別だ」


 IDカードと合わせて伝票を渡してくれた。


「ありがとう」


「この水晶はIDカードを利用した世界に一つの印を付けるための魔道具だ。相応する魔法か魔道具で、偽造かどうか判別できる」


 彼は不思議そうに水晶を見ていた俺に教えてくれた。

 不正防止の印鑑みたいなものだな。


「ありがとう、それじゃあ」


 俺はその場を後にし、再び受付へと向かった。

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