第37話 明日香の願い
「最後は丸く収まったんですね」
鬼神の話を聞き終えて、彩が口を開いた。
「ようやくね。まあ、その後もいろいろとあったんだけどね」
「例えば、どんな?」
フォークを片手に麻子が尋ねる。
「明日香には、休日によく勉強を教えてもらっていた。普段は部活があって、俺が時間を取れなくなったからね。それで、いつも図書館だとマンネリだからってことで、24時間利用可能なテレワーク用オフィスを借りてみたんだ。有料だけど、仮眠用のベッドなんかも完備してあって、最初はいろんな設備を試すばかりで勉強にならなかったな」
「私もよく利用しますよ。締切に間に合わなくて集中したいときとか」
彩が合いの手を入れる。
「なんとか勉強を始めたんだけど、そろそろ帰らなきゃならない時間帯になって、2人とも眠ってしまってね。いつもなら図書館だから、管理人が起こしてくれる。でも、そこでは誰も起こしてくれないから、そのまま深夜までぐっすりさ。家のほうは帰ってこないって騒ぎになって、警察にも連絡したんだ。監視カメラで2人がオフィスに入るのがバッチリ写っていて、すぐに見つかったよ」
「じゃあ、相当怒られたんじゃないですか?」
麻子が興味津々で尋ねた。
「まず、勉強するために利用したってことを説明するまでが大変でね。若い男女が個室に夜遅くまでいたわけだから、まあ、不純な動機があったと疑われるのは当然だ。明日香の両親は激怒して、俺の親が謝ってた。俺と明日香は割と冷静だったな。勉強用具を見せて、真面目に勉強していたと説明して、なんとか納得してくれた」
「じゃあ、それほど大事にはならなかったんですね」
彩の言葉に、鬼神は笑みを浮かべた。
「ところがそうはいかなくてね。今回も、警察から学校へ連絡があったんだ。当然、2人とも職員室に呼ばれ、事件の内容がまた学校中に通知された。親は説得できたけど、クラスの連中は信用しなかったな。一線を越えたって噂されたよ。もうお互い恥ずかしくてさ」
鬼神が笑いながら話していると、麻子が返答に困る質問を投げた。
「『一線を越えた』ってどういう意味ですか?」
麻子が、まだ子供であることを鬼神はすっかり忘れていたらしい。一瞬にして場が凍りついた。
「大人の人が結婚すると、赤ちゃんが生まれるでしょ。でも、学生にはまだ赤ちゃんは早いわよね。そういうのを『一線を越えた』っていうのよ」
ドナが、遠回しに説明してくれた。
「じゃあ、鬼神さんと明日香さんの間に赤ちゃんができたって誤解されたわけですね」
麻子は納得したようだ。
「鬼神さんは、警官のときに感染されたんですよね。私みたいに、インフェクターに襲われたんですか?」
彩が、さりげなく話題を変えた。
「俺が感染したのは、警察になった翌年のことだ。強盗犯を追っているときに、銃で撃たれてね。大量に出血していたから、すぐに輸血が必要になった。人工血液も底をついて、同僚にも血液を分けてもらったんだ。なんとか一命は取り留めたけど、その同僚が1ヶ月後に超人症を発症してね。どうやら、家庭内で感染していたらしい。俺もすぐに検査を受けたよ。当然のごとく陽性だった」
彩も麻子も、疑問に思ったことがあった。
「木魂先輩とは、すでに結婚されていたのですか? まさか、学生結婚?」
彩の質問に対して、鬼神は答えた。
「明日香とは、スリーパーになった後で結婚したんだ。娘の咲紀も、その後に生まれた」
「そんな・・・」
麻子は絶句して、口を両手で押さえた。彩も言葉を発することができない。
「感染した時点で、生きられる保証はない。それでも、彼女は別れようとしないんだ。ほとんど毎日、授業後に見舞いに来てくれたよ。その度に、俺のことは忘れてくれと言ったけど、明日香はそれを聞くといつも笑ってね。俺が生きている限りはあきらめないって」
彩と麻子は、何も返すことができない。ドナも、黙って鬼神の話を聞いていた。
「スリーパーになって、ある程度の自由を取り戻すことができてから、俺はハンターに志願した。明日香は、大学を卒業したら結婚しようって言い出したんだけど、俺はそれを断ったんだ。そしたら・・・」
「子供がほしい?」
「それが私の夢。鬼神君と結婚して、子供を授かるの」
鬼神は、明日香の言葉を聞いて唖然とした。
「無茶だ。感染した子供が生まれるだけだぞ。それだけじゃない。君も感染することになる」
「体外受精なら可能だと思うの。バクテリアに汚染されていない精子だけ選り分けて、それで受精させればいい」
「万が一バクテリアに汚染されていたらどうする? 母体まで感染してしまうんだぞ」
「多少のリスクは覚悟の上。でも、私はあなたとの子供がほしいの」
鬼神は、それ以上は何も反論できなかった。明日香の意志が固いことは、顔を見れば明らかだったのだ。
「スリーパーと健常者が結婚だなんて、前代未聞だな」
「結婚してはダメなんて法律はないわよ」
「明日香の両親を説得しなきゃならない」
「私が説得してみせる。もしダメなら、強行よ」
鬼神は、明日香に対して尊敬の念さえ抱かずにはいられなかった。
「君は、すばらしい女性だよ、全く」
「あら、今頃気づいたの?」
そう言って明日香は笑った。
明日香は、大学を卒業した後、セーラム通信社に入社するとともに一人暮らしを始めた。すぐに結婚の申し出を明日香の両親にしたが、当然ながら猛反対された。鬼神は散々、罵倒され、家の出入りを禁止されてしまう。明日香が一人で説得したが、結局認められることはなく、最終的には明日香も説得をあきらめてしまった。以降、咲紀が誕生するまで、明日香が両親と顔を合わせることはなかった。
婚姻届を提出した日、鬼神の自宅で2人だけのお祝いをした。明日香の入社祝いも兼ねてのささやかなパーティーである。
「会社には結婚の報告はするの?」
最後に用意していたケーキを前に、鬼神が尋ねた。
「もちろん。でも、名前はそのままにしておくわ。手続きが面倒だから」
明日香はそう言って、切り分けたケーキを鬼神に渡す。
「そうか・・・でも、本当にジャーナリストになるとはね」
「それも私の目標だったから。あなただって、警官になれたじゃないの」
「もう2度と、あんなに勉強することはないだろうね」
鬼神は、笑みを浮かべた。
「ところで、ハンターの仕事って大変なの?」
「全然。ハンターは10人くらいいるからね。出番はそれほどないよ。あんなに給料もらっていいのかと思うくらいだ」
「でも、危険なんでしょ?」
明日香は眉をひそめた。
「インフェクター相手なら大したことはない。スリーパーの犯罪者は少し厄介かも知れないけど、今のところ担当したことはないな。まあ、警官になると決めたときから危険は承知の上だからね。それよりも・・・」
「それよりも、何?」
明日香は、鬼神が途中で話を止めてしまったのを見て、気になって先を促した。
「罪悪感っていうのかな。インフェクターと言っても元は人間だからね。ハンターは、それを始末することが仕事だ。初めてインフェクターをこの手に掛けたとき、その夜は眠れなかった。ハンターにならないかって誘われて、あまり深く考えずに引き受けてしまったけど、これから続けていけるのか、不安はあるよ」
明日香は、鬼神の話を聞いて、ケーキを一口食べた後、こう話し始めた。
「そうよね、誰も好きで選ぶような仕事じゃないかもね。でも、大切な仕事でもあるわよね。ハンターのおかげで、皆が平和に暮らせるんだから」
「人を守る仕事か・・・確かに俺の理想の仕事でもあるけどね」
「とにかく、気をつけてね。すぐ未亡人になるなんて嫌よ」
明日香にそう言われて、鬼神は微笑みながらケーキを食べ始めた。
ケーキを食べ終えてから、明日香がこう切り出した。
「近いうちに、産婦人科へ行こうと思っているの。一緒に来てくれる?」
「子供の件か。そんなに慌てなくてもいいんじゃないか?」
「なんだか、急いだほうがよさそうな気がするのよね。『善は急げ』っていうじゃない」
明日香は、もしかして自分の死を予感していたのだろうか。今となっては、それを聞くこともできない。
「わかったよ。話だけでも聞いておくか」
「実はね、体外受精の先例があったの。スリーパー同士のカップルでね。そのときは、胎内に戻さずに人工子宮の中で育てたそうだけど、私の場合は自分で産むことができるから、成功しやすいんじゃないかしら」
「じゃあ、その病院に行ってみるってこと?」
「その通り。あなた、パパになれるのよ」
初めて、鬼神が父親になれることを自覚した瞬間だった。
「信じられないな。俺が父親になるのか」
2人で顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれた。
病院で、2人は簡単な検査の後、カウンセリングを受けた。
鬼神が感染している以外、2人に大きな問題はなく、施術は可能という判断であった。
しかし、バクテリアに冒されていない精子を見つけることは、至難の業だと言われた。医者いわく、例えるならカビの生えた米の山から、カビの付いていない米粒を拾い集めるようなものらしい。
その限られた精子を使って受精させなければならない。成功する確率は20%程度。失敗すれば、またやり直しである。
その後、受精卵が本当にバクテリアに感染していないか、最終チェックを行う。感染した受精卵は、簡単に見分けられるそうだ。
明日香は、自分が産むことを望んでいた。受精卵は、5日ほど培養された後、胎内に戻されることになる。
「明日香に感染するリスクがないなら、俺はオーケーだ。でも、大変なのは明日香のほうだから、よく考えてから決めるんだ」
「私は、もう覚悟はできてるわ。あなたがいいと言ってくれるなら、施術を受けましょ」
2回、受精卵の生成に失敗し、3回めでようやく問題のない受精卵が得られた。こうして、明日香は小さな命を宿したのである。
それから10ヶ月ほど経過した。
いよいよ出産のときになった。鬼神は、陣痛に苦しむ明日香の手をずっと握っている。
こういう時、男は何もできないものである。鬼神にとっては、それがもどかしかった。しかし、明日香にとっては、鬼神がそばにいるだけで安心することができた。
永遠に続くと思えるような長い時間を経て、見知らぬ世界へと飛び出した新たな生命は、元気な産声を上げて、両親の前に現れた。
「女の子の元気な赤ちゃんですよ」
助産師の抱きかかえる赤ん坊の姿を見た瞬間、鬼神は涙を流した。決して持つことはないとあきらめていた自分の子供が、こうして誕生したのだ。
明日香が、助産師から我が子を渡され、初めてその手に抱いた。鬼神は、明日香の頭をそっと撫でながら
「がんばったな、明日香」
と声を掛けた。
「ねえ、名前は決めてるの?」
明日香が、鬼神に尋ねる。
「花のようにきれいに咲いてほしいから、『咲く』という字を入れたいんだ」
「そっか。私は『紀子』って名前を考えていたんだけど。『紀』には、人の進むべき道という意味があるの」
「さすがは文学部だな。うーん、どうしようかな」
我が子が元気に泣く姿を見ながら、2人は思案する。
「じゃあ、2つをつなげましょうか。『咲く』と『紀』をつなげて、『咲紀』というのはどうかしら?」
明日香が、妙案を出した。
「咲紀か・・・いい名前だね。よし、この子の名前は咲紀にしよう」
こうして、2人にとって一番の宝物には、咲紀という名が付けられた。
「敵わないなあ。木魂先輩は、やっぱりすごい人だったんですね」
彩は、すっかり感心していた。自分が同じ立場だった時、ここまで信念を貫くことができるのか、自信がなかった。
「子供が生まれると、さすがに明日香のご両親も2人のことを認めてくれてね。明日香は仕事があるから、子育てのサポートをしてくれたよ。こちらの両親と、孫の取り合いをしていたな」
「その気持ち、分かります。初孫なんですよね」
麻子は、そう言ってため息をついた。
そのとき、ドナが近づいてきた。
「食後のコーヒーをお持ちしましょうか?」
麻子はカフェオレ、鬼神と彩がコーヒーをドナに注文し、3人は違う話題について話を始めた。
「ところで、ここに入院している人には会えたのかな?」
鬼神が彩に尋ねた。
「3人いるそうなんですが、今のところ男性一人だけです。他に女性と、男の子もいるようで」
「男の子か。麻子さんと仲よくなれるかもな」
鬼神は、麻子へ視線を移した。
「どんな子なんでしょうね。早く会ってみたいな」
麻子には同年代の友達がいないから、子供に会えるのは非常にうれしいのだろう。こみ上げるうれしさを抑えるように両手で頬に手を当てた。
「あら、麻子ちゃん、なんだかうれしそうね」
ドナが、コーヒーを持ってやって来た。
「ここにいる男の子に早く会いたいって。蘭くんだったかな?」
彩がドナに説明する。
「ふふっ、男の子と聞くと、やっぱり気になるのかな?」
ドナがそう言って、カフェオレを麻子の前に置いた。
「やだっ、そういうのじゃありません」
麻子が恥ずかしそうに反論するのを見て、3人は笑った。
「そうだ、鬼神さん。明日は朝から精密検査だそうです。9時にこの建屋の4フロア、第3検査室へ行ってくださいね」
ドナが鬼神に明日の予定について説明した。
「そう言えば、今日から俺はどこに泊まればいいんだ?」
「食事が終わったらご案内しますわ。この病棟内ですから、すぐ近くです」
ドナは即座に答えた。
彩の病室を出て、鬼神が利用する予定の病室へと移動する。ドナや麻子だけでなく、彩も一緒について来た。
そのとき、扉の一つが突然開き、中から女性が出てきた。
「あら、お客さん?」
その女性は、4人のほうへ顔を向け、切れ長の力強い目で鬼神の姿を見つけると、怪しげな笑みを浮かべる。
彩が女性に挨拶をした。
「あの、はじめまして。葉月彩といいます。昨日からこちらにお世話になってます」
女性は、車椅子に座る彩へと視線を移した。
「まあ、あなたが新しく入った方だったのね。私は桜美雪。よろしくね」
桜は小柄であるが、肉感的な姿態を持っていた。黒のタンクトップで豊満な胸が強調され、ショートパンツからはハリのある太ももが伸びている。見た目から30代くらいだろうか。その美しい顔には、男性の気を惹くには十分過ぎるくらいの妖艶な色気が漂っていた。
「後ろにいる方は、付き添いですか?」
視線を鬼神へ戻し、桜は尋ねた。
「えっと、皆さん、お見舞いに来てくださった方々ですが、こちらの方は検査のためしばらくここに入院するそうです」
彩はそう言って、鬼神を手で示した。
「鬼神と言います。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね。鬼神さん」
甘えるような声で挨拶をする桜に、彩は少し危機感を感じ
「では、また時間のあるときにお話させて下さい。今はちょっと、先を急ぎますので」
と立ち去ろうとした。
そのとき、女性の背後から小さな子供が顔を覗かせているのが見えた。
「あら、そちらの子は?」
彩が声を掛けると、その子はすぐに顔を引っ込めてしまった。
「ああ、この子はもう一人の患者さんで、八千代蘭くんです。さっきまで学校の宿題を一緒にやっていたのよ。少し恥ずかしいのかな?」
桜が、皆の前に顔を見せようとするが、八千代は恥ずかしがって隠れたままである。
「こんばんは、蘭くん。私は麻子っていいます」
麻子が、膝に手を当て、腰をかがめて挨拶する。その姿を見つけて、八千代はためらいながらも桜の横に出てきた。
マッシュルームカットにした銀色の髪が美しい。見た目には女の子のようにかわいらしく、肌は透き通るような白さだ。右目の下に大きなほくろがあるのが印象的だった。
「こんばんは・・・」
八千代は、小さな声で挨拶した。
「よろしくね、蘭くん」
麻子が手を差し伸べたが、八千代は手を出すのを躊躇していた。
「ごめんね。人とはあまり接触しないようにって、いつも言われているから・・・」
桜が、申し訳なさそうに麻子に説明する。
「それなら大丈夫。私も鬼神さんもスリーパーだから」
そう言って微笑む麻子の顔を見て、八千代の顔が明るくなる。すっと手を差し出し、麻子と握手をした。
「さっそく仲良くなれて、よかったわね、麻子ちゃん」
ドナが麻子に声を掛ける。
「麻子お姉さん、スリーパーになる時って、どんな感じ?」
八千代は麻子に尋ねた。麻子は少し困った顔で
「ごめんね。私は小さい頃にスリーパーになったから、よく覚えていないの。鬼神さんなら分かるかな?」
と言って鬼神の顔を見た。
「人によって程度に差はあるらしいが・・・最初はひどい頭痛から始まる。発症したときと同じだな。そのうち意識を失って、気がつくと全身が軽くなったように感じる。そしたら、スリーパーになったってことさ」
鬼神の説明を聞いて、八千代はさらに尋ねた。
「どうやったら、スリーパーになれるのですか?」
残酷な現実を伝えることなどできなかった。鬼神は
「一生懸命スリーパーになりたいって願うんだ。そうすると、スリーパーになれる」
と説明した。
「あら、もうこんな時間だったのね。蘭くん、お腹すいたでしょ? 早くご飯食べましょ」
桜が、八千代に話しかけ、全員に別れを告げた。八千代は時々後ろを振り返りながら、桜と手をつないで立ち去っていった。
竜崎、浜本のコンビが、車から降り立った。
すでに、現場には多くの警官やアンドロイドたちが待機している。
その中には、ハンターの大城の姿もあった。
目の前には、広い庭を持つ大きな邸宅があった。石造りのレトロな外観で、深い木々の緑の中で一部だけ顔を出している。
それは、行方不明のSV、古池信明の所有する家であった。つまり、今は誰も利用していないはずだ。
2人が、木造の大きな門をくぐり、綺麗に手入れされた和風の庭を進む。主人が不在でも、ドローンが勝手に剪定や清掃を行うので、庭が荒れてしまう心配はないのだ。
やがて、屋敷の玄関が姿を現した。すでに、竜崎が鍵を開けられるよう、竜崎のIDコードは登録されている。竜崎はカバーを開けて、自分のIDコードをキー入力した。
カチリという音とともに、玄関の扉が開いた。長い廊下が真っ直ぐ進み、その先には光が差し込んでいる小窓が見える。裏庭へ続く扉だろうか。
中へ足を踏み入れると、自動的に照明が点いた。蝋燭の光のように揺らめく琥珀色の光が、暗闇に隠れていたあたりの様子を暴き出す。
左右の壁には扉が並び、中央は横方向に伸びる廊下が交差して十字路になっているらしい。竜崎と浜本は、その十字路付近まで歩いていった。
2人の背後には警官たちが並び、左右にある部屋を捜索し始めている。今のところ、人などが潜んでいる気配はない。
「静かだな・・・」
竜崎がつぶやいた。
「使っている気配はありませんね。ホコリが溜まっていないということは・・・」
「ドローンなどは生きているということだ。まあ、庭を見れば分かるけどな」
竜崎は、そのまま真っ直ぐ進もうとする。浜本も、後に続いた。
一番奥には、扉があった。小窓から外の景色が見える。人工の池が作られていた。色鮮やかな大型の魚が、悠然と泳いでいる。池のそばにある石灯籠が、大昔の日本の情景を思い起こさせた。
十字路へと戻り、左右を見ると、どちらにも階段があった。2階へと上がることができるようだ。
「手分けするか。俺はこちらから行くから、浜本は反対側から上がってくれ」
「分かりました」
竜崎が上った階段の先には、短い廊下があり、右手には大きな窓が見えた。そこから、表側の庭を眺めることができる。
左手には扉が一つ。竜崎は、その扉を開けた。
物が焼けた匂いがかすかに漂う。目の前には数多くの端末が机の上に並べられていた。普通の家にしては異質な空間である。
しかし、竜崎の目を引いたのはそれではなかった。椅子の上に置かれた黒い炭のような物体。最初は、何なのか竜崎には判別できなかった。
その何かに近づいてすぐ、竜崎は正体に気づいた。
「なんてこった」
それは、人間の焼死体であった。
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