第6章 『背島涼太のアリバイと証言』   全25話。その14。

       十四 背島涼太のアリバイと証言。



「アリバイっすか。みんなと同じですよ。昨夜の二十三時からは、みんなと今日の夜頃にやる予定の朗読会の為の打合せをして、それが終わって部屋についたのが深夜の一時です。そして朝方の七時二十分くらいに座間の奴にたたき起こされるまですっかり熟睡していましたよ。何せ昨日はローストビーフを食い過ぎて腹が一杯でしたからね。動くのもかったるくてね」



 そう言い出したのはお腹を叩きながら昨夜の大食いをアピールする大学三年の背島涼太である。


 あれから二階の南側に近いとされる(背島涼太が宿泊する)二〇三号室の部屋を訪れた勘太郎と羊野は、これがだらしない男の部屋だと言わんばかりに衣類やスナック菓子のカラ袋などが辺り一面に散らばるゴミ部屋の中にいた。


 ベットの上や床下まで広がるゴミの山を見せつける背島涼太の部屋は、明らかに足の踏み場が無い程にゴミや荷物で溢れかえり、嫌な臭いが辺り一面に充満する。

 せっかく綺麗で趣のある部屋はたったの一晩で汚くなり、流石の勘太郎も内心かなり困惑する。


 こ、これはあの潔癖症の畑上孝介じゃ無くても注意の一つでも言いたくなるくらいのレベルだ。


 堀下たけしの部屋も汚かったが、それを上回るくらいに背島涼太の部屋はゴミと臭いで溢れ返っていた。

 内心そんな事を思いながら勘太郎は背島涼太のアリバイを聞く為、いつものようにお決まりの質問をする。


「それで、それを証明出来る人はいますか」


「勿論いませんよ。部屋には俺一人だけっすから。でもさっきも言ったように朝は座間の奴が俺を起こしに来ましたよ。畑上先輩の様子が可笑しいとか言ってね」


「そうですか、では話を少し変えますか。周りの皆さんの話では、背島さんと畑上さんとはいつも個人的につるんで一緒に遊んでいたとの話ですが、それは本当ですか」


「まあ一応過去にこのミステリー同好会にいた先輩なので、去年卒業した前の部長の絡みでOBの畑上孝介先輩とはそれなりに親しくはしていましたよ」


「そうですか。でも聞いた話だとその畑上さんから何やら借金をしていたみたいじゃ無いですか。バイトで食いつないでいる大学生の背島さんにしてみたら五百万は結構な大金ですよね」


 その勘太郎の言葉に背島涼太は直ぐにムキになり、声を張り上げる。


「な、何が言いたいんだよ。まさかその借金の為に俺が畑上さんを殺したんじゃないかって……そう言いたいのか。冗談じゃ無いぜ。確かに畑上先輩にはことあるごとに呼ばれて借金の無心をされたりもするが、それは俺がちゃんと生活しながらお金を返せるのかを一応は心配してくれていたからであって、本当に返せない時は無理には取り立てはしなかったよ。むしろその時は食料を貰ってたくらいさ。あれでも畑上先輩は俺を気遣ってくれていたからな。傲慢でかなり気難しい所もあるから優しさが分かりづらいけどな。それに俺は少しずつだがちゃんとお金は返しているよ」


「だから借金で畑上さんを殺す理由にはならないと言う訳ですか。先輩後輩による確執の恨みも無いと」


「ああ、ないね」


 勘太郎の質問に背島涼太は堂々と応える。その態度は嘘偽りの無い素直な言葉だと勘太郎は感じた。何故なら彼が嘘が言える用な腹芸を持つ人物にはとてもじゃないが見えなかったからだ。

 見た目こそ素行が悪そうなヤンキー風だが、実は嘘をつくのが下手な猛進型なのだろう。


「その借金の事で俺が犯人かも知れないと情報を流している奴って、まさか堀下先輩じゃないだろうな。あの人なら何の考えも無しに俺を犯人だと決めつけていたとしても可笑しくはないからな。本当に嫌な人だぜ。あの人は」


「背島さんは堀下さんとは仲は悪いのですか」


「まあ、堀下先輩は年上だし、一応は先輩だからな、文句は言えないけど。何だかんだ言って畑上先輩はあれで面倒見も良かったが、堀下先輩に関してはいいところは何も無いよ。直ぐに切れて暴力は振るうし無理難題は言って来るし、女癖も悪いし、扱いには本当に困る先輩だよ。畑上先輩では無く堀下先輩が亡くなったんなら少しは俺も犯人の疑いを掛けられても可笑しくは無いがな。それだけ堀下先輩にはみんなひどい目に遭わされていると言うことさ。まあ、その堀下先輩だってかなり怪しい所はあるけどな」


「怪しいって、それは一体どういうことですか」


「いつもは畑上先輩と友達の用に振る舞っている堀下先輩だが、裏じゃかなり忌々しく思っていたみたいですよ。何せ畑上先輩は気難しくって潔癖症の性格でしたからね、あの自分勝手な思い込みの強い堀下先輩には付き合いづらい人物だったと思いますよ。それが可能だったのは、出会った頃から畑上先輩の方が立場的に上だったからなのでしょうね。畑上先輩の意見には渋々従っていましたから。だけど内心ではどうやらそれも面白く無かったみたいですよ。なまじ家がお金持ちなんで、その自慢話を永遠と聞かされるのが苦痛だと憎々しく悪口を言っていたのを覚えています」


(なるほど、その情報が確かならまた話の内容が少し違ってくるぞ。堀下もまた容疑者候補の一人になると言う事になる。だがそう考えると昨晩あの食堂で堀下が命を狙われた事の説明がつかない。まさか食堂で堀下たけしを狙った矢は自作自演で、本当は自分に畑上孝介殺しの目が向かない用にする為の伏線作りだったとも考えられるからな。だけど、その堀下たけしを偶然にも助けたのはあの一宮茜だし、その一宮が堀下と実は通じていたとは流石に考えにくい。嘘をついている用にも全く見えなかったからだ。それに堀下と共犯になる関係性も見えない……それどころか一宮茜は堀下たけしのことを心底嫌っているだろうから先ずその可能性は考えられないと思うのだが。)


「背島さんは一年前にもこの合宿に参加をしていたそうですが、同じくこのペンションに来ていた当時一年生のミステリー同好会の女子部員のことは覚えていますか。その後直ぐに大学も辞めてしまったそうですが」


「ああ、そう言えばいたな。そんな女子部員が……なぜそんな事を聞くんだ。まさかその女子部員が今回の事件に絡んでいるのか」


「別にそういう訳じゃ無いのですが、ある噂では畑上さんと堀下さんがその女子に何やら悪さをして、その女子学生が精神を病んで自分から大学を辞めたと聞いた物ですから、本当なのかな~と思いましてね」


 その話を聞いた背島はしばらく考えていたが、何かを吹っ切るかの用に激しく頭を掻きむしりながら話し出す。


「仕方がねえーな。もう畑上先輩もいない事だし、話してやるよ。確かに畑上先輩は堀下先輩に乗せられてその当時一年生だったミステリー同好会の部員の女子に何やらわいせつな事をしたみたいですよ。合宿の行事を利用して、このペンションに来たその夜に堀下先輩と一緒に夜這いをかけたみたいです。もう強姦に近いですけど。だけどその事を知ったのはかなり後になってからですけどね。半年ほど前に酒に酔った堀下先輩が、畑上先輩とその女子学生との醜態を面白可笑しくばらしていましたから、先ず間違いはないと思いますよ。1年前はもう既に大学を卒業してただの古株のOBだった畑上先輩はその一年生の女子学生に一目惚れをしてしまいましてね。その大学一年生だった新人部員の事を本当に好きで好きで仕方がなかったみたいでしたからね。そこへあの堀下先輩がまるで取り入るかのように人の恋路に漬け込んで、あの畑上孝介先輩を性犯罪の道へと上手く誘導したのだと俺は考えています。その負い目もあって畑上先輩は堀下先輩と縁を切れずにいたんですよ。そう考えると畑上先輩の純粋な愛を堕落させたのは堀下先輩の密かな復讐だったのかも知れませんね。ほんとどうしようも無い先輩ですよ、堀下先輩は」


「でもそこまで分かっていながら何故、畑上さんと堀下さんは誰にもその罪を追及されなかったのですか」


「その時にはもう既にその女子学生は大学にはいませんでしたし、月日もかなり経っていたので立件は先ず無理だったのだと思います。それに誰もその現場を見た訳じゃ無いですし、この話はあくまでも噂話ですから」


「つまりその女子学生は泣き寝入りをしたと言う事ですか」


「まあ、その話が本当ならそう言う事になりますね。でも何度も言うようにこの話はあくまでも噂話ですからその真相は闇の中ですよ。あの堀下先輩だってもしもマジで犯罪を犯していたら本当の事は話さないでしょうしね」


「では昨日の十八時三十分にあなたと畑上孝介さんは、畑上孝介さんの部屋に本当にいたんですよね」


「ええ、二人でいましたよ」


「その間に一人になった時間はありませんか」


「多分……無いと思うんだけどな」


「そうですか」


 話を聞いていた勘太郎の気分は下へと沈み、何だかやるせない気持ちになっていると、隣にいた羊野がそんな重い空気をぶち壊すかの用に万遍の笑みを浮かべながら背島涼太に質問をする。


「あ、そうですわ。お話の途中申し訳ありませんが、背島さんに聞きたいことがあったのですわ。一つ聞いてもよろしいでしょうか」


「ええ、俺に応えられる事なら何でも話ますよ」


「昨夜の二十時五分から~二十一時まで男子の皆さん達と一緒に背島涼太さんは大浴場へと行かれましたが、黒鉄さんのお話ではあなたは中々お風呂の中には入っては来なかったと聞いています。何でも脱衣場に設置されていたマッサージ機チェアーに座っていたとか。脱衣場には黒鉄さん達がお風呂から上がってくるまで、お一人だったのですか」


「ああ、あの後誰も来なかったから当然俺は一人だったけど、それがなにか……」


「そこで何か変わった事はありませんでしたか。誰かが脱衣場に来たとか」


「い、いいや、脱衣場には誰も来なかったな。俺もその場からは動いてはいないし」


「脱衣所から廊下には一歩も出てはいないと、それは間違いありませんか」


「ああ、間違いないよ」


「分かりました。ご協力ありがとう御座いました」


 丁寧に頭を下げると羊野は静かに引き下がる。


 何だ、今の質問は、それだけでいいの? とも思ったが、勘太郎はいつものように手順を踏んだ聞き込みをした後、なんの収穫も無いまま、背島涼太の部屋を後にするのだった。


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