第6章 『消えた犯人とその痕跡』      全25話。その9。

            九 消えた犯人とその痕跡。



 ボウガンを持つ犯人が消えてから十分後、勘太郎と羊野は三階にある非常ドアの前にいた。


 あれから直ぐに山野辺に建屋の中に入れて貰った勘太郎と赤城文子は、他に調べる事があるという赤城文子と別れ。勘太郎の独自の視点からこの事件を詳しく調べ始める。

 そのついでに自室で熟睡していた羊野をたたき起こし当然の用に同伴をさせた勘太郎は、この建屋の中に逃げたと思われるボウガンを持つ犯人の後を追うために彼女の力を借りる。


 そんな勘太郎からつい先ほど一階で起きた事件の事を聞いた羊野は直ぐさま一階に降りると、犯人が出てきたという大浴場がある男性用脱衣所の中を一通り調べ始める。


 その後、一階の非常ドア……二階の非常ドアと言ったドアの周辺を順番に見て回り、最後に三階の非常ドアの前で勘太郎と羊野はピタリと足を止める。


 そこで羊野は何度も非常ドアの開閉や手触りを確認しながら、激しい外の雨などは全く気にしないとばかりに非常ドアの扉を静かに閉めて勘太郎の方を見る。


「ボウガンを持つ犯人がこのペンション内の中に隠れていたと言う話は、まだミステリー同好会の皆さんには知らせてはいないのですか」


「ああ、まだ誰にも話してはいないと思うし、まだ誰もこの事は知らないはずだ。今は下手に知らせてパニックにでもなられたらそれこそ大変な事になってしまうからな。まあ、夕食会の最後にあのボウガンの騒ぎがあったから恐らくはみんな各部屋の鍵は必ず閉めて就寝しているだろうから、万が一にも犯人が人の部屋の中に侵入することは先ず不可能だと思うぞ。それと一応部長の夏目さゆりさんにはこの事を知らせると赤城先輩は言っていたが……いずれにしろ皆がこの事件の事を知るのは明日の朝になると思うぜ」


「そうですか……」


 ハッキリとした口調で返事をすると羊野は乱れた浴衣を直しながら束ねてある白銀に光る髪を掻き上げる。

その間近で見るきめ細かい白い肌はなまじ美女なだけに美しく、勘太郎の目はそのうなじに一瞬釘付けになる。が、その事を羊野に気付かれたら後でニヤニヤしながら何を言われるか分かった物ではないので、勘太郎は直ぐに羊野から目を逸らすと何かを誤魔化すかのように大きく咳払いをする。


 因みに勘太郎と赤城は、着ていた浴衣が雨でずぶ濡れになってしまったので、各々が持ってきた普段着を着て捜査を開始する。


 勿論、勘太郎の今の服装は、黒一色の(超格好いい)黒のダークスーツだ。そんな感じで今も服装がばっしりと決まっている勘太郎に、羊野が語りかける。


「それで……鍵の方はどうでしたか」


「あれから管理人の山野辺さんに聞いたんだが、あの非常ドアを外から開けられる鍵は、山野辺さん自身が持っているマスターキーとロビーカウンターの裏の管理室にあるスペアーキーの二つのカードキーだけらしい事が分かった。だがその二つの鍵はちゃんと所定の位置に置いてあり、紛失していない事はもう既に確認済みだ。だから犯人に鍵は盗まれてはいないと言う事だな」


「なるほど、そうですか。なら犯人は一体何処に消えてしまったのでしょうね。鍵も無しにどうやって再びこのペンション内に素早く入ったのでしょうか?」


 ごく当たり前の用に言う羊野の言葉に、勘太郎は頭を掻きながら否定的な声を上げる。


「いやいや……違うだろう! 鍵も無しに再びペンション内に戻る事なんて先ず絶対に出来ないんだから、犯人は確実に外へ逃げているはずだ。きっと森の闇の中に潜んで隠れているんだろうぜ」


「この嵐の中、外でですか。それは流石にあり得ませんわ。犯人はこのペンション内に入ることに一度成功しているみたいですから、二度目だってあるかも知れませんよ。て言うかまだ私達の知らない方法でこの建屋内に再び舞い戻る方法があると考えた方が自然だとは思いませんか」


「そんな方法、窓ガラスでも割らない限りは先ず中への侵入は不可能だろう」


「そんな事はありませんわ。現にこの犯人は誰にも気づかれる事無くこのペンション内に潜入しているではありませんか」


「ぬぬぬ、確かに……そうなのだが」


 羊野に言われ、勘太郎は頭をひねりながら考え込む。第三者でもあるボウガンを持つ犯人が一体どうやってペンション内の中に入れたのかが分からないからだ。その事実があるので外へ出た犯人が再びペンション内に舞い戻って来ているかも知れないと言う不安が嫌でも頭を擡げる。


「極めて低い確率だが、確かにその可能性も否定は出来ないか。それで羊野、お前の考えでは一体犯人はどこに隠れていると思うんだ」


 その勘太郎の質問に、羊野は不思議そうに頭を傾げる。


「いえいえ、私の考えでは、犯人は最初から何処にも隠れてはいないと思いますよ。強いて言うならば、今頃犯人は気持ちよ~くお布団の中で熟睡中かも知れませんね」


「ふ、布団の中だと。じゃお前の考えでは、犯人は部外者の第三者では無く、この中の誰かが犯人だとでも言うのか」


「そう考えた方がしっくり来るとは思いませんか。相手が外から来たただの殺人鬼なら可笑しな所がいくつかあります。先ず最初に、犯人が私達が乗るワゴン車を襲撃した時ですわ。せっかくボウガンの矢の一撃でワゴン車を止める事が出来たと言うのに、犯人はその後なにもすること無くその場から逃げ去りました。これって凄くおかしいですよね。私が犯人ならその場でみんな皆殺しにしますけどね」


「お、お前を基準に物事を考えるなよ。恐ろしい事をサラリと言いやがって。お前が言うと本当に洒落にならないからな」


 勘太郎は冷や汗を掻きながら羊野に注意をすると、羊野は不気味に微笑みながら話を元に戻す。


「まあ冗談はさて置いてです。殺人を目的としたただの愉快犯なら武器を全く持たないミステリー同好会の部員達を遠くから狙い撃つ事だって出来たと思います。(まあ、私は武器を持っていますけど……)ですが犯人はせっかくのチャンスを不意にして、その場を後にしました。その事から犯人の目的は私達を殺す事では無くただの足止めか、あるいは第三者の存在を私達に強く印象付けさせる為の伏線作りだと言うのが私の考えです」


「伏線作りだと、一体何の為にそんな事を?」


「それが何の為かはまだ分かりませんが、いずれにせよそう考えるのなら、犯人はあのペンション内の中にいなければその後の犯行を行う事は非常に難しくなるという事になりますわ。そしてそれを実行できそうな疑わしい容疑者は、あのペンション内いた人達と言う事になりますわね」


「だけどあのペンション内にいた人達には皆アリバイがあったはずだぞ。犯人が現れたその時間、杉田真琴と座間隼人はフロントのロビーにいたと言っていたし。二階の自室にいた畑上孝介は背島涼太と一緒にいたと証言していたぜ。そして夏目さゆりからメールを貰った一宮茜は、自室で一人読書をしていたとの話だし。更には俺達を迎えに来た管理人の山野辺は、一人で厨房で料理の準備をしていたらしいからアリバイは無いが、電話を夏目さゆりから貰った後で玄関ロビーから外へ出て行ったのをその場にいた杉田真琴と座間隼人に目撃されているから山野辺にもアリバイがあると言う事になる。仮に誰かが人目を盗んで非常ドアから外へ出たとしても、結局はロビーの玄関から入らないといけないから、みんなには犯行は不可能と言う事になるぜ」


「ですがその山野辺さんはマスターキーを持っているんですよね。なら襲撃してから何食わぬ顔でマスターキーを使って非常ドアの外から帰って来れば、犯行は可能ではありませんか」


「いいや、やはり無理だな。夏目さゆりが山野辺コウの携帯電話に電話をかけたのならスクーターに乗りながらでも応対はできるだろうが、山野辺が出た電話はペンション内のフロントと厨房に設置された固定電話に掛かってきたらしいからな。その事は直接電話を入れた夏目さゆりが証言してくれたから先ず間違いはないだろう。もし仮に山野辺さんが犯人ならスクーターで移動中の山野辺さんはペンション内に設置されている固定電話には出られないと言う事になる」


「ですが山野辺さんは固定電話に出たという話なので、犯人では無いと言う理屈ですか」


「先ず第一に犯人との時間が合わないだろう。あのボウガンの男が失踪後に直ぐに、夏目さゆりは十八時三十五分にペンション内のフロントに電話を入れているんだからな」


「そうですか。ならたった一人で自室にいたと言う一宮茜さんはどうでしょうか。他の人達とは違い一宮茜さんにはアリバイが無いではありませんか。彼女があのボウガンを持つ犯人ならその時間帯もピッタリと合うのですが。何せ彼女が自室にいた事を証明してくれる人物は誰もいないのですからね」


「いや、そうとも言い切れないぜ」


「なぜですか?」


「つい先程自販機の前でその山野辺さんと赤城先輩とあったんだが、その時にあの山野辺さんが話してくれたんだ。十八時三十五分に夏目さゆりさんから電話を貰う少し前に、山野辺さんは一宮茜さんがいる部屋に一度電話を入れたようなんだ。なんでもこの嵐で雨と風が強くなって来たので窓の戸締まりを忘れないで下さいとお願いの電話をしたとか言っていたな」


「それで……その電話には一宮茜さんは出たのですか」


「ああ、出たらしいぜ。短めだがちゃんと本人と話をしたと言っていたから、先ず間違いはないと思うぜ」


「それは何時何分の出来事ですか」


「山野辺さんの話だと、十八時三十分の話だと言っていたかな」


「そうですか。丁度ボウガンを持つ犯人に私達が乗るワゴン車が襲撃されている時間帯ですか。その時に彼女が部屋にいたのなら一宮茜さんに犯行は不可能と言う事になりますね。でもまさかここであの山野辺さんからそのような新発言が出てくるだなんて思っても見ませんでしたわ。私が玄関ロビーで山野辺さんと一宮茜さんにアリバイを聞いた時は一言もそんな事は言ってはいなかったのに……なぜ二人は私に聞かれた時にその事を言わなかったのでしょうか?」


「ただ単に言いそびれていたか忘れていただけじゃないのか」


「お二人共にですか。あの一宮茜さんに至っては結構自分の無実を証明してくれる大事な事柄だと思うのですが?」


「まあ、一宮茜さんも山野辺さんもボウガンを持つ犯人の事で気が動転していただろうからきっと忘れていたんだろうぜ。そんな事って誰にだってある事だろう」


 そう言うと勘太郎は、充電で復活した黒い柄系の携帯電話を開きながら時間を確認する。現在時刻は深夜二時五十分を過ぎていた。


「ペンション内にいた他の人達も人目を盗んで隠れて非常ドアから出る事は可能ですが、そこから中に入る事は先ず不可能と言う訳ですか。まあ、二回目に黒鉄さんの所に現れたその犯人がどうやって再び消えたのか、その謎を解き明かす事が出来れば犯人の正体は自ずと分かってくるでしょうね。まあ、そのトリックの仕掛けは、私には何となく分かりましたけどね」


「な、何だとう。鍵を使わずに中へ入る方法が分かったと言うのか。羊野、そのトリックの仕掛けは一体なんだ。教えろよ!」


 そう叫んだ勘太郎に羊野は「まあまあ」と言いながら勘太郎の急ぐ答えを押さえ込む。


「黒鉄さん、まだそれを語る状況にはまだ達してはいませんので、その話は今は保留と言う事にしますわ。まだ犯人の目的や動機が分かりませんし、一体誰なのかもわからないのですから。ただ私が、犯人は第三者では無くこの中にいる誰かだと確信したのは、食堂の広間に設置された小型のボウガンを見た時でしょうか」


「ああ、あの壁棚の上に付いた戸棚のことだな。あの中に自動式の小型のボウガンが隠してあったんだよな」


「ええ、角度を微妙に固定されながらそのボウガンは設置されていましたわ。正確にボウガンの矢が堀下たけしの座る背もたれ部分に命中する用に計算されていましたから。恐らくこの犯人は私達がペンションに到着する前に既に来ていて、前もって準備をしていた物と考えます。そしてそれが出来るのは、私達が来る前に既にこのペンション内にいた管理人の山野辺さん・畑上孝介さん・背島涼太さん・一宮茜さん・杉田真琴さん・座間隼人さんの六人だけですわ。ふらっと外から現れた、ただの愉快犯が、わざわざ自動タイマー装置付きのボウガンなんて仕掛けませんわよ。何せ意味が無いですからね。犯人の計画では、あの演出も第三者がこのペンション内に入り込んで誰かを狙ってると言う印象をみんなに認識させる為の更なる伏線作りなのだと思いますが、あれはいらぬ仕掛けでしたわね。何せあれでこの犯人は、隠れている第三者と言う犯人は本当は存在せず、確実にこの中にいる誰かが犯人だという証拠を自ら提供してくれた用な物ですからね」


 そう言いながら羊野は、妖艶にそして不気味に笑う。


「なるほど、だから犯人の第三者説は無いと言うことか。なら犯人がミステリー同好会の部員達の誰かだと仮定して、一体何故こんなことをしているのか、その事を考えないとな。やはり何らかの怨恨という可能性がもっとも強いのかな。何せOBの堀下たけしは、みんなから強く煙たがられている節があるからな。特に背島涼太は後輩という事もあっていじめられているし、座間隼人は自分の彼女を取られそうだからな、その恨みも大きいだろう。それに女子達もそれなりに何らかの被害を人知れず受けているのかも知れないな。あの東山まゆ子のように」


「ええ、それについての聞き込みは明日の朝にでも改めてみんなに聞いてみましょう。一人づつ部屋に呼んで事情聴取をすれば、みんな素直に話してくれるでしょうからね」


「ああ、そう願いたいぜ」


 勘太郎は大きくあくびをしながら、眠たそうに目を擦る。どうやら今頃になって眠気が一気に来たようだ。そんな勘太郎に羊野は溜息をつきながら、ある質問を投げ掛ける。


「黒鉄さん、一つ質問です。そのボウガンを持つ犯人は、一体何の為に男性用脱衣所に隠れていたのだと思いますか?」


「何の為にだって。赤城先輩や俺がドリンクコーナーに来たから犯人は出るに出られず、俺達が立ち去るのをじ~と隠れて待っていたんじゃないのか。でもあの犯人は大きな物音を立ててしまったからな。だから溜まらず男性用の脱衣所から出てきたのだと思うぜ」


「いや、そうじゃなくて、だから一体何の目的があって隠れていたのかを聞いているのですよ。その犯人が第三者の人物による犯行では無いのだとしたら、その犯人は何かしらの目的があってその場にいたと言う事になりますよね。それが一体何なのかがわからないのですよ。その行動に何かしらの重要な意味があるのか、はたまたこれから何かとんでもない事を計画している何かの伏線なのか。その犯人の行動が理解不能なのですよ。そんな危険を冒してまで犯人はこんな夜更けに一体何をしていたのか。今はそれが一番気になりますわ」


「やめてくれよ、これから何か良からぬ事が起こりそうな……そんな予言をするのはよ。本当になにかが起きたらどうするんだよ。せっかく気分を変えてこのペンションを満喫しようと思っているのにさ!」


「フフフフ、私は今充分に楽しくなってきた所ですよ。この後あのボウガンを持つ犯人は一体どういう行動に移るのか。それを考えただけで心がゾクゾクしますわ。何か面白い事が起こるといいですけどね」


「お前、不謹慎だぞ。訂正しろ!」


「嫌ですわ。黒鉄さんがどうしてもと土下座をして頼むのなら考えなくもありませんがね」


「誰がするかよ、このボケナスが!」


「フフフフ、ボウガンを持つ犯人とは一体何者なんですかね。楽しみですわ」


 予期せぬ期待に声を弾ませながら、羊野はまた楽しげに小さく笑う。

 そんな羊野の言葉の通りに、この後新たな殺人事件に遭遇する事になろうとは、今の勘太郎は夢にも思わなかった。

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