第6章 『不条理の矢』 大雨の日に訪れたペンションで繰り広げられるボウガンを持つ謎の人物の脅威が勘太郎達に迫る。矢を使ったトリックで迫る謎の暗殺者との推理対決です。

第6章 『暗躍する、死を売る商売人』    全25話。その1。

     『不条理の矢』



         一 暗躍する、死を売る商売人。



 時刻は夜の二十一時〇七分。


 トゥルルルー、トゥルルルーッ!


「中々電話にでませんね。これから注意事項や最後の確認をしたいと思っていますのに」


 分厚い書物や機材類が所狭しと置かれてある部屋の中は蛍光灯の明かりがついていないせいかとても薄暗く、机の一箇所だけに置かれている蛍光スタンドの光だけが唯一の明かりとなる。


 そんな化学系の実験室のような部屋の中で椅子に座るその白衣の女性は、スマートフォンを片手で持ちながら電話の相手を頻りに呼び出す。


 だが数十秒もの呼び出しにも関わらず一向に相手は電話に出る気配は無く、少し困惑気味のその白衣の女性は白い覆面の上から掛けてある黒縁のまん丸眼鏡を手で直しながら粘り強くその電話に出るはずの相手を待つ。


 ひたすらに電話の相手を待つその白衣の女性はまるでその素顔を隠すかのように顔には白い覆面を被っているのだが、その白い覆面の絵柄には矢のマークが綺麗に縫い込まれており、その覆面から覗く両目の辺りには大きな黒縁のまん丸眼鏡が彼女のトレードマークのようにその存在感を見せつける。


 顔を隠してあるせいか流石に彼女の容姿は分からないがその華奢な体つきや声の質からして、おそらく年齢は二十代前半の女性である事が想像される。

 そんな謎多き白衣の女性の電話に、今回話すべき相手でもある闇の依頼人が電話に出る。


 ガチャリ。


「あ、もしもし、やっとつながりましたね。あなたが私共の先生が売り出している殺人マニュアルの教材を今回買って下さった闇の依頼人……つまりはお客様ですね」


 覆面の頭部から伸びるポニーテールを揺らしながら話すその白衣の女性の問いに、電話の向こう側にいる闇の依頼人は返事で答える。


「……。」


「申し遅れました。私はその先生の助手を務めさせていただいております先生の一番弟子を名乗る、弟子一号と申す者です、どうぞお見知りおきを。今日は日々忙しい先生に代わり、今回お客様が買って頂いた殺人計画マニュアル格安版の最終計画の打ち合わせとその確認をする為に電話を差し上げた次第です。今回ウチの先生からその教材を買うにあたり、どうやって先生に行きついたのですか?」


 いつ・どこで・だれが・だれと・何時何分に・何の目的でと細かく聞かれ、その問いに闇の依頼人は数日前にパソコンで行ったやり取りの事を話す。


「……。」


「なるほど、そうですか。パソコンのネットワークを返してダークウエーブから先生の闇のサイトに行き当たったのですね。あ、でも私共の先生の説明を聞いてその上で教材を買われて見て分かったとは思いますが、ウチの先生は矢による殺人トリックでしか相手を殺さないというルールを設けている崇高な精神を持つ変わり者です。もしも他の手段による殺害方法がお望みなら他の人を紹介すると言う手段もあるのですが、この殺害方法でよろしいですか?」


 改めて殺害方法を聞かれ、闇の依頼人はその矢による殺人トリックで充分だと答える。


「……。」


「はい、ありがとうございます。では今回お客様が殺したい相手やその動機は資料にまとめさせて貰いましたが、そんなお客様が無理なく実行できるようにと今回先生が考えた殺人トリックをお客様がご自身の手で自ら実行されるとの事ですが、本当に大丈夫なのですか。いえね、もし自分で犯行を行うのが不安ならウチの先生を暗殺者……いいえ、私共の言う所の狂人としてターゲットがいるその現場に直接派遣させる事も可能ですが、どうでしょうか。先生は他の狂人達と違って、完璧に誇りを持ってお仕事に当たると思いますので、そちらの方がより安心かと思うのですが」


 なんだかうれしそうに話す白衣の女性はその先生と呼んでいる人物の自慢話を頻りにするが、闇の依頼人は少し残念そうな雰囲気を漂わせながら少しむっとした声を上げる。


「……。」


「え、先生を直接雇うだけのお金が無いですって……だからこそ格安の矢のトリックを使った殺人計画マニュアルの教材を買われて、お客様がそのマニュアル通りに犯罪を実行すると言う訳ですか。そ、それは大変失礼しました。先生を雇えるだけのお金が無いのなら仕方がありませんよね。ウチの先生が作った殺人計画マニュアルのトリックを使って是非とも相手に復讐をし、その計画を成功させて下さい。お客様の目的の達成を心の底から祈っています」


 申し訳なさそうに話す白衣の女性に励ましの言葉を貰ったその闇の依頼人は、少しうれしそうに返事を返す。


「……。」


「あ、分かっているとは思いますがお客様がこの教材を買われて前金でお振り込みをした瞬間、先生の闇のサイトで交わした文章でのやり取りの内容や、この電話番号は私共の安全の為にも消滅をさせて貰いますので、もう二度と私共と連絡を取る手段はありません。ですのでここからはその殺人計画が成功しようが失敗しようがそれは全てお客様の自己責任となりますのでそこはご了承下さい。」


 もう彼らとは一切連絡が出来ないことがわかり、闇の依頼人は改めて覚悟を決める。


「……。」


「はい、先生の考えたシナリオが滞りなく上手く行って、その後お客様が仕掛けるトリックがなんのトラブルも無くスムーズに成功なさるといいですね。そのお客様のターゲットを殺したい動機が書かれてある資料を私も拝見させて貰いましたが、勿論私も女性として同じ気持ちなので、その鬼畜共に復讐できるように陰ながら応援しています」


 応援の言葉を贈る白衣の女性の声を聞いた闇の依頼人は、激しいやる気を見せながら殺しのターゲットに言い知れぬ殺意があることを再度確認する。


「……。」


「大丈夫です。先生の緻密に計算尽くされたトリックを信じて下さい。先生が考えに考え抜いた完全無欠のトリックは絶対に完璧です。でもまあ、あなたがこのトリックを正しく使いこなせればの話ですがね。当然の事ですが、思わぬ出来事や突発的な状況の変更には私共は何もできません。よって現場では貴方自身の考えで全てを決断し行動しなくてはいけませんので、そこを上手くやらないとあなたの目的は必ず失敗に終わります。ですのでくれぐれも殺人計画マニュアルの取り扱いには充分に注意をして下さい!」


 白衣の女性のその最後の警告に、闇の依頼人は感謝の言葉で返す。


「……。」


「ええ、わかりました。ではご武運を祈っています!」


 ピッ。


 そう言うと覆面を被った謎の白衣の女性は静かにスマートフォンの通話を切ると「先生、遅いな。一体どこで油を売っているのかしら」と言いながら小さく溜息をつくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る