3:たった、それっぽっちが
何かを達するに、思うことは大切な力だ。
とはいえ、思うことで何もかも達せられるわけでもない。
モチベーションが乏しければ上達も成功も遠のくのは正しいことで、同時に事態や能力には絶対的な限界がある。でなければ、誰もが世界新記録保持者になれてしまうだろう。
だから俺も、恋仲の少女を守りたいと強く思ってはいても、黒服二人に前後の行く手を阻まれてしまって、
……進退窮まった。
教室棟から体育館へ向かう、渡り廊下の二階。
錆止め塗装を施された手すり代わりの鉄骨に背をつけて、右と左から迫る外敵に目を配る。
黒服の一人は例の女で、もう一人は登校の時に追っかけてきた男だ。
「あの、臼杵くん。顔色が……」
「ん、大丈夫、大丈夫」
口は平静を伝えるが、冷汗は背をつたっている。
この嫌なしたたりは、二人に迫られているせいばかりじゃなかった。
逃げ口は見つけてあり、その経路が俺から脂汗を絞ろうとしているのだ。
渡り廊下に並ぶよう駐輪場があり、その屋根に飛び移り低いほうへ駆けていければ。
ただ、問題がある。
手すりから駐輪場の屋根まで、一メートルほどあるのだ。
跳ぶ、のか?
跳べる、のか?
高低差もあるから、運動は苦手そうな石長さんでも簡単に越せるだろう。
だけども。
跳べるのか? 俺が? あの時に跳べなかった俺が?
早まる動悸に、彼女の手を握るのとは逆手で胸をおさえてしまう。
男と女は、当然ながらこちらのことなどお構いなしに、じわじわと迫ってくる。
俺は。
足が動かすことができなくて、
「臼杵くん⁉ 大丈夫⁉」
膝が折れた。
何かを達するに、思うことは大切な力になる。
とはいえ、思うことで何もかも達せられるわけでもない。
ここ何年で、何百回と確かめさせられてきた現実を、今一度食わされてしまった。
※
かくして、うさんくさい二人に取り囲まれてしまう。
「ちょっと先輩! 自信満々で話を付けてくるって、どうして逃げられてるんです! 僕らのこと、ちゃんと説明しました⁉」
息を切らせた男の方が、滝のような汗を拭いながら、女の方に抗議をしている。
先輩と呼ばれた女は泰然と、
「大白納君、想定外のことはいくらでも起こるさ。まあ、逃げられたのは想定内だが」
「わざと逃げられるようなこと言ったんでしょ! 突然走らされる身にもなってくださいよ! 勘弁してください!」
なんだ、喧嘩か?
こっちはまだ完全には動悸が収まっていないのに。
「大丈夫、臼杵くん?」
座り込んでしまった俺の腕を、石長さんは心配そうに抱きしめてくる。豊かな胸に二の腕がめり込んでいるが、ドキドキなどできないほど心臓は逼迫している。
座り込んだまま、声を出すことも叶わず、不甲斐なさを噛みしめながら、成り行きを見守るだけ。
男が腰をかがめて、
「いやあ、おどかしてすまなかったな、臼杵・翔太君」
女は、身を伸ばしたまま、
「我々は……簡単に言うと、石長・穂希の保護者みたいなものだ」
冷たい印象そのまま、表情もそのままだ。
疑問を、苦痛に寄った眉根に浮かべてみせると、意図が伝わったのか、
「そんな顔をするなよ。説明はするさ」
「先輩、まず場所替えましょ? 授業中のうちに離れないと、面倒ですよ」
「だそうだ。立てるよな?」
頷いて応えることができるころには、二の腕の感触を味わえる程度には回復していた。
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