第6章 『座間隼人のアリバイと証言』   全25話。その13。

        十三 座間隼人のアリバイと証言。



 続いて勘太郎と羊野は同じ二階のフロアにいる大学三年の座間隼人の部屋を訪れる事にした。


 北階段方面から一番端にある二一〇号室の部屋を訪れると、座間は素直に勘太郎と羊野を受け入れ、なんの疑いもなく直ぐに彼らを部屋の中へと通す。


 部屋の中はまるで物を使った形跡が無いかの用に小綺麗にかたづけられており、少量の荷物を机の上に出しているだけで特に変わった様子は何もなかった。

 そんな部屋の中で勘太郎と羊野は椅子に座ること無く座間隼人に話しかける。


「すみません行き成り押しかけて。もう赤城先輩から話は聞いているかとは思いますが、昨夜の夜の二十二時四十五分から朝方の七時までの間どこにいたのかをお聞かせ願えないでしょうか」


「探偵さんも知っての通り、昨夜のあの時間は酔い潰れていた堀下先輩を自室に送り届けてから直ぐにまた食堂へと戻り。そのままミステリー同好会の部員達と一緒に食堂で今日行われるはずのミステリー小説の朗読会の打合せをしていました。終わったのは深夜の一時で、解散後は自室に戻って直ぐに東山さんに雑談のメールを送ってから、そのまま寝てしまいました。ですから朝の六時まで部屋からは一歩も廊下に出てはいません」


「それを証明してくれる人はいますか」


「いません、一人でしたから。朝の七時二十分頃に部屋から出てみると、管理人の山野辺さんが畑上先輩と連絡が取れないと言って不安がっていたので、まだ自室で寝ていた背島涼太をたたき起こして共に畑上先輩の部屋の前で呼び掛けをしていたんですよ」


「そうでしたか。ではその畑上さんとは一体どういう人でしたか」


「んん~、一言で言ってしまえば、神経質で潔癖症気味で……それに気難しい人かな。確かに少し傲慢な所もありますが、いろんな面で気っ風のいい人でした。気分のいい時は食べ物から何やらといろいろとおごってくれましたし」


 全く持って一言で語って無いと本人にツッコミたかったが、次に背島涼太の借金問題について話を聞いてみる。


「だれか畑上さんに恨みを抱いている人物なんかはいましたか。噂では背島さんが畑上さんに五百万の借金をしていた見たいですが」


「確かに背島は畑上先輩に借金をしていますが、それで背島が畑上先輩を殺したと考えているのならそれはお門違いです。見ての通り背島涼太と言う男はおおざっぱで細かい事は気にしない男です。だから畑上先輩に厳しく催促されても余り気にする人じゃ無いですよ。そこまで繊細に思い詰めるタイプじゃありませんから。それに少しずつですが借金は返済していたはずですから畑上先輩を殺す理由は無いと思いますよ。もしそれで背島が疑われるんなら、一番疑わしいのはやはり畑上先輩の親友だと言う堀下先輩の方じゃないでしょうか」


「堀下さんが……ですか」


(堀下たけしだって、なんか話がややこしくなって来たぞ。)


「ほ、堀下先輩は上辺では畑上先輩と仲がいい所を演出していますが、実は畑上先輩のことを本当は良くは思ってはいなかったみたいですよ。ある噂じゃ細かい事に口うるさい畑上先輩に嫌気がさしたと言っていたそうですからね。どうやらあの二人には大きな確執があるみたいです」


「確執ね」


 その話だけでお腹いっぱいになった勘太郎は、気を取り直して次の質問に移る。


「では次はその堀下たけしさんについてですが、あなたと堀下さんとの中はどうですか。堀下さんは、あなたの彼女でもある東山まゆ子さんにしつこく強引に言いよったりもしていましたから座間さんとしては余りいい印象は持ってはいないでしょ」


 早くも勘太郎に確信を突かれた座間隼人は片手で額を押さえながら軽く苦笑いをする。


「ハハハハっ、そうですね。情けない話ですが確かに堀下先輩の横暴なセクハラ行為から東山さんを守れないでいる自分自身の弱さを情けなく思ってはいます。本来なら先輩後輩の立場など関係なく文句を言わなきゃ行けないのですが、どうにも勇気が無くてこの体たらくですよ。本当に、情けない話です」


 自信なさげに小さく笑いながら、座間は視線を下に向ける。その姿は自信の無さからか本当に小さく見えてかわいそうな程だ。

 その気まずさから話を逸らすかのように勘太郎は直ぐさま話題を変える。


「そんなに自分を悲観しないで下さいよ。まあ、先輩に強く言えない事情は理解が出来ない訳じゃ無いですからね。隔夕私も迷惑極まりない赤城文子先輩にはいつも振り回されっぱなしですからね!」


「そ、それは何とも……お互いに辛いですね」


 そう言うと勘太郎と座間は互いに小さく笑う。


「ああ、でも昨日のお風呂場の中じゃ先輩達とも和気藹々と話をしていたじゃ無いですか。自分から積極的に野球の話やサッカーの話題やらで盛り上がったりなんかして。そのお陰で少しお風呂で長湯をしてしまったと、お風呂を出る時に畑上さんと堀下さんがぼやいていましたよ。『こんなに話を振ってくるとは、あの座間にしては珍しい』とか言っていました。と言う事は普段はそんなに先輩達とはお話をしたりはしない性格の人なのですか」


「え、ええ、昨日は久しぶりの大浴場のお風呂でテンションが上がっていたせいか、何となく先輩達と話たくなってしまって心なしか浮かれていたんですよ。でも……今思うとちょっと浮かれ気味だったかな。でもまさかそれが畑上先輩との最後の馴れ合いになってしまうだなんて……とても悲しい事ですね」


 しみじみ言う座間隼人に、後ろで話を黙って聞いていた羊野が「長話ですか……?」と小さく呟きながら座間を見る。その瞳はいつものように赤くギラギラと輝き、まるで獲物を見るような目で不安がる座間隼人を見つめていた。


「あ、後もう一ついいですか。一年前にもこのペンションで合宿を行ったみたいですが、その後で様子がおかしくなって大学を辞めた女子大生がいたという話を聞いたのですが、その当時のミステリー同好会の部員の一年生がどんな人だったか、覚えていますか。去年座間さんもこの合宿に参加をしているはずなので当然知っているんじゃないかと思いましてね。ですのでその女性の名前を覚えていたら教えて下さい」


 その問いに座間隼人は少し考えたが、直ぐに思い出したかの用に話し出す。


「ああ、そう言えばいましたね、そんな女子が。ミステリー同好会には少ししかいなかったので彼女の名前は流石に忘れてしまいましたが、でもそれなりに親しくしていた女子達なら知っているんじゃ無いかな。なかなか可愛い子だったしね。多分、現在二年生の杉田さんや東山さん、それに現在四年生の夏目部長も仲が良かったから知っていると思いますよ。でもそれが今回の事件となにか関係があるんですか?」


「いや、ただ参考までに聞いているだけです。それで、あの畑上孝介さんや堀下たけしさんはその彼女とは何か関わりはあったのですか」


「何かとは?」


「いえね、そんなにかわいい子なら畑上孝介さんはともかくとして、あの堀下たけしさんなら何かとちょっかいを出していたんじゃないかと思いましてね」


「そ、そうですね。確かに去年も事あるごとにミステリー同好会の部室に顔を出してその度にその一年だった子と東山まゆ子さんにはいつもちょっかいを出していましたからね。そしてその行き過ぎた行為に当時まだ大学一年生だった二人はかなり困っていたのを僕も覚えています。そんなセクハラ的な苦情や迷惑行為はついに大学側でも問題になって厳重注意の上に大学内に来る事事態が禁止になっていたのですが。それでも堀下先輩はそのお達しにも従わずに普通に部室に来て事あるごとに何かと女子達にちょっかいを出していた事を覚えています。なので部員達にはかなり煙たがられているはずです。堀下先輩はあの性格ですし、あまりみんなからは良くは思われてはいないと言うのが正直な意見です。とは言ってもそれは堀下先輩だけで、畑上先輩の方は特にそこまで嫌われてはいなかったと思います。何故なら畑上先輩はことのほかその一年だった女子には不器用ながらも優しかったと記憶していますから」


「そうですか。ではまた質問が代わりますが、昨日の十八時三十分。あなたはどこにいましたか」


「どこって、探偵さんも知っての通りペンションの入り口のフロントのロビーにいましたよ。その事は同じく近くにいた杉田真琴さんが知っているはずです」


「なるほど、彼女があなたのアリバイを証明してくれる人物になってくれると言う訳ですね」


「まあ、そう言う事です。その杉田真琴さんのアリバイはこの僕が証明する事にもなりますがね」


「なるほど、では十八時三十五分にフロントのロビーに設置してある固定電話の着信音が鳴って、その電話に山野辺さんが出て、その後に直ぐに外へと出たのは間違いないですね」


「はい、その時間に管理人の山野辺さんは、確かにあなた達を迎えに行く為に外へと出て行きました」


「他にこの玄関前のロビーを行き来した人は」


「いません。探偵さん達がこのペンションの入り口に到着するまで誰も入って来てはいません」


「そうですか。ありがとう御座いました。また何か聞くことがあるとは思いますが、その時はまたご協力の程をよろしくお願いします」


 そう言うと勘太郎と羊野は、座間隼人の部屋を後にするのだった。

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