第18話 感染者

「大城さんのチームが11名を拘束したそうです」

 マリーが鬼神に伝えた。

「まだまだ、この中には大勢の人間が住んでいそうだな」

「やはり、今日だけで終わりというわけにはいきませんね」

 マリーが微笑んだ。普段は無表情な彼女があまり見せたことのない顔である。それは、アンドロイドであることを一瞬忘れてしまうほど魅力的に見えた。しかし、鬼神はそれに気づかず

「まあ、それは覚悟の上だ」

 と言いながら頭上を見上げた。

 複雑に交差した道が、青白く光る帯のように伸びている。それを見ながら歩いていると、吸い込まれそうな錯覚を覚えた。

「だいぶ、下りてきたな」

 そう言って鬼神がマリーを見たときには、すでに笑みは消え、無表情な顔に戻っていた。

「私としては、何も遭遇することなく、目的の場所にたどり着きたいです」

 マリーの言う目的の場所とは、人肉が並んだ冷蔵庫のことである。今日は、できれば冷蔵庫までたどり着いて、中の死体を回収したかった。そのための冷蔵車も、出口にスタンバイしてある。

「ああ、早いとこ、あの哀れな亡骸を弔ってやりたいな」

 そう言っていた矢先に、前方からアンドロイドたちの叫び声が聞こえた。

「待ちなさい!」

 鬼神とマリーは、声のした方へ向かった。そこでは、若い男女2人がアンドロイドに取り囲まれ、座り込んでいた。

「お前たち、ここが立入禁止なことは知っているな。なぜ、ここに入ったのか、理由を教えてもらおうか」

 鬼神が2人に尋ねた。男は舌打ちをして横を向いた。話す気はないらしい。しかし、女性は鬼神の顔を見て

「私達は逃げてきたんです」

 と話し始めた。

「おい・・・」

 男が止めようとするが、女は構わず話を続けた。

「突然、変な集団に襲われて・・・なんとか逃げてきたんですけど、走り回っているうちに、どこにいるのか分からなくなって・・・」

「俺が聞いているのは、どうしてスラム街に入り込んだのかということだ」

「それは・・・その・・・どんなところか見たくなって・・・」

 鬼神は、大きなため息をつき、頭を掻きながら

「いつから入り込んだんだ?」

 と尋ねた。

「よく覚えていません。入ってから何日経ったのかもよく分からなくて」

「食べ物はどうしていたんだ? まさか、ずっと飲まず食わずか?」

「捕らえられていた時、何かの肉を食べていました」

 鬼神とマリーが互いに相手を見た。すぐに鬼神は首を横に振りながら

「わかった。とにかく外まで案内しよう。しかし、警察で取り調べを受けてもらうからな」

 と言った。

 2人のアンドロイドの後を付いて去っていくカップルを眺めながら

「おそらく、例のカルト集団に捕らえられていたのですね」

 とマリーが鬼神に話しかける。

「よく助かったものだな。どうして解体されずに済んだんだろうか?」

「仲間に引き入れようとしたのではないですか?」

「若いほうが肉もうまいんじゃないのか?」

 あまり笑えない冗談だ。

「何を食べさせられていたのか、気づいてはいないようですね」

「知らせる必要はないだろう。もし本当のことを知ったら、俺なら気が狂いそうになるな」

 念のため、周囲を捜索してみるが、他にはなにもない。一行は、進行を再開した。


 大柄なハンターの小谷は、他のハンターたちよりも早く最下層へ到達した。

「さて、ここまでは大した障害はなかったが、何も起こらないでいてくれるのかな?」

 周囲を見渡しながら、小谷は一人つぶやいた。

 現在いる場所は、ビルの間を走る広い道路の真ん中だ。アンドロイドたちは、ビルのエントランスから中を覗き込み、不審者がいないかチェックしている。

「このあたりには誰もいないようですね」

 可愛らしい顔を小谷へ向けて、アンドロイドの『イヴ』が報告した。

「ふむ。例のモルグはここから近いのか?」

「いいえ、死体のある冷蔵庫へは鬼神さんのチームが行く予定です。最下層からは入れないらしく、エレベーターを使わなければなりません」

「じゃあ、この最下層の捜索が終われば、作業は完了ってことか。割と楽な仕事だったな」

「3日程度を見込んでいたんですが、意外に侵入できない場所がありましたからね。しかし、ルートを変えて未確認の場所を調査しなければなりませんから、まだ作業完了ではありませんよ」

 小谷は肩をすくめて

「じゃあ、この先を調べて、早いとこ上ることにしようぜ」

 と言った。

 小谷たちは、フロアの中央に近い場所にたどり着いた。道路は中央からきれいに6つの方向へ放射状に伸びている。そのうちの一本に沿って、周囲を捜索しながら、少しずつフロアの端へと進んだ。

 ちょうど真ん中あたりまで来た時、少し先のビルから飛び出した者が見えた。

「2人目か。こちらに気づかれると逃げるかも知れない。俺が追う。他の者は待機させてくれ」

 小谷はそう言って、疾風のように走り去っていった。つい先程まで、やる気なさげな顔をしていたが、一転して真剣な表情だ。

 相手は、道の中央、ハンターが接近していることに気づいていないのか、じっと立ったまま動かない。小谷は、異様な雰囲気を察知して、走る速度を緩めた。

 顔を自分へ向けるのが見えた。小谷は、その顔の表情が分かる距離まで近づいていた。女性だ。まるでロボットのように表情がない。口を開け、目を大きく見開いている。その目は真っ赤に染まっていた。首が細かく震え、左の腕から血が流れている。

 小谷は、走るのを止めた。

「なんて事だ」

 そうつぶやきながら、小谷は銃を構えた。

 女性の叫び声があたりに響いた。まるで絹を裂くような悲鳴だ。右の腕を振り上げ、女性はハンターに向かって突進した。

 小谷は、引き金を引いた。

 赤い閃光が女性へと伸び、一瞬で女性の体が炎に包まれた。ハンターの目の前で女性は倒れ、もはや動かなくなった。

 イヴが小谷の下へと近づいてきた。

「まさか、インフェクターですか?」

「その、まさかだ。これから先、油断はできんぞ」

 そう言いながら、小谷は炭のように黒くなった死体をじっと見つめていた。


「立花さん、インフェクターが現われたそうです」

 女ハンターに美しい顔を向け、アンドロイドの『ウィリー』が話しかけた。

「どのあたり?」

「もう最下層までたどり着いたようですね。そこで一体に遭遇し、処分した模様です」

「随分早くたどり着いたのね。私達、まだ半分しか見てないというのに」

「侵入できない場所が多かったそうです。現在、最下層を捜索していますが、それが終わったら別のルートで未確認の場所をチェックするとのことですね」

「なるほど・・・」

 立花は、額に手を当てて何か考え事をしているような仕草を見せた。

「インフェクターが現われたということは、感染源がどこかにあるということね」

「そうなりますね」

「空気が汚染されている可能性は?」

「ありえますね。ですが、先ほど調べたところ、このあたりは安全です」

「そうなの? まあ、私にとってはどちらでも問題ないけどね」

 立花はそう言ってウィンクした。

「感染源が何であれ、他にもインフェクターがいる可能性は高いですね」

「どうかしら? この間ここに来たときは、インフェクターには遭遇しなかったわ」

「偶然じゃないでしょうか? それに、その時は鬼神さんを探すのが目的でしたし」

「そうね・・・まあ、用心するに越したことはないわね」

 2人が歩いているのはビルの中の通路であった。周りはかなり荒れ果て、瓦礫が山のように積まれている。自然に崩れたものなのか、それとも誰かが故意に積み上げたものなのか、判別することはできなかった。この瓦礫のせいで、ほとんどの道は封鎖されて通れない。まるで、どこかにおびき寄せているようにも思えた。

 闇だけが支配する世界、無数に伸びたライトの光だけがあたりの状態を明るく照らしていた。目の前に、壁のように積まれた瓦礫が見える。その中央に、かろうじて一人が通れるくらいのすき間があった。その向こうはどうなっているのか、よく分からない。

「ここで待ってて。私一人で入ってみるわ」

「気をつけて下さい」

 ウィリーの言葉に片手を振って分かったと合図しながら、立花は奥へと進んでいった。

 そのすき間は、少し斜めの方向へと伸びていた。そのため、奥の様子が外からは分からなかったのだ。進むうちに、血と腐肉の臭いが漂ってくる。立花は思わず手で鼻と口を覆った。

 細いすき間から抜け出し、正方形の小部屋のようになった場所にたどり着いた瞬間、ライトの灯りで浮かび上がった光景に立花は自分の目を疑った。

「ひどい・・・」

 それだけしか言葉にできない。ライトの光に照らされたのは、山のように積まれた人間の死体だった。


 鬼神たちは、レストラン風の部屋の中にいた。

「立花さんが、大量の遺体を発見したそうです」

 マリーが鬼神に話しかけた。

「そいつらも食肉に加工されていたのか?」

「そうではないみたいですね。遺体のほとんどは外傷がないそうです。死後かなり経過して腐敗したものや、最近捨てられたばかりのものなど、死亡した日時はバラバラなようです」

「どれくらいあるんだ?」

「30体ほどですね」

 鬼神は、その言葉に目を丸くした。

「今日の作業はここまでになりますね。冷蔵室の死体も運ばなければなりませんし」

 マリーはそう言って奥にあるキッチンへ向かった。

 ここは、鬼神が閉じ込められていた場所だ。キッチンの奥に、あの人肉が保管された冷蔵庫がある。

 マリーは、奥にある金属製の扉へ近づき、レバーを回した。

 冷気が、奥の部屋からキッチンへと流れてくる。

 鬼神が、マリーの背後に近づき、中を覗き込んだ。

「近くにスイッチがあるはずだ。それで照明が点く」

 マリーが、冷蔵室の中に一歩踏み込み、壁に手をあててスイッチを探した。

 照明で内部が明るくなる。まるで病院のような白い壁を背景に、人間の死体が整然と吊り下げられていた。

「ざっと見て、10体ほどでしょうか」

 マリーは冷静に数を数えていた。

「俺たちが来るかも知れないということは知らされていなかったのか?」

 鬼神は、吊り下げられた死体を眺めながらつぶやいた。

 大きなポリバケツを見つけ、マリーがふたを開ける。

「内臓は下処理して保存していますね。傷みが早いから、先に食べているのでしょう」

「俺は見る気がしないよ。切り取った頭はどうしているんだろうか」

「ここには見当たりません。どこかに捨てられているのでしょうか。顔があると、特定がかなり楽になるのですが」

「肉のブロックにされてしまったんじゃ、DNA解析しかないだろうな」

「すでに消費された者もいます。せめて骨が残っていれば解析可能なのですが」

「骨か。頭と同じで、どこか他の場所に捨てられているのだろう。で、これを全部運ぶのかい?」

「このままにしてはおけませんから。袋に入れて空気を抜けば、運ぶ間に状態が悪くなることはないでしょう」

 アンドロイドたちの、死体を袋詰めする作業が始まった。袋に入れる前に、超人症の細菌に侵されていないか簡易検査が行われたが、全て陰性だった。

「立花さんからの報告では、例の死体は全て細菌を持っていたようです」

 アンドロイドの作業を見ていた鬼神にマリーが伝えた。

「それじゃあ、全てインフェクターの死体だったということか?」

「感染が分かった段階で、処分したのではないでしょうか」

「しかし、数が多すぎないか?」

「集団感染したのかも知れませんね」

「まずいな。一度にたくさんのインフェクターを相手にはできないぜ」

「遭遇しないことを祈りましょう。立花さんのチームは、死体をそのままにしていったん引き上げるそうです」

「俺も早いところここから脱出したいぜ。なんだか息が詰まりそうだ」

 鬼神がそうぼやいた時、外で言い争う声が聞こえた。

 鬼神とマリーが冷蔵室から外へ出ると、2人の男がアンドロイドたちに取り囲まれているのが見えた。

「今すぐ、それを元に戻すんだ」

 男の一人が叫んでいる。

「我々を餓死させる気か?」

 もうひとりも大声で怒鳴っていた。

「これは、あなた達がここに保管していたのですね」

 怒り狂う男たちを前にしても、さすがにアンドロイドたちは冷静だった。

「それは俺達の食料だ」

 そう言って、男はアンドロイドの襟元をつかんだ。

 その腕を掴み、アンドロイドが体を前に倒すと、男はあっけなく仰向けに倒れてしまった。

 あっという間に、2人はアンドロイドたちに取り押さえられてしまい、身動きが取れなくなった。それでもなお、2人は抗議の声を止めない。

「お前たち、他にも仲間がいるのだろう。どこにいるんだ?」

 鬼神が問いかけるが、今度はどちらも黙したままになった。

「言いたいことがあるんだろ? お前たちの長に会わせてくれれば相談できるぜ」

「・・・長老は、今は不在だ」

「どこに行ったんだ?」

「お前たちには関係ないことだ」

「ならば質問を変えよう。仲間は他にいるのか?」

 男たちは黙秘したまま鬼神の顔を睨んでいた。

「このままお前たちの食料が没収されれば、ここで生きていくことはできんぞ。仲間がいるのなら教えてくれ」

「条件がある。教えてほしいなら、その食料はそのままにしてもらおう」

 男の一人が、鬼神に訴えかけた。

「お前たちはここから出なければならない。ここに残しても意味はないだろう?」

「俺たちは何も悪いことはしていない。どうしてここから追い出されなきゃならないんだ?」

「お前たちは人を殺している。ここにある死体がその証拠だ」

「違う、彼らは再生するのだ。我々とともに」

 鬼神は、予想外の返答に言葉を発することができなくなった。マリーが近くに来て、2人に話しかけた。

「あなた方に選択肢はありません。居場所を教えないなら、この死体を外に運んだ後で探すまでです。交渉したいのであれば、他の方の居場所を教えて下さい」

 2人は、口を閉ざしたままだった。

「仕方ありません。2人を出口まで連れ出します。ここにある遺体も同様です」

 マリーは、踵を返して冷蔵室へ戻ろうとした。

「待ってくれ。分かったよ、案内するよ」

 マリーは振り返り、鬼神の顔を見て

「鬼神さん、同行をお願いできますか?」

 と願い出た。


 警察へ最初に連行された男は、取調室の中で竜崎と浜本、そして一人のアンドロイドと対面していた。

「あなたが隠していた宝石類は、すでに見つかっています。我々は、7年前の『ムーン・ジュエリー強盗事件』にあなたが関与していたと疑っているのです」

 アンドロイドは、男の顔を見つめたまま淡々と話し始めた。

「まずは、隠していた宝石をどうやって入手したのか、教えていただけますか?」

 男は静かに目を閉じたまま、何も語ろうとはしなかった。重苦しい空気の中、今どき珍しいアナログ時計の時を刻む音がやけに大きく聞こえる。

「共犯者の3人は、今も服役中です。彼らがあなたの顔を見れば、あなたが犯人であるかどうかはっきりするでしょう」

 その言葉に男は目を開いたが、うつむいたまま微動だにしない。頬のこけた顔は青白く、その表情には恐れの感情が見て取れた。

「じゃあ、3人を連れてくるか」

 竜崎がそう言って立ち上がったとき、男が顔を上げた。

「待ってくれ、話すから」

 3人が一斉に男を見る。その視線を肌で感じながら

「俺が、あの事件の犯人の一人だ」

 と苦しげな表情で言った。

「そして、あなたが主犯格なんですね。夜の警備は2人のアンドロイド。彼らを機能停止にした後、店にあった宝石を全て奪った。その計画を立てたのはあなたですね」

「それは違う。確かに計画を立てたのは俺だが、それは頼まれたからだ」

「他の3人は、あなたに誘いを受けたと言っていますよ」

「俺も頼まれたんだ」

「誰にですか?」

「それは・・・」

 男が言いよどんだのを見た竜崎は、もう一度椅子に腰掛け、男に顔を向けた。

「名前がわからないのか?」

 竜崎の問いかけに、男は思いがけない名前を口にした。

「本名は知らない。『ノア』と名乗っていたが・・・」

 竜崎、浜本、そしてアンドロイドの3人が、お互いに顔を見合わせた。

「『ノア』という男に指示を受けたわけですか。でも、どうして?」

 アンドロイドの質問に対して、男は堰を切ったように説明を始めた。

「借金があった。それを返済する方法としてあの男が宝石店を襲うことを提案したんだ。盗んだ品物を半分だけ渡せば、あとは自由にしていいと。盗み方も、宝石を横取りする方法も彼が教えてくれたんだ。スラム街に隠れることも、彼の指示だった」

「『ノア』がどこにいるのか、知っていますか?」

「いや、あいつとは指定された場所で会っただけだ。どこにいるのかは知らない」

「スラム街に潜んでいたはずですが」

 アンドロイドが発した言葉を聞いて、男は目を丸くした。

「まさか、しかし、俺はあそこでは一度も顔を合わせたことはないぞ」

「『ノア』の顔は覚えていますか?」

「特徴のない顔だったから、よく覚えていない」

「それでは、後で顔写真を見せますから、その中に『ノア』がいるか、確認して下さい」

 男は、小さくうなずいた。


 竜崎と浜本は、取調室を後にした。

「まさか、『ノア』の名を聞くとは思わなかったな」

「もしかしたら、他にも犯罪をそそのかしているんじゃないですか?」

「可能性はあるな。自分の手は汚さず、裏で人間を操る。賢いやり方だな」

「そうですね。かなりの資金を手に入れて、いったい何を企んでいるのでしょうか」

「アンドロイドの頭を入手した目的もまだわからん。全く、謎だらけだ」

「そういえば、例のアンドロイドの頭ですけど、タグチップが抜き取られていたそうですよ」

「タグチップ?」

「アンドロイドを識別するためのチップです。アンドロイドには、身元を特定するためのチップが額に埋め込まれているんですよ。製造日やID、それにパーツの情報に至るまで、そのチップに全て書き込まれているんです。チップ自体は百分の一ミリ程度の小さなものですが、金属の基板に接着されていて、その基板ごと取り出されていたそうです」

「じゃあ、『ノア』の目的はそれか?」

「そのようですね。でも、確かメンテナンス時しか利用しないはずですが、いったい何のために抜き取ったのか、わからないみたいですね」

 竜崎は、顎を触りながら

「そのチップがないと入れない場所はあるのか?」

 と尋ねた。

「いいえ、そんな場所は聞いたことがありません」

 浜本の返答に、竜崎は首を傾げた。


 小柄な体の大城は、アンドロイドたちが連行している11人の様子を後ろから見ていた。横には、アンドロイドの『アイザック』が並んで歩いている。

「こいつらが、鬼神の言っていた『ハイエナ』か?」

「おそらく、そうでしょうね」

 大城は、大きなため息をついた。

「ぞっとするねえ。俺ならとてもそんな気にはなれねえ」

「人を食べるという行為をですか?」

「ああ」

 気の抜けた声で、大城は返事をした。

 11人の男たちは、両手に手錠を掛けられ、足にも鎖が掛けられている。全員が下を向いたまま黙々と歩いていたが、その中の一人がよろめき始めた。

 その様子を、大城は見逃さなかった。

「どうした?」

 早足でその男の下へと進み、顔を覗き込む。男はひどく脂汗を流し、目を強く閉じていた。

「具合が悪いのか?」

「・・・頭が・・・」

 近づいてきたアイザックに、大城は行進を止めるよう指示する。行進が止まると同時に、男はその場に崩れるように倒れた。

「まずい、発症した」

 様子を見ていた別の男が叫んだ。

「どういうことだ?」

 大城の問いかけを無視して

「そいつを殺せ」

 と、なおも叫ぶ。

 倒れた男の様子がおかしい。首が小刻みに震えている。まるで何かに取り憑かれたようだ。その症状を、大城は何度も目撃していた。

「まさか、感染しているのか?」

 男から一歩離れ、大城はプラズマガンを抜いた。男は起き上がり、膝をついたまま、手錠のついた両手で苦しそうに頭を抱える。まるで獣のような咆哮をあたりに響かせ、男は手錠の鎖を引きちぎってしまった。

 周囲にいた人間もアンドロイドも、すぐに男の周りから遠ざかった。男はあたりを見回し、大城の姿を見つけた途端、突進してきた。

 しかし、相手は手練のハンターである。がむしゃらに突進してきた男の体を受け流した。足についた鎖のせいで無様に転がったその背中に、大城は銃口を向ける。

 男の体はあっという間に炎に包まれた。しかし、男は立ち上がり、大城へ顔を向ける。口から火の柱を吹き上げ、両手を伸ばして大城に近づいてきた。

 大城は、男の腹あたりに強烈な蹴りを入れた。男は仰向けに倒れ、ついに動きを止めた。

 あたりには、肉の焼ける生臭いにおいが漂い、煙で視界が遮られる。

 煙の中から大城がすっと姿を表した。残る10人の男たちへと銃口を向けながら

「お前たち、まさか感染しているのか?」

 と尋ねた。しかし、男たちは誰も口を聞かない。下を向いたまま、じっとしている。

 アイザックが、大城のほうへと近づいてきた。

「全員の血液を検査しろ。発症したら、こんな鎖ではつなぎとめておけないぞ」

「わかりました」

「それから、搬送された連中も念のため調べておいた方がいい。すぐに警察へ連絡するんだ」

 それだけ伝えた後、大城はしとめた獲物へ目を向けた。その死体からはまだ、炎が上がっていた。

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