第6章 『ボウガンを持つ犯人の謎と影』   全25話。その7。

            七 ボウガンを持つ犯人の謎と影。



 時刻は夜の二十二時四十五分。


 相変わらず外では大雨が続く中で楽しい一時を過ごしていたミステリー同好会の部員達だったが、そろそろお開きにしようかと言うムードが自然と流れ始める。

 ビールをたらふく飲んだせいか真っ赤な顔をした畑上孝介の目尻は大きく下がり、ほろ酔い気分の堀下たけしもまた今にも寝てしまいそうな顔をしていた。


 あの二人が眠そうにしている所を見ると、流石の勘太郎も釣られて(そろそろこの夕食会も終わりかな。思う存分飯も食ったし、一先ずは部屋に戻ってゆっくりと休みたいぜ。)とそう思っていると、頃合いを見定めたかの用に夏目さゆりが手を叩きながら自分に注意を向ける。


「はい、みんな注目。注目してください。今夜は二十三時からみんなで集まって、明日に行われる『ミステリーについて考える朗読会』の打ち合わせを行うつもりでいますから、皆明日に備えて準備をしておく用にね。その明日のイベントにあたり、みんなが選りすぐりに選んできたミステリーの本を朗読して貰って、その謎を客観的に考える為に打合せを二時間程この食堂で行いたいと思いますので、皆さん一旦食堂を退室後、また十五分後にここへ戻ってきて下さい。いいですね」


『『はい、夏目部長!』』


 みんなの返事を聞いた夏目さゆりは、今度はうたた寝をしている畑上孝介と堀下たけしを起こし、夕食会の終わりを伝える。


「畑上先輩。堀下先輩。もう時間も差し迫っている事ですし、そろそろお開きにしたいと思うのですがよろしいでしょうか」


 その声に畑上と堀下はハッと目を覚ますが相変わらず眠そうな顔は変わらない。冷水仕切った赤い顔と眠そうな眼がそれを物語っていた。


「まあ、いいだろう。今日は酒を飲み過ぎたせいか異常に眠いし……後はお前らの好きにやるといい。俺は今日はもう寝るからさ。あれ……俺のスマホ、どこへやったっけ?」


「そうか、じゃ俺もそろそろ寝るかな。何だか異常に眠いしよ」


 赤い顔を向けながら堀下たけしは座席から立ち上がろうとしたが、かなり酔っているせいか椅子からなかなか立ち上がる事が出来ない。

 そんなもどかしい姿を見るに見かねたのか一宮茜が堀下たけしのそばまで来ると、ぎこちなく手を引っ張りながら、その体を起こしてやる。


「堀下先輩、しっかりして下さい。一人で部屋まで帰れますか?」


「おお、お前は……確か一年の……一宮だったか。お前、気が利くじゃ無いか。このまま二人で俺の部屋まで行くか」


「そう言う下品な冗談はやめて下さい。怒りますよ」


「ハハハハ~冗談だよ、冗談。俺は東山まゆ子一筋だからな。なあ~東山!」


 そのなんとも言えない気持ち悪い響きに、東山まゆ子はただ無言のままうつむいているだけだ。

 

 一宮茜の手を引く力で何とか椅子から立ち上がる事が出来た堀下たけしは、体と足をふらつかせながらもただひたすらに前を歩く。その姿は正にただの酔っ払いの叔父さんにしか見えない姿だ。


 堀下たけしが椅子から立ち上がり一~二歩ほど歩いたその時、何かが目にも止まらぬ速さで通り過ぎ。堀下たけしが今まで座っていた椅子の背もたれの部分にその何かが深々と突き刺さる。


『ドッスン!』


 その飛んできた物の威力は椅子の背もたれ部分の材質を軽々と半分以上も貫通させる程の代物だった。

 その目の前に映る鋭い飛び道具に気付いた瞬間……皆は言葉を押し黙り、行き成り目の前で起きた言いしれぬ恐怖に皆の体と心は凍り付く。


「や、矢だ……矢が飛んで来た!」


 勘太郎がその言葉を口にした二~三秒後、その光景を間近で見ていた堀下たけしは顔を青くしながら震え上がり、情けなく悲鳴を上げながら傍にいた一宮に思わず抱き付く。


「ひいいいいいーぃぃ、や、矢だ、なんだこの矢は。一体どこから飛んで来たんだ!」


 異常に警戒しながら周りをキョロキョロと見渡す堀下たけしや他の部員達は、表情をこわばらせながら矢の刺さった椅子へと集まり出す。

 椅子の背もたれ部分に深々と刺さったその矢先を誰もがマジマジと見ていたその時、堀下たけしに抱きつかれていた一宮茜が本気で声を上げる。


「きゃあぁぁーっ、ちょっといい加減に離して下さい。どこを触っているんですか!」


 嫌そうに堀下たけしを引き剥がす一宮茜を尻目に、いつの間にか勘太郎のそばまで来ていた羊野が淡々とした声である一点を指さす。


「その堀下さんの座っていた椅子に突き刺さっている矢は、傾斜の角度から考えて鏃は下向きに刺さっていますわ。つまり三メートルくらいの上から十メートルの距離を斜め下へと向けて飛んで来た事を意味していますわ。その直線上の距離からして、あの上の棚の辺りが怪しいですわね」


「あの辺りって、一体どの辺りだよ。ちょっと適当すぎやしないか」


 そう言いながら勘太郎は羊野が指さした所を徹底的に調べ始めるが、数秒後、その甲斐もあってか勘太郎は矢の発射元を簡単に見つける事が出来たようだ。

 どうやらその矢は壁に備え付けられた高い戸棚の中から、堀下たけしの座っていた椅子に目がけて発射された弓矢の用だ。


 詳しく中を見てみると、戸棚の中に入っていた食器類はいつの間にかどこかにかたづけられ、カラになった戸棚の中には小型のボウガンが動かない用にがっしりとネジで固定されていた。

 更にそのボウガンのトリガー部分には時間で矢が飛び出る用に細工が施され、単純な作りの自動タイマー装置が不気味にその存在を示していた。


「こ、これがそうか。まさかこんな所に小型のボウガンが隠してあるとはな」


 勘太郎は傍にあった椅子に上ると、ポケットの中から取り出した十徳ナイフを器用に使いながら、ネジで棚に固定されていた小型のボウガンを何とか取り出す。

 その光景を悪酔い気分で唖然と見ていた堀下たけしが安堵の溜息をつく。


「こんな所にボウガンなんて、一体誰がセットしたんだ。もう少し遅かったらあの矢に突き刺さって俺は死んでいる所だ。一宮、お前は俺の命の恩人だぜ、本当にありがとうな」


「いえいえ、たまたまですよ。でも運良く助かって本当に良かったですね。堀下先輩は本当に運が強い」


 そう言いながら一宮はほっとした顔で堀下に笑顔を向ける。


「でも一体誰がこの戸棚の中にボウガンなんかを仕掛けたんだ。おかしいじゃ無いか?」


 行き成りそう言い出したのは今まで沈黙をしていた座間隼人だったが、その言葉に釣られて東山まゆ子と杉田真琴が不安と恐怖に耐えきれずに言い合いを始める。


「お、恐らくは、ボウガンを持つ男がこのペンション内の何処かに隠れているんですよ。そうに決まっているわ!」


「馬鹿言わないでよ。もしそうならそのボウガンの男はみんなに気付かれること無く(何らかの方法で)このペンション内に潜入する事が出来たと言う事になるわ。しかも中にいる私達に気付かれる事無くね。更にはこんな手の込んだ矢の装置を仕掛けるだなんて、にわかには信じられないわ。実際にこんな事が果たして可能なのかしら?」


「可能なのでしょうね。実際に矢は発射されているんだから。それに外は今も嵐の真っ最中なんですよ。その大雨の闇の中で、犯人がただじ~としていると考えることの方がおかしいんじゃないかしら。もし私が犯人なら、食料を見つける為に何が何でもこの建屋の中に入ろうと考えるけどね。いや……そもそも外に部外者の犯人なんて本当にいるのかしら?」


 東山まゆ子の意味深そうなその言葉に、杉田真琴が直ぐさま聞き返す。


「それは、どういう意味よ!」


「ミステリー風に考えるなら、ボウガンを持つ男は本当は存在せず、実はこの中の誰かが犯人だった……と言う転回も考えられるわ。何だかそれなりに動機もありそうだしね」


 東山まゆ子の思い切った仮説を聞いていた皆が凍りつき、羊野だけがニヤリと笑う。

 そんな仮説を崩すかの用に一宮茜が溜まらず言葉を投げかける。


「最初に夏目先輩達が乗っていたワゴン車が狙われた時も無差別に矢を撃って来たと言う話ですし、私の意見としては部外者の犯行だと思うんですけど。もし仮に、この中に犯人がいたとするなら、その動機は一体何だと思いますか。東山先輩……あれは明らかに堀下先輩を狙った一撃ですよね。もし私怨の犯行だとするのならね。まあ、言っちゃ悪いんですけど堀下先輩、結構いろんな人から恨みとか勝手そうですから」


 その歯に衣着せぬ一宮茜の正直な言葉に、東山まゆ子と座間隼人は困った顔をしながら思わず視線を泳がせる。

 だが酔っているせいか話の内容がイマイチ聞こえなかった堀下たけしは「なんだ、どうしたんだ?」と言いながら、みんなの顔をキョロキョロと見回す。

 この二人が堀下たけしに付きまとわれて良く思っていない事はみんなが知っている事なので、東山まゆ子と座間隼人には少なくとも堀下たけしを『殺害する?』に至る……かも知れない動機があるからだ。


「一宮さんは、わ、私がこの罠を仕掛けたって言いたいの。私は何もしていないわよ。本当よ!」


 そう思わず叫んだ東山まゆ子に、座間隼人は「まあまあ、東山さん落ち着いて、ただの仮説だから。そうだよね一宮さん」と言いながら必死で口添えをする。

 だがその穏便に済まそうとする座間隼人の努力を無視するかのように、背島涼太が荒々しい口調で口を出す。


「じゃ何か、犯人はこの中にいるとでも言いたいのか。そんな馬鹿なことがある訳がないだろう。仲間を疑うなんて馬鹿げているぜ。俺もいろいろと先輩達には酷い目にあってはいるが、流石に殺そうとまでは思わないぜ。勿論ここにいる東山や座間だってそうだぜ!」


「そんなのはまだ分からないじゃ無いですか。私はただ客観的に見て物事を言っているだけですよ」


 東山・座間・杉田・背島の四人の睨みに怯む事無く、先輩達を睨みつける一宮茜の一本気な性格に、勘太郎は頭が下がる思いだが、思わず両手で胃の辺りを押さえながら顔を顰める。

 何故なら勘太郎曰く、こんな胃が痛くなる用なシチュエーションはとてもじゃないが耐えられないと思ったからだ。


 そんな勘太郎の不安とは別に一宮茜とその他の部員達が己の無実を賭けながらお互いに腹の探り合いが始まろうとしたその時、大きな声を上げながら夏目さゆりが話に割って入る。


「みんな何を考えているの、この中に犯人なんている訳がないじゃない。みんなもっと冷静になってよ」


「夏目先輩!」


「ここは現役の刑事さんでもある赤城先輩に全てをお任せしましょう。いいわね、みんな。それと一宮さんも」


 その言葉に東山・座間・杉田・背島・一宮の五人は、素直に「分かりました」と言葉を合わせながらいつの間にか傍まで来ていた赤城文子をマジマジと見る。


「ええ、任せて頂戴。ここからは私達の仕事だから」


 鬼気迫る見えざる事件に遭遇した事を確信した赤城文子は、真剣な眼差しと優しい言葉で不安がるミステリー同好会の部員達を落ち着かせる。その姿はいつも殺人現場で見る勇敢な一人の女刑事、赤城文子刑事の姿だった。


「矢の話はここまでよ。この矢の事は私達が調べて見るから、貴方たちは通常道理に二十三時から行うと言っていた明日のイベントのミーティングをして下さい。いいわね」


「でも私、この謎を調べたいと言うか……ボウガン男の正体を解き明かしたいんです!」


 赤城文子刑事の言葉に意見するかのように、なぜかやる気満々の一宮がしつこく食い下がる。だがそんな一宮茜の申し出を赤城文子刑事は直ぐに断る。


「私はこれでも警視庁捜査一課の刑事よ。そしてこの二人は今この場でもっとも頼りになる凄腕の白黒探偵と呼ばれている人達だから多分……大丈夫よ。だから私達に任せて頂戴。この事件でもしあなたに何かあったら取り返しの付かないことになるかも知れない。だからこそ素人の……しかもまだ学生のあなたをこの事件に関わらせる訳には行かないわ」


(あ、今『凄腕の探偵』と持ち上げておいて、なんだ今の『多分……』と言う微妙な間は、本当は物凄く不安なんだろう)と思いながら勘太郎は思わず赤城文子に向けて心の中で大きく叫ぶ。


 そんな勘太郎の思いなどは知ってか知らずか。力強く、そして優しく言う赤城文子刑事の言葉に諦めがついたのか、一宮茜は「白黒探偵? なんだかそんなに凄そうには見えないんですけど……でもまあ、分かりました。では赤城先輩、後の事はよろしくお願いしますね。夏目先輩、私は先に部屋へ戻りますので、十五分後またここに来ますね」と少し毒舌を吐きながら食堂を出て行く。


 部屋に戻った一宮茜と入れ代わる形で、厨房にいた管理人の山野辺が「一体何があったんですか?」と不思議そうな顔をしながらいそいそと食堂に入ってくる。

 その山野辺が赤城文子刑事から事の事情を聞いた瞬間、山野辺の顔はみるみると恐怖に包まれて行き真剣な顔へと変わる。


「まさかそんな事が起きていただなんて、知りませんでした。分かりました、もう一度隅々まで各部屋を調べたいと思います」


 管理人と言う職務を守るかの用に山野辺は(武器のつもりなのか)手に持ったフライパンを揺らしながら食堂を出て行く。

 どうやら山野辺は再度各部屋の再点検をするつもりのようだ。


 その山野辺の話を聞いた赤城文子刑事は「ちょっと待ちなさい。一人だと危険だわ。私もついて行くわ!」と言いながら山野辺の後を急いで付いて行く。どうやら刑事として山野辺を一人で行かせる訳には行かないと思ったようだ。


「もうすぐ二十三時だしな、じゃ俺もそろそろ寝るかな。今のでかなり酔いが覚めた様な気がするが、また眠くなって来てしまったぜ。東山、俺を部屋まで送っていってくれないか。なあ~頼むよ」


 下心を隠す素振りも無くいやらしく言う堀下たけしに、東山まゆ子は顔を引きつらせながら「いいえ、私はちょっと……」と言いながら言葉を詰まらせる。


 そんな東山まゆ子の心の隙を突くかのように下品な笑みを浮かべた堀下たけしは、甘える用な気持ち悪い声で嫌らしく迫る。


「何だよ、先輩の頼みが聞けないとでも言うのかよ。なあ~東山よおぉぉ!」


 このまま強引に勢いに任せて東山まゆ子を連れて行こうとする堀下たけしの強引な態度を見かねたのか、座間隼人がすかさず二人の間に割って入る。


「じ、じゃ~代わりに僕が送って行って差し上げますよ、堀下先輩。男手の力の方が堀下先輩の体を支えるには絶対にいいですからね」


 ありったけの勇気を絞り出したのか座間隼人の情けなくも必死な笑顔に、堀下たけしはつい笑いが口からこぼれる。


「ククククッまあ、いいか。今日はなんだか異常に眠いし、東山を物にするのは明日のお楽しみにするかな。座間……今日は許してやるが、明日の夜に同じように邪魔をしたら本気でぶっ殺すからな、いいな。いい加減に空気を読めよ!」


 冗談で言っているのか本音で言っているのかは分からないが今確実に言える事は、東山まゆ子と堀下たけしからは絶対に目を離してはいけないと言う事だ。

 今までの状況から推察するに、この堀下たけしと言う男は東山まゆ子に何か良からぬ事をする可能性がある人物だと思われるので、勘太郎は東山まゆ子と堀下たけしに注意を払いながら陰ながら東山まゆ子を守る事にしたようだ。


 勘太郎の勝手な推測では、先輩の頼みを断れない座間隼人を使って東山まゆ子をこの合宿に無理矢理に参加をさせたのだと軽く推察する。

 その目的は当然この合宿を利用して東山まゆ子に夜這いをかける為だ。今までの状況からその可能性を結論付けた勘太郎は、堀下たけしのこれからの動向に注意を払いながらその行動を静かに見守る。


 勿論この事は友達でもある畑上孝介も当然知る所だろう。どうやら彼は知らん顔を決め込んでいるだけでは無くいろいろと陰ながらに堀下たけしが持ち込んだいろんな悪さに協力をしているようなので、こちらも充分に注意が必要のようだ。


 因みにこの情報は勘太郎がお風呂場で男共の話からかき集めてつなげて、そして推察した情報である事は言うまでも無い。なので確証は何も無いのだが、勘太郎は自分の探偵としての勘を信じることにしたようだ。


 そんな事を勘太郎が考えていると「じゃ途中まで頼むわ」と言いながら、座間隼人に連れられて堀下たけしが自分の部屋へと帰っていく。

 先に堀下が部屋へ帰って行く中、その姿を遠目で見ていた畑上孝介が周りをキョロキョロと探しながら何やら焦り出す。

 だが程なくして探している物が見つかると、畑上孝介は下に落ちている代物を見ながらフラフラと腰を下ろし大きくしゃがみ込む。


「俺の……携帯電話、テーブルの下に落ちていたのか。だがいつの間に下に落ちてしまったんだ。さっき探した時には無いと思っていたんだが、眠いし……かなり酔っているから、見落としたのかな」


 そんな独り言を口にしながら畑上孝介はテーブルの下に落ちていた自分の青いタッチパネル型のスマートフォンを持ち上げると、それを浴衣の袖口の中に入れ、フラフラと立ち上がる。


「じゃ俺もそろそろ寝るかな。まあ後は好きにやってくれ。俺、もう部屋へ戻るから」


「なんだかかなり酔いが回っているみたいですわね。お部屋の前まで送って行きましょうか」


「いや、一人で大丈夫だ。そんな事よりだ、ボウガンを仕掛けた奴がどうやら本当にいるみたいだから、そっちの方が心配だぜ。そいつが一体何の目的でこんな事をしているのかは分からんがな。どうせ恨まれているのは堀下たけしの方だろうから、俺にそのとばっちりが来るのはいい迷惑だぜ!」


 そう言いながら畑上孝介は周りにいるミステリー同好会の部員達、一人一人にその疑いの目を向ける。


「まさか私達を疑っているんですか」


「いいや別にそうは言ってはいないが、あのボウガンの仕掛けはやろうと思えば誰にでも出来る仕掛けだからな。そう考えるのならここにいるみんなにもその可能性は十分にあると言う事だ」


 この中に犯人がいるかも知れないと考えた畑上孝介は、ビールの水滴が落ちている周りのテーブルをお絞りで丹念に拭き直す。

 どうやら不安を抱えた畑上孝介は目の前に落ちている水滴が気になって気になって仕方が無い用だ。

 そうすることで潔癖症気味の畑上は、不安とストレスを誤魔化そうとしているのだろう。

 そんな畑上孝介に夏目さゆりが、真剣な顔でハッキリと言う。


「私はこの矢は部外者による者の犯行だと思います。でも、もしここにいる誰かの悪質な悪戯だったのだとしたら、その罪は厳しく処断されなけねばなりません」


 考え深げな顔をしながら手を差し伸べた夏目さゆりの気遣いを畑上孝介は「いや、いい、一人で部屋に戻るよ」と断り、一人でフラフラと食堂を後にする。

 その後ろ姿を黒鉄勘太郎・羊野瞑子・夏目さゆり・東山まゆ子・背島涼太・杉田真琴・の六人は、ただ静かに見つめるのだった。



「……。」



 時刻は二十三時丁度。


「それでは明日の夜の二十一時に行われる朗読会の打合せを始めたいと思います。東山さん、作って来てくれた資料をみんなに配って下さい!」


 てきぱきと話を進めながら夏目さゆりはテンポ良く明日の説明をしていく。


 時刻はあっと言う間に二十三時となり、再び食堂に集まったミステリー同好会の部員達は、食堂の広間を貸し切り、明日の二十一時に行われると言う朗読会の打合せをする為皆で話し合いをする。

 だがそこにOBの堀下たけしと畑上孝介の姿は何処にも無く、皆心なしかほっとしているようだ。

 どうやら堀下たけしと畑上孝介はアルコールを飲み過ぎて悪酔いをしたせいか自室に閉じこもり、その後出て来る様子が全く見られないとの事だ。


 流石に二人とも酒を飲み過ぎたせいか「もう寝る」と豪語をしていたので、恐らくはこのまま朝まで起きては来ないだろうと勘太郎は軽く推察する。


 そんなみんなの状況を踏まえながら勘太郎と羊野は独自にペンション内のあらゆる所を丹念に調べ始める。


 その一時間後、ペンション内の見回りを終えた赤城文子と山野辺が食堂へと帰ってくる。どうやら管理人の山野辺は赤城文子と一通りペンション内を調べた後で「そろそろ食堂の食器の後片付けに戻らねばなりません」と言い出した山野辺に従って戻ってきた用だ。

 その後、駆け付けた赤城文子刑事と直ぐに合流をした勘太郎と羊野は、丹念に各部屋の鍵の施錠を確認したが、皆完璧に窓やドアは施錠されており特に変わった所は何も無かった。


「やはり誰もいませんね。赤城先輩」


「ええ、そうね。ちゃんと全ての部屋の施錠は確認済み出し、人が何処かに隠れている形跡も無いみたいね。あのボウガンを持つ犯人は一体何処に隠れているのかしら?」


 そう呟きながらペンション内の見回りを続けること、更に約一時間。


 十一月の合宿二日目。


 時刻が深夜の一時を過ぎた頃。夏目さゆりの一声でミステリー同好会の部員達が皆一斉に解散の準備をする。


「皆さん、今日はお疲れ様でした。もう夜も遅いし、そろそろこの辺で解散したいと思います。皆さん明日は早いので、夜更かしはしない用に」


「どうやら向こうは終わったみたいね。はあ~、仕方がないわね。じゃそろそろ私達も一旦部屋に戻りますか。皆さんが各部屋で就寝している時に私達がペンション内を世話しなく動き回るのは流石に悪いからね。そんな訳で勘太郎、羊野さん、行くわよ」


「わ、分かりました。赤城先輩!」


 夏目の解散の声と同時に勘太郎と羊野・そして赤城文子刑事の三人は、何の進展も無いまま、仕方なく各部屋へと戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る