第二章:危うすぎる周囲の状況
1:彼女のいる風景には
そうして、俺の新しい生活の幕が開けた。
これ以上なく可愛くて性格もいい彼女と、肩を並べて登校し。
文句のつけようもなく美味しいお弁当に、一緒に箸を伸ばし。
放課後になれば走って校門で落ち合って、二人で帰路につく。
そんなこんなで数日を過ごしていると、気が付くことも増えてきて。
並んで歩いているとき。
屋上でお昼を食べているとき。
校門前で待ち合わせをしているとき。
石長さんが空を見上げていること姿が、ことあるごとに目に止まった。
好きな人が何を見ているのかは当然気になるものだから、視線を追いかけていくと決まって空のひび割れへ。
世界を維持している人らに『破滅』と呼ばれているそれだ。
普通の人間には認識できない力が働いているらしいのだが、彼女は元々関係者であるせいもあってか見えているらしい。
やはり、空に異物があると目を奪われてしまうのだろうか。
それとも、世界の終わりをもたらすとかいう傷跡を、小さな傷のかさぶたのように気になってしまうのか。
自分は……後者だろうか。
視界をかすめるたびに引っかかりを覚えて、忘れようにも思い出して、それで気になってしまって。
石長さんはどうなのだろうか。
すごくくだらなく大した理由もないが、彼女も同じならいいな、などと考えてしまう。
果たしてどうなのだろうか、それはわからないが、一つはっきりとわかることがある。
寂しそうな、悲しそうな顔をしているのだ。
気のせい、なんて言われるだろうけども、確信がある。
付き合いは短いにしろ、下がる目元にこもる陰を見逃すほどじゃない。
まあきっと、訪れる破滅のことを考えれば、表情だって理解できる。俺も、ピンとこないままアホ面晒している場合じゃないのではないだろうか。
時折、うさん臭い黒スーツ姿の二人の姿が視界に入って緊張を強いられることはあるにしても、必要経費みたいなものだと考えれば、逆に彼女との関係を再確認できるツールとしてありがたくも感じるようになってきた。
二人が一緒にいることは珍しく、見かけるときは大体一人ずつだ。
おそらくは、交代で休憩と仕事、加えて俺たちの護衛というか監視をしているのだろう。
大変だなあ、とは思うが、仕事の内容も『世界の平和を維持』するとかいううさん臭い内容だったから、額面どおりに同情していいのか困りどころだ。
困ると言えば、二人を見つけると例外なく目が合うことだ。
つまり目を切ることなく監視を続けており、木花さんに関して言えば、目が合った後も一切逸らすことなく、アンパンやらイチゴカフェオレやらを口にしている始末だ。
普通、意図がなければ目は逸らすだろう。実際、大白納さんはそうしてくれる。
なんだか恐怖を感じるのだが、言った通り、慣れつつあるのも確かなことで。
この新しい生活は、おおむね、百に近い値で満足だ。
だけども、たかが五日ほどしか満喫しないうちに、この幸せな日常を破壊せんとする力が働きだしたのだった。
※
「付き合ってるんでしょ、あの……石長・穂希さんと」
まだ、空が青々と染まる前。
夜を終えたなにもかもが白んでいく時刻、近所の堤防での質問だった。
尋ねるのは、中学からの友人である宮・夏澄。眉を寄せた詰める顔つきで、低身長を利用して鋭く見上げてくる。
「そうだけど……お前、それを言うためにロードワークのコース替えてきたのか?」
「学校じゃ、ちょっと声かけづらかったし……あんたが走ってるの、知ってたからね」
言って、バツが悪かったのか、少し距離を置く。
まあ、これでも狭い田舎の陸上界では有名人なんで、毎朝のジョギングを目撃されることもあるかもしれないし、それが噂にされていたとしても、なにも思うことはない。
だいたいが、惰性で続けている習慣だ。
雨が降ったり、風が強かったりしたら「やめとくか」でサボれてしまう程度の。
隠す心積もりなど微塵もなかったのだが、夏澄は気にかけている。
まあ、その気持ちはわかる。
不本意な引退をすることになって、その原因を未だ飲み込めてなどおらず、それでも習慣を続けている様を見れば。
盗み見したかのようにも思えてしまうのかもしれない。
「それで、付き合ってたらどうしたっていうんだ」
まさか嫉妬などということはないだろうが、じゃあ、と疑問はある。
彼女は問い返されて、視線を、鈍角な朝日を反射する川面へなげやり、逡巡。
初夏の早朝。
川沿いには、ゆっくりとしたしかしまっすぐな涼風が、虫の声をそよいでいる。
言葉を待つ間、少しとは言えない時間を、前髪を川風に洗われている、彼女の横顔を眺めて過ごすことになる。
夏澄は、中学時代からの友人だ。
部長も任されたことから、成績も人望もあって、その周りには多くの仲間がいた。
俺もその一人だったし、互いに全国を狙える競技を持っていたからか、距離も近かった。
ただ。いわゆる男女の関係にはなかった。そもそも、サッカー部に彼氏がいて、その彼氏から、彼女に近しい俺は勘違いから恫喝されたこともあって、互いにスパイクを両手にはめた押し相撲で勝負を決めたなんて、ああ、懐かしいなあ。
だから、俺とこいつは、純粋な「仲間」だったんだと思う。
少なくとも、俺はそう思っていて、だからドロップアウトしたときは申し訳なく思うこともあった。
「あのさ」
だから、罪滅ぼしじゃないが、どんなことだって真面目に聞いてやるつもりでいる。
言葉にすることを躊躇うかのように、ゆっくり視線を戻してくると、
「……彼女って」
「ああ」
「いったい誰なの?」
「え?」
どんなことだって真面目に聞いてやる覚悟はしていたが、そんな装甲板をぶち抜いて動揺を与えられるほど、単純で強烈な丸太の突進のような問いであった。
なにより、恐ろしいのは、
「……言われてみれば」
自分自身が共感できてしまうことだった。
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