第6章 『堀下たけしを狙うその犯人の正体』全25話。その22。

        二十二 堀下たけしを狙うその犯人の正体。



 あれから堀下たけしが部屋に籠もってから夏目さゆりは仕方なく今日行われるはずだった朗読会の中止を他の部員達にお知らせする。

 あの傲慢で気難しいと評判だった畑上孝介が何者かに矢で射殺された事と、まだそのボウガンを持つ犯人が見つかってはいない事を理由にみんなの安全を考慮した夏目さゆりが今回は仕方なく朗読会の中止を決定したようだ。


 その行われるはずだった朗読会の中止を一早く助言し注意勧告をした堀下たけしは一宮茜と部屋を交換すると、食料の準備をしてくれた山野辺からそれらを受け取り直ぐさま籠城する為再び部屋へと戻る。


 どうやら堀下たけしは文字通り部屋の中から一歩も出る事無く、明日の朝まで過ごすつもりの用だ。


 そんな堀下を心配しながら勘太郎は他のみんなと代わるがわるにお風呂に入り、夕食を食べ、そして軽い雑談をしながら緩やかに流れる時を過ごす。


 だがそんな時間の経過とは裏腹にミステリー同好会の部員達の表情は不安に押しつぶされそうなくらいに冴えず、皆口数が少なくなっている。

 もしかしたらこの中にボウガンを持つ犯人がいるかも知れないと皆が疑りだし、お互いに疑心暗鬼になっているからだ。

 そんな緊迫した中で現職の刑事でもある赤城文子刑事とこのペンションの管理人の山野辺コウの二人はボウガンを持つ犯人の襲撃を異常に警戒していたが、勘太郎の隣に座る羊野は「そんなに気を張る必要は無いですわよ」と言いながら特に周りに警戒すること無くその場の雰囲気を静かに楽しむ。


 だがそんな緊迫した時間も夜の十時を過ぎた頃には皆がウトウトとし始め、度重なる緊張で疲れが出たのか「部屋に戻って休みたい」と言う人が席を立ち始める。それを合図にミステリー同好会の部員達は(しっかりと部屋に鍵をかける事を条件に)皆各部屋に戻る事を許されたようだった。


 つい一時間前、赤城文子刑事が救助が来る明日の朝までみんなでこの食堂に固まっていようと言う提案を出したのだが、この状況で誰が犯人か分からない以上一緒にはいられないと言い出した背島涼太と杉田真琴の意見もあり、仕方なく赤城文子刑事は部員達が各部屋に戻る事を渋々認めたようだ。

 勿論今夜は、赤城・山野辺・羊野・そして勘太郎の四人で定期的にペンション内を見回るつもりだ。


 そんな感じで静かに時間が過ぎた深夜の午前二時。


            *


 あれだけ降っていた雨はすっかり止み、ペンション内は静かな沈黙に静まりかえる。

 そんな中、三階の廊下を確認しながらその場で止まる山野辺は「とくに異常は無いな」と呟きながらゆっくりとした足取りで北側の階段に向けて再び歩き出す。


 不安な表情を浮かべながら二階にゆっくりと降りる山野辺の足音が遠ざかると、それと同時に三階の廊下の端に置いてある清掃用具の入ったロッカーの扉がゆっくりと開き、黒い影が廊下へと降り立つ。

 その中から出て来たのは、厚いビニール製の雨合羽を羽織り深々とフードを被った怪しげな人物だった。


 その手には矢がセットされたボウガンをしっかりと握っている事から、この人物こそがボウガンを持つ犯人である事は先ず間違いはないだろう。


 不気味な雰囲気を漂わせながらボウガンを持つ犯人はゆっくりとした足取りで廊下を歩くと、現在堀下たけしが宿泊している三〇六号室の部屋の前でピタリと止まる。


 三〇六号室のカードキーを入れるスロットに犯人が取り出したカードキーを入れると、三〇六号室の部屋の施錠は『ピッ』と音を鳴らしながら簡単に解除される。

 それを確認した犯人はゆっくりとボウガンを構えながらドアノブに手をかけ、堀下たけしが眠る部屋へと潜入する。


 真っ暗な部屋の中を物音を立てる事無く静かに歩く犯人は、堀下が眠るベットの前へと歩み寄ると、布団を被って寝ている堀下の胸の辺りに照準を合わせ至近距離からボウガンの矢を発射する。


 シュパーン______ドスッ!


「……?」


 風を切る小さな音と共に布団に突き刺さる『ドスッ!』と言う音を聞いた犯人は、その音の響きや感触に何やら違和感を感じた用だ。


 直ぐに堀下たけしが被っていた布団を勢いよく剥ぎ取ると、そのベットに堀下がいない事に気付きボウガンを持つ犯人は非常に狼狽する。


「残念ながらこの部屋の中には堀下たけしはいないぜ。もう既に彼には別の部屋に避難をして貰っているからな」


 その声にボウガンを持つ犯人が思わず振り向いた時、行き成り明かりが点灯し部屋の中がパッと明るくなる。

 煌々と照らされる光に顔を覆いながら眩しがるボウガンを持つ犯人に勘太郎と羊野は部屋の入り口の前に行きよい良く登場する。つまり今の今まで勘太郎と羊野は上着を入れるクローゼットの中に隠れ、ひたすら地味に犯人がこの場に現れるのを首を長~くして待っていた事を意味していた。


 その努力と苦労は地味で滑稽ではあるが、犯人が思惑通りに現れてくれた事で勘太郎と羊野の労力も少しは報われると言う物である。


 電気の電源のスイッチに手をかける羊野の前に立ちながら犯人を見る勘太郎は、椅子とテーブルが置いてある部屋の中央まで慎重に歩み寄る。


「何故ここに堀下たけしがいないのかと狼狽している用だな。あの時羊野が言っていただろう。『思わぬ予定変更は犯人の思惑を潰すいいアイデア』だってな。そうだろう、一宮茜さん」


 その名を呼ばれた犯人は体を一瞬ビックっと振るわせたが、覚悟を決めたのかフードを剥がし、その顔を勘太郎と羊野に向ける。その長四角い眼鏡の奥から放たれる鋭い眼光は勘太郎と羊野の目を捉え、今にも睨み殺さんばかりに全身から殺気を放出する。


 その鬼人と化した一宮茜が手に持つボウガンの矢を再びセットをすると、そのボウガンの矢を目の前にいる勘太郎と羊野に向けて静かに構える。


「よく私が犯人だとわかったわね。流石は現役の刑事さんが連れて来た探偵さんと言った所かしら。いつから気付いていたの?」


「この部屋に聞き込みに来た時に、あんたのアリバイを聞いていた時からだよ。あんた、俺と羊野が携帯電話の写真機能で証拠写真を取っていたと言う話を聞いた時に、俺の使っている携帯を柄系と言い当てただろう。それで分かったんだよ。俺はミステリー同好会の部員達がいる時には羊野から借りた彼女のスマートフォンしか見せてはいなかったはずだぜ。なのにあんたは俺が柄系を持っている事を何故か知っていた。だから怪しいと思ったんだよ」


「そうか、だからあの時、必要以上に証拠写真の話題を振っていたのか。あなた達、私からその台詞を引き出すために技とその携帯の話へと誘導したわね。そしてこの仕掛けを考えたのは貴方じゃ無いわね。そこの白い服を着た白髪のお嬢さんの方かしら。聞いた話じゃ飛んでもない詐欺師だって背島先輩と杉田先輩が仕切に騒いでいたから」


 その言葉を聞いた羊野が笑いながら語り掛ける。


「ホホホホっ、それは言いがかりと言う物ですわね。監視カメラと盗聴器を畑上さんの部屋にセットして盗聴と監視をしていた貴方に言われたくはありませんわ。だからこそ黒鉄さんが柄系を持っていた事を知っていたのでしょ。黒鉄さんは201号室の自分の部屋の中と・畑上孝介さんの死体のある206号室の部屋と・大浴場がある男子用の脱衣所の中でしかご自身の柄系の携帯電話は出してはいませんからね」


「そして白い羊の女探偵さんはその情報を逆に利用したと言う訳ですか。そこの黒服の男の探偵さんと口裏を合わせていたのね。黒服の探偵さんの携帯が無くなったとか言う話も全ては私から柄系の言葉のキーワードを引き出すための作業に過ぎなかったと言う訳か」


「まあ、そう言う事ですわ。それらの部屋の中に盗聴器や隠しカメラが仕込まれている事に気付いたのはたまたまコンセントに刺さっていた盗聴用のOAタップを見た時ですわ。私職業柄そういった物には馴染みがありましたから、見ただけでそれが本物のOAタップか偽物かは直ぐに分かりましたわ。だからまだ誰にも見せてはいない黒鉄さん自慢の……あの古臭い地味なガラクタ……」


「もとい、立派な『柄系』の携帯電話ね」と勘太郎はすかさずツッコミを入れると、羊野は溜まらず溜息交じりに嫌な顔をする。


「そう、その柄系の携帯電話で、罠を仕掛けることにしたのですわ。そしてその罠に貴方が見事に掛かってくれたというわけです。でも私は最初の段階で、もしかしたら貴方が犯人では無いかと思ってはいましたけどね」


「へ~、何故そう思ったの?」


「だってあなた、一昨日、私達が大浴場に行く時に、自販機の前でスマートフォンを仕切に弄ってたじゃ無いですか。そしてその深夜二時、貴方は男子脱衣場の中から現れた。そんな深夜に貴方は一体何をしていたのでしょうね。ズバリ小型の隠しカメラと杉田さんの手で持ち込まれた畑上孝介さんのスマートフォンを脱衣所のゴミ箱から回収する為にあの場にいたのではありませんか。何故そんな隠しカメラを男子脱衣場に仕掛けたのか。その理由は、背島さんがトイレに向かうそのタイミングを確認する為です。そうしないと安心して男子脱衣場の中には入れませんからね」


「そうか、仮に男子脱衣場の入り口を目で監視していたら他の誰かにその現場を見られるかも知れないし、当の背島涼太と接触してしまうかも知れないからな。小型の監視カメラを使って人との接触を出来るだけ避けていたのは自分がこの事件の黒幕である事をバレない用にする為だったのか」


感心する勘太郎を無視しながら、羊野が更に話を続ける。


「堂々と男子脱衣場の入り口を見張る訳には行かない貴方は、スマートフォンでアクセスされている監視カメラとそれらを接続出来るアプリケーションを使って男子脱衣場の中の様子を見ていたのではありませんか。しかもその盗聴監視アプリが入っている携帯電話は別の所に隠していたから、カモフラージュ用の手持ちのスマホ携帯を調べられてもバレはしなかったのでしょうね」


「なるほど、あの良くありがちな日常の一瞬の一コマを貴方は見逃さなかったと言う訳ですか。まだあの時は殺人事件すら起こってはいなかったのに……何という洞察力と記憶力なの」


 そう吐き捨てる用に呟くと一宮茜はそこをどけと言わんばかりに警戒心むき出しにしながら再びボウガンを構えて見せる。

 するとそこに勢いよく入り口のドアを開けた夏目さゆりを始めとしたミステリー同好会の部員達が皆入り口の前に集結する。

 その鬼気迫る異様な光景に夏目はもちろんのことミステリー同好会の部員達は、誰もがまだ信じられないと言う用な顔で一宮茜を見つめていた。


「一宮さん、どうして貴方が?」


「何で、何でよ!」


「一宮、なぜお前がこんな事を、馬鹿なことはやめるんだ!」


 夏目さゆりや他のミステリー同好会の部員達が叫ぶ中、前に出た赤城文子刑事が必至にミステリー同好会の部員達を後ろへと下がらせる。


「あなた達、もっと後ろへ下がりなさい。ここは危ないから、早く!」


 それもそのはず、もし犯人・一宮茜が持つボウガンの矢が発射された場合、勘太郎と羊野に当たる事無く狙いがそれた矢は、そのまま後ろにいるミステリー同好会の部員達の誰かに当たるかも知れないからだ。


「勘太郎! 羊野さん! 後はお願いね……」と叫ぶ赤城文子刑事の期待に応えるかの用に羊野が勘太郎の後ろから、一宮茜に向けて直ぐさま語り出す。


「では昨日話した用に、畑上孝介さんの部屋のベットの下に隠れていた犯人・一宮茜さんが、一体どうやって夕食会に向かったのかを順に話していきますね。そう、そのトリックの正体についてもです」


 羊野の奴……明らかに矢が自分に当たらないように俺を盾代わりにしながら後ろで話ているな~と思いながら、羊野瞑子の推理ショーの後半戦が今始まる。



「畑上孝介さんが夕食会に遅れないようにと急いで部屋を出た後、一宮茜さんは急いでベットの下から這い出して仕掛けを準備する必要があったはずです。その仕掛けとは、先ずはタップ型の盗聴器と小型の監視カメラを何処か見えない所に設置する所から始めたと思います。続いて畑上さんの部屋の上は一宮さんの部屋……つまり今私達のいる部屋になっているので、予め用意して置いた釣り糸を一宮さんの部屋の窓から下にある畑上さんの部屋の(三十センチしか開かない)小さな格子窓から通して下に垂らし結びつけ、その結んだ先端には小さなラジコンのミニカーをカーテンの下にセットして置きます。部屋の中央の床にはコップ一杯分の水を技とこぼし、その近くの壁側にはこれ妙がしにある物を立て掛けて置きます。最後にエアコンの暖房の時間設定をしていけばこの仕掛けはほぼ完成と言う訳です。後は身なりを整えながら部屋を出て、何食わぬ顔で夕食会場に向かった物と思われます」


「じゃあの、堀下たけしを狙ったボウガンの矢は一体何のために仕掛けたんだ。せっかく堀下を殺せたかも知れないのに、わざわざ助けたりなんかして?」


「ああ、あれは堀下さんを助けたという皆さんからの信頼が欲しかったのですわ。そうすることによって一宮さんは少なくとも犯人では無いと皆に思い込ませる事が出来ますからね。そうしないと、もしかしたら自分に犯人の疑いが掛けられるかも知れないと、一宮さんはそう考えたのでしょうね。だからあんな三文芝居を打ったのですよ」


「杉田真琴にすり替えさせた、あの偽の携帯電話に……それと東山まゆ子が持っていた粉末の睡眠薬をビールに混ぜさせて、畑上と堀下に飲ませたのも……全ては」


「ええ、全ては畑上孝介さんを死に確実に追いやるためと、堀下たけしさんにその罪を擦り付ける為ですわ」


 その羊野の言葉にミステリー同好会の部員達一同は皆が愕然とし、冷や汗を掻きながら生唾を飲む。そんなアウェーの状況下で話を黙って聞いていた一宮茜は、勘太郎の後ろで涼しげに語る羊野を激しく睨み付ける。


「一昨日の夜の夕食会が終わった夜の二十二時五十五分。睡眠薬入りの酒に酔い、激しい眠気に襲われながらも一人で部屋に戻った畑上孝介さんは、朦朧としながらも部屋のドアを開けた物と思われます。なぜ鍵を閉めたはずのドアが開いていたのか? そういつもなら部屋の鍵が開いてることに一早く気付き警戒と不信を抱く畑上さんでしたが、その時は酒の酔いと睡眠薬のせいか頭が働かず、流石に気付く事が出来なかったと思われます。何せ思考が曖昧になる程に酔いがかなり回っていたと思われますから。まあ、部屋を出る際にもしかしたら鍵を閉め忘れたか~くらいは思ったかも知れませんがね。仮に気付いてたとしても、その事でわざわざ管理人さんの元へと引き返す気力はもう彼にはなかったでしょうから、どちらに転んだとしてもその時の畑上さんは部屋の中に入るしか道は無かった物と思われます。そして何も疑うこと無く部屋の中に入った畑上さんは、部屋の中央の床下付近にコップ一杯分くらいの水溜まりが出来ている事を目で確認したはずです。ここで彼は水零れなど気にせずに寝てしまおうと一瞬考えたかも知れませんがそのままベットの中に入る事はありませんでした。何故ならその近くには彼が山野辺さんに頼んで置いた物があったからです」


「その頼んで置いた物とは一体何だよ?」


 そう力強く口にした勘太郎の言葉に応えるかの用にドアの前に現れた赤城文子刑事が、大きな紙袋からある物を取り出しながら勘太郎に見せ付ける。


「私が外で見つけたのは……これよ」


 そう言いながら赤城文子刑事が取り出したのは一メートルくらいの長さの柄が付いたモップだった。


「やけに中途半端な長さのモップだが、そのモッブが一体何だと言うんだよ?」


「このモップの柄の長さは一メートルくらいしかない見たいですが、もしこのモップであの床を拭いたのなら、その柄の棒の先端は丁度お腹の所に来るとは思いませんか」


 そう羊野に言われてそのモップを手にした勘太郎は、そのモップの柄を持ちながら床を拭く態勢を取る。すると羊野の読み通りにそのモップの柄の棒の先端は、丁度勘太郎のお腹の斜め下、下部分辺りでピタリと止まる。

 そうあの畑上孝介が矢で射されて死んだ、下腹部の斜め下辺りで。


「このモップを押し込んだ時の感触は……そうかこのモップで床を拭く為に棒の下に力を加えると、下のトリガーが外れてこのモップの柄の中に隠していた矢が先端から飛び出る仕掛けになっているんだな。だから畑上孝介の腹部には矢が刺さっていたのか。柄の中に内蔵されているバネは強力なスプリングで出来ているから、矢が人の体を貫通するだけの威力は当然あると言う事だな」


「ええ、そう言う事ですわ。恐らく畑上さんはその床に広がる水溜まりを見た時、近くにモップがあるのを発見したのでしょうね。恐らくは彼が、山野辺さんに持ってくる用に頼んだ掃除用具の事でも思い出したのでしょうね。そのモップは山野辺さんがこの部屋に用意した掃除用具だと勝手に勘違いをした畑上さんが、そのモップを使って床を拭いたことで矢を腹部に受けてしまったと推察されます。彼の几帳面で奇麗好きな性格からして、必ず掃除をしてくれると一宮さんは信じていたのでしょうね」


「ええ、畑上先輩なら例え酔いが回って眠気に襲われても、必ず掃除をしてくれると信じていました。何せ極度の潔癖症ですからね」


 ボウガンを仕切に構え直しながら一宮茜はぎこちなく苦笑をする。その顔は何処か悲しげな用に勘太郎には見えた。


「矢で下腹部を射された畑上さんは、助けを呼ぶ為に必死に歩こうとした見たいですが、酔いでおぼつかない足取りと腹部に伝わる痛みのせいで直ぐに歩くのをやめたと思われます。なので彼は仕方なく自分のスマートフォンの携帯電話を取り出して身近な人に助けを呼ぶことにしたのです。その証拠に畑上さんは玄関のドアの方を向きながら、くの字になって亡くなっていましたからね。そしてその手の中にはブルーカラーのスマホの携帯電話がしっかりと握られていました」


「ああ、だが畑上はそのスマートフォンで電話をする事は出来なかった。何故ならそのスマホ携帯は本物そっくりの……同機種の契約されてはいない偽物だったからだ」


「ええ、そうですわね。しかもその後畑上さんは直ぐに亡くなっています。と言う事は矢の先端に毒性の強い何かの毒を塗っていたのではありませんか?」


「ええ、あなたの言う通りよ。お察しの通り矢の尖端にはあのコロンビアの先住民達が狩りでよく使うと言われているヤドクガエルの脂溶性でもあるアルカロイド系の神経毒を使っているわ。あの猛毒は即効性だから、例え微量でも体内に入ると直ぐに死に至るでしょうね」


 あの毒はヤドクガエルの毒だったのか~と思いながら考えていると、勘太郎はあることにハッと気づく。


 今勘太郎を狙っているボウガンの矢の尖端が気になったからだ。そんな俺の思いを察したのか不適に笑いながら、一宮茜が聞きたくもない一言を言う。


「勿論この矢の尖端にもヤドクガエルの毒がたっぶりと塗ってあるわよ」と言う冷たい言葉を。


(マ、マ、マジですか。もし矢先が少しでも体を擦ったら間違いなくあの世へ行ってしまうじゃ無いかあぁぁ! だから羊野は素早く俺の後ろに隠れたのか。)


 そんな声にもならない絶叫を心の内で響かせていると、勘太郎の後ろに隠れていた羊野が勘太郎の背中から顔を出しながら話を続ける。


「畑上さんが毒矢を受けて死亡した時間は、恐らくは二十三時丁度くらいだと推察されます。その一時間後にエアコンの暖房のスイッチが自動的に付いたのは、床にこぼれている水の水滴を全て蒸発させる為ですわ。時間予約操作で暖房のスイッチを段階的に入れる事によって床に水溜まりになっているであろう証拠を隠滅したと言う訳です。それから更に一時間が過ぎた深夜の一時丁度に自室に戻って来た一宮茜さんは、畑上さんの部屋に仕掛けてある小型の隠し監視カメラの画像をスマホの携帯電話で確認しながら、畑上さんの死亡を確認したはずです。その画面を見ながら次に行った事は、恐らくはモップの回収だと思われます。その方法は、予め既に畑上さんの下の部屋に仕掛けておいた小型のチョロQを無線の電波で動かして、上手くモップの先端にぶつけることに専念した物と思われます」


「なんでそんな意味不明な事をする必要があるんだよ?」


「何せそのチョロQの先端には強力なネオジム磁石が張り付けられていたのですから。そしてこのモップの先端にもネオジム磁石が……もうここまで言ったらお分かりになりますわよね。隠しカメラの画像をスマートフォンで見ながらそのチョロQとモップの先端に備え付けられていたネオジム磁石をくっつけて、チョロQの後部に括り付けられている釣り糸をたぐり寄せて、そのまま三階の一宮さんの部屋までモップを引き上げて回収したのです。勿論その格子の30センチの窓の隙間からそのモップが回収できるようにしてね。その後は引き上げたモップの柄に新たな柄をジョイントさせて、長く伸ばしたモップの柄の棒を使って、下の部屋の格子の窓ガラスを閉めたと言う訳です。その後仕事を終えた仕込み矢型のモップは、証拠を隠滅する為にモップの柄をバラバラに短くジョイントを外して、雨の降る暗闇が広がる外へとバラバラに放り投げたと言う訳です。元々組み立て式のモップだったので証拠を隠すにはさほど苦労はしなかったと思いますよ。まあ、この畑上さんを死に至らしめた矢の仕掛けが何か……畑上さんが潔癖症で奇麗好きだという情報を聞いた時から何となくこの可能性しか無いと思ってはいましたが、まさかこうもどんぴしゃに当てはまるとは、無理を言って赤城文子刑事に頼んで探して貰った甲斐があったと言う物ですわ。この矢のトリックでは絶対に何かの道具を使用すると思っていましたから、トリックに使った使用済みの証拠の品は、その後どうにかして必ず証拠の隠滅をするはずだとそう考えたのです。犯人側の心理状態を考えて、先ず自分の近くには絶対に証拠となる品は置きたくないと考えるのが自然です。更に人の目に触れさせたくは無いのなら、このペンション内では無く必ず外に捨てに行くと考えたからです。それが素人の考えなら尚更です」


「ええ、羊野さんの言う通りよ。草むらに捨てられたネオジム磁石付きのチョロQや盗聴器型のOAタップ。それとバラバラに分割されたモップの柄と、それらをこの雨の中で探すのには随分と苦労させられたけど、確かに外に捨ててあったわね。正直驚いたわ」


 そう言いながら赤城文子刑事は苦々しく不適に笑う。


 そんな赤城文子刑事の言葉に羊野は微笑みを浮かべると、スカートのポケットから出したネオジム磁石付きのチョロQと盗聴用のOAタップを一宮に見せ付ける。


「後の説明は簡単ですわ。午前二時に再び行動し出した(一宮さんこと)ボウガンを持つ犯人は、男子脱衣場に仕掛けて置いた超小型の隠しカメラと畑上さんのスマホ携帯を回収する為に、人と接触するのを避けながら男子用の大浴場の脱衣場に潜入した物と思われます。ですがここで一宮さんは思わぬ妨害に遭ってしまう。何せその隣のドリンクコーナーには見回りから休憩に来ていた赤城文子刑事と管理人の山野辺さんが隣のドリンクコーナーで行き成り駄弁り始めたからです。そこにたまたま居合わせた黒鉄さんも加わって、脱衣所から身動きが出来なくなった一宮さんはそこでしばらく息を潜めて彼らがその場を離れるのをひたすらにじっと待ったはずです。ですが緊張と焦りのせいか物音を立ててしまい。その音に反応した黒鉄さん・赤城文子刑事・山野辺さんの三人に見つかってしまった一宮さんは、仕方なく強行突破をする為に再びボウガンを構えたと言う訳です。そうではありませんか」


「ええ、そうよ。その通りよ。昨夜は流石に焦ったわ。そのお陰で畑上孝介先輩のスマートフォンは無事に回収が出来たんだけど、超小型の隠しカメラの方は回収が出来なかったからね。ほんと、せっかく年蜜に立てた計画って何故かそうおいそれとは上手くは行かない物ね」


 そう言いながら一宮茜は勘太郎に向けられていたボウガンの矢の先を今度は羊野瞑子に向ける。


「その後、黒鉄さん達と緊迫する一戦を交えた一宮茜さんは、赤城文子刑事や黒鉄さんからの必死の追跡を逃れながら一階・非常階段の外で二人を何とか巻くことに成功します。二階の非常階段のドアから(予め仕掛けて置いたガムテープのトリックを使って)室内に逃げる事に成功した一宮さんは、外の雨に濡れた雨合羽から滴り落ちる水滴が廊下に落ちないように、予め非常ドアの下に広げておいた大きめのマットを使ってその上で雨に濡れた雨合羽をその場で脱ぎ捨てて、下のマットごと丸めて雨合羽と一緒に自分の部屋まで急ぎ運んだ物と思われます。そうする事で二階や三階の非常口から逃げ込んだと言う可能性を消せると言う訳です」


「あ、そう言えば、確か一宮さんの部屋の玄関の中にそれらしいマットがあったよな。あれがその時に使用していたマットか」


「黒鉄さん、人がお話している時に水を差すような事はやめて下さい。話が途切れますから」


 そこまでの仮説を聞くと、ミステリー同好会の部員達は皆汗を掻きながら一斉に生唾を飲む。そうまで真剣に話を聞くのは、それだけ羊野瞑子の言葉巧みなトーク術に引き込まれているからだ。

 そんなミステリー同好会の部員達の視線を一身に受けながら羊野は尚も話を続ける。


「翌朝、いくら呼び掛けても部屋から一向に出て来ない畑上さんを心配した山野辺さんは、赤城文子刑事に相談をして一緒に畑上さんが宿泊している部屋へ行き、スペアーキーで開けて中の様子を確認します。そこには私達も一緒に同行していましたから間違いないです。そこで目にしたのは矢に下腹部を刺されて横たわっている畑上さんでした。もう既に死後硬直が始まり数時間程時間が経っているその遺体は、暖房で部屋が暖められていた事もあり、死人特有の死臭が部屋中に漂っていたのを覚えています。部屋の外の廊下では畑上さんの死に絶句する周りの人達に混ざりながら、一宮さんは何食わぬ顔で部外者を装っていたのですね。如何にも興味なさげに振る舞ってはいましたが内心では生きた心地がしないほどにドキドキしていたんじゃありませんか。何せ貴方は初めて人の命を奪ったのですから。その後、次なる仕掛けに備える為に自室に戻りひたすら待機をしていた一宮さんは、その静かな部屋の中で盗聴アプリ機能を使って、私と黒鉄さんが話す会話の内用をただじ~と盗聴していたのではありませんか。畑上さんの死体がある部屋のコンセントに盗聴型のOAタップが刺さっていましたからね、それで話を盗み聞きしていたのでしょ。そうです、黒鉄さんが今も大事に使っている。ガラクタで、しかも凄くダサ~い、柄系の携帯電話の話とかをね」


「つまりあれか、俺と羊野の会話のやり取りを盗聴アプリで盗み聞きしてしまった事が、一宮茜の命取りになってしまったと言う事だな。あの部屋でしか知り得ない情報を聞いてしまったから」


「まあ、平たく言えばそう言う事ですわ」


 勘太郎のつい出てしまった相づちに羊野は優しく応えると、すかさず次の話に移る。


「そして更に時間が過ぎた、昨日の午後の十五時三十分頃。再び騒ぎが起こります。今まで堀下たけしさんの蛮行横暴に黙って耐えていた背島さんと杉田さんが行き成り反乱を起こしたからです。背島さんと杉田さんの強い確信めいた言葉にはあの堀下さんが確実に犯人となり得るだけの確たる証拠があの部屋にあることはどうやら分かっていたみたいでしたから、仕切に背島涼太さんと杉田真琴さんの二人は堀下たけしさんの部屋の中を見せろと言っていたのですね。恐らく一宮さんは、背島さんと杉田さんに何らかの伝達方法で『犯人は堀下たけしだ。証拠の品は彼のベットの下にある』という文章の内容をそれとなく伝えたのではありませんか。日頃不満を抱えて我慢の限界が来ていた二人の心の内を上手く利用してその気にさせれば、例え正体不明の怪しげな情報でも彼らは信じると分かっていましたから。そしてその情報の発信源があのボウガンを持つ犯人の物なら尚更です」


「フフフ、ええそうよ。背島先輩と杉田先輩の二人の部屋に、今貴方が言ったような内容のビラを送ったのよ。恐らく二人はこの差出人が犯人の送ったビラだと薄々は気付いていたはずよ。では知っていて何故この文章を信じたのか。それは畑上先輩殺しの犯人が、堀下先輩だと信じた方が何かと都合がいいからよ。そう彼らは、これがボウガンを持つ犯人による罠だと知っていて敢えて犯人の思惑に乗ろうと考えたのよ。だってこのまま堀下先輩が無事にここから生還したら、また苦痛と屈辱の日々が始まるのですから。ならここは技と犯人に騙されたふりをして堀下先輩に冤罪の罪を被せる事ができれば堀下先輩は確実に自分達の視界からは消え、刑事事件的にも社会的にも抹殺できるのですから彼らがこの盛大にして最後のチャンスを利用しないはずがありませんわ。犯人の目的はあくまでも堀下たけしの命……そう確信したからこそ、背島涼太先輩と杉田真琴先輩の二人は安心して、この私の思惑に敢えて乗ったのでしょうね。まあ、そうなる用に仕向けたのも、この私の知力から来る策略……なのですがね」


「なるほど、なら納得がいきますわ。あの堀下さんが昨日いた、二階・二〇八号室のベットの下からボウガンや矢や雨合羽が出て来たのはさっきも説明した通りですが、犯人がどうやって、どのタイミングで畑上さんのスマートフォンをあの部屋のベットの下に忍ばせたのかがどうしても分かりませんでした。ですが一宮茜さん、貴方が犯人なら全て納得がいきますわ。何せ貴方はあの時、堀下さんの部屋に突入した背島さんと杉田さんのその後を追って一緒にあの部屋の中へ入って行ったのですから。その時にあなたは少し部屋の中を掃除をする素振りを見せながら人知れず畑上さんのスマートフォンを部屋のゴミ箱に忍ばせたのではありませんか。だからこそ堀下さんしか入れない部屋の中に畑上さんのスマホ携帯があったのですわ」


「なるほどね、なら私の正体とそのトリックを暴いたついでに教えて貰えないかしら。一番最初にあなた達はワゴン車をボウガンを持つ犯人に襲撃されたはずだけど、この私は管理人の山野辺さんの証言で確か自分の部屋にいたはずよ。ならそのワゴン車を襲撃した犯人は私ではないと思うんだけど……そこはどう説明するつもりなの?」


 その一宮茜の話に、今度はその話を部屋の入り口の前で黙って聞いていた赤城文子刑事が静かに語り始める。


「そうね、ならまずは結論から言うわ。あなたには最初から協力者がいたはずよ。心と思いを共有させる協力者が。その協力者と共にあなたはこの今回の殺人事件を実行しようと考えたのでしょ。その絶対的なアリバイを作る為にね。そうではありませんか、管理人の山野辺コウさん!」


(か、管理人の山野辺さんだって……まさか、でもなぜ山野辺さんが?)


 赤城文子刑事が語った思わぬ人物の言葉に勘太郎が信じられないでいると、その名を呼ばれた山野辺コウがその赤城文子刑事の隣に静かに立つ。そのシワの深い顔は悲しみに満ち、静かに一宮茜を見つめていた。


「山野辺さんの関与がバレていた……でも一体なぜ?」


 その疑問を口にする一宮茜の問いに答え得るかのように赤城文子刑事が落ち着いた声で話し出す。


「私は、このミステリー同好会の部長でもある夏目さゆりさんからの頼みでこの合宿に参加をしていましたからね、一応はこのペンションに参加をする人達の名前や人柄、そしてその家族構成と言ったリストは当然確認してからここに来ているわ。もしかしたらあの畑上孝介や堀下たけしに協力をする仲間が他にもいるかも知れないと考えたからよ。でもその考えは徒労に終わったんだけどね。でもその代わりにボウガンを持つ犯人が現れてペンション内が見えない恐怖と謎で包まれたんだけど、昨夜の午前二時にドリンクコーナーの自販機の前で畑上孝介さんと堀下たけしさんには強姦事件の噂と疑いがあると言う話を勘太郎に話した所、その話を聞いていた山野辺さんは確か『同じく娘を持つ親としてその所業は許される物ではありません』と言っていたのを思い出してね、その言葉ではっとしたのよ。そう山野辺さんは無意識に嘘を言っていたから、犯人を助ける動機がもしかしたらそこに有るのかも知れないとそう思ったのよ」


「犯人を助ける動機だって?」


 その勘太郎の呟きに赤城文子刑事は頷いて話を進める。


「ええそうよ、私はね何度も言っているようにみんなのリストを作ってからここに来ているわ。当然その中には山野辺コウさんの家族構成のリストも一通りは入っているわ。だからこそ山野辺さんの言葉に私は疑問を持ってしまったのよ。山野辺さん……あなたの娘さんは2年前にある強姦事件がきっかけで自殺をして亡くなっていますよね。そしてその容疑者候補に一時期はあの堀下たけしの名が上がっていた。そうでは有りませんか。でも彼にはその後ちゃんとしたアリバイがある事が立証されてしまい、堀下たけしさんはその容疑者候補からは外されてしまったようですが、そのアリバイを証言していた人物はどうやら堀下たけしさんのかねてからの悪友の証言であった事もあり、あなたは堀下たけしこそが娘を拐かした張本人ではないかと疑い、そして確信を持っていた。なぜなら彼の足取りとその日のアリバイを調べれば調べる程にあの堀下たけしが犯人である証拠が次から次へと山のように出て来たからよ。でも一度犯人の候補から外れてしまった堀下たけしの事を当時の警察は真剣には取り合ってはくれず。勿論その事件も簡単な雑な捜査で打ち切りになってしまった。なので山野辺コウの娘さんが被害にあったとされる強姦事件は結局は証拠不十分と言う形で迷宮入りとなってしまい、その後当然のようにその犯人は未だに見つかってはいないわ。それが2年前に山野辺さんの娘が自殺をした事件の経緯と真相です。そんな山野辺さんの現状をどこかで知った一宮茜さんあなたは山野辺コウさんに声を掛けたんじゃありませんか。堀下たけしの犯した被害者は他にも必ずいると確信していたあなたは、堀下たけしを立件できなかった山野辺さんに取り入って「法律で裁けないのなら私達であの堀下たけしと畑上孝介を裁きましょう。これは彼らの手で無念にも死ぬことになった娘さんの弔い合戦です!」と言って山野辺さんを先に畑上家が所有するペンションの管理人として内部に潜入させる為にそのペンションの臨時の管理人の募集を受けるように上手く誘導をした。そうですよね一宮茜さん」


「ええ、確かに山野辺さんに私は直接会って私の殺人の動機と今回の計画を山野辺さんに隠さずに全てを話したわ。そんな私の無謀な計画に山野辺さんは二つ返事で承諾をしてくれた。今は亡き娘の為に御膳に手を合わせて祈る山野辺さんの姿を見た私は、その山野辺さんの意志と目的が固まった事を確認したわ。だからこそ私はある組織の力を借りて山野辺さんを見事畑上家の所有する臨時のペンションの管理人にする事ができたのよ。まあ、その業者が一体どんな手を使って山野辺さんをペンションの管理人にしたのかは私にも分からないんだけどね」


「ある組織……ですか?」


「そして自動タイマー型のボウガンを食堂の戸棚の中に設置した私の最初の役目は、麓からこのペンションの方に向かって来ている(夏目さゆりさん達が乗る)白のワゴン車を襲撃してボウガンを持つ犯人の存在をみんなに強く印象づけさせて分からせる事だったわ。その為にはどうしても私のアリバイを強固なまでに作る必要があった。そう完璧なアリバイをね。その役目を山野辺さんには証言者として語って貰っていた。山野辺さんに頼んだのはそれだけよ。いろいろと手伝って貰うとそこから穴が生まれると思ったから山野辺さんとはなるべく赤の他人の振りをして私のアリバイの証言が疑われないようにとアリバイ作りに徹底して貰っていたのよ。でもまさか夏目先輩が直前になって現役の刑事さんと探偵を連れてくるとは思わなかったからそこから計画がゆがみだしたのはいがめないわね。まさか赤城文子刑事さん……あなたが山野辺さんの家族構成を……そしてその娘が既に自殺で亡くなっていた事を知っていただなんて思わなかったから、そこから私達の一つの誤算が生まれた。そうあなたはそこから再び山野辺さんの事を一から調べ直したのね。そこの二人の探偵さんに山野辺さんのアリバイを無理に調べさせなかったのは、もしも山野辺さんと犯人との関係性がその犯人にバレたとわかってしまったら、その後犯人が何をしでかすか分からなかったから。だから山野辺さんをわざと泳がせてその陰に暗躍していると思われる犯人の動向を密かに探っていたのね。そうなんでしょ!」


「ええ、そう言う事よ。山野辺さんは2年前に堀下たけしを訴えていたから、彼との繋がりは直ぐに分かったわ。まあ、その当の堀下たけしは山野辺さんの事は全く覚えてはいないようだったから、山野辺さんはペンションの管理人を演じることが出来たのでしょうね。でも不思議よね、その山野辺さんがあなたの仲間ならその山野辺さんからスペアーキーを借りて畑上孝介と堀下たけしの部屋に潜入すればもっと簡単にそしてスムーズに事を成し遂げる事が出来たんじゃ無いのかしら。あんなにみんなを巻き込んだ大掛かりなトリックなんかをわざわざ使う必要も最初からなかったはずよ。ならなぜ一宮茜さんあなたは山野辺さんの協力を最初から仰がなかったのですか?」


「さっきも言ったように山野辺さんとの関わりはなるべく避けたかったからです。私のアリバイの証言だけを語る事によってその信憑性を確実な物にしたかったのですよ。それに山野辺さんにスペアーキーを出させてしまったら一番疑われるはずの山野辺さんから次々とボロが出かねないですからね。なら最初から山野辺さんには何もさせないことがこのトリックを成功させる秘訣だと少なくとも私はそう思ったのですよ。でもその思惑も赤城文子刑事とそこにいる白い羊の女の探偵さんに見抜かれてしまいましたけどね。本当に優秀な刑事さんと探偵さんですよ、あなた方二人は!」


(ちょ、ちょっとまてぇーっ! 俺の、この俺の名前が一宮茜の口からは一切出てはいないぞ。俺も一応は頑張っているんだけどな)


 そんな勘太郎の複雑な思いを尻目に赤城文子刑事の隣にいた山野辺コウが一言「済まない、済まない……私のつい出てしまった言葉から、一宮茜さん、あなたと私と……そしてあの堀下たけしとの関係性と因縁がバレてしまった。全ては私の責任だ。本当に済まない……」と言いながら下を向き酷く項垂れる。


 そんな山野辺コウを見ていた一宮茜は「山野辺さん……」と言いながら一瞬悲しげな眼差しを山野辺コウに送るが、勘太郎の後ろに隠れていた羊野が少し動いた事に一宮茜は直ぐさま反応をする。


「う、動かないで。もしも動いたら直ぐにこのボウガンの矢をあなた達に向けて発射するわよ!」


「ほほほほ、いいでしょう。そのボウガンの矢で私を見事射貫いて見なさいな。もうあなたのトリックの謎は全て解き明かされたのですから、もう思い残すことは何もないでしょうからね!」


 胸を張りながら自信満々に言う羊野に、一宮茜は最後の疑問をぶつける。


「そう全ての謎と仕掛けが解き明かされてしまったのね……じゃ最後のついでに教えてくれないかしら。何故あなた達は私がここへ来ることが……いいや違うわ……何故あなた達はこの部屋の中に入る事ができたの? 部屋の中に入った堀下先輩は明日の朝、救助が来るまで誰の呼びかけであろうと絶対に部屋のドアは開けないと強く言っていたのに。それに貴方達の持つこの部屋の三〇六号室のスペアーキーじゃ絶対にこの部屋のドアを開ける事は出来ないはずなのに、一体何故?」


「そうですわね、貴方が宿泊して……その後堀下さんに譲った三階の三〇六号室、この部屋は元々はあの東山まゆ子さんの部屋だったんじゃありませんか」


「な、何だって~ぇぇ!」と勘太郎やミステリー同好会の部員達は皆一斉に驚き、一番後ろに静かに控えていた東山まゆ子をマジマジと見る。

 その視線を感じながら廊下の外で佇んでいた東山まゆ子は、まるで観念したかの用に大きく溜息をつく。


「ええ、確かにこのペンションに来た時に一宮さんと密かに部屋を交換しましたわ。その提案をされたのは合宿に行く二日前でした。一宮さんが言うには、畑上先輩と堀下先輩は必ず私が泊まる部屋のスペアーキーを持っているだろうから、当日ペンションに着いたら部屋を人知れず交換しようって、そう一宮さんは言ってくれました。そうなると一宮さんの方が危険だと言ったのですけど、私は大丈夫だと言ってくれて一宮さんは自分の主張を曲げませんでした。そんな一宮さんの決意に何か深い考えがあると感じた私は、そんな彼女に感謝しつつも一宮さんの考えに従う事にしたのです。ただ部屋を変えた事を畑上先輩や堀下先輩に知られるとまたスペアーキーを変えて来るかも知れないので、なるべく誰にも知られない用にしていたんです」


「そうなの、それは本当なの東山さん!」


「一宮さんと既に部屋を変えていただなんて、普通に三一〇号室に入って言ったから、全く気付かなかったわ。そうかあの部屋は元々はあの一宮茜さんに割り振れていた部屋だったのか」


 そう応えたのは杉田真琴と夏目さゆりの二人である。


「私も一応は皆さんがどの部屋に宿泊しているかは宿泊名簿の記載で知ってはいますが、ペンションに到着後一宮茜さんと東山まゆ子さんが直ぐに部屋を入れ替えて使用していたことまでは流石に知りませんでした。私も二人の部屋の出入りをいちいち確認をしてはいませんからね。それに東山さんが言う用に一宮さんが泊まっていた三〇六号室のスペアーキーを畑上さんが借りていたら管理室にあるはずのスペアーキーは必ず一つ足りないはずですが、カードキーの数は一つも紛失する事無くちゃんとありました。と言う事はやはりこの中のカードキーの一つは事前に畑上孝介様が持ち出され、そしてその代わりに偽物のダミーのカードキーとすり替えられていると言う事なのでしょうか。もしもの為のスペアーキーなのでいちいち本物かどうかを鍵を入れて調べてはいませんからね」


 スペアーキーは全て管理室にあると主張する山野辺コウに対し、その言葉を羊野が見事に止める。


「いいえ、あの管理室にあった三〇六号室のスペアーキーの鍵は成功に作られた偽物でしたわ。昨日の午後に赤城さんと一階ロビーで待ち合わせをしていた時に管理室に忍び込んで三〇六号室のスペアーキーを抜き取って調べて起きましたから、間違いありませんわ」


 そう言いながら羊野は悪びれる様子も無く、管理室から盗んできた三〇六号室のスペアーキーを掲げて見せる。


「ああ、あの時ですか。私と、スペアーキーの事でお話をしている内に畑上孝介様が用意された偽物の三〇六号室のスペアーキーと何かのダミーのカードとを素早く交換をしたようですね。その三〇六号室のスペアーキーが本物か偽物かを調べる為に敢えて人知れず盗み出したと言う事でしょうか。これは流石にだまされましたよ」


 そう言うと山野辺コウは何かに納得したように小さく呟く。そんな山野辺コウの動向にも注意を払いながら勘太郎は、一宮茜が構えるボウガンの矢先にその視線を合わせながら話す。


「なるほど、既にスペアーキーの使用は実証済みと言う訳か。しかしお前、あの時、俺と赤城先輩とで長々と話をしている時にいないと思ったら、そんな事をしていたのか。でもその三〇六号室のスペアーキーを調べていたと言う事は、この今の事態をあの時に気付いていたと言う事になるよな」


「て言うか最初の話で、畑上さんと堀下さんのお二人が、東山さんのいる部屋に夜這いをかける計画があると聞いた時から気付いていましたよ。だってそうでしょ。夜に夜這いをかけ用と計画している人達がその肝心な部屋の鍵を用意していないだなんて可笑しな事ですからね。そう考えるのなら、予め東山さんが泊まる部屋のスペアーキーを手に入れて置かないと可笑しいですよね。でも死んだ畑上さんの身の回りの品には三〇六号室のスペアーキーらしき物は一つとして無かった。ではそのスペアーキーは一体誰が持っているのでしょうか?……そう考えると、この犯人がその後、持ち出したスペアーキーを使って堀下さんをどうやって殺害するのかが手に取るように分かったと言う訳なのですよ。東山さん……あの時、一宮さんが堀下さんに部屋の交代を申し出た時に、恐らくはその前に部屋を変えていた東山さんにならその犯人の正体に気がついたのではありませんか。でも貴方は敢えて気付かないふりをしていた。それは自分達の為に罪を被って犯行に手を染める一宮さんに申し訳がないと思ったからではありませんか」


 その言葉に東山まゆ子は体を震わせながら、口元を覆う。


「確かに、白い羊の女探偵さんの仰る通りです。御免なさい……御免なさいね、一宮さん。私達が不甲斐ないばかりに、貴方にこんな事までさせてしまって」


 我慢しきれずに泣き崩れる東山まゆ子を見ながら、羊野がひょうひょうとした感じで口を開く。


「何もあなたが謝る必要はありませんわ。一宮さんは、あなた達の為にこんな事を起こしたのでは無く、あくまでも一宮茜さん個人の私情でこの犯行を起こしたのですから、そうですよね」


 咄嗟に羊野に振られた一宮茜ではあったが、数秒考えた後にその殺害の動機を語り出す。

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