第6章 『堀下たけし、犯人に疑われる』  全25話。その21。

        二十一 堀下たけし、犯人に疑われる。



 時刻は午後の十五時三十分。



「堀下先輩、もう分かっているんですよ。畑上先輩を殺したのは堀下先輩である事を!」


「ああ、俺も同じ意見だ。俺は知っているぞ。堀下先輩は畑上先輩にお金を借りていて俺と同じくらいの借金があるって事もよ。前に畑上先輩がそう愚痴っていたから間違いないぜ。その罪を俺に着せようと企んでいたんだな。畑上先輩を殺して置いてあんた汚ねえよ。今までは一応先輩だからどんな酷い仕打ちをされてもず~と我慢して来たが、もう勘弁ならねえぜ!」


「何を言ってんだお前ら、俺が友達である畑上を殺す訳がないだろう!」


暗く沈みきった二階廊下の堀下たけしの部屋の前で、杉田真琴と背島涼太の二人は激しく動揺する堀下たけしを容赦なく責め立てる。その怒りは長年溜め込んでいた恨みや不満、そして疑惑を全てぶつけるかのような激しい物だった。

 そんな凄まじい言い争いをする三人を「あなた達いい加減にしなさい。もっと冷静になって!」と言いながら傍にいる夏目さゆりが必死で止める。


 その少し後ろでは半ば呆れた表情で四人のやり取りを見ていた一宮茜が、冷めた目を向けながら事の一部始終を見守っている用だ。


 そんな彼らの元へ駆けつけた勘太郎・赤城文子・山野辺コウの三人は「おい、君達一体何をしているんだ。やめなさい!」と言いながら、激しく言い争う堀下・杉田・背島の三人を無理矢理に引き剥がす。


 その様子を少し下がった後ろで見ていた座間隼人と東山まゆ子は顔を青ざめながら怯え。隣にいた羊野瞑子に至ってはただニコニコと笑みを浮かべながら微笑ましくこの光景を見つめているだけだった。


 その煮えきれない態度からして、この三人は良くも悪くもこの喧嘩に関わる事は極力避けようとしているかの用だ。まあ、羊野に至ってはただ単に人の争いごとを遠目から楽しんでいるかのようにも見受けられるのだが。


「杉田さん、落ち着いて下さい!」


 必死に押さえ込む勘太郎の腕の隙間から顔を出した杉田真琴は、怒りに震えながら堀下たけしを糾弾する。


「いいえ、堀下先輩、あなた、あなたよ。絶対にあなたに決まっているわ。あなたは本当は畑上先輩の事を良く思ってはいなかった。その事はここにいる皆が知っている事よ。そんな畑上先輩の不器用で歪な恋心を上手く利用し、そして誘導して。一年前、畑上先輩が密かに熱い思いを寄せていた、当時一年生の立花明美さんを(合宿を利用して)襲う計画を持ち掛けたのも……実はあなただって事はもう既に知っているのよ。面白半分に畑上先輩を言いくるめて、その気にさせて、一緒になって立花明美さんを襲ったのも、いつか犯行がばれた時の為に畑上先輩にその罪を全て被って貰う。その為の保険であり体のいい駒だったって事でしょ。あの几帳面で気難しい畑上先輩に取り入って友達のふりをしていたのも彼の家がお金持ちでいろいろと利用出来ると思ったからですよね。この鬼畜が!」


 その言葉に続くかの用に、今度は背島涼太が杉田真琴の援護をする。


「そうだ、前にあんた、酒に酔った勢いでゲラゲラと笑いながらまるで馬鹿にするように面白可笑しく言っていたよな。劣情に燃える畑上の姿は盛りの付いた猿みたいで滑稽だったってな。あの時は二人でいかがわしい店にでも行った話でもしているのかと思って気にも止めなかったが、立花さんと畑上先輩の事を言っていたのか。そうだよな、そうなんだろう。卑劣感に落ちていく畑上先輩を眺めながら、あんたは内心では邪悪に笑っていたんだ。そうだよな!」


「そう考えると堀下先輩の罠に落ちて利用された畑上先輩も、ある意味気の毒で、そして哀れでならないわね。まあでもだからと言って同情の余地は無いんだけどね。そして借金の事や今回のターゲットでもある東山さんの事ででも揉めて、もう用済みだと判断した貴方は畑上先輩をここで殺害しようと決めたのでしょ。貴方がこのペンションに来る途中ワゴン車を襲ったのは、ボウガンの犯人になりすました畑上先輩自身よね。つまりボウガンの犯人がいると見せかける為の自作自演よ。東山まゆ子さんを襲い事をなしてから、その罪を全てその架空のボウガンの犯人に擦り付けるつもりだった。少なくとも畑上先輩はそう思っていたはずよ。でも堀下先輩、あなたの計画は違っていた。そのボウガンの犯人の存在を使って邪魔になった畑上先輩を殺して犯人があたかもいるかのように振る舞っていたのよ。そう考えるなら昨日の夕食会でのタイマー仕掛けの自動弓矢による一撃から間一髪逃げる事ができた事も説明がつくと言う物よ。本当、卑怯な男ね!」


 疑いと蔑む目で堀下たけしを見る杉田真琴と背島涼太は、もう完全に堀下たけしが犯人だと確信している用だ。


「お前らいい加減にしろ。俺は違うと言っているだろう! 大体俺が畑上を殺したというそんな証拠が一体何処にあると言うんだよ。それにボウガンの犯人がワゴン車を襲撃していたその時間は畑上の奴は自室で、背島涼太……お前と二人でテレビを見ていたと言っていたじゃ無いか!」


「ええ、でも、実は喉が乾いたのか一階のドリンクコーナーに行くと言って、二十分ほど部屋を空けていた時があったので、もしかしたらその隙に外へ出たのかも……知れませんね」


「その考えは流石に飛躍しすぎているだろ! 大体お前、畑上の奴が実は一人で二十分ほど部屋を空けていただなんて、今の今まで一言も言っていなかったじゃないか!」


「ええ、今思い出しましたからね。ハハハハ!」


 そう言うと背島涼太はまるで相手を馬鹿にするかの用にケラケラと大袈裟に笑う。


「ま、まさかお前ら、この事件に便乗して俺に畑上殺しの罪を無理矢理に被せる気じゃないだろうな。お前ら二人はグルだな。俺をこのままはめようと言うのか!」


「一体何を言っているんですか、堀下先輩?」


「そうですよ。堀下先輩、畑上先輩を殺して置いて妙な言いがかりはやめて下さい。そこまで言うのなら部屋の中を調べさせて下さいよ。あなたが本当に犯人では無いと言うのならね。もし疑わしく無いと言うのなら部屋の中の取り調べくらい、別に構わないでしょ!」


「ああ、いいぜ、好きなだけ調べろよ。だがもし何も出てこなかったら……お前らその時は覚えていろよ!」


「ハハハ、まさかそれ、脅しですか。堀下先輩」


「これだから犯罪者は、ああ、怖い怖い」


 堀下たけしを蔑む背島涼太と杉田真琴の言葉に、勘太郎は何かすっきりしない違和感を感じる。


(一体何故、杉田真琴と背島涼太の二人は、堀下たけしが犯人である事にこうまで自信満々でいられるのだろうか。もしこれで堀下たけしが犯人だと言う証拠が出てこなかったら自分達の立場が危うくなると言うのに。まるで堀下たけしが絶対に犯人だと分かっているかの用な態度だ)


 勘太郎がそんな事を考えていると、逆上した堀下たけしがカードキーでドアに備え付けてある電子ロックの鍵を外す。


 ガチャリ。


「さあ、中に入って部屋の中を調べて見ろよ!」と叫びながら堀下たけしは、勘太郎や赤城文子達を部屋の中へと招き入れる。

 その大雑把な堀下たけしの招きに当然とばかりに部屋の中へと入っていく背島涼太と杉田真琴の二人は、周りの戸惑いなどは特に気にする様子も無く、しらみつぶしに部屋中を探し始める。


 そんな怒りに燃える杉田真琴と背島涼太の二人を見ていられないとばかりに部屋の中へと入っていったのは、長四角い眼鏡を指先で軽く上げながら駆けつけた一宮茜である。


「ちょ、ちょっと先輩達、一体どうしちゃったんですか。もっと冷静になって下さいよ。それにしても汚い部屋ね。堀下先輩がこの部屋に来てまだ一晩しか経っていないはずなのに、こんなに部屋を散らかす事が出来るだなんて。これじゃその犯人に繋がる証拠の品とやらだって、そう簡単に見つける事が出来ないじゃないのよ。もう!」と言いながら足の置き場が無いほどに散らばっている衣類や雑誌類を一宮茜は静かに片付け始める。


 どうやら一宮茜は潔癖症だった畑上孝介程では無いが、汚いのが許せない性格の女性の用だ。


 そんな中、勘太郎は部屋の入り口付近で唖然とするミステリー同好会の部員達の中から赤城文子を見つけると、彼女に近づき小声で話かける。


「赤城先輩、何故彼らがここに来てそんな事を言い出したのかは分かりませんが……堀下たけしの犯人説、どうお考えですか」


「そうね、もし背島君と杉田さんが言う用に、私達が乗って来たワゴン車を襲撃した人物があの畑上孝介だったのだとしたら、話は全く違ってくるわ。今背島君が証言を変えた事で、背島と畑上が一緒にいたと言うアリバイも成立しなくなるわ」


「ええ、背島涼太自身のアリバイが崩れると言う事は自らも疑われる容疑者になってしまうと言う事なのに、証言を今になって変えるだなんて、一体どういう事ですかね。それだけ堀下たけしの犯人説に自信があると言う事ですよね」


「確かに背島君と杉田さんが言う堀下たけしの犯人説は、それなりに辻褄も合うし話も成立しているけど、ちょっと強引すぎる気がするわ。何より堀下たけしの畑上孝介を殺害しようとする動機が漠然としているし、なんかイマイチなのよね。私の知る堀下たけしなら、例え畑上にキツく金銭を催促されても表情一つ変えずにそのまま借りた借金を踏み倒すと思うんだけどな。女性問題で何か仲間割れがあったのだとしても、彼なら一蓮托生とか言ってその場を上手く言いくるめると思うんだけど」


「では赤城先輩の考えでは、堀下たけしは犯人では無いと」


「堀下にしてみたら、畑上孝介の使い道はまだまだあると思うんだけど。それを今捨ててしまうだなんて、有り得ないと思うわ。私が堀下の立場なら、まだまだ利用できる物は利用するけどね」


(で、でたよ赤城先輩の赤城イズム。ある意味、人の意見を考えず半ば強引に意義主張をする赤城先輩と堀下たけしは似た部分がある。だからこそ堀下と畑上は赤城先輩が苦手だったのだ。俺もその気持ち……分からなくも無いからな)


 みんなが見ているドアの前で、堀下が犯人か、それとも犯人では無いのかと話し合っていると、部屋の中で事態は急に動き出す。

 証拠の品など間違っても絶対に出て来るはずが無いと胸を張る堀下たけしの思いを打ち砕くかの用に背島と杉田が狂気にも似た声で歓喜の声を上げたからだ。


「フフフフフ、ついに犯人に繋がる畑上先輩を殺した証拠の品を見つけたわよ。でもまさかベットの下に隠していただなんてね、驚きね!」


「ハハハハハ、部屋のゴミにでも紛れさせて置けば見つからないと本気で思っていたのかな。だったら滑稽だぜ!」


 大きく笑いながら背島と杉田は、ベットの下に隠してあったとされる大きなスポーツバックを発見する。その中にはボウガン一式と数本の矢、それにあの犯人が着ていたと思われる雨合羽が一着発見された。


「ば、ば、馬鹿な、俺は知らない、俺は何も知らないぞ。そんなスポーツバックがベットの下にあっただなんて知る訳がないじゃないか! き、きっと誰かがこっそりと俺の部屋に潜入して置いていったんだ。そうに決まっている!」


 まるで信じられないような顔をしながら証拠の品のボウガンや雨合羽の存在を否定する堀下たけしに、背島涼太と杉田真琴の二人の感情が爆発する。


「この期に及んでまだそんな事を言っているのですか。いい加減に罪を認めたらどうなの。もう決定的な証拠が出てきたのだから言い逃れは出来ないわよ!」


「そうだ、お前がボウガンの犯人だという事実を認めろよ!」


「違う俺じゃ無い、信じてくれ。俺は誰かにはめられたんだ。頼むよ…頼むよ…」


 そんな堀下たけしに追い討ちを掛けるかのように部屋の隅でゴミの片付けをしていた一宮茜がある物をゴミ箱の中から発見する。


「堀下先輩……これは一体何ですか?」


 そう言いながら一宮茜が恐る恐るゴミ箱の中から取り出したのは何処かで見覚えのあるブルーカラーのスマートフォンだった。

 電源が消えていたので電源を作動しスマートフォンの中を開けて調べて見るとそのスマートフォンは昨夜亡くなった畑上孝介のスマートフォンでまず間違いはなかった。


「スマートフォンを開く際に暗証番号や指紋や顔認証機能を設定していなくて助かりましたわ。開くことが出来ないと中は確認できませんからね。まあ、畑上孝介先輩のスマホに電話をして本人の物かを調べるという事も出来ましたが、どうやらその必要もなかったみたいですね」


 ブルーカラーのスマートフォンを掲げながらその場にいるみんなに見せつける一宮茜に、背島涼太と杉田真琴はやっぱりと言う顔を向けながら尚も激しく堀下たけしを睨みつける。


「まさか畑上孝介先輩のスマートフォンを事もあろうにゴミ箱の中に捨てていたとはな。大胆にも程があるぜ。まさかここから帰るさえに人知れずゴミに紛れ込ませて畑上孝介先輩のスマートフォンを捨てるつもりだったのか。本当にフてえ野郎だぜ!」


「畑上孝介先輩が持っていたスマートフォンがこの部屋の中から出て来た以上、もう言い逃れは出来ませんよ。堀下先輩、もう罪を認めて畑上孝介先輩を殺したことを自供したらどうですか!」


 突然の思わぬ衝撃に体が震えだした堀下は、体中に冷や汗を掻きながら遂には泣き崩れる。このままでは警察が突入次第、堀下が警察に捕まるのは時間の問題だからだ。

 その衝撃的な光景を遠くから見ていた座間隼人と東山まゆ子はお互いに驚き。山野辺コウは打ちひしがれて泣く堀下の身柄を拘束する為、抑えに掛かる。


 その様子を唖然とした表情で見ていた夏目さゆりはなんとも言えない表情で静かに目を閉じ。厳しい表情で部屋から出て来た一宮茜は「まさか本当に堀下先輩が犯人だっただなんて」と言いながら堀下たけしを激しく睨みつける。


 つまりここにはもう既に堀下たけしの言葉を信じる者は誰一人としていないと言う事を意味していた。


 そうここにいる二代目・黒鉄の探偵こと黒鉄勘太郎と。警視庁捜査一課・特殊班の女刑事・赤城文子刑事と。そして黒鉄探偵事務所の探偵助手にして元円卓の星座の狂人・白い腹黒羊こと羊野瞑子の三人を除いては。


 これからどうした物かと目でアイコンタクトを送る勘太郎と赤城文子を余所に自ら前へと出た羊野は、勝ち誇る背島涼太と杉田真琴の前に堂々と立つ。


「あ、そこのお二人さん、お取り込み中の所を悪いのですが、まだ堀下さんが犯人だと決まった訳ではありませんよ」


「何言ってんのよ、当の堀下先輩の部屋からは、犯人が持っていたと思われるボウガンと畑上先輩が持っていたスマートフォンが見つかっているのよ。だったらもう疑う余地は無いじゃない」


「そうだ、犯人は間違いなく堀下先輩以外には考えられないぜ!」


「ホホホホっ何故考えられないのですか?」


「だってそうだろう。この部屋に入ることはこの部屋のカードキーの鍵を持っている堀下先輩にしか出来ないことだからだよ。予備の鍵のスペアーキーは一階ロビーの管理室に厳重に保管してあるから管理人の山野辺さん以外は入れないしな。そう考えたらもう堀下先輩以外に考えられないだろ」


「そうよそうよ、全くその通りだわ。他の人達はどんな手を使おうが入れないんだから部屋の中に証拠品があった堀下先輩が犯人に決まっているじゃない!」


 そうだ、それが杉田真琴と背島涼太が堀下たけしを犯人だと決めつける一番の理由だ。だが勘太郎と羊野は知っている、このボウガンの犯人がどうやって畑上孝介の部屋に侵入したのかを。その仮説を羊野瞑子は今ここで披露をするつもりなのだ。その例えようのないやる気に勘太郎はこれから羊野が成そうとしている言動を緊張しながら見守る。


「仕方がありませんね、ではこのボウガンを持つ犯人が一体どうやって堀下たけしさんに罪をなすりつけたのかを、じっくりと説明しますね。 


 そう言うと羊野は小さく一呼吸を置くと、回りの人達の顔を見つめながら話し出す。


 羊野瞑子の仮説に基づいた推理ショーが今始まる。



「この犯人は素人ながらも実に策をろうじる事の好きな頭のいい人物の用ですわね。畑上孝介さんと堀下たけしさんが計画した(合宿所に来た東山まゆ子さんに夜這いをかけるという)悪事をそのまま利用して、この舞台を画策したのですから。しかも都合のいい事に昨日と今日は大雨が降って橋が増水し、離れ小島と化したペンションは文字通りの密室ならぬ密島と成り果てました。そんな奇跡とも言える絶好の転機を、この犯人は一体どんな気持ちで見ていたのでしょうか。神が与えてくれた最大にして最後のチャンスとでも思っていたのでしょうか」


 そう言いながら一つ咳払いをした羊野は、脱線した話を元に戻すと話を続ける。


「最初にワゴン車の前に現れたボウガンの犯人の事なのですが、もしも背島さんと杉田さんの話が真実なら、犯人はアリバイの無い一宮茜さん・背島涼太さん・畑上孝介さん・座間隼人さん・そして杉田真琴さんの五人になります。あなた方の証言では、一宮さんは部屋で読書をしていたと証言をし。座間さんと杉田さんがもしもグルならアリバイを作る為に協力関係であったとも考えられます。勿論そうなれば管理人の山野辺さんも犯人の仲間である可能性も出てきてしまうのですが夏目さゆりさんがスマホで電話をした先はフロントの固定電話にですからその電話に直接でた山野辺さんはあのボウガンを持つ犯人では無い事が証明されています。ですがまだ犯人の仲間かも知れないと言う可能性は否定は出来ないので犯人に協力をしていた杉田真琴さんや座間隼人さんがフロントで夏目さゆりさんらを待っていたと言っている時点でその信憑性が欠ける物と思われます。まだ私達の知らない何かしらの時間差トリックがあるのではないかとね」


「まさか、私と座間先輩を疑っているの、そんな事あるわけが無いじゃない。私と座間先輩は昨日の十八時三十分頃は確かに二人で玄関のフロントロビー前で夏目先輩達が来るのをずっと待っていたのよ。つまりちゃんとしたアリバイがあるのよ。それなのに何よその言い草は。確かに犯人に言われるがままに携帯電話はすり替えたけど、ただそれだけよ。後は何もしてはいないわ。そうよね、座間先輩!」


「ええ、そうです。俺と杉田さんは二人でずっと待っていました。それは夏目さゆりさん達を下に迎えに行く時に山野辺さんも確認済みです。それに俺は羊の女探偵さんが言っているように確かにお風呂場で長話をして畑上先輩や堀下先輩を長湯させてしまいましたが、別に犯人にそうしろと指示をされていた訳ではありませんよ。そんな事で犯人の仲間と疑われるだなんて侵害だな」


「ええ、確かに私が夏目さゆりさんの電話を貰って玄関を出て行く時に確かにお二人はフロントロビーにいましたよ。それは間違いないです」


 そう言うと管理人の山野辺コウは杉田真琴と座間隼人の三人を疑う発言をする羊野をマジマジと見る。そんな三人の不満の眼差しを笑顔で返しながら羊野は次に背島涼太の方を見る。


「そして背島さんと畑上さんの二人は畑上さんのお部屋でテレビを見ていたらしいのですが、その後その証言は背島さん自身が誤りだと言って来ましたから、二人のアリバイは証明できないと言う事になります。真相は、喉が渇いたと言って畑上さんは、遊びに来ていた背島さんを一人部屋に残し一階のドリンクコーナーに出かけたそうです。その休憩所でジュースを飲んで煙草を吸って再び部屋に帰ってくるまでに約二十分くらいの空きがあったと言う事ですが、それで間違いないですね」


 その羊野の問いに背島涼太は大きく頷く。


「なので現場まで往復二十分と言う時間があるのなら畑上孝介さんにも十分に白いワゴン車を襲撃する事は可能と言う訳です」


「いや、一つ大事な事を忘れちゃいないか。ペンションの全ての窓の鍵は外側からは開けられないように山野辺さんが全て鍵を閉めたと言っていたぞ。そして唯一の入り口は、一階ロビーの表玄関と三つの非常口のドアのみだったはずだ」


 勘太郎はすかさず羊野の話に疑問という形でツッコミを入れる。


「ええ、でもその非常口の一階・二階・三階の全てのドアは知っての通り、内側からは開くことは出来ますが外側からはバネ式で開かない構造になっています。なので一度外に出てしまったらもう二度と中には入れないと言う訳です。なのでその理屈があるからこそペンション内にいる人達は皆『ボウガンを持つ犯人にはなりえない』と言うのが皆さんのアリバイにも繋がっているのでしたね。でもね、少し機転を利かせたらこのアリバイは簡単に崩せるのですよ。この非常ドアのトリックはこう言う仕掛けですわ」


そう言うと羊野は非常口のドアの前まで来ると、非常ドアの扉を開け、バネ式でストッパーのバーが飛び出る穴の周りをみんなに見せる。

 そのストッパーの開閉される穴に、密かに持ってきていた布製のガムテープを素早く貼り付けると、バネ式のバーが外へと出てこれないように穴を塞いで固定をする。


「このガムテープを貼り付ける事でこの非常ドアの鍵は事実上掛からない用になりましたわ。これだけの仕掛けで非常ドアからの出入りが可能となった訳です。どうですか、ちょっと考えたら単純で簡単な仕掛けでしょ」


 ガムテープを技と長めに出した切れ端を持ちながらドアを開くと、羊野は瞬時にそのガムテープを剥がしてドアを閉める。その瞬間を見た時、勘太郎の疑問は一気に解ける。


「そうか、だから昨夜の午前二時の二度目にボウガンの犯人と遭遇した時も、犯人はためらうこと無く非常口のドアから外に逃げる事が出来たのか。何せその後犯人はまるでその場から消えるかの用に姿をくらましたのだからな。つまり犯人は俺達が一階の非常ドアを開けるよりも早く、二階か三階かの非常ドアからまた室内に逃げる事が出来たのだな。事前に非常ドアの開閉口にガムテープを貼り付けて阻害しておけばそのドアを自由に出入りする事ができるからな。後は建屋の中に入ったら俺と赤城先輩の追撃を逃れる為にドアの開閉口に貼ったガムテープを剥がしてから直ぐに閉めれば、それだけで俺達からは逃げられる訳だな。それだけなら鍵穴に鍵を差し込むよりも早く、そして簡単にできるからな」


「ええ、そう考えるのなら、あの時ペンション内にいた人達は皆犯人になり得る可能性を持っているのですよ。なのでこの中にボウガンを持つ犯人がいると考えた方がいいですわね。ああ、また話が脱線してしまいましたわ。話を戻しますわね」


「ああ、頼むわ」


「被害者の畑上孝介さんを殺害しようとする際に、この犯人は密室殺人によるボウガンの矢での殺害方法を選びました。なぜその方法にこだわるのかは分かりませんが、とにかくこの犯人は畑上さんの殺害方法に矢を選んだと言う訳です。このトリックの概要は、先ず背島さん・杉田さん・東山さん・座間さんにメールで支持を出す事から始まります。勿論犯人が持つ携帯電話は人から盗んだ物をそのまま使用していたと思われるので、アドレスから犯人が特定される心配はありません。そのメールの支持に最初に従ったのは座間さんと背島さんです。ペンションに到着した堀下さんに付き合う用な形で二十時五分くらいに大浴場を訪れた背島さん・座間さん・畑上さん・堀下さん・それに途中から合流した黒鉄さんを入れた五人は真っ直ぐに大浴場へと向かったのでしたね。脱衣所ではマッサージ機で体をほぐしてから湯船に入ると言っていた背島さんが脱衣場に残り、後の四人は皆入浴場に入ったと黒鉄さんがそう証言しています。そんな中で普段余り喋らない座間さんがその日のお風呂場でだけは異常に饒舌だったと、後の堀下さんが証言しています。恐らく犯人の支持で座間さんは、お風呂にいる男子全員が早々とお風呂から上がらないようにと出来るだけ時間を稼ぐ必要があったのだと思われます。そのため畑上さんと堀下さんを質問攻めにして話を長引かせていたと思われますが、どうでしょうか。座間隼人さん。いくらメールの履歴を消しても電話会社に連絡してその送信履歴や消したはずのメールの内容もその気になったらいくらだって蘇らせる事も出来るのですよ」


 その羊野の言葉に座間隼人は顔を青ざめながら下を向く。


「そして脱衣場にいる背島さんに出した犯人からの指令は、数分間の間その脱衣所から離れて廊下側にある男子トイレで待機をする。ただそれだけの指示だったのではありませんか」


 羊野の仮説に今度はその話を黙って聞いていた背島涼太が食ってかかる。


「ちょっとまてよ。俺は皆がお風呂から上がるまで脱衣場から外へは全く出てはいないし、隠し事だって全くしてはいないぜ。マッサージ機で体をほぐしていたのは本当だぜ!」


 その自信たっぷりな言葉に「ち、ちょっと、背島先輩……」と言って青ざめたのは、傍で話を聞いていた杉田真琴である。

 何せ彼女は、背島涼太が二十時四十分にトイレから出て来た所を見たと証言していたからだ。そんな背島とのアリバイの食い違いが杉田の心を不安にさせる。そしてその隙を恐らく羊野は見逃さないだろう。


「なるほど、だったら貴方の証言は少しおかしいですわね」


「な、何が可笑しいと言うんだ」


「実は貴方が脱衣所から男子トイレに入って行く所を見たと言う人がいるのですよ」


「いいえ、私が見たのは……」


そう言葉が出た杉田の言葉を、羊野が厳しい口調で押さえ込む。


「うるさい! 貴方には何も聞いてはいませんわよ。あなたは私の質問に『はい』か『いいえ』かでうなずくだけでいいのです。分かりましたか!」


 いきなりのドスの利いた大きな声は、いつもにこにこしている羊野からは全くと言っていいほどに想像が出来ない物だろう。だが彼女はそれが必要とあらばいつでも吠える。

 ただ外敵と相まみえた時は出来るだけ笑顔で接するのが彼女のやり方の用なので、表情に出して怒る事の方が寧ろ珍しいとも言える。

 その彼女が珍しく吠えたのだから、皆が驚くのも無理も無い事だ。


 迫力ある羊野の殺気は周りにいた人達にも直ぐに伝わり、皆が彼女に対する異様な恐怖で尻込みする。


 因みに余談ではあるが、羊野の大きな罵声にビックリした勘太郎は足がよろめき頭を思いっきり壁にぶつけてしまったが、上司である勘太郎が部下でもある羊野にビビっていると思われるのは何だか癪なので……その事は絶対の秘密にした事は言うまでも無い。


「では改めてもう一度だけ聞きます。背島涼太さん、あなたが脱衣場からトイレに入って行く所を杉田さんが見ているのですが、その事はどう説明してくれるのですか」


 少しずつ言葉を変えていく羊野の巧みな戦略に、背島は主張を少し変えざる終えないようだ。だが、それこそが蜘蛛の巣の用に相手の手足を絡め取る羊野の巧みな罠である事を、背島はまだ知らない。


「あ、ああ、そう言えば……たった今思い出しましたよ。確かに俺は一度だけトイレに行ったかな。他愛も無い事だったんでつい忘れてたよ。確かに行ったなぁ。だけどそのトイレからは直ぐに戻って来たから、時間は一~二分も掛からなかったと思うぜ」


「そうですか、では何時くらいにトイレに行ったかは覚えていますか?」


「多分二十時十五分くらいじゃないかな」


「なるほど、二十時十五分ですか。本当にその時間で間違いはないですか」


「ああ、間違いないぜ」


「トイレの回数も本当にその一回だけですか」


「ああ、その一回だけだ。誓ってもいいぜ。俺はその後、二十時五十五分まで、あの脱衣場からは一歩も出てはいないからな」


 背島涼太のその力強い言葉を聞いた羊野は邪悪に笑みをこぼし、杉田真琴は顔を曇らせる。それは嘘を突き通していた背島涼太が羊野の嘘に敗北した事を意味していた。


「ああ、御免なさい。実は私の方でも少々記憶違いで言い間違えた事がありましたわ。実は杉田真琴さんが見たと言うあなたの目撃証言なのですが『脱衣場からトイレに行く時では無く、トイレから脱衣場に戻る時』の間違いでしたわ。ほんとうっかりしていました」


「な、何だと!」


 その言葉を聞いた背島涼太は、初めて羊野にカマをかけられた事に気づき思わず絶句する。


「ま、まさか俺をだましたのか」


「別にだましてなどいませんわ。さっきも言った用についうっかりしていたと言っているじゃないですか。でも貴方もうっかりしてトイレに行っていた事を忘れていたのですから、お互い様だと思いますよ」


「あんたは狡猾な悪女か。このペテン師が!」


「ホホホホっ何とでも言うが言いですわ。でもこれで貴方の脱衣所でのアリバイは見事に崩れたと言う事になりますわね。貴方がトイレに行ったという証言が七時十五分~そしてトイレから脱衣場に戻ってきたという杉田真琴さんの証言が七時四十分。その間の二十五分間は脱衣場には誰も人はいなかったと言う事になります。恐らく犯人はその間に畑上孝介さんと堀下たけしさんのロッカーからカードキーを一枚ずつ盗んで、二人の部屋に行ったのだと思いますよ」


「そ、そんな事がまさか可能だなんて、一体その犯人は何者なの?」


 震えながら聞く夏目さゆりの言葉に微笑みで返した羊野は、畑上の部屋に潜入した方法と堀下にかけられた濡れ衣を解く為、密室トリックについての話に移る。


「背島さんが犯人の指示通りにトイレに移動した事を知った犯人は、その隙を突いて男子脱衣場のロッカーから畑上さんと堀下さんのカードキーを盗み出すことに成功します。その足で急ぎ二階・二〇八号室の堀下さんの部屋に真っ先に向かった犯人は、そこで予め何処かに隠して置いたボウガンと矢が入ったスポーツバックを持ち出して、堀下さんの部屋にカードキーを使って潜入した物と思われます。後はベットの下にボウガンの入ったスポーツバックを置いて出て来れば、堀下さんに罪を着せる下準備は完成すると言う訳です。見ての通り堀下さんの部屋は彼の散らかし癖のせいで散らかし放題になっているのは犯人も分かっていた事なので、ベットの下にボウガンを隠すことはそんなに難しい作業ではなかった物と思われます。そんな感じで手際よく堀下さんの部屋の鍵を閉めて、次に畑上さんの部屋の鍵をワザと開けて来た犯人は、直ぐに一階脱衣所に戻り、二人のカードキーの鍵をバレないように元の位置に戻したと推察されます。後は時間との戦いです。その後、誰にも気付かれる事無く脱衣場を後にした犯人は、急ぎ三階・三〇四号室の杉田真琴さんの部屋に向かいます。部屋の前では、犯人が予め用意して置いた(畑上さんが持つ同機種の)偽のスマホ携帯を新聞紙に包んで、それをビニール袋に入れて部屋のドアノブに引っかけて置いたら、この偽スマホを杉田さんに渡すと言う仕込みも無事クリアーとなる訳です。恐らく犯人は、畑上孝介が知らずに受け取るであろう……偽スマホのすり替えをスムーズにする為、杉田さんに催促のメールを送った物と思われます。杉田さんなら必ずスマートフォンのすり替えをやってくれると言う確信があったのでしょうね」


「確信だと、彼女は一年前に大学を辞めた立花明美さんの為に、二人の起こした非道を怒ってくれている、ただそれだけじゃ無いのか?」


 考え込みながら頭をひねっていると、そんな勘太郎の様子を見ていた羊野は直ぐに杉田真琴にその視線を移す。


「杉田さん、一年前にあの二人が夜這いをかけたのは大学を辞めた立花明美さんだけではありませんよね。恐らくは杉田さん、あなた自身にもですよね……そうではありませんか」


 その羊野の言葉に体を震わせながら心底嫌そうな顔をする杉田真琴だったが、罰が悪そうに視線を逸らす堀下たけしを睨み付けながら決心を固める。


「ええそうよ、私は一年前にこの合宿で……立花明美さんと同じ日に、覆面を被った二人組の男に夜這いをかけられたわ。でもその二人の犯人は余りに焦っていたせいか私には何もする事が出来ずに、その場を逃げる用にして部屋を出て行ったわ。でもその直ぐ後に立花さんが襲われたと聞いて、私は自分の詰めの甘さを呪ったわ。私個人だけだったら黙っていたんだけど、友達が被害にあって傷ついたのなら話は別だと思ったのよ。あの時私の部屋から逃げ出した二人は顔に覆面を被っていたから、それが畑上先輩と堀下先輩と言う確証は持てなかったけど……でもあれは間違いなく堀下先輩と畑上先輩だと、私は後に確信する事ができたわ。後になって落ち着いてあの時の光景を思い返してみたら、あの覆面の二人は畑上孝介先輩と堀下たけし先輩にしか見えなかったから」


「なるほど、その抱いていた積年の怒りを逆に利用されて、犯人に言いようにつけ込まれたと言う訳ですね」


「……。」


 勘太郎の問いに杉田は言葉を詰まらせ、ただじっと沈黙するしかないようだ。そんな中、羊野の話は更に続く。


「後は簡単な話ですわ。お風呂場方面から戻った犯人は、既に解除されている畑上孝介の部屋のドアを開けると、急いで中の方から鍵を閉めて素早くベットの下へと潜り込んだはずです。後数分でお風呂場から上がって来るであろう畑上さんに見つからない用に……。その後部屋に戻った畑上さんは、二十一時からある夕食会に間に合わせる為に急いで部屋を出たと思います。その後ろ姿を見届けた犯人はその部屋である仕掛けを施してから部屋を出て行き、何食わぬ顔で夕食会に出席したと思うのですが……今日はこの話はここまでにしましょう」


「何故ですか、羊の女探偵さん。最後まで話を聞かせて下さいよ!」


「そうよ、堀下先輩が犯人では無いと言うのなら、ボウガンを持つ犯人は一体誰なの?」


 いきなりの、まさかの推理中断に周りにいた皆は不満の声を上げていたが、勘太郎は敢えて上げなかった。この辺りで羊野が一先ず話を中断する事はなんとなく分かっていたからだ。


「そんなに焦らないで下さいよ。堀下たけしさんが犯人では無いかも知れないと言う可能性をわざわざ示したのですから、今日はここら辺で話を中断してもいいではありませんか。実はまだ犯人と特定するには証拠が足りないので、明日改めて話をさせて頂きますわ。その頃には犯人の正体も、全ての謎も、真実が見えているでしょうから。それに今夜には雨が上がるとの連絡があったので、明日の朝には警察がここへ駆けつけると思いますよ」


 ニコニコしながら明日の朝には全てが解決すると言い切った羊野に、勘太郎は思う。


(そうか、ここで推理を打ち切ったのは、あくまでも犯人との差しでの勝負を……このペンション内での最後の戦いを望んでいるからだな。何せこの羊野瞑子と言う女は、犯人を捕まえる為では無く、この事件というゲームを楽しむ為だけに捜査協力をしているからだ。つまり反社会性パーソナリティ障害を持つ彼女には、正義感や仕事に対する義務などと言う物は何処にも無いのだ)……と勘太郎は羊野の性格を簡単に分析する。


 そんな羊野に堀下は「ありがとう、俺を信じてくれるのか。あんたを悪魔のような人だと思っていたが、助けてくれるんだな」と言いながら、涙混じりに何度も頭を下げる。

 そんな堀下を不思議そうに見つめる羊野の顔が何とも印象的で笑える。まるで『なんかお礼をされる用な事でもしたのかしら?』と言うような顔だ。


 もう誰も信用が出来ないでいる堀下たけしは小さいながらもどうにか希望の光が見えてきたようだ。そんな堀下の前に話を聞いていた一宮茜がそっと近づく。


「その話が本当なら、夕食会ですり替えられた畑上先輩のスマホ携帯が何故ボウガンと一緒にあったのかが気になる所だけど、まあいいわ、私も堀下先輩の事を信じてあげる」


「本当か一宮……」


「ええ、でも堀下先輩が本当に犯人じゃ無いのなら危険じゃありませんか。だってボウガンの犯人は夕食会で堀下先輩の命も確実に狙っていたのですから、この後も命を狙われるかも知れませんよ。少なくとも警察が駆けつける明日の朝までは。つまり今夜が最も危険な夜と言う訳です」


「確かにお前の言うとおりだ。俺はこれから部屋に隠るぞ。この中の誰が犯人かが分からない以上、警察が来るまで部屋に閉じこもっていた方がより安心だからな!」


 堀下のその安易な答えに、一宮は長方形型の眼鏡をズリ上げながら溜息交じりに応える。


「それはどうでしょうか。さっき女探偵さんが言った用に、畑上先輩の部屋に入るトリックを考えていたくらいですから、また新たなトリックで堀下先輩の部屋に入る方法を用意しているのではありませんか。例えば、誰も知らない第三の合い鍵があるとかね。このボウガンの犯人の……堀下先輩に対する動機がまだ良く分かりませんが、私なら怖くて同じ部屋はもう二度と使えませんわ。もっと堀下先輩は犯人の思惑を攪乱しないと」


「攪乱だと、一体俺にどうしろと言うんだ」


「堀下先輩、私と部屋を変えて見ませんか」


「部屋を変えるだとう?」


「ええ、これはいきなり堀下先輩に出した私の提案なので、これで意表を突かれた犯人はどうすることも出来ずに、今夜中に堀下先輩を殺害することは出来なくなると思いますよ。部屋が凄く汚いのは気になりますが、まあ、人の命が掛かっていますから……私は我慢しますよ」


「そうか、そうだな、お前はあの夕食会で矢に射貫かれそうになった俺を助けてくれた命の恩人だからな。お前の意見に……従って見るか」


「ええ、それはいいアイデアですわね。こう言う思わぬ予定変更も、犯人の思惑を潰すにはいいアクシデントになると思いますよ」と人ごとの用に羊野が意見を言う。


 その意見に安心した堀下は「部屋を変えよう」と提案を出した一宮茜とカードキーの交換をすると、まるで誰も信用しないかの用に周りにいるミステリー同好会の部員達に不信感丸出しの目を向ける。


「この中に俺を陥れようとする犯人がいるとわかった以上、俺は明日の朝に助けが来るまで絶対に部屋からは一歩も出ないからな。誰に呼ばれても絶対に出ないぞ。わかったな!」


 そんな頑なな態度を見せる堀下たけしに夏目さゆりは慌てて言葉を掛ける。


「あの~この後行われるミステリー同好会の部員達によるミステリーの朗読会には出席されないのですか?」


 恐る恐る言う夏目さゆりに堀下たけしは怒りに満ちた顔を向けながら大声で叫ぶ。


「お前は馬鹿か。畑上孝介の奴が無残にも殺された上にこの中にいるボウガンを持つ犯人に次は俺が殺されるかも知れないんだぞ。それなのに朗読会だあぁ。笑わせるな。そんなのができる状況じゃない事くらいお前にだって分かるだろう。やめだ、辞め。朗読会は中止に決まっているだろ。このミステリー同好会の部員達の中に畑上孝介を殺した犯人がいるんだぞ。何事も無いかのように朗読会なんぞしている場合か。全て中止だ、わかったな!」


「はい、分かりました。堀下たけし先輩……」


「この中に今も殺人犯が紛れて俺の命を狙っているんだから、その事を少しは考えろや!」


 そう言いながら廊下を歩き出す堀下たけしは犯人の次なる襲撃に内心かなり怯えている用だったが、後輩達がいる手前無駄に強がって見せる。そんな堀下たけしの後ろを一宮茜が慌てて追う。


「堀下先輩、まだ私の部屋の荷物を出してはいないのですから、先に行くのはやめて下さい!」


 先を歩く堀下を追いながら一宮は、これから堀下たけしが泊まる三階・三〇六号室の部屋へと急ぐ。その部屋は元は一宮茜の部屋だ。


「あ、堀下たけしと一宮茜は行っちまったか。何だか慌ただしいな」


 そんな二人のやり取りを見ながら何気なく周りに目を向けたその時、勘太郎はそのなんとも言えない不気味な光景に思わずぞっとする。


 まるで剣呑の表情を醸し出すかの用に、背島涼太や杉田真琴を始めとしたミステリー同好会の部員達が皆一斉に殺意にも似た視線を堀下たけしに向けているからだ。


 一言も喋る事無く皆無言で向けるその殺気に、勘太郎はこの中にボウガンを持つ犯人がいる事を改めて認めるしかなかった。

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