2:振りそそぐ疑惑は雷鳴のよう

 普段は快活が張り付いているような顔が、今ばかりは青白い。

「彼女は何組なの?」

 制服のリボンを見れば、同じ二年なのはわかるけども。

「あんた以外の友達は?」

 声を掛けられることは多々あるが、確かに誰かと一緒という姿を見たことがない。

「中学はどこなの?」

 そう言えば聞いたことないけど、確か学校近くの住宅街ででくわしたことがある。大白納さんに尾行されていて逃げていた朝のことだ。

「学校の近くじゃないか? 登校中に、小路から出てきたところ見かけたぞ」

「それ、おかしいでしょ。なら、学区的に私たちの同じ中学じゃない」

 確かにその通りで、

「あんた、毎日一緒に帰ってるけど、どこまで行ってるの?」

「どこまでって……まだ手を握るくらいまでしか……」

「そういうのはいいから」

 やめてくれよ、俺だって見たくないものから目を背けたいんだよ。

「家から学校を目指すと、国道を跨ぐだろ? そこで別れて、国道沿いに駅方面にむかっていくな」

「……学校近くで出くわしたんじゃなかった? なんでその矛盾に気が付かないのよ」

「仕方ないだろ、あんな美人な学校のアイドルに告白されちゃあ舞い上がるってもんだ」

「だから学校のアイドルって何よ!」

 穏やかな堤防沿いに、衣を裂くような怒声。

 思わず声を飲み、同じく自分の声に驚いている夏澄も一息の時間を求めると、

「彼女は、いつからそこにいるの?」

 言い換えれば、

「どうして、みんな当たり前に受け入れているの?」

 堪えられない、とでも言うように自らを抱きしめる友人の姿に、果たして俺自身も混乱の最中にあって、為す術がなく、

「臼杵くん」

 突然の、堤防下からのクラクションと呼びかけてくる吹き付ける北風みたいな声に、不本意ながら助けられたと思うほどには困り果てていた。


      ※


「探したよ。車に乗ってもらえるかい」

 車から降りた木花さんは、眼鏡をかけなおしながら、堤防上の俺たちを見上げてくる。

「ちょっと、あんな知り合いいるの、あんた」

「いや、なんて言えばいいか……」

 不信やるかたない様子で脇腹をつつく夏澄に、どう説明していいのか困り顔を見せると、

「穂希についての相談でね」

「!」

 その名前を聞いた途端に学園のアイドルは、瞳を憤怒と追及の混じる色で沸騰させた。こちらが止めるために伸ばした手も間に合わず、さすが陸上部のエースと言わしめる瞬発と体幹をもって傾斜を滑り降りていった。

「石長さんの関係者なんですか⁉」

「名乗りもせずに一手目で詰問とは、なかなか元気なお嬢さんだな」

 木花さんの棘のある正論に、カチンとはきたのだろうが言い分の正しさを認めて、大きく息をついてから自己紹介を始めた。

 二人が名前を交換したところで、俺はようやく斜面を降りきって、

「まあ、穂希の保護者みたいなものだ」

 夏澄の隣に並ぶころには、最初の話題に戻っていた。

「じゃ、じゃあ、あの、彼女って何者なんです」

 質問が乱暴すぎるだろ……

 確かに聞きたいことの全てが集約されている言葉だが、前段階の俺たちの会話を聞いていないと回答は難しいだろう。

 だもんだから木花さんは

「答えるには、時間が大量に必要な問いだな」

 突き放し、

「君が、君自身を何者であるか説明する程度には必要だと思うよ」

 嗤い顔を見せながら追い打ちをかける。

 夏澄が言葉の意味を捉え理解するまでに一呼吸あり、それが経過すると、再び瞳を沸き立たせ肩をいからせた。

 これはいけない。

「落ち着け、夏澄!」

 中学時代の重戦車という二つ名は伊達ではなく、おそろしく攻撃的なところがある。

 思わず肩を掴んで制止すると、

「……時間があれば、説明できるってことですか?」

 気勢を抑えられたためか、息を飲んで、肩を落としてくれた。

 こちらも息をつくと、

「もちろん、君が望むのならばね」

 双方の妥協が成立して、一応その場が収まったのだった。


      ※


「それで、用事ってのはなんなんです」

 息を整えた夏澄に学校での再会を約束すると、俺は助手席に乗り込んだ。

 クリーム色の合皮シートに汗ばんだ体を遠慮なく預けて、発進を待つ。

「飲むかい?」

 差し出されたミネラルウォーター入りのペットボトルを、封を確認してから受け取ると、一口。

 その途中で車が動き出したものだから、口端からこぼしそうになってしまって。

 口元を袖で拭うと、もう一度同じ言葉で問う。

「用事ってのはなんなんですか」

 石長さんについてということだし、こんな早朝だしで、内容が気になって仕方がない。

 だがすぐに返事がなく、果たして無視をされたのか、見通しの悪いカーブに差し掛かったため運転に集中したのか、どちらだろうか。

 質問を重ねるべきか躊躇っていると、

「朝食をどうしようかと思ってね、穂希の」

「は?」

 思いもよらない返答に、思わず横顔を見返してしまう。

 フレームと同じでツルも太いため、表情は見て取れないが、まあフラットなものだろう。

「買い出しの途中で、たまたま見つけたから声をかけたんだよ。良かっただろう、帰りは車だ」

「いやいやいや、探していたって言いませんでした⁉」

「ああでも言わなきゃ、こうして車に乗らなかっただろう?」

「そりゃそうですよ。何が目的でこんなこと……」

 半分冗談というなら、夏澄とわざとぶつかるような言葉を選んだ理由はなんなんだ。

「年頃の男女が、人目をはばかって密会している現場を目撃してしまったんだ。しかも、被保護者の彼氏の。そりゃあ、警告の意味も込めて声をかけるさ」

 つまり、うちの娘を傷物にしやがって的な、ってことか?

「やめてくださいよ、あいつはそういうのじゃない」

 現に、会話の内容に艶めいたものは一切なかったし。

「友人なんだ。わりと、うん……大切な」

 競技から遠のいたあと、未だに近しい関係にあるのは彼女だけだ。

 だから、後ろめたさも重なって男女の関係とは別に、大切な人間には違いなくて。

「そうか、だとしたら、悪いことをしたな」

「謝罪が軽くないです?」

 口の端がにっと上がるから、何を言っても無駄なのだと悟って、進行方向に視線を投げる。

「大白納さんは? 一緒じゃないです?」

「彼は仕事だよ」

 ああ、言われてみれば、俺と出くわすときはどちらか一方は別の仕事をしていると聞いたことがあるな。

 と、一人納得したところで、後方で光が瞬いた。

 すでに早朝の時間は過ぎ去って、夏の強い陽光に飲み込まれてしまっている。が、確かな閃光を、バックミラーが反射してくれて。

 ただ、瞬きであるため出元は不明瞭。

「カミナリ?」

 にしては空に雲など見つけることができず、いつも通りひび割れだけがこちらを覗き込んでいるだけだった。

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