第6章 『勘太郎、犯人と再び対峙する』   全25話。その8。

   八 勘太郎、犯人と再び対峙する。



 時刻は深夜二時。


 大雨が降りしきる丑三つ刻。相も変わらず窓ガラスを激しく叩く雨の音で全く寝付けなかった勘太郎は、仕方なく気分を変える為、一人で一階のフロアにあるドリンクコーナーへと足を向ける。

 雨の音しか聞こえない誰もが寝静まった廊下を一人で歩くのは少し薄気味悪かったが、その廊下には常に電灯が灯っていた事もあり、勘太郎は喉の乾きを満たす為に階段を静かに降りる。


 東階段から一階の食堂の前を抜け、非常口の前で曲がり、ロビーを通り過ぎ、大浴場の少し前にあるドリンクコーナーに辿り着いた勘太郎は無事に付いたことに安堵の溜息をつく。

 一息ついたのも束の間、直ぐに人の気配を感じた勘太郎は視線を向けて見てみると、そこにはもう既に自動販売機の前でたむろをしている二人の先客が缶コーヒーを飲みながら何やら真剣に雑談をしているのが見て取れる。

 その二人が勘太郎の存在に気付くと、男の方は笑顔で軽く会釈をし、女性の方は明るく声を掛けながら勘太郎に手招きをする。


「あら、勘太郎、どうしたのこんな夜更けに」


「その台詞そのままお返ししますよ。一体こんな夜更けにここで何をしているんですか?」


 自販機の前にいたのは勘太郎の腐れ縁の先輩にして警視庁捜査一課特殊班の女刑事・赤城文子と、このペンションの管理人を務める山野辺の二人だった。


 赤城文子は眠気を吹き飛ばすかの用に手に持った缶コーヒーを飲みながら話のテンションを更に上げる。


「勿論、夜の見回りを山野辺さんと一緒にしていたのよ。この嵐に紛れていつボウガンを持つ犯人がこのペンションに潜入してくるか分からないからね」


「そうだったんですか。だったら俺にも声を掛けて下さいよ。俺も手伝いますから」


 そう言いながら勘太郎は申し訳なさそうに笑顔を作る。


「そうとも考えたんだけど、あんた今日はかなり疲れていた用に見えたから今夜は大事を取って休んで貰うことにしたのよ。まだ明日ももう一泊して貰うことになるからね。それにこの合宿に無理矢理参加させたのはこの私だし……ちょっとは責任を感じているのよ。畑上と堀下の奴をそれとなく監視するつもりがまさかこんな事になるだなんて思わなかったから」


「畑上孝介と堀下たけしの監視、それは一体どういうことですか?」


 勘太郎はこの合宿に無理矢理誘われた際の腑に落ちなかった疑問を赤城文子にぶつける。


「実は頼まれたのよ。私の後輩の夏目さゆりから。大江大学OBの畑上と堀下がこの合宿を利用してミステリー同好会の女性部員達に何やら悪さをする計画を立てていると言う噂がまことしやかに囁かれているとか言ってね。その真相を確かめる為にあなた達を使って攪乱するつもりだったんだけどね」


「悪さって、もしかして強姦か何かですか。まあ、あの強引な堀下たけしと言う人の性格なら東山まゆ子さんに今にでも何かをする用な雰囲気ではありましたが、それと俺達が呼ばれたのと何か関係があると言う事ですか。見た感じでも分かる用にあの堀下たけしは東山まゆ子にかなりご執心見たいですからね」


「そうなのよ。あいつは昔から思い込みが激しいと言うか、ねちっこくて言動も乱暴というか、かなり危険な性格の人だったからね。この私が昔、ミステリー同好会の部長だった頃は有無も言わせずあいつの言動を抑える事も出来たけど。でも堀下は昔から相手の意見なんて先ず聞かない人だったから、言う事を聞かすのにかなり苦労した事を覚えているわ。女性関係にもだらしないしね、正に女性の敵なのよ。あいつは」


 赤城文子の話を聞いた勘太郎は、その頃の状況を頭の中で想像する。


(だから最初に堀下たけしが赤城先輩の顔を見た時に凄く嫌そうな顔をしていたのか。赤城先輩は堀下と畑上にとって唯一口やかましく意見を言って来る天敵の用な存在なのかもしれないな。だから夏目さゆりは赤城先輩を呼んだんだな。まあ簡単に考えて、不良グループに堂々と割り込んで意見する事の出来る、かなり口うるさい学級委員長みたいな存在なのかな。)


 赤城先輩の影におびえながら、意中の女性に卑劣な欲情を燃やす堀下たけしを思い浮かべながら、勘太郎はつい思っている事を言葉として口に出す。


「ま、まるでストーカーですね」


「まるでじゃなくてストーカーその物よ。実際夏目と堀下は何度も話し合いをして、東山さんのストーカー行為をやめて下さいとお願いしてたみたいなんだけど。あの堀下がそんな後輩の話をまともに聞くはずも無いしね。現状は今に至ったと言う事なのよ。そんなおり一年に一度行われるこの合宿の計画がOBの畑上から行き成り聞かされたのは二週間前の話よ。どうやら畑上の立案でそれに堀下が乗った見たいね。それに後輩の座間君と背島君を味方につけて無理矢理にこの合宿の主導権を畑上が獲得したそうよ。だけどその話を聞かされた夏目は、ある噂を周りの生徒達から聞く事になるわ。嘘かホントか分からない、あのおぞましい計画を。そこでどうしたらいいのか分からなくなった夏目は、現在現役の刑事でもある大江大学OBのこの私にこの話を相談してきたと言う訳なのよ」


「その相談と言うのが、畑上孝介と堀下たけしとの共謀による女子大生婦女暴行計画疑惑ですか。まああの堀下たけしならあり得るかも知れませんが、あの畑上孝介がそれに果たして乗るでしょうか? 確かに潔癖症気味でプライドも高そうですし、鼻持ちならない所もありますが。ペンションをただで貸してくれるし、ビンゴ大会の景品もみんな豪華賞品で気前もいいし、話で聞くよりは結構いい人なのかもと思っているんですけど」


 勘太郎がそう言うと赤城文子は「は~っ」と大きく溜息をつきながらこちらを真っ直ぐに見る。


「畑上の戦略にあんたがはまってどうするのよ。このただのペンションも豪華な品物も、めぼしい女性を釣る為の撒き餌さに過ぎないと何故気付かないのよ。そうやって信用させて安心させるのが奴らの手口なのよ」


「まるで見てきたかの用に言うんですね。彼らにはまだそう言う疑いがあるかも知れないと言うだけのことでしょ。確かに注意は払わないといけませんが、ちょっと大袈裟過ぎやしませんか。彼らはまだ犯罪者じゃ無いんですから」


 勘太郎が面倒臭そうに言うと、赤城文子は淡々とした声である意味深なネタを話し出す。


「じつは一年前にも畑上孝介主催のこのペンションで合宿があったみたいなんだけど、その時にいた、当時新人の女性部員の身に何かがあったみたいなのよ」


「あったって、その女性部員の身に一体何があったと言うんですか」


「それは分からないけど、その女性部員はこの合宿から帰ってきて以来、顔をふさぎがちになり、その後部活はおろか大学にも来なくなってしまったらしいわ。噂じゃその女性は何やら精神に異常を来たしたらしく、それが原因で大学を辞めてしまったと言う話よ」


「精神に異常ですか……」


 何だか話を聞いている内に話の深刻さが増して行くのを感じた勘太郎は大きく生唾を飲みながら話に聞き入る。そんな勘太郎の緊張したリアクションを見て話の流れを掴んだと思ったのか赤城文子は更に興味を引く様なトークで話の続きを語り始める。


「ウソかホントかは分からないけど、噂じゃあの畑上孝介と堀下たけしの二人は、まだ一年生だったその女子大生を部屋に呼び出してそのまま強姦し脅迫して、食い物にしたと……一部の学生達の間じゃそんな噂がまことしやかに囁かれているらしいわ。何せその話を自慢げに他の後輩達に語っていたのは、その堀下たけし本人だったらしいからね」


 その話を聞いていた管理人の山野辺が、悲しげに顔を顰める。


「私はそんな噂は全く信じてはいませんが、一人の同じ大学生の娘を持つ親としては凄く憤りを感じますね。でもあくまでもその話は噂ですから、孝介様は絶対にそんな事はしない人間だと私は信じたいです。それよりも今明らかに危険なのは、このペンションの何処かに隠れているかも知れないとされるボウガンを持つ男の方です。一体何処に隠れているのやら……不埒な性犯罪者よりもそちらの方が余程心配です。そのボウガンを持つ男は明らかに人の命を狙っている訳ですから」


「去年の大学の一年生と言えば東山まゆ子さんと杉田真琴さんの二人ですか。なら彼女達なら何か知っているかも知れませんね」


 その勘太郎の発言を聞いた赤城文子刑事は、勘太郎を慌てて止める。

 

「勘太郎、その一年生女子の事について聞き込みとかして根掘り葉掘り聞くのはやめてよね。これはあくまでもまだ噂話の段階だし、かなりデリケートな話しだからね。下手に嗅ぎ回ってもし堀下たけしと畑上孝介が白だったらどうするのよ。調べてなにも出てこなかったら逆に訴えられるわよ」


「た、確かに……でも今年の一年生はあの一宮茜さんだけのようですが、彼女は大丈夫ですよね」


「なんでよ?」


「だって見るからに彼女はキツい性格をしているように見えますし、あの畑上孝介さんや堀下たけしさんも彼女には必要以上に関わらないようにしているみたいですからね。まあ、あれはあれで別の意味でインテリ風の美人ではありますけど、あの二人はどうやら苦手のようですね」


「まあ、見るからに優等生風の一宮茜に対して、劣等生の畑上孝介と堀下たけしの二人は明らかに彼女に苦手意識を持っているみたいね。まあ、気持ちは分からなくも無いけどね。私も、夏目さゆりさんもその部類に入るからね」


(なるほど、納得が行ったぜ。つまりあの二人は、赤城先輩から受けた過去のトラウマのせいで、赤城先輩に性格が似たキツめの女性には本能的に関わらないようにしていると言う事か。確かに賢い選択だぜ)


 その一宮茜の話が出た時、何かを思い出したかのように管理人の山野辺が行き成り話し出す。


「そう言えばその一宮茜さんの事で思い出したことがあるのですが、よろしいでしょうか」


「え、いいですよ。話して下さい。一体なんですか?」


「そう言えば私は、あなた方がボウガンを持つ犯人にワゴン車が襲われている夕方の十八時三十分に、一宮茜さんが宿泊している部屋の固定電話に電話を掛けています。『雨が酷くなって来たので窓の戸締まりはしっかりとお願いします』と言うお願いを兼ねて電話をお掛けしました。あの時は大雨が降ると言う天気予報が出ていましたので敢えて電話をさせて貰ったのですが、その直ぐ後にミステリー同好会部長の夏目さゆりさんからフロントに備え付けてある固定電話に電話が掛かって来ましたから、一宮茜さんに電話を掛けた事は直ぐに忘れてしまっていました。本当にすいません。なにせあれからボウガンを持つ犯人のせいでいろいろとありましたからね」


「そうですか、なら一宮茜さんのアリバイはこれで成立すると言う事になりますね。なにせ山野辺さんが一宮茜さんの宿泊している部屋の固定電話に電話を掛けた時には、一宮茜さんは確かにその部屋の中にいたと言う事になりますからね」


「はい、そう言う事です。私がその事を忘れていたお陰で、一宮茜さんにはあらぬ疑惑と疑いを作ってしまいました。本当に申し訳ない事をしてしまったと思っています」


「いいえ、山野辺さんが謝る事は無いですよ。その事実を何故か言わなかった一宮茜さんにも責任はありますからね。彼女もその事を忘れていたのか、それともただ単に言うのが面倒くさかったのかは分かりませんがね」


「彼女はまだ若いんですから、その彼女のアリバイを……いいや彼女のこれからの希望ある人生を私が消す所でした」


「また大袈裟な」


「いいえ、大袈裟ではないです。私の証言次第で、彼女がボウガンを持つ犯人として皆に疑われていたかも知れないのですから」


 缶コーヒーを握りしめながらしみじみと言う山野辺の重い言葉に勘太郎と赤城文子が静かに押し黙っていると、大浴場の方で何やらガタンと言う小さな音が聞こえ、勘太郎達は一斉に音のした方へと顔を向ける。



 ガ、ガタン!



「赤城先輩、今大浴場の方で何やら音がしませんでしたか」


「ええ、確かに聞いたわ。何か聞こえたわね」


「雨の水滴か何かが落ちた音じゃ無いんですか?」


 闇が広がる脱衣場を見つめながら、勘太郎・赤城文子・山野辺の三人は激しく緊張し、ただ石のように固まる。その原因を探りに行く事無くおびえながら話し合う三人だったが、不安と緊張だけが次第に高まっていく。

 嫌な汗が体全体に伝わり、言いしれぬ未知への恐怖が勘太郎の体を硬直させたからだ。


「よし、私が先に前を歩くから、勘太郎と山野辺さんはその後に続いて!」


 緊張と恐怖で足がすくみ動かす事の出来ない勘太郎と山野辺に、赤城文子が覚悟を決めた声で言う。

 その赤城文子の勇気ある声に恐怖を何とか打ち払う事に成功した勘太郎は、精一杯の強がりを見せながらも赤城文子刑事の後ろについて行く。


 いつも肌身離さず刃物系の武器を持ち歩いている羊野瞑子とは違い、今回勘太郎と赤城文子は武器の類いの物は一切持って来てはいない。骨休みする為のただのペンション旅行のつもりだったからだ。


「う、後ろは任せて下さい。赤城先輩!」


「ええ、行きましょうか」


 勘太郎は周りに最新の注意を払い、山野辺は持っていたフライパンを前に突き出しながら身構える。

 そんな即席で出来たパーティー一行が大浴場に向けて動き出そうとしたその時、行き成り男性用の脱衣所の中から走り出して来た黒い雨合羽を羽織ったその謎の人物が、手に持つボウガンを瞬時に構えながら勘太郎達にその矢先を向ける。

 その姿は正にこのペンションに来る前に見た、ワゴン車を襲ったボウガンを持つ人物に間違いはなかった。


 ガシャリ。


 ボウガンを持つ犯人は手に持つボウガンで威嚇をしながら勘太郎達とすかさず間合いを取る。


「い、今まで話を聞くだけで……そんな奴が本当にいるのか正直半信半疑でしたが、本当にこのペンション内に隠れていたとは流石に驚きましたよ。でも一体どうやってこのペンション内に入り込む事が出来たのでしょうね。その事が不思議でなりませんよ」


 そう言いながら管理人の山野辺は、うわごとの用に勘太郎と赤城文子に向けて独り言を呟く。

 どうやらいきなりのことで山野辺自身も、ボウガンを持つ犯人の出現に面食らっている用だ。

 そんな勘太郎達の動揺を余所に、フードを深々と被るその犯人がその視線を赤城文子・勘太郎・山野辺の三人に向ける。

 だがその雨合羽のフードから覗く顔の見えない闇は何とも不気味で、その深々と被ったフードの中に本当に人の顔があるのかを確認する事が何故か怖くて出来ない。

 何故なら今現在、犯人からボウガンを突き付けられ身動きが出来ない勘太郎・赤城・山野辺の三人は、その矢による死への恐怖で正直それどころでは無いからだ。


 その生命の危機すらも感じる極度の緊張で、勘太郎は冷静さを失いそうになる。


 そんな鬼気迫る状況にあたふたしている勘太郎と山野辺とは裏腹に赤城文子だけは、ボウガンを持ちながら狙いを定める犯人を真っ向から堂々と睨みつけ、犯人の威嚇に負けないくらいの気迫を見せつける。


 さすがは現役の警視庁捜査一課・特殊班にして(良くも悪くもお騒がせ)の女刑事である。


「あなたは、私のワゴン車にボウガンを撃ってきた犯人で、まず間違いはないわね。一体どういう目的で私達に危害を加えているのかは知らないけど、さあ、撃てる物なら撃って見なさい。その一発を外したらあなたはもう終わりよ。こちらには直ぐさま飛びかかれる仲間が後二人もいるんだから、あなたに逃げ道は無いわ!」


 そう凄みながら、ボウガンを構える犯人に赤城文子刑事が堂々と立ちはだかる。その姿は何とも勇敢で、普段見せるおちゃらけた素顔とはえらい違いだ。


 そのただならぬ迫力にジワリジワリと後退していくボウガンを持つ犯人は赤城文子とある程度の距離を取ると、ゴム長靴の足音を廊下に響かせながら行き成り走り出し、目の前にある非常ドアの扉を開けて外へと出る。


「あ、くそ、待てぇ!」


「犯人が非常ドアから外へと逃げるぞ。逃がすか!」


 パッシューン!


 その瞬間、狙いを定めた矢が勢いよく飛んできたのを見た勘太郎は瞬時に固まり、猛スピードで飛んでくる矢の軌跡を必死に目で追う。


 前を歩く赤城文子と勘太郎の顔の横を通り過ぎ、最後に山野辺の胴の横を飛んで行く矢の恐怖につい立ち止まってしまった三人だったが、赤城文子の声で再び我に返る。


「あなた達しっかりしなさい。大丈夫よ。どうやら牽制のつもりで矢を射ったみたいだから、そんな当てずっぽの矢には当たりはしないわ!」


(た、確かに当たらなかったけど、もし流れ矢に当たっていたらどうするつもりだったんだよ……)そう思いながらも勘太郎はつい後ろを振り返り、矢の刺さった場所にその視線を向ける。すると数十メートル飛んだその矢は廊下の真ん中にあった木工製の柱のオブジェに当たり、枝のように深く突き刺さりながらその場で止まっていた。


(ひぃぃぃ、くわばらくわばら。でもこれで奴は矢を失ったはずだ。次の矢をボウガンにセットする前に何としてでも、そのボウガンを持つ男を捕まえるぞ!)


 そう考えを固めた勘太郎は、勢いよく赤城文子の後に続く。


「あ、待て、犯人が外へ逃げたぞ! 赤城先輩!」


「ええ、追うわよ勘太郎。私に続きなさい!」


 勘太郎の声に勢いよく応えた赤城文子は、ボウガンを持つ犯人を追跡する為、その後を必死に追う。

 その時少し出遅れて後ろにいた山野辺が勘太郎と赤城文子に向けて何かを叫んだ用な気がしたが、勘太郎と赤城文子は気にする事無くそのままボウガンを持つ犯人を追う為非常ドアを開けて外へと飛びだす。


(フードの男は何処だ? 犯人を捜せ!)


 そう心の中で叫んだ勘太郎と赤城文子の体に外から吹き付ける風と大雨が容赦なく降り注ぐ。


(しまった。そう言えば外は今まさに大雨の真っ最中だった!)


 考え無しに外へと出て来てしまった事に後悔をする勘太郎と赤城文子は、降りしきる雨に視界を奪われながらも周りを大きく見渡す。


 外の非常階段には一階から三階まで電気が付いているので状況が見渡せるが、そこには犯人の姿はもう何処にも無い事が一目で分かる。

 そしてペンションから少し離れた森の方には永遠に続く暗い闇が雨に遮られながら続き、まるで不気味な暗闇が口を開けているかのように勘太郎には見えた。


「明かりも無しに、この大雨と暗闇の中を森の方へ逃げたとは流石に考えにくいわ。きっと犯人は二階か三階の非常ドアから再び中へ逃げたはずよ!」


 そう言うと赤城文子は二階の非常ドアのノブを力強く回す。だがドアは開かず勘太郎と赤城文子はそこで立ち止まる。


「ひ、開きませんね。赤城先輩……」


「上よ、きっと三階の非常ドアから中に入ったのよ!」


 そう言うと赤城文子は三階の非常ドアまで勢いよく駆け上がると、非常ドアのノブを再び豪快に回す。だが赤城文子の期待めいた言葉とは裏腹にドアノブはピクリとも動く事はなかった。


「ひ、開かないわね。どうしたのかしら? これじゃ中に入れないじゃない!」


 赤城文子が三階の非常ドアのノブを仕切りに回していると、勘太郎は何かを思い出したかのように「あっ!」と言いながら今更ながらに赤城文子に助言を言う。


「そ、そう言えばこの非常ドアって……内側からは開ける事は容易く出来るけど、外からは決して開けられない仕組みになっているんじゃなかったでしたっけ。まあ鍵があれば話は別ですが」


「あ、そう言えば……」


 勘太郎の話を聞いて状況を理解した赤城文子は石像の用に体が固まり、突風と激しい雨に打たれながらも直ぐさま一階へと戻る。


 その数秒後。勘太郎と赤城文子は「誰かぁぁーここを開けてくれ。助けて下さい。や、や、山野辺さーん!」と一階の非常ドアを叩きながら、まだ建屋の中にいるはずの山野辺に必死に助けをこうた事は言うまでも無い。

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