第一章:うさん臭すぎる彼女たちの主張
1:彼女は都合が良すぎる
空を見上げれば見事な青空と、相も変らぬ、穿たれた傷跡がこちらを覗き込んでいる。
昨日の告白騒ぎが過ぎ、浮かれながら風呂に入ってベッドに潜ったところで、
「夢なんじゃなかろうか」
などと不安になりもしたが、非現実感を強めていたあの傷が健在であったから、とりあえずは現実なんだと思うことができた。ちょっと何言ってるか混乱してきたけども。
手抜きな朝飯だって相変わらずだったし、初夏の陽を浴びる通学路の風景だって同じだ。
違うものといえば、彼氏彼女となれた相手に早く会いたいために足取りが軽いことと、
……なんで尾行されているんですかね!
若いサラリーマンが、新聞片手に、こちらと付かず離れずでついてきているからちょっと急ぎ足なことくらいだ。
身に着けるスーツが黒基調の、礼服みたいなデザインなのがいけない。不気味さを増している。
会社員の大半は、バスに乗って駅か官公庁の集中する市街へ向かうはずだが、バス停はすでに二つ目スルー。このままでは住宅街を抜けて、自分の通う高校へ辿り着いてしまう。
学校方面にだって会社はあるわけだからそこへ向かっているのかもしれないが、じゃあなんで新聞を読むふりしながらぴったりくっついてくるんです?
不気味だ。とはいえ振り返って問いただすのも恐ろしい。
周りにちらほら現れだした同じ制服に目をやるが、意に介さずそれぞれのペースで学校を目指していて、こちらのことなど眼中にもなさそうだ。
ああ、気軽に話のできる友人でもいたら良かったのだけども、いかんせん、だ。
高校に入ってからの消極的な生活を後悔しながら、だけどもどうにかならないか、と都合の良いことを考えていると、
「あ、臼杵くん」
小路から、恋仲になったばかりの少女が現れたものだから、
……都合が良すぎるだろ。
※
一人の時とは違って、高嶺の花と目される石長さんと並んで登校というのは、まあ否応なく視線を集めるものだ。
好奇、驚嘆、疑問、嫉妬に憤怒。
目立つことなく毎日を過ごしたいと思っていた自分にとって、望みとは真逆となってしまっている。が、そんな信念なんか、どうでもよくなっていた。
「誰もついてきていないみたいよ、臼杵くん」
「え?」
尾行者の動向だって、忘れてしまうほどなんだから。
見とれていた笑顔に促されて振り返れば、登校中の生徒の波が厚くなっているせいで確かめるには難儀はしたが、言われた通りだ。
「何だったんだ……」
「私は見てないけど、いやだね」
「うん? いなくなったから、大丈夫じゃない?」
「え、だって……例えば、今日の帰りにも尾行されたら?」
「あ」
「臼杵くんを狙って追ってきたなら、なにか目的があるはずだよね」
そりゃそうだ。
苦い思いが顔にまで出ていたみたいで、かわいい顔で笑われながら、
「じゃあさ、帰りも二人で、ね?」
一緒に居たい、と一人は怖い、をまとめて解消するこの上ない提案であって、
……都合が良すぎるだろ。
※
国語科学英語までをつつがなくこなした四限目。
朝になんやかんやあったが、それなりに平和な午前を過ごした。
美術の担当教諭が「パッションが足りない。キャンバスに地獄を映しだせ」などと、まあいつもの発作を起こして、昼休みに五分食い込んでしまうまでは。
校内の売店は、生徒数に対して規模が小さい。
一分遅れると戦場。
三分経過で修羅場。
五分が過ぎるとコッペパン畑に。
だもんだから、教室から駆け出して辿り着くころには閉店してしまい、乗り遅れた餓鬼たちが泣き叫びながらシャッターに縋りついている。
地獄絵図、と漏らしたところで、美術教諭の目的はこれだったのかと納得。
納得が、昼飯を逃したことへの怒りは消してくれるわけではないが。
「どうするかな」
とれる手段は少ない。
強盗働きか、脱柵か。まあ、後者しかないか。
近くのコンビニまで走る覚悟を決めたところで、
「臼杵くん」
振り返れば、成りたての恋人がはにかむように手包みを見せていて、
「私、お弁当だから、良かったら一緒に……なんだけど」
……都合が良すぎるだろ。
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