第6章 『堀下たけしのアリバイを聞く』  全25話。その12。

十二 堀下たけしのアリバイを聞く。



 時刻は午前九時となり、先ず手始めに二階の二〇八号室に出向いた勘太郎と羊野は、その部屋に宿泊している堀下たけしの元を訪れる。


 部屋の中に(強引に)入れて貰い、傍にあった椅子に座ると勘太郎は、目を細めながらさりげなく辺りの様子を伺う。


 堀下たけしが泊まるこの二〇八号室の部屋の作りは勘太郎が泊まっている二〇一号室の部屋とほぼ同じ作りなのだが、旅行用の大きなバックから取り出した沢山の衣類や脱用品で机やベットの上はもう既にゴタゴタになっていた。

 そんな散らかり放題の部屋の中で、堀下は何やら凄く緊張した顔をしながら荷物が乱雑しているベットの上に慌てて座る。

 それもそのはず……その視線の先には、勘太郎の後ろに控える用に立っている羊野瞑子が赤い瞳をギラギラさせながら無邪気に笑っていたからだ。

 そんな凶暴性溢れる羊野の方に時折視線を向けている事から、どうやら堀下は羊野に怯えにも似た感情を持っている事は間違いない様だ。


 最初に停留所で出会った段階で羊野に包丁を突き付けられているのだから、その反応は当然と言えば当然なのだが。

 そんな堀下に勘太郎は、昨夜の二十二時四十五分から~朝方の七時までの間にアリバイがあるのかを聞いて見る。


「昨夜の夕食会が終わり、部屋に戻ってからの二十二時四十五分から~朝方の七時まで、あなたは何処で何をしていましたか」


 だがその問いに堀下は、ふてくされた用に大きく溜息を付くと面倒臭そうに言葉を返す。


「はあ、アリバイかよ。あんたらも知っての通り昨夜は夕食会が終わった二十二時四十五分くらいに食堂の広間を出て、真っ直ぐに自分の部屋に戻ったよ。付き添いで部屋まで送ってくれた座間の奴も一緒だったから間違いないぜ。後で奴にも聞いて見ろよ。その後はかなり酔いが回っていたせいかベットの上で朝まで爆睡していたから何も覚えてねえよ。一応朝飯には間に合わせたかったから目覚まし時計はちゃんと三段階にわたってセットしていたんだが、それでも目覚めるのにかなり時間が掛かってしまったぜ。でもまあ朝の七時に起きる事が出来たんで良かったんだけどな。今も二日酔いで頭がかなり痛いぇ~ぜ」


「そうですか、それは大変ですね。それでその事を誰か証明できる人はいますか」


「いる訳ないだろう、俺は自分の部屋で朝まで一人だったんだからな。それに俺は昨夜の夕食会で誰かに命を狙われているんだぞ。この俺を目がけて飛んできた矢をお前も見ただろう!」


「ええ、見ましたね。それについて堀下さんは何か人に恨みを買う用な心当たりはありますか」


「ねえ~よ、そんなもん。全く誰だあんな悪戯をした奴は、見つけたらただじゃおかないからな。畜生、畜生!」


 そう叫びながら堀下は憤慨する。だがその言葉とは裏腹に堀下の額には汗が流れ、その大きな体は小刻みに震えていた。

 どうやら勘太郎が思っていたよりも結構気の小さい男の様だ。


「お、俺を疑う暇があるんだったら他のミステリー同好会の部員達を先ずは疑いやがれ。話だと畑上は昨夜の二十三時から深夜の一時の間に殺されたらしいじゃないか。だったら奴らの方が充分に可能性があるだろう」


「所がその可能性が一番無いみたいなんですよ」


 そう言い出したのは、勘太郎と堀下の話を聞いていた羊野瞑子である。羊野は一歩前に出るとまるで会話を交代するかのように直ぐに話し出す。


「なぜ無いんだよ!」


「なぜって、あなたも知っての通り、二十二時四十五分から~日を跨いだ深夜の一時までミステリー同好会部員達は皆一塊となって今日行われるはずの朗読会の打ち合わせの為に食堂にいたからです。そこには途中から来て食器をかたづけていた山野辺さんもいましたから先ず間違いは無いと思います。誰もトイレにすら行かなかったという話ですしね。そして途中で赤城文子刑事と合流した私と黒鉄さんの二人は、一緒に各部屋を巡回していましたから、一人になる事はありませんでした。となれば後はあなただけなのですよ、その時間に一人でいたのは」


 その羊野の言葉に言い返す言葉が見つからない堀下は錯乱した用に騒ぎ出す。


「だ、だからって俺を疑うのかよ。俺は違うぞ、断じて違うぞ。畑上とは昔からの友達なんだぜ、別に恨みもねえし殺す動機なんか無いぜ! むしろ死なれて困っているくらいさ。俺の大事な後ろ盾が無くなったんだからな。奴と仲良くしていたら何かといい目を見れたからよ。それより奴のことを恨んでいるのは背島の奴なんじゃないのか。奴は畑上からお金を借りて五百万の借金があったみたいだしな。その借金の返済の無心を畑上にされてほとほと困っていたみたいだし、背島になら畑上を殺す動機は充分にあるぜ!」


「なるほど、借金ね。ふむふむ」


 そう言いながら勘太郎は、胸ポケットから取り出した黒革のミニ手帳に素早く書き込むが、そんな態とらしい勘太郎の行動を横目で見ながら羊野は尚も話を聞き込む。


「所で話は変わりますが、随分と東山まゆ子さんにはご執心のようですが、彼女には歴とした彼氏がいますよね。座間隼人さんと言う彼氏が。いくら強引に頑張っても逆効果だと私は思うのですが……そんなに彼女のことがお好きなのですか」


 ズバリ核心から入る羊野の歯を着せぬ言葉に、堀下は下品に笑いながら話し出す。


「ははははははーっ別にそういう訳じゃねえよ。確かに東山まゆ子はおしとやかなお嬢さんって感じで色っぽいけどよ。別に好きって訳じゃねえんだよ。あんなのは遊びだよ、遊び。あの座間の奴が生意気にも彼女なんかを作って見せびらかしているからちょっとちょっかいを出してからかって遊んでいるだけだよ。だから別にストーカーって訳じゃ無いぜ!」


(こいつ、座間と東山の間柄を知っててわざとストーカーまがいな事をして遊んでると言う事か。なんて奴だ、悪質にも程があるぜ!)


 そんな事を勘太郎が思っていると、羊野がうっすらと微笑みながら口を動かす。


「なるほど、つまりはあの仲がいい座間隼人さんと東山まゆ子さんを精神的に追い詰めて略奪する事に興奮を覚える、所謂寝取りをしたいと言う事ですか。その方が達成感もあって快感を感じると言った所でしょうか。あなた……随分と考えが歪んでいますわね」


「はははははっ悪いかい、白い羊の探偵さんよ。あいつらは別に結婚している訳じゃ無いんだから、誰がどんな恋愛を使用とも文句を言われる筋合いは無いんじゃ無いかな。意中の人の心と体を奪う事の出来るのは力と行動力のある物だけだぜ。つまりは早い者勝ちと言う事だ。だから邪魔はするなよ」


(いやいやその理屈はなんかおかしいだろう。相手の意思とか思いとかはお構いなしかよ。)


自分勝手な物言いをする堀下に勘太郎は内心憤慨していると、羊野はニコニコしながら堀下に笑顔を向ける。


「ホホホホッ、別にあなたが誰をストーキングし拐かそうと私達には関係の無い事ですわ。そんなのはどうだっていいのですよ、やりたければこれからも是非あの二人に付きまとって中をぶち壊して下さいな。別に止めはしませんわよ」


「羊野、お前一体何を言っているんだ。そんな事を言ってしまったらこの堀下さんが暴走をするだろう。ストーカー行為を誘発してどうするんだよ!」


 羊野の肩を揺さぶりながら叫んだ勘太郎に、羊野は更に言葉を付け加える。


「でも、あのお二人にちょっかいを出しているゆとりなど今のあなたにはあるのですか。恐らく犯人の考えでは一番最初にあなたを殺す予定だったのだと思いますよ。でも偶然一宮茜さんに腕を引っ張られてあなたは矢の脅威から脱する事が出来た。だから犯人は兼ねてからの予定を変更して次のターゲットの畑上さんを殺したのですわ」


「つまり、何か。犯人の目的は畑上だけを殺す事じゃ無くて、この俺もそのターゲットに入っているかも知れないと言う事か」


「事か、じゃなくて当然入っているでしょうね。一番最初に何者かに命を狙われたのはあなたですからね」


「ち、ちくしょう、ふざけやがって。一体誰がこんなことを。まさか座間の奴じゃ無いだろうな。弁と力じゃ勝てないからって、あんな機械仕掛けの矢が飛び出る装置なんかを仕掛けやがって。きっとあいつに決まっているぜ!」


「まあ確かに、彼は昨日の午後の三時くらいに既にペンションに来ていたみたいですから、もしかしたら装置を仕掛ける事も出来るかも知れませんが、それだと少し疑問が残ります」


「疑問だと?」


「はい、座間隼人さんにはあなたを殺す動機はあっても、畑上孝介さんを殺す動機は無いと言うことです。聞いた話では、確かに畑上さんは異常に神経質で、傲慢で、潔癖症気味な所もあり、先輩として無理難題を言う事もあったとは思いますが、資金面や細かいいろんな準備は畑上さんが進んでやっていたみたいですから、あなたよりは親しみやすい先輩だったと思いますよ。だから座間さんには畑上さんを殺す理由は何も無いかと」


「そんなのは分かる物かよ。なら座間以外に俺の命を狙う奴なんて、他に誰がいるというんだ!」


 苦悩しながら叫ぶ堀下に、顔を不気味に近づけながら羊野が耳元で囁く。


「堀下さん、堀下たけしさん。あなたは誰かに酷く恨まれ、その命を狙われる用な……そんな大それた事はしてはいないでしょうね。そうです、人には言えない何かを……あなたはもしかしたら隠しているんじゃありませんか。だからこそあなたはその命を狙われている。そうです、犯人は何もミステリー同好会の部員達だけとは限りませんからね」


「それはどういうことだよ?」


「あなたはこのペンションに来る時に会った、フードに雨合羽を着たボウガンを持つ犯人の存在を忘れたのですか」


「で、でも、あれはもしかしたら、このミステリー同好会の部員達の誰かかも知れないって」


「でも、そうじゃないのかも知れませんわよ。あなたと畑上さんに何らかの恨みがある人物なら、このペンションに予め来ると知っていたのなら、何処かに前もって身を隠す所を作っていたのかも知れませんね。更に言うなら、このペンション内に入れる合い鍵を入手している可能性も否定は出来ませんわ」


「ま、まさかそんな事が……でもその可能性ももしかしたらあるのかも知れないな。深夜にそのボウガンを持つ犯人はペンション内にも現れたと言うし、その関連で畑上の奴は実際に殺されてしまっているのだからな。このままだと俺も殺されてしまう。一刻も早くここから逃げないと……脱出しないと……」


 改めて命が狙われている事を再認識し怯えている堀下たけしを見ながら羊野はさりげなく後ろを振り向くと、勘太郎に向けて可愛らしく舌を出す。その光景を見ていた勘太郎は無表情のままに目を細める。


(なんだ、堀下たけしを必要以上にビビらせ、そこから何らかの情報を引き出そうとする羊野瞑子お得意のいつものハッタリかよ)


 そのハッタリに便乗するかのように一年前にここで畑上孝介と堀下たけしが後輩の女子大生を拐かしたと言う噂について、勘太郎は軽く探りを入れる。


「恨み、ですか……。堀下さん、一年前もこの合宿に参加をした見たいですが、そこでも東山さんにちょっかいを出していたのですか。それとも全く違う別の女性にとか……」


「い、一年前だと……別の女性だとう。それが何だと言うんだ。知らない、俺にはあんたが何を言っているのか全然分からないな!」


 否定する言葉とは裏腹に堀下たけしの額からは今までに見たことも無い用な異常な汗が流れ、その巨体は更に大きく小刻みに震える。

 そんな堀下に羊野は、更に妖艶に顔を近づけながら……人の内なる恐怖心につけ込むかの用に話しかける。


「一年前ですか。風の噂じゃあなた達、結構いろいろとやんちゃな事をしていたそうじゃ無いですか。なら知らず知らずの内に誰かから恨みの一つや二つくらい貰っていても可笑しくは無いですわよね。何せ人の大事な彼女を精神的に追い込みその後力ずくで奪うのが何よりの楽しみだとほざいている人達ですから、例え恨まれて殺されても仕方がありませんわよね。まあ、自業自得と言う奴です。フフフ、なのでそう考えるとこれは犯人による怨恨であり、もしかしたらあのボウガンを持つ犯人が撃ち出す矢と言うのは堀下さんと畑上さんに対する何らかのメッセージ的な何かだったと考えても可笑しくはありませんわね。何故ならこの犯人は、何故か矢による殺人に異常な拘りを持っているみたいですからね。なのであの矢のことで何か知っている事があるのなら教えて下さいな」


「くどい、俺は知らない、何も知らない。何だか気分が悪くなって来たからこの部屋から早く出て行ってくれ。もう言う事は何も無いからな!」


 あの焦り用から見ても分かるように、堀下たけしは重要な何かを隠しているようだったが、何やら錯乱し話にならないので、堀下たけしにはしばらく部屋で休んで貰う事にした。一通りみんなの事情聴取が終わったら、いずれまた改めて話を聞いてみるつもりだ。

 そう結論づけると勘太郎と羊野は堀下たけしの部屋を後にするのだった。

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