第6章 『管理人の山野辺コウのアリバイ』 全25話。その20。

       二十 管理人の山野辺コウのアリバイ。



 相も変わらず全体的に辺りが薄暗いせいか外は暗く、分厚い雲が暗雲の空を囲む。そのせいかは分からないが一階ロビーのフロアの明かりが非常に目立ち、フロア中に射す蛍光灯の光が勘太郎の目を眩しく照らす。

 まだ午後の十五時だと言うのに晴れない天気が尚も続き、緊迫した心を更に憂鬱にさせる。

 だがその反面暗闇を照らすペンション内の光は不安と恐怖で沈みがちな勘太郎の心を安堵させる為の心の拠り所となっており、冷静さと理性を保つ為の文字通りの希望の光になっていた。


 もし仮に犯人の手によって電線でも切断されよう物なら皆パニックを起こし、事態はもっと深刻な状況へと陥っていたかも知れない。


 もっと殺しに徹底した犯人なら電源を切断しペンション内の人達が暗闇でパニックになった所を利用して素早くターゲットを狙うと言う姑息な考えにも至るのだが、このペンション内にいる犯人がそこまで考えが至ってはいなかった事に正直唯一の救いを感じる。

 そんな希望の光が煌々と照らすロビーのカウンターの前で勘太郎と羊野、そしてようやくその姿を表した赤城文子の三人が互いに目の前に立つ。


 外にでも出ていたのか綺麗にセットされていた黒髪のボブカットは湿気で形が崩れ、自慢の赤いジャケットは雨による泥水で汚れてしまい、しわだらけになっていた。

 だがそんな事などは全く気にする様子もない赤城文子刑事は自信に満ちた笑みを浮かべながら手に持つ大きな紙袋を自慢げに勘太郎と羊野に見せつける。


 その姿を見た時、勘太郎は赤城文子刑事が何か証拠となる物を手に入れた事を瞬時に理解した。


「私があなた達に頼んでいた事情聴取の方はもう既に終わったようね。ご苦労様。私の方も羊野さんが言っていた通りの場所を丹念に探して、どうにかある物を見つけて来たわ。でも羊野さんの話を最初に聞いた時は内心半信半疑だったけど、まさか本当にあるだなんてはっきり言って驚いたわ!」


 興奮しながら笑顔で話す赤城文子刑事は、その大きな茶色い紙袋をもったいつけるかの用に見せ付ける。


「あ、赤城先輩、お疲れ様です。羊野に言われてどこかに行っていたみたいですが、一体何処に行っていたのですか。それにその紙袋の中身は一体何ですか。まさか犯人に繋がる証拠か何かを見つけたのですか?」


「フフフフ、ペンション内のみならず外にも出向いていろいろと調べて来たのよ。管理人の山野辺さんを率いてね」


(マジかよ。このペンションの管理人である事をいい事に、山野辺さんがいいように使われている。)


 そう思った勘太郎は一応赤城文子刑事に注意をする。


「現役の刑事が何の関係も無い一般人を手足のように使うのは流石にまずいんじゃ無いんですか」


「捜査協力よ、捜査協力! 地元の警察がまだここにこれない今、人手は一人でも多い方が助かるでしょ。でも犯人か、その仲間達が潜んでいるかも知れない同好会の部員達を使う訳には流石に行かないわ。だからこそ最もその可能性が低い山野辺さんに捜査協力を願い出たのよ」


「そう言えば赤城先輩は、山野辺さんのアリバイはもう既に確認済みだから調べなくていいとか言っていましたが、それは一体どういう事ですか?」


 現在管理室で仕事をしている本名・山野辺コウ(六十歳)を目で探しながら赤城文子刑事が持つ大きめの紙袋の口に手を伸ばそうとしたその時、勘太郎の手よりも早く羊野がその紙袋を豪快に奪い取る。


「いけませんよ、黒鉄さん。勝手に中を覗いては。黒鉄さんはいつも何も考えずに人から与えられた答えを求める癖がありますから、たまには自分の力だけでその紙袋の中に何が入っているのかを考えて見て下さい。これは探偵としてもいい勉強になりますから」


「それもそうね。勘太郎にはこれからも探偵としてもっと幅広く活躍して貰いたいから、こんな謎解きの趣向もたまにはいいのかもね。もっと勉強して自分の頭で考えなさい」


「な、なんだよ、こんな時に俺にだけ秘密かよ……」


 上から目線で言われたせいか自尊心を傷付けられたと感じた勘太郎は、秘密を共有できない子供の用についむくれて見せる。なんか自分だけ答えを教えて貰えない……できの悪い生徒の用に思えたからだ。

 そんな勘太郎を言い聞かすかの用に羊野は、まずは自分に与えられた仕事に専念する用にと優しく言ってのける。


「そんなに知りたいのなら、まずは事情聴取をした皆さんのアリバイを順番に説明してからじゃ無いですか。まずはおさらいをしないと答えは見えては来ませんからね」


「仕方が無いな。じゃまずはこれまでに調べた部員達の事情聴取での経緯を報告するかな」


 そう言ってのけると勘太郎は事情聴取で得た一人一人の証言やアリバイを簡単に説明する。



「容疑者その一、大学三年の背島涼太です。彼には死亡した畑上孝介から借りた五百万の借金がありますが、畑上孝介さんにはその借金返済の催促も求められていたそうです。本人曰く畑上先輩とはそんなに仲は悪くはなかったと言っているみたいですが何処まで本当の事を言っているかは正直怪しい所です。ですがどちらかと言えば堀下たけしの方に異様な反発感を持っているみたいなので、堀下たけしを良く思ってはいない事だけは間違いないようです。畑上孝介が死亡したと思われる二十三時から~深夜の一時までの間は他の部員達と一緒に食堂で今日行われるはずの朗読会の打合せをしていたみたいですから、犯行は先ず不可能と言う事になるのですが、どうした物ですかね。その後の一時から~朝方の七時二十分までの間は部屋でぐっすりと寝ていたそうですが、それを証明できる人もアリバイも無いみたいです」


「そう、彼には五百万の借金があるのね。そしてその畑上に借金返済の催促を頻りに求められていた。それだけ畑上の取り立てが厳しかったという事なのかしら。だけど本人曰く優しい時もあったと言う話だから、それだけで背島君が人をあやめたと言う証拠にはならないし、イマイチ信憑性にも欠けるわね。それにもし背島涼太が犯人だったとしたら密室殺人なんて言う意味の無い事をする必要も無いしね」


「つまりもし背島涼太が畑上孝介を殺した犯人なら不可思議な謎を残す密室殺人では無く、自然死や事故に見せかけた殺人を選ぶと、つまりはそう言う事ですか」


「ええ、その通りよ。だから彼が犯人である可能性は極めて低いわね」


 目を伏せ当然のように結論を出す赤城文子刑事に、勘太郎は更なる疑問をぶつけてみる。


「ですが赤城先輩、背島涼太にはボウガンの犯人の仲間かも知れないと言う疑惑があるんですよ。いや、もしかしたら彼自身がボウガンを持つ犯人その物かも知れないし……」


「ああ、羊野さんが言っていた『犯人が脱衣場に置いてある畑上孝介の衣服からカードキーを抜き取って部屋の鍵を開けたかも知れない』という仮説の話ね。確かに脱衣場のマッサージ機にずっと座っていた背島君ならカードキーを盗む事も、その後でその鍵を返して置く事も、或いは可能かも知れないわね。しかも彼は一度トイレにもいっているのでしょ。昨夜の二十時四十分にトイレから出て来て、再び男性用脱衣場の中へと消えて行く背島君の姿をコインランドリーフロアにいた杉田真琴さんがしっかりと見ていたらしいじゃない。でも彼はトイレに行ったという事実を何故か否定している。それは一体どういうことかしら」


「余程便意が我慢出来なかったのか、或いは便意以外でトイレにいかなけねばならない理由があったのか。いずれにしろまだ彼には多くの謎がありますね」



「では次に容疑者その二、杉田真琴です。彼女のアリバイも皆さんと変わりませんので省略しますね。さっきも話したとおり彼女は背島涼太がトイレから出て来るのを目撃したと言う貴重な情報を教えてくれた人ではありますが、どうやら畑上孝介の携帯電話を偽物とすり替えると言う役目をボウガンを持つ犯人に授かり。その後実行し協力したみたいですね」


「協力ね、どうして彼女はそんな事をしたのかしら?」


「どうやら彼女は一年前にこの大学を辞めた立花明美と仲が良かったそうです。その彼女に非道を働いた畑上孝介と堀下たけしにささやかな復讐をする為に、メールで話を持ちかけてきたボウガンを持つ犯人に協力をしたみたいです。でも彼女の話だとまさか人を殺すとまでは思っていなかったらしく、犯人に協力してしまった事にかなり後悔をしているみたいです」


「ただの携帯電話のすり替えがまさかここまで大事件になるとは、当の杉田真琴も思ってはいなかったでしょうからね。まあ、ある意味犯人が使うトリックの片棒を担がされたみたいだけど、それ以外に彼女は何も知らないみたいだから、ただ利用されただけなのかも知れないわね」



「次に容疑者その三、東山まゆ子です。彼女のアリバイも皆さんとほぼ変わりが無いので省略します。昨日の二十時に雨と汗で汚れた衣服を洗濯する為、杉田真琴と二人でコインランドリーに来た東山まゆ子は、その後二十時四十分に部屋に戻っている事を杉田真琴が証言しています。なので事件には全く関係がないと思っていたのですが、羊野の機転により昨日の夕食会で東山まゆ子が畑上孝介と堀下たけしのビールに睡眠薬を入れた事を自供しました。どうやら彼女もまたあのボウガンを持つ犯人と繋がりがあったようです」


「またボウガンを持つ犯人か、どうやらこの犯人は一つのトリックを完成させる為に何人かの人達を部分的に利用しているみたいね。しかも今度は東山さんを利用したのか」


「どうやら犯人は彼女が睡眠薬を持っている事を初めから知っていた節があります」


「まあ、この中に犯人がいるのならそれも当然と言う事よね。何も知らずに睡眠薬を盛った東山まゆ子の協力があったからこそ杉田真琴の偽携帯電話のすり替えが成功したと言っても過言では無いわね。もしかしたらあの背島涼太も犯人に何らかの役目を授けられた被害者なのかも知れないしね」


「もしかしたらそうなのかも知れませんね。この密室殺人を完成させる為のただの駒と言う事も考えられますからね。犯人に協力した東山まゆ子の動機は、自分の強姦計画を企てているかも知れない畑上孝介と堀下たけしを、そのボウガンを持つ犯人がその計画を壊してくれると言うメールを貰ったからみたいですよ。まあ身の危険を誰にも打ちあけられず更にはストレスから来る不眠症でかなり参っていたみたいですから、藁にもすがる思いで犯人の計画に乗ってしまったのでしょうね。今はその罪の大きさにかなり後悔をしているみたいですけどね」


「そう、でも彼女には十分に彼らの非道に応戦する理由も動機もあるみたいだから、まだ彼女が白かどうかは分からないわね」


 そんな事を赤城文子刑事と話していると、フと近くに羊野がいないことに気づく。


 あれ、さっきまでここにいたのに、あいつ一体何処で油を売っているんだ……と思いながら、勘太郎は仕方なく話を進める。



「続いて容疑者その四、座間隼人です。彼のアリバイも勿論皆さんとほぼ同じなので省略します。特に彼に関しては何かある訳ではありませんが、強いて言うならば、普段そんなに話かけない座間隼人が昨日の入浴時にはよ~く畑上孝介と堀下たけしの二人に話かけていた事は俺自らが確認済みです。俺は得には何も思いませんでしたが、羊野が言うにはもしかしたら犯人がカードキーを盗むまでの時間稼ぎに座間隼人は協力したんじゃ無いかと言っていました」


「そう、まあ座間君は、東山さんを堀下にあからさまに狙われていたから、もしかしたら犯人に協力はしていたかも知れないわね。でもただ単にお風呂場で長話をしていただけじゃ何の確証も得られないけどね」


「なんだか座間隼人に与えられた役割が他の背島・杉田・東山に比べてかなり簡単な作業に感じられるのですが。難易度もかなり低いし、これはどういう事なのでしょうか?」


「ただ単に彼の気の小ささからして、これくらいしか役割が無いと犯人が思ったからじゃないかしら。ここで緊張の余り彼にヘマでもされたら全てが台無しだからね。同じく気の弱い東山さんの場合は、被害者としての意識も必死さもあるし、睡眠薬も持っているから座間君よりは一生懸命に働くと思ったのでしょうね」


「そう考えるとある意味、座間隼人は命拾いをしたと言う事になりますね。逆に気が弱くて使えないと犯人に思われた事が犯罪から彼を遠のかせたと。でもそれって当の本人からしてみたらかなり屈辱的な話ですよね。犯人の思惑も知らずに、彼は結局何も出来なかった訳ですから」


「まさか東山さんが事件に巻き込まれているとも知らずに、ここまで来たのでしょうね。肝心な所で勇気が出せないことが……何も知らない無知こそが罪だったと言う事かしら」


「今後、彼には是非とも勇気を出して堀下たけしに立ち向かって貰いたい物ですがね。そうしないと本当に東山まゆ子に今度こそ愛想を尽かされちゃいますからね。まだ彼女に見捨てられていないことの方が不思議なくらいですよ」


 そう言いながら勘太郎と赤城文子は、座間隼人と東山まゆ子のこれからの恋仲を本気で心配する。



「そして容疑者その五、ミステリー同好会の部長の夏目さゆりです。勿論彼女のアリバイも皆さんと変わらないので省略します。彼女は赤城先輩に畑上孝介と堀下たけしの二人を見張るために依頼を頼んだ張本人なので彼女がボウガンを持つ犯人の協力者であることは先ず考えられないと思います。だって俺達をわざわざ現場に呼んで、その後で犯行を行う犯人に協力をするとは先ず考えられないですからね」


「確かにそうね。仮に夏目さゆりがその犯人の仲間だったとしたら、私達を呼ぶ意味は全くないからね。犯行を目撃させる為に呼ばれたとしてもそのリスクはかなり大きいはずよ。そんな危ない橋を渡る事は、私の知る夏目さゆりなら絶対にしないわね。それに彼女は私と同じように曲がったことは大っ嫌いな性格の持ち主だから、そんな間違いは絶対に起こさないはずよ」


「夏目さゆりは限りなく白か。では残るは三人です。容疑者その六、一宮茜です。彼女のアリバイも皆さんと同じように特に変わりは無いので省略します。彼女も夏目さゆりと同様、これと言って特に犯人とは関わりが無い用に見受けられますが、昨日大浴場に行く際にドリンクコーナーで一息つく彼女をたまたま通り掛かった俺達男性陣と隣のコインランドリーコーナーにいた杉田真琴と東山まゆ子が目撃しています。それから彼女は二十時三十分にドリンクコーナーから自分の部屋へと戻った見たいですが、その後二十一時から~二十二時四十五分まで行われた夕食会では偶然とは言えあのみんなの嫌われ者の堀下たけしの命を矢の脅威から救ったことから、彼女が犯人……ましてやその仲間である可能性はかなり低いと思われます。何せあと少しで殺せそうだった堀下たけしを彼女は救ってしまったのですから。そんなことは犯人側の人間だったらまず絶対にやらない事です。そして昨日の十八時三十分に自室にいる所にあの山野辺さんから電話があったみたいですから、彼女が自室にいたというアリバイも証明済みです」


「確かにそうね。もし仮に彼女が犯人側の人間だったとしたら、先ず絶対にまかり間違ってもこれから殺そうとしている人をわざわざ助けたりはしないでしょうからね。でもそんな彼女は実は極度の男嫌いだと言う話じゃ無い。男には触るのも虫ずが走るとか。そんな彼女がその瞬間だけもっとも毛嫌いしていた男性の堀下たけしの腕をつかみ、更には引っ張る事が出来ただなんて、なんだか不思議よね。なんか都合が良すぎると言うか」


「まさか赤城先輩は一宮茜が技と堀下たけしを助けたと言いたいのですか」


「別にそういう訳じゃ無いけど、何だか出来すぎてて違和感があってね」


「彼女の言い分では、酔いが回ったせいか更にうざくなっている堀下先輩に早く部屋に帰って貰いたいからと、つい男嫌いな事も忘れて手が出てしまったと言っていましたよ」


 都合良く堀下たけしを助ける形となった一宮茜に赤城文子は何やら腑に落ちない違和感を感じている用だったが、そんな偶然ももしかしたらあるのでは無いかと勘太郎は一応一宮茜の関与を否定してみる。今はいろんな可能性から物事を考えてみたいからだ。



「彼女が堀下を助けたのは迫真の演技かそれともただの偶然かはいくら考えても要領を得ないのでこのくらいにして、次は畑上孝介の自称親友だと言う……容疑者その七、堀下たけしです。彼はワゴン車で我々と共に来た人物の一人であり、その後そのボウガンを持つ犯人に直接命を狙われた生き証人でもあるので、犯人の仲間である可能性はかなり低いと思われます。ただもし犯人の狙いが本当は畑上孝介ただ一人だったのだとしたら、話は変わってきます。つまり犯人と共闘した堀下たけしの自作自演説です」


「そうかみんなに毛嫌いされている畑上孝介と堀下たけしの立場を利用して自分も命を狙われていると思わせる事で犯人の協力者という容疑から外れる事が出来る訳ね。メールを犯人から直接貰った杉田と東山は、犯人から貰ったメールを見て堀下たけしも畑上孝介同様に命を狙われていると思っているだろうからそう思わせるには都合がいいかもね」


「それは流石に勘ぐりすぎだと思いますよ。この事件は案外単純な怨恨による事件なのだと思います」


 その何の根拠も無い考えを遮るかのように、誰かの張りのある声が飛ぶ。いつの間にか勘太郎と赤城文子の前から姿を消していた羊野瞑子である。

その腰まで伸びた白銀の長い髪を軽やかに揺らしながら勘太郎達の方へと近づいて来る。その張りのある白い肌と生き生きとした赤い瞳が彼女の危険な美しさを更に強調させていた。


「お前さっきから姿が見えないと思っていたら、一体何処へ行っていたんだ。まさかどこかでサボっていた訳じゃ無いだろうな」


「違います。私は黒鉄さんと赤城文子刑事がお話をしている間に管理人の山野辺さんに頼んでロビーカウンターの置くの部屋に保管してあるとされるスペアーキーを見せて貰っていたのです」


 その羊野の言葉に合わせるかのように誰かの声が飛ぶ。


「まあ、そう言う事です。でも行き成りその女探偵さんが管理室に保管されているスペアーキーを見せてくれと迫ってきた時は流石に驚きましたよ。何やら不気味な笑みを浮かべながら忽然と迫って来ましたからね」


 そう言いながら恐々と現れたのはカウンターの奥で仕事をしていた山野辺コウである。


「そう言えば彼のアリバイは調べなくてもいいと、俺達と別れる際に赤城先輩は言っていましたが、それはどういう事ですか?」


「簡単な話よ。昨日の十八時三十分に私達がワゴン車でボウガンの犯人から襲撃を受けていた時、座間隼人と杉田真琴の証言で山野辺コウのアリバイが成立しているからよ。更にはその深夜二時に、そのボウガンを持つ犯人と交戦しているから犯人では無いと思ったのよ。その後は私と二人で時折ペンション内を巡回しながら朝まで話をしていたからアリバイは完璧だったと言う訳よ」


「なるほど、確かに、昨日の十八時三十分にあのボウガンを持つ犯人が襲撃してきた時に山野辺さんはまだペンションのフロントにいるというアリバイがちゃんとありますし、その事は一宮茜さん・座間隼人さん・杉田真琴さんの三人が知っていますからね。それに深夜の二時に現れたボウガンを持つ犯人に遭遇した時も山野辺さんは俺や赤城先輩と共にいましたから少なくとも犯人ではないと言う理屈ですか。確かにそれは完璧なアリバイですね」


「ええ、そう言う事よ」


 管理人の山野辺コウのアリバイを雄弁に語る赤城文子刑事を見ながら勘太郎は一旦彼女との話を取りやめると、今度はそばまで来た羊野に話を振る。


「なら羊野、わざわざ管理室に行って山野辺さんからいろいろと話を聞いていると言う事は、今回宿泊しているみんなの宿泊名簿と、あの時フロントのロビーで畑上孝介さんが山野辺さんに部屋に持って来るように頼んでいた掃除用具一式の事も当然聞いたんだよな」


「ええ、名簿は手に入れましたし、畑上孝介さんの部屋に持って行った掃除用具一式の事も勿論聞きましたわ。そして当然、管理室に保管してあるスペアーキーの事も」


「そうか、なら抜かりなくバッチリなんだな」


「そうですわね、それはこれからのお楽しみですわ。そろそろ犯人側も最後の締めに入る頃合いですし……」


「なに~いぃ、最後の締めだとう?」


「フフフフ……」


 そう羊野が妖艶に笑ったその時、食堂の方から廊下を急ぎ足で走って来る足音と声が勘太郎達の耳へと聞こえて来る。その声が座間隼人と東山まゆ子の物だと分かった勘太郎は、何やら焦りながら近づいてくる二人に何事かとつい声をかける。


「座間さんと東山さんじゃ無いですか。一体どうしたんですか。まだ誰も部屋からは出てはいけないと言い渡しているはずですが」


「それどころじゃ無いですよ、探偵さん。今二階の廊下で背島と杉田が堀下先輩と言い争っているみたいなんですよ。何でも背島と杉田の二人が言うには、堀下先輩が畑上先輩を殺したという証拠を見つけたらしいので、その事で詰め寄った二人に堀下先輩が激怒しているみたいなんですよ。今そんな彼らを必死になって夏目部長が止めている見たいですが、このままじゃ収集がつかないので代わりにあなた方を呼びに来たと言う次第です。早くあの三人を止めて下さい!」


 どうしたらいいのかが分からず今にも泣きそうな顔で必死に助けを求める座間隼人と東山まゆ子に、勘太郎は気を遣いながら隣に悠然と佇む赤城文子に目をやる。


「赤城先輩……」


「ええ、分かっているわ。彼らは二階の廊下付近で言い争いをしているのね。なら急ぎましょう!」


 座間隼人と東山まゆ子に案内を頼みながら赤城文子が率いる勘太郎・羊野・山野辺の四人は、二階の廊下付近で己の無実を賭けて言い争いをしている背島涼太・杉田真琴・そして堀下たけしの三人の元へと直ちに急ぐのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る