第41話 下衆な男

 彩は、桜のいる病室のドアをノックした。

「どうぞ、開いてるわよ」

 中から声がする。パネルに手を触れドアを開けると、白いシースルーのキャミソールに身を包んだ桜が、コップを片手に椅子に座っているのが見えた。

「ごめんなさい、着替え中だったのね」

「あら、私は室内じゃいつもこの格好よ。気にしないで」

 そう言って、手をひらひらと振りながら、コップのなかのものを一口飲む。男性が訪ねてきたら、どうするのかと思いながら、彩は室内に入った。

「あら、葉月さんじゃない。今日は車椅子じゃないのね」

 桜は相手が彩だと気づき、笑顔を見せた。

「今日から歩いていいって許可が出たんです」

「そう、よかったわね。で、今日はどうしたの?」

 そう言いながらも、桜はまた、コップに口を付けた。

「実は、少しご相談したいことがあって」

「どんな?」

 桜は、彩のほうへ顔を向け、眉を上げた。

「白鳥さんのことなんですが」

「言い寄られでもしてるのね」

 やはり、常習犯ということらしい。

「その通りです」

 桜は、大きなため息をついてコップをテーブルに置き

「まあ、座って」

 と対面の椅子に手を差し伸べた。


「私も、ここに来てすぐの時は、しつこくつきまとわれたわよ。まあ、その頃は他にも男の患者がいて、女性は私だけだから、下心丸出しで近づく連中ばかりで大変だったけどね。でも、あいつは特別にしつこかったわ」

 桜は足を組み、黒髪を手ですきながら話し始めた。コップからは、コーヒーの匂いが漂ってくる。

「止めさせる方法はないのでしょうか?」

「私の場合はね、蘭くんのおかげかな」

「蘭くんの?」

「蘭くんの世話を買って出たの。常に蘭くんと一緒にいることになるから、相手も口説くチャンスがなくなるのね」

「そういうことですか」

 さすがに、八千代を貸してくれとは言えない。

「でも、一人で行動しなければ、あいつも露骨に誘うことはしなくなるでしょうね」

「そうすると、アンドロイドやドロイドに警備してもらうのが一番でしょうか?」

「そこまですると大げさになるわね。別に危害を加えるような輩でもないし」

「はあ」

 貞操の危機だったわけだが、あえて言うことはしなかった。

「麻子さん、でしたっけ? 彼女にお願いするのは?」

「学校があるから、平日の昼間は無理ですね」

「まあ、そうよね」

 桜は肩をすくめ、机の上のコップを口に運んだ。

「お母さんにお願いする事もできるけど、毎日病院まで来てもらうのも大変だし」

「そうすると、自分だけでも回避できる方法が必要ということね」

 桜は、コップを両手に持ったまま、しばらく考え込んでいた。彩は、コップから立ち昇る湯気をじっと見つめたまま、桜が話し始めるのを待った。

 コップからの湯気が収まってきた頃、桜が再び話し始めた。

「あなた、付き合っている男性とかいないの?」

「えっ?」

「結婚していたり、婚約者がいれば、なおいいかもね。その男性を、あいつに紹介するの。さすがに、つきまとうのを止めるんじゃないかしら」

「男性、ですか」

「あなた、言い寄ってくる男性は、あいつ以外にも結構いたんじゃないの?」

「いや、そんなには・・・」

「でも、いたんでしょ? 嘘でもいいから、その人たちに頼んでみるとか」

 彩は下を向いて

「私はもう感染者ですから、今さらお願いを聞いてくださる方なんて・・・」

 と弱気な姿勢を見せた。

「まあ、男なんてそんなものよね。肝心な時に頼りにならないんだから」

 桜も、彩の考えには同意のようだ。

「でも、男がいるって言ってしまえば、向こうも構えるんじゃないかしら。紹介するのは後でどうするか考えるとして、今度ちょっかい出されたら試してみたら?」

 そう言いながら、桜は立ち上がり、キャミソールを脱ぎ捨てた。下には何も身に着けていない。

 彩が目を白黒させている前で、桜はベッドにある黒のタンクトップとショートパンツを身に着けた。

「さあ、そろそろ蘭くんの様子を見に行かなくちゃ」

 そう言って、桜は彩に向かって笑顔を見せた。


 桜に礼を言って別れた後、彩は自分の病室へと向かっていた。

 その途中、白鳥の姿を見た時は、自分の運の悪さを呪った。

「彩さん、車椅子はいらなくなったのかな?」

「もう、足のほうは治りましたので」

 顔も向けず、まっすぐ前を向いたまま通り過ぎようとする彩の行く手を遮り

「ねえ、いい加減、機嫌直してよ。おいしいミントティーがあるんだ。僕の部屋で一緒に飲まないか?」

「あなたとは、2人きりになりたくありません」

「じゃあ、ここで飲もうよ。今から持ってくるからさ。少しお話するだけならいいだろ?」

 そう言いながら自室へ戻る白鳥に何も言うことができず、仕方なく彩は白鳥が戻ってくるのを待つことにした。

 しばらくして、両手に一つずつコップを持って白鳥が戻ってきた。片方のコップを渡されて、彩は一口飲んでみた。爽やかな風味が口の中に広がる。

「天然のミントだよ。毎朝、これを飲んで頭をスッキリさせるのさ」

 白鳥は、ほとんど一方的に話しかけるが、彩は、とにかく早く自室へ戻りたかったので、生返事するばかりだ。

 ミントティーを飲んでいるうちに、彩は眠気を覚えるようになった。だんだんと意識が朦朧とし、立っているのもつらい。

「彩さん、どうしましたか?」

 そう話しかける白鳥の顔が品のない笑みを浮かべているのが一瞬見えたが、彩はそのまま意識を失ってしまった。


 鬼神は一人、自室でソファーに座り、写真を眺めていた。

 写真には、明日香と咲紀の二人が笑顔で写っている。

 しかし、鬼神の頭のほとんどを占めていたのは、この二人のことではなく、彩のことだった。

 彩の母親は、鬼神が彩の恋人になることを望んでいた。そして、それは彩の願いでもあるようだった。

 もし、彩が自分の気持ちを鬼神に打ち明けたとしたら、どのように返答すればいいのか、鬼神は悩んでいた。

 死別したとはいえ、鬼神には愛すべき妻子がいたわけである。今でも愛する気持ちに変わりはない。それを理由に断るのが、相手をできるだけ傷つけない最良の方法だろう。

 しかし、発症までの間だけでも彩に幸せになってほしいという母親の願いが足枷となって、いざとなると断ることができない気がしていた。

 彼女への同情心から、生きている間だけ仮初めの恋人として振る舞うのも一つの手段ではないかと考えたときである。

 同情心という言葉に鬼神は違和感を感じた。

 彩がいつかは発症して命を落とすという事実に対し、不憫に思う気持ちはもちろんあった。

 だが、それよりも鬼神にとっては彩を失うことへの不安のほうが大きかった。

 そのことに気づいた時、鬼神は自分の心の中で彩の存在が大きくなっていることを理解したのである。

 彩と親しくなったのは、つい最近のことだが、今ではかけがえのない親友の一人となった。

 いや、もしかしたらそれ以上の存在になっているのかも知れない。

(それを知ったら、お前はやきもちを焼くだろうな)

 写真の中で笑っている明日香の顔を眺めながら、鬼神は寂しげな笑みを浮かべた。

 ふと、写真の隅にある時計に目を遣る。

「おっと、もうすぐ治療の時間か」

 鬼神は深くため息をついた後、写真を机の上において立ち上がった。


 白鳥は、彩に肩を貸して廊下を歩いていた。片手で空のコップを2つ持っている。

「さあ、彩さん、もう少しですよ」

 白鳥は、歩きながら彩を抱き寄せ、耳の近くに口を寄せて囁く。

 やがて自分の部屋の前にたどり着き、白鳥はパネルをタッチしてドアを開けた。

 彩は、白鳥から離れようとして身をくねらせる。しかし、白鳥は彩の体を抱きかかえ、放そうとしない。

「彩さん、ベッドで少し横になったほうがいい」

 そう言って、彩を中に入れ込もうとする。彩は抵抗するが、ほとんど力が入らないようだ。

 白鳥の目的は、もはや明らかであった。部屋の中に入ってしまっては、もう助けを求めることは不可能だ。しかし、彩はほとんど何もできない。意識を失いかけ、体を動かすことも難しい状態だった。

(鬼神さん、助けて)

 心のなかで、鬼神に助けを求めた。

 その願いが通じたのか、偶然、鬼神が自室から出てきて、2人の姿を目撃した。

「どうしたんだ?」

 ぐったりしている彩を見て、鬼神は驚いて白鳥に尋ねた。

「あっ、いや、急に倒れてしまって、部屋で休ませようと」

「まさか、発症したのか?」

 すぐに彩のもう片側の肩を抱え、鬼神は一緒に白鳥の部屋へ入る。

 ベッドに彩を寝かせると、鬼神は彩に尋ねた。

「頭の痛みはありますか?」

 彩は首を横に振り、何かを話そうと口を動かす。

 口元に耳を近づけ、鬼神は彼女の言葉を聞き取ろうとした。

「コップ・・・薬・・・」

 鬼神は、白鳥が手に持っているコップを見つめ、次に白鳥の顔をにらみつけた。

「どういうことだ?」

 赤く燃えるような鬼神の眼光に射抜かれ、白鳥は首を横に振った。

「僕は知らない」

「そのコップをそこに置いて、すぐに守衛を呼んでこい」

「僕は・・・」

「早くしろ!」

 鬼神の怒鳴り声に、白鳥は慌てて外へ飛び出した。

 鬼神は、彩の顔を見た。彩は涙を流している。

「もう大丈夫です。安心して」

 鬼神がやさしく話しかけると、彩は口を動かした。「ありがとう」と言いたかったらしい。

「少し眠るといい。直に元に戻るだろう」

 彩は、鬼神に声を掛けられ安心したらしく、すぐに眠ってしまった。


 コップの一つには、即効性の睡眠導入剤の成分が検出された。夜、眠れないからと医師に相談して、白鳥が処方してもらったらしい。

 彩が目覚めた時、そばには鬼神と彩の両親、フィオナとモニカ、そして桜に八千代まで、心配そうな顔で見守っていた。

「気分はどうですか?」

 鬼神に尋ねられ、彩は

「大丈夫です」

 と答えた。

「全く、ここまでやるとは思ってなかったわ。もっと重く受け止めるべきだったかしら」

 桜の言葉に

「そんな。私も、もっと気を付けるべきでした」

 と言って彩は起き上がった。

「警察に連絡したら、かなり問題視してくれてね。あの男は、病室から一歩も外へ出られなくなったよ。だから、もう大丈夫」

 鬼神は、笑顔で彩に説明した。

 彩が感染した責任もあり、警察から優遇されているからなのか、白鳥にはかなり重い罰則が速やかに適用された。スラム街の連中同様に部屋に監禁され、しばらくの間、彩の前に姿を現すことはないだろう。

「よし、それじゃあ、俺は最後の治療に行ってくるよ」

 鬼神がドアに向かおうとする後ろ姿に

「ありがとうございました、鬼神さん」

 と彩が礼を言うと、鬼神は後ろを向いたまま手を振って応えた。


 麻子は、ドナと一緒に自宅へ戻っていた。

 引越し業者との事前確認も完了し、あとは小物を箱に詰める作業を残すのみだ。

「ここには、おもちゃがたくさんあるのね」

 ドナが入った部屋には、たくさんのおもちゃが積み重なっていた。

「私、小さい頃は友達がいなかったから、おもちゃは友達代わりかな」

 そう言いながら、麻子は人形の一つを手に取った。それは、服が手垢ですっかり汚れ、ところどころ破れやほつれもあった。

「全部、お父さんが?」

「そうです。私が、友達がいなくて寂しいって言うと、いつも困った顔をしてました。その度に、おもちゃを買ってきて」

 手に取った人形の顔にそっと手を触れながら、麻子は懐かしそうに話し始めた。

「この人形が、私のお気に入りだったの。あきちゃんって名前をつけて、一人でよくままごと遊びをしてたっけ」

「あきちゃん、か。どうして、その名前をつけたの?」

「どうしてだったかな? 麻子の『あ』をとって付けたのは覚えてるけど」

「そっか。子供の頃の話だものね」

 おもちゃを全て箱に詰め、次に、父親の大事にしていた品に取り掛かる。

「これ、十二支っていうのよね」

 12個の小さな置物を指差して、麻子はドナに尋ねた。

「あら、よく知ってるわね。今では使わなくなったけど、昔は12年周期で動物の名前を年ごとに付けていたのよ」

 麻子は、ねずみの置物を手に取った。

「猫は、ねずみに騙されたから十二支には入っていないのよね」

「その通りよ。でも、本物のねずみは見たことないでしょ?」

「うん。見たことがあるのは、牛と犬くらいかな。でも、羊は居るって聞いたことがあるわ」

「羊は羊毛と肉をとるために飼われているわよ」

「地上に出れば、全部見られるのよね」

「龍以外はね。龍は伝説上の生き物よ」

「そうなんだ」

 こんな調子で、話をしながら作業していたので、終わった頃にはもう夜になっていた。


「うわあ、すっかり日が暮れてるわ」

 麻子が外に出てみると、あたりはすでに暗くなっていた。

 群青色の壁に、窓から漏れる光が点々と模様を描いている。その手前には道路があり、車が行き交っていた。

「さあ、病院に急ぎましょうか」

 ドナが麻子に声を掛ける。

 エレベーターを降りて、空いている車を探していると、一人の大柄な男が近づいてきた。

 何気なく、その男の顔を見た途端、麻子は息が詰まるかと思うほどビックリした。

 男は頭にピエロの面をすっぽりとかぶっていた。目と口の部分に穴が空いているが、暗くて中の顔は全く見えない。ダンス用のレオタードに身を包み、隆々とした筋肉の様子がはっきりと分かる。

「すみません、驚かせてしまって。私は、このあたりで路上パフォーマンスをしている者です」

 男が話しかけてきた。麻子は

「ごめんなさい。ちょっとビックリしちゃって」

 と言葉を返した。

「車を探しているのですか? 私もなんですよ。なかなか見つからなくて」

 男は普通に話を続ける。麻子は、少し安心したのか

「いつもなら、たいてい止まっているのに、今日は少ないですね」

 と言いながら車を探し始めた。

「このあたりで、昼間に演じていますので、よろしければ見に来て下さい」

「そうですか。でも、もうすぐ引っ越しちゃうんです。機会があれば見に来ますね」

「引っ越しですか・・・それは残念だ」

 男がそうつぶやいた時、車がちょうど2台停車した。

「あっ、2台停車してくれたわ。よかったですね」

 麻子は、そう言って男に笑顔を見せた。しかし、男は何も言わず、ピエロの顔を麻子のほうへ向けていた。

「じゃあ、私達は先に行きますね」

 麻子は少し気味が悪くなり、急いで車に乗り込んだ。

 麻子たちの乗った車を目で追いながら、男はその場に立ち尽くしていた。顔の様子は暗くて見えないが、口から白い歯が光って見えた。男は笑っているようだった。


 麻子が彩の病室に到着したときは、大勢の者たちが歓談していた。

 彩をはじめとして、その両親に鬼神、桜、そして八千代がテーブルを囲んでいた。八千代が麻子に気づき

「麻子お姉さん!」

 と叫んで麻子の下へ駆け足で近づいてくる。

「こんばんは、蘭くん」

 麻子は、笑顔で八千代にあいさつした。

 八千代と手をつなぎ、皆に近づくと、彩が

「遅くまでご苦労さま。荷物をまとめるのに時間がかかったのかしら?」

 と尋ねた。

「いろいろと懐かしいものが出てきて、つい見ちゃうもんだから時間がかかっちゃった」

「それ、分かるわ。部屋を片付ける時にやっちゃうのよね」

 彩が麻子に顔を近づけ、ウィンクする。

「ところで、何の話をしていたのですか?」

「あなたの話をしていたの」

「私のですか?」

 彩の返答に、麻子は目を丸くした。

「ほら、蘭くんがあなたに夢中になっちゃったでしょ? ボーイフレンドも多いんじゃないかって話してたのよ」

 桜が後に続く。

「いや、そんな・・・」

 麻子が返答に困っていると、八千代がまた変なことを言い出した。

「友達とたくさん遊んでる女性はきれいになるんだよね。白鳥さんが言ってた」

「あいつ・・・とんでもないことを吹き込んでるわね」

 桜が額を押さえ、ため息をついた。八千代だけでなく麻子もぼんやりしているところを見ると、それが何を意味しているのか、よく分からないようだ。

「蘭くん、それは嘘よ。白鳥さんの言うことは、信用しちゃダメよ」

 桜は、八千代をたしなめた。

「まあ、それでね、麻子さんの理想の男性は誰なのか、話題になっていたの」

 彩が、横道にそれた話を元に戻す。

「理想の男性ですか。誰だろう?」

 麻子には、すぐには思い浮かばないようだ。

「実際の人じゃなくても、好みとかあるでしょ?」

 彩の言葉を聞いて、麻子は話し始めた。

「私、鬼神さんと明日香さんの話を聞いて、一緒にいると安心できる人がいいなって思うようになりました」

「あっ、それ分かる」

 彩が思わず身をくねらせて同意する。

「じゃあ、蘭くんは、そう思われる男にならなくちゃね」

 桜にそう言われても、どんな人のことなのか、八千代には、いまいち分からないようだ。

「彩さんや桜さんは、どんな男性が理想ですか?」

 逆に麻子が2人に尋ねてみた。

「えっ、私?」

 不意をつかれ、彩が答えに窮していると、桜が先に答えた。

「私は断然、鬼神さんね」

 桜は、恍惚とした表情で、じっと鬼神の顔を見つめる。その様子を見ていた彩が

「私も、鬼神さんが理想の男性です」

 と力強く答えた。

「ははっ、これは光栄だな」

 鬼神は、笑いながら、軽く受け流した。

 しかし、彩のほうは大変である。たちまち耳まで真っ赤になってしまった。

 これを彩の父親が見逃すわけがない。

「鬼神さん、あなたはうちの彩に手を掛けただけでなく、他の女性にまで手を出すとは何事だ」

「お父さん、止めて下さい。考え過ぎよ。理想の男性というだけで、付き合ってるなんて、ひとことも言ってないでしょ」

 母親の一言で、彩の父は低く唸るだけで、あとは黙ってしまった。

「ごめんなさい、鬼神さん」

 母親が謝る姿に

「いや、こちらこそ浮かれてしまい、すみません」

 と鬼神も恐縮して答えた。

「蘭くんの理想の女性は、麻子さんよね」

 桜の問いに、八千代は大きくうなずいた。

「では、あとは鬼神さんにもお聞きしたいわ」

「俺ですか?」

 桜に突然、尋ねられ、鬼神は驚き慌てた。

「それは当然、明日香さんですよね」

 麻子の助け舟に鬼神は

「やっぱり、そうなるのかな?」

 と曖昧な答えしかしなかった。

「では、葉月さんと私とではどちらのほうが好みかしら?」

 桜は、また答えに困ってしまう質問を鬼神に投げかけた。

「それは・・・どちらも魅力的ですから、優劣はつけられませんよ」

「あら、うまく逃げたわね。いいわ、2人きりになった時に正直に教えてね」

 そう言って、桜は立ち上がった。

「蘭くん、そろそろ夕食の時間よ。部屋に戻ろうか」

 八千代は、桜にそう言われ、麻子に

「麻子お姉さんは、今日はどうするの?」

 と尋ねた。

「じゃあ、今日も一緒に食べよっか」

 麻子にそう言われ、八千代はうれしそうに麻子の手を引っ張り、桜とともに自室へと戻っていった。

「さて、今日は親子水入らずのほうがいいでしょう。俺は自室で食べることにしますよ」

 鬼神が退席しようとするところを

「そんな遠慮なさらずに。一緒に食べるほうが彩も喜びますし。ねえ、彩?」

 母親が彩を見た時、彩はまだ頬を赤く染めてうつむいていた。

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