第25話 束の間の休息
まさに奇跡だった。あれだけの派手な崩壊だったのに、落下したアンドロイドは一人もいない。
「不幸中の幸いだな」
鬼神がマリーに話しかけた。
「だからと言って、鬼神さんの失態が帳消しになるわけではありません」
随分と厳しい言い方だ。
「おいおい、わざとじゃないんだ。俺のせいばかりにしないでくれよ」
鬼神が反論するが、マリーはそっぽを向いたまま何も言わない。
「ふふっ、アンドロイドでも嫉妬するんだねえ」
立花がボソリと言った途端
「私は嫉妬なんてしていません!」
とマリーが反論した。まるで図星だったことをはっきりと認めているようなものだ。このあたりは、素直なアンドロイドらしい反応なのかも知れない。
それにしても、普段は無表情で感情表現は苦手なように見えたマリーが、ここまで感情を表現したのを目の当たりにして、鬼神は少し複雑な気分だった。
そもそも、アンドロイドに性別はない。姿形も自由に変えられるので、性別だって切り替えは簡単だ。
しかし、一度性別が決まると、そう簡単には切り替えられることがない。切り替えるタイミングがほとんどないからだ。クライアントの要求で性別を変える場合、全てのパーツを入れ替えて性別を変えるより、他のアンドロイドを準備したほうが楽である。同じアンドロイドでなければ納得しないなんてことはまずない。必然的に、性別を切り替える頻度は極端に少なくなる。そのせいで、日々の教育の過程で『男らしさ』や『女らしさ』が身につくようだ。しかし、恋愛感情が芽生えることがあるのか、これは定かではない。
これについては問題もある。そもそも、アンドロイドはどんな人間に対しても好意を持つよう設計されている。人間側が好意を持てば、これでカップルは成立してしまう。すると、人間同士のカップルが誕生しなくなるのだ。昔は、性行為が可能なタイプのアンドロイドもあったが、未婚率の上昇で問題になり、各国で製造が禁止された。この地下空間でも、製造はされていない。それでも、結婚しない者は多く、今でも社会問題となっている。
たしかに、面倒な駆け引きが不要で、浮気の心配もなく、自分に忠実なアンドロイドのほうが、悩む必要がなくていいのかも知れない。しかし、前述の通り、アンドロイドに恋愛感情があるのか、それは分からない。
マリーの場合、もしかしたら、同じアンドロイドとしてのイヴに対する競争心が、このような反応に結びついたのかも知れない。
「ところで、下に落ちた死体やアンドロイドはどうするんだ? 掘り起こすのか?」
大城が話題を変えた。
「掘り起こすには、おそらく重機が必要になるでしょう。別の班に委託することになると思います」
マリーが質問に答える。
「俺たちは、また駆り出されるのか?」
今度は小谷が尋ねた。
「それは分かりませんが、まだインフェクターが出没する危険性はありますから、おそらく」
ハンターは、一様に肩を落とした。
「いや、皆さんではなく、他のハンターに依頼することになると思います。今回はいろいろと大変でしたから」
今度は安堵のため息が聞こえる。
「まだ調査していない箇所はあるのか?」
鬼神がマリーに尋ねた。
「残りは、この場所の真上にある3フロア分だけですね」
「すると『ノア』がいる可能性は少ないな」
マリーは鬼神の顔を見つめて
「そのようですね」
と言った。
「今、インフェクターを排除したところだ」
ハンターが連絡をしている間、麻子とドナは、彩をなぐさめるのに必死だ。
「ごめんなさい、私のせいなの・・・」
同じ言葉を繰り返し、座り込んだまま両手で顔を覆ってむせび泣く彩に
「怖かったのよね。でも、がんばって一人で撃退できたじゃない」
とドナが声をかけ、麻子は心配そうに肩に手をかけて顔を覗き込んでいる。
連絡を終えたハンターは、インフェクターの近くに転がっていた小さな赤い缶を拾い上げた。彩がインフェクターに使ったスプレー缶だ。
「暴漢撃退用の催涙スプレーか。インフェクターにも効果はあるんだな」
そうつぶやきながら、ドナへと近づいていく。
「処理班が間もなく到着するでしょう。このあたりは汚染されているので消毒が必要です。簡易シャワー室が用意されますから、皆さんはそれを使って体を洗い流して下さい。衣服は焼却処分されますが、ご了承願います。新しい衣服はもちろん準備しています」
「その後はどうなるのですか?」
麻子が尋ねた。
「えっと、失礼ですがあなたはスリーパーですね? あなたはそのまま、ドナさんといっしょに帰宅していただいて結構です。それから、葉月さんでしたね。あなたは感染していないか検査が必要です。検査は明日行いますので、それまでは病院内で隔離されます。お手間をおかけしますが、ご協力よろしくお願いします」
麻子が、彩の背中をさすりながら
「彩さん、私たちもいっしょに病院に行きますから、心配しないで」
と話しかける。彩は、ハンカチで涙を拭いながら何度もうなずいた。
ハンターの言葉通り、たくさんのアンドロイドが部屋に入ってきた。すぐに簡易シャワー室が用意され、順番に体を洗い流す。服は、前に着ていたものと非常によく似ていた。
「あらかじめ、服のデザインを送っておいたの。サイズもピッタリのはずよ」
ドナがそう言って2人にウィンクを投げかけた。
彩は、シャワーを浴びたことで少しスッキリしたようだ。しかし
「ごめんね、麻子さん。本当に怪我とかなかった?」
と、麻子に何回尋ねたか分からない。
「彩さん、心配しないで。私は大丈夫だから」
これも、何度返答したか麻子は覚えていなかった。
3人が建物から外に出た頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
「夕食は、次の機会ね」
麻子がポツリとつぶやく。
同じフロア内に、大きな病院があり、3人はそこへ搬送された。ロビーには、白衣にマスクを付けた病院の関係者の他に、薄汚れたトレンチコートを着た男性と、背広姿の男性が2人、並んで立っている。
「この度は、いろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。我々は、刑事部捜査第一課の竜崎と浜本です」
「刑事さん?」
彩が思わず口にした。
竜崎からの説明を受けて、なぜインフェクターがあの場所に現れたのか、2人は理解することができた。
「葉月さんには、申し訳ありませんが今日からしばらくの間、一般病棟に滞在していただくことになります」
「隔離室ではないのですか?」
彩が尋ねると、竜崎は
「感染後にすぐ発症することはまずありませんから。しかし、念のため部屋の中にアンドロイドを一体、常駐させます。それはどうか、ご了承下さい。我々は、部屋の外で待機します」
と説明した。
「葉月さんには、明日と明後日の2回、血液検査をしていただきます。その結果、陰性であることが確認できれば、そのまま帰宅していただくことができます」
医者の話の後
「もちろん、病院での滞在や検査にかかる費用は我々警察が負担します。会社への補償も同様です。その点に関しては、ご安心下さい」
と、竜崎はすぐに付け加える。
「ご家族にも連絡しなければ。連絡先を教えていただければ、私がご説明しますので」
浜本の言葉に
「家族には、結果がわかってから連絡したいのですが」
と彩は返した。
「そうですか・・・分かりました。あなたのご指示に従います」
「ごめんなさい、両親とも心配性なので」
彩は、浜本に微笑んだ。ようやく笑顔が見られたことに、麻子は少しホッとした気分であった。
竜崎たちの話の通り、今回の事件は警察のミスが原因だとしてマスコミにも大きく取り上げられた。病室で、彩・麻子・ドナの3人は、画面の中で頭を下げる警察幹部の姿に注目していた。
「かなり大事になっているみたいですね」
麻子が、画面を見ながら彩に話しかけた。
「警察からインフェクターが脱走したのだから、仕方ないとは思うけど、検査して陰性だった人が翌日に発症したわけでしょ? そんなの気づくわけないじゃない」
ベッドで上半身だけを起こしていた彩がそれに応える。
「感染して間もないときは、陽性と判断できない場合があるの。だから、彩さんの場合は翌日に血液検査するでしょ? さらにもう一回検査して陰性なら、ほぼ100%感染していないって判断できるのよ。あの女性は、感染して間もなかったから陰性と判定されたのね。だから今日、検査を受けていれば、おそらく陽性という結果になったでしょう。でも、その前に発症してしまったのね」
麻子の隣で椅子に座っていたドナが2人に説明した。
「なんだか、難しい話ね」
彩が眉をひそめる。
「今までは、感染から3日以内に発症することはないと言われていたけど、どうやらそれは間違いだったみたいね。検査体制についても、もう一度考え直さなくちゃならないということ。これは結構大変だわ」
ドナはそう言って立ち上がった。
「ドナさん、どうしたの?」
麻子が尋ねたと同時に、ニュースを流していた画面が突然消えた。
「間もなく、消灯の時間になります」
後ろで待機していた女性アンドロイドが声を掛ける。
「もう、そんな時間になるのね」
彩が、壁にある時計を見てつぶやいた。
「明日も休みだから、また来ますね。検査の結果も気になるけど・・・でも、きっと陰性に違いないわ」
麻子は、努めて明るく振る舞った。
「ええ、でもこればっかりは検査してみないと分からないし」
彩が少し不安げな顔をする。
「大丈夫、そんなに血を浴びたわけではないから、感染している可能性はほとんどゼロよ」
ドナがそう言って彩に笑顔を向けた。
「ありがとう。2人には迷惑かけっぱなしね」
「あら、まだ気にしているのね。こうして3人とも無事だったんだから、退院したらお祝いをしましょう」
「素敵ね。それは楽しみだわ」
ドナの提案を聞いて、彩の顔に笑顔が戻った。
スラム街の捜索が完了し、全員が非常口への入り口までたどり着いたのは、すでに日付が変わってからのことであった。
結局、あのインフェクターの巣以外には何もなく、『ノア』の行方は依然として分からない。
「結局、ラスボスは現れなかったか。大団円には、ほど遠いな」
大城がつぶやくのを聞いた立花が
「ゲームのラスボスは、あっと驚く場所に登場するものよ」
と返した。
「できれば、最後までゲームを終わらせたかったが」
2人の会話に小谷も加わる。
「そうねえ。ラスボスがどんな人物か、見たかったわ」
そう言いながら、立花は鬼神に目を向けた。
鬼神は、話の輪には加わらず、ひとり黙々と階段を上っていた。
監視カメラで全く捉えられないのなら、スラム街にいるに違いないと予想していたのだが、それは誤りだったようだ。今、鬼神は一つの疑問しか頭になかった。
『ノア』とジャフェスはどこにいるのか?
どこかに潜伏していることは間違いない。そうでなければ、監視カメラに必ず写るはずである。この世界で、監視カメラの網から逃れることなどできない。固定カメラだけではない。たとえカメラの位置を正確に知っていたとしても、アンドロイドの電子の目を避けることなど不可能だ。
つまり、そのためのサポートをしている取り巻きが少なからずいるということだろう。スラム街の中の組織はつぶれた。しかし、『進化の選択』はまだ生きて活動をしている。
では、どこに潜伏しているのか?
可能性があるのは、信者の住居であろう。そうなると、相手が動き出さない限り、見つけ出すことは不可能に近い。
(時間がない・・・)
鬼神は、焦りを感じていた。自分に残された時間がどれくらいなのか、見当がつかない。『ノア』が行動を起こすまで待つことなど考えられなかった。
それに、行動を起こしてからでは、災いを防ぐことなどできない。そんな不吉な予感も鬼神は感じていたのだ。
「もう一度、監視カメラの解析結果を見てもらえますか?」
マリーの言葉で我に返った。知らない間に、自分の横にいたのだ。
「ああ、それは構わないが、見つかるとは思えないな」
「私も同感です」
先程の反応が嘘であったかのように、今のマリーからは感情のかけらも読み取ることができなかった。
「しかし、『ノア』は危険人物です。スラム街の状況を見れば、彼が恐ろしいことを企んでいるのは明白です。必ず、捕らえなければ」
マリーは、鬼神の目をじっと見つめながら、力強く言った。
スラム街から外に出ると、見張りのアンドロイドが、ひとりの女性と言い争いをしていた。
「おや、あの女性・・・」
小谷が、その様子を見て思わず口にした。
「知っているの?」
立花の問いかけに
「昨日、スラム街で捕らえた女だ。缶詰を大量に隠し持っていた」
と小谷が答えた。警察から解放されて、スラム街に戻ろうとやって来たらしい。
「ああ、あの人がそうなのね」
立花は、興味ありげに様子を見ていた。
女性は、アンドロイドに対して
「私は中に戻りたいだけだ」
と訴えていた。
「ですから、ここは立入禁止区域なのです。誰も立ち入ることはできませんよ」
アンドロイドも必死になって説得している。
「ここ以外に住める場所がないんだ」
「そんなことないでしょ? あなたには住居もあるし、食事も無償で提供されます。わざわざこんな危険な場所に住む必要などありません」
「それは違う。他に安全な場所などない」
「何が危険だというのですか?」
「いずれわかる。災いの渦に包まれれば。だが、そうなってからでは遅い」
女性とアンドロイドのやり取りを聞いていた小谷は
「誇大妄想かな?」
とつぶやきながら、2人に近づいていった。
「お前は・・・」
女性が小谷の存在に気づいたようだ。目の敵でも見ているような顔をする女性に対して
「誰がそんな与太話をしたんだ? 何の根拠もなく」
と小谷が質問しても、女性は何も答えようとはしない。
「小谷さん、報告会を始めますよ」
イヴの呼びかけに、小谷が引き返そうとしたとき、女性の声がした。
「誰も、止めることなどできない。せいぜい、あがくがいいさ」
中へ入るのをあきらめたのか、女性は立ち去っていく。その姿は、闇の中に溶け込んですぐに見えなくなった。
ドアを開けると、玄関にドナの姿があった。
「おかえりなさい。今日は大変だったようですね」
「もう、報告があったのか?」
「マリーがひどく心配していましたよ」
「それなら明日は休みにしてほしかったな」
「明日は昼過ぎでいいそうです。それから、私もご報告したいことがありまして、食事のときにお話します」
ドナが麻子の正式なパートナーになったことについては鬼神も軽く聞き流していたが、インフェクターに襲われた話になると食事の手が止まった。
「スラム街にいたあの女性か?」
「そうです。昨日は陰性だったのに、翌日にはインフェクターですから、大変な騒ぎになりましたわ」
「怪我はなかったのか?」
「葉月さんが左足をくじいてしまって。幸い炎症だけで、骨に異常はありませんでしたが」
「それだけで済んで本当に幸いだよ。下手すれば死んでたぞ」
「本当、不幸中の幸いでした」
鬼神は、深いため息をついた後、食事を再開した。
「明日、葉月さんの検査結果が分かる予定です。私たちも様子を見に行くつもりですわ」
「そうか、午前中だけなら俺も様子を見に行こうかな」
「鬼神さんが、ですか?」
「彼女は妻の後輩だった人でね。以前も会ったことがあるんだ。妻の話が聞けたらと、前から思っていてね」
「そうでしたか。では、出かける時にお声をお掛けしますね」
ドナに軽くうなずいて、鬼神はグラスのワインを飲み干した。
病院の廊下は暗く、非常灯がわずかにあたりを照らしている。何のサインなのか分からないが、遠くで点滅する赤い光が目についた。
その廊下に置かれたベンチの一つに、竜崎と浜本が腰掛けている。手には、湯気の立つコーヒーを持っていた。
「警察とは違って、静かですね」
浜本がポツリと言った。竜崎は、コーヒーを一口すすり
「かえって落ち着かないな」
と返す。
また、しばらく沈黙の時が流れた。遠くで、何かが落ちたのだろうか。カランという音がやけに大きく聞こえた。
「苦手だな、こういう雰囲気は」
今度は竜崎のほうが話し始めた。
「夜の病院は不気味ですからね。幽霊でも出てきそうだ」
「なんだ? お前、お化けなんて信じてるのか?」
「たとえですよ、たとえ」
そう言って、浜本はコーヒーを一口飲んだ。
「ところで、親父さんの調子はどうなんだい?」
竜崎が、コーヒーカップに視線を落としながら尋ねる。
「もうすぐ退院できそうですね。3箇所ほど人工臓器に置き換えたらしいですけど」
「ナノマシーンは使わなかったのか?」
「いや、限界があるみたいですよ。あまりにひどい場合は、今でも切除するそうです」
「そうか・・・ナノマシーンも万能じゃないんだな」
「万能だったら、超人症だって治せるでしょ?」
「まあ、そうだな」
「でも、ガンが転移しているのはほぼ確実らしいから、しばらくは定期的にナノマシーンで治療することになりますね」
「しばらくは通院か。病院嫌いにはちょうどいいんじゃないか?」
「そうですね。あんなに悪くなるまで放っておいたんだから、身から出たサビですよ」
「あまり言ってやるなよ。俺だって病院は嫌いだよ」
竜崎はそう言って笑った。
「そう言えば、食事はどうしますか?」
「どちらかが買いに行くか。これで決めようぜ」
竜崎が取り出したのは一枚のコインだった。
「スロット用のコインですか?」
「ああ、一枚ポケットに入っていた」
そう言いながら、竜崎はコインを上に弾き、落ちてきたところを手でつかむ。
「裏と表のどちらか当ててみな。お前が当たったら、俺が買い出しに行くよ」
「外れたら、僕が買い出しということですか」
「もちろん、おごりでな」
竜崎は不敵な笑みを浮かべた。
彩は、なかなか眠れずにいた。
インフェクターに襲われたのだから、それは無理もないだろう。しかも、感染している可能性もゼロではない。
(もし、感染していたら・・・)
そう考えるだけで不安になり、眠ることができない。ゆっくりと体を起こし、時計を見た。深夜の2時を過ぎている。
「どうしましたか?」
音を敏感に察知したのか、背を向けて座っていたアンドロイドが振り向いて声を掛けてきた。優しそうな顔つきで、わずかに笑みを浮かべている。
「いや、眠れなくて・・・」
彩は、素直に答えた。
「無理に眠る必要はありません。自然と眠くなるのを気長に待ちましょう。よろしければ、お話し相手になりますよ」
「ありがとう。でも、お話しする気分でもないの。ごめんね」
「そうですか。では、何かございましたら、いつでもお声がけください」
そう言って、アンドロイドはまた背を向けた。その様子を見届けて、彩はまた寝転がった。
もし感染していたら、インフェクターになった時、自分の意識がどうなるのか。それは誰にも分からない問いであった。意識が残らないのなら、それはほとんど死を意味する。自分の体は動いているにもかかわらず、である。しかし、意識は残っているのに、体だけが乗っ取られている可能性だってある。そのほうが辛いかも知れない。自分の意志に関係なく暴れまわり、散々苦痛を味わった挙げ句に死んでいくわけだから。
今はそんなことは想像したくもなかった。しかし、どうしても考えてしまうのだ。早く明日になってほしかった。そして、『陰性です』という言葉を聞きたかった。
目を閉じれば考えごとばかりしてしまうので、彩は目を開けて天井を眺めていた。常夜灯がほのかにあたりを照らしている。周囲はカーテンで仕切られ、見ることはできない。唯一、カーテンで仕切られていないところがあった。アンドロイドが座っていた方向だ。そちらに目を向けると、アンドロイドは相変わらず静かに座っていた。
今ほど、アンドロイドのことがうらやましいと思ったことはなかった。アンドロイドは感染の心配がない。こうして恐怖を味わうこともないのだ。
「ねえ」
彩がアンドロイドに話しかけた。アンドロイドはまた振り向いて
「どうされましたか?」
と尋ねた。
「やっぱり、少し話し相手になってくれない?」
彩はそう言って笑みを浮かべた。
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