第3話 『棒術の修業をする修行僧達』   全29話。その16。


            3


 時刻は十四時五十分。


「そうだ、その調子だ。有田修行僧。十分に距離を取って早見修行僧を追い詰めるんだ!」


 最上階から一段下にある地下には体育館のような大きなフロアが存在する。そのフロアを信者達は厳しい修行を行う場、修行フロアと呼んでいたが、その敷地内で二人の修行僧が互いに長い木の棒を構えながら戦闘態勢を取る。


 緊張した面持ちで相手との間合いを取る有田修行僧に対し、早見修行僧は両手に持った木の棒をダラリと下げながらまるで獣のような身のこなしで相手に迫る。

 その怒濤の接近にたまらず木の棒を振り上げた有田道雄修行僧はその振り上げた木の棒をそのまま早見時彦修行僧に振り下ろすが、その一撃を俊敏な動きで交わした早見修行僧は持っている木の棒を有田修行僧に突きつける。


「それまで! 早見時彦修行僧の勝ちだ」と言う高田傲蔵和尚の声が辺りに響く。


 体育館にはお互いに健闘を称え合う有田修行僧と早見修行僧だけではなく、端にいる高田傲蔵和尚と春ノ瀬達郎修行僧の姿もあった。

 その周りにいる他の信者達の話の断片から察するにどうやら彼らは棒術の練習にいそしんでいるようだったが、そんな彼らの輪の中に勘太郎と羊野が堂々と姿を現す。


「いや~っ、お二人共に見事な物ですね。正直驚きましたよ。これが本当の棒術という物ですか。そう言えば昨夜俺達を襲った天馬様を語る馬人間もあなた達と同じような棒術を使う有段者の様です。そう考えたらやはり俺達の前に姿を現した天馬様を名乗る馬人間は、この天馬寺内にいるのかな?」


 出会ってそうそう最初に言葉のジャブを噛ました勘太郎の軽い挨拶に、高田傲蔵和尚が高笑いをしながら勘太郎と羊野を見る。


「カカカカカカーッ! おや、あなた方は昨日春ノ瀬達郎修行僧の娘さんと共に天馬寺に来ていたお二人ではないか。男の方は確か黒鉄とか名乗っていたが、あんたは本当は市の職員ではないだろう。そこにいる可笑しな格好をした羊人間の女探偵と同じ穴の狢だな。そうだろう探偵さん。市の職員だと偽ってここに来ているあんたの事やそこにいる羊の姉ちゃんが余りにも怪しすぎたから、その羊の姉ちゃんが所属している探偵事務所の事を少し調べさせて貰ったよ。だからあんたのことも分かったんだよ。警察のコネでいつも不可思議な謎の事件ばかりを主に取り扱う探偵。人呼んで……白い羊と黒鉄の探偵。同じ探偵の同業者からは皮肉を込めてそう呼ばれているそうじゃないか。良くも悪くもいろいろと問題のある探偵事務所とも聞いているぞ」


 その身も蓋もない台詞に一瞬勘太郎はひるんだが、隣にいる羊野に促され、昨日から馬のマスクを被った狂人とその仲間に付け狙われている事や、その仲間の一人だと分かった天馬寺被害者の会の事務所に事務のバイトとして働いていた原田げんの事について高田傲蔵和尚を問い質す。


「高田傲蔵和尚、今現在、警察がこの天馬寺に家宅捜査に来ているのにこんな所で時間を費やして随分と余裕じゃないですか。天馬様が操る天空落下トリックが絶対に見破られないと言う自信の現れですか」


「お前がなにを言っているのかは知らんが、特に後ろめたいことは何も無いのだから何も焦る心配はないじゃろう。何せ天馬様の奇跡の数々は全て本当のことなのだからのう」


「本当の事ですか。ならあの俺達の前に姿を現した馬人間は天馬寺の関係者ではないのですか。その者達は神の奇跡と称して昨夜はもう既に四人もの人が天空落下トリックで殺害されているのですよ」


「馬人間……人を殺害……一体何の事だ。馬人間などこの天馬寺には一人もおらんぞい。ワシが予言する奇跡の数々に便乗したただの愉快犯か何かじゃないのか」


「しらばっくれるんじゃない。あの馬人間には既に三度も遭遇してるし、しかも我らが依頼人でもある春ノ瀬桃花は命だって狙われているんだぞ。更にはご丁寧にここの信者達だってその犯行を実行する部下として使われているじゃないか!」


「その馬人間や謎の部下達が、我が天馬寺の信者達だと言う証拠が一体何処にあるんだよ。もしかしたら偽りの天馬様を名乗るただの頭の可笑しなクレイジーな集団かも知れないじゃないか!」


「その天馬様を名乗る馬人間が関わっていた天空落下トリックの殺人に間接的に関わっていた、あの原田げんの事を忘れたとは言わせないぞ! 彼は天馬様が操る天空落下トリックで死んだ被害者達の死亡推定時刻を誤魔化す為に敢えて嘘を言っていたんだぞ。そしてこの原田げんなる人物は、二年前は実はバリバリの天馬様を崇める熱狂的な天馬寺の信者であった事はもうとっくの昔に調べがついているんだ。だとしたらこの原田げんに命令をくだしていた人物は貴方を置いて他にはいないだろう。その事はどう取り繕うつもりですか!」


「いちいちたかが一人の元信者の事をこのワシが知る訳がないだろう。きっとその元信者とか言う人物は過激な思想と妄想を持った人物だったのだろうよ。天馬様の奇跡の数々にあやかって起こした模倣犯的な元信者なのかも知れないな。まあ、いずれにせよ、ワシらはその原田げんなる人物とはなんの関係もないがのう」


「原田げんが意識を回復すれば全てが分かるんだぞ。そうなればもうあんたは言い逃れはできない。それに昨夜に空から落とされて亡くなったその四人の被害者達は、昨日この天馬寺を訪れていた天馬寺被害者の会の団体の人達ですよね。その者達が昨夜の内に四人も亡くなっている。原田げんの証言では、昨日ここに来た山本拓也会長が貴方に天空落下トリックの証拠を掴んだと言って脅しを掛けていたそうですが、その事で焦りを感じた貴方は山本さん達四人の存在を邪魔だと感じて、彼らの殺害を実行したのではないのですか。そしてそのついでに俺達がかくまっていた春ノ瀬桃花を殺害……もしくは誘拐して天馬寺に連れ帰る為に再び俺達の前にその姿を現した。だが俺達の思わぬ抵抗と反撃に仕方なくあなた方は撤退を余儀なくされる結果となってしまった。そうですよね」


「妄想だけで話を進めるのはやめてもらいたいな。その原田げんなる人物が我々に濡れ衣を着せる為に敢えてその様な嘘の証言をしていたかも知れないじゃないか。その証言はその原田げんなる人物の一人よがりの話だけでその明確な証拠などは何処にも無いのだからのう。それに仮に……仮にだ。その被害者の会とやらの山本拓也会長がワシらの嘘を暴いたとしても、それだけの理由でわしらは人殺しなどせんよ。それだけの理由でいちいち人間を殺害していたら流石にリスクがでかすぎるだろう!」


「天馬様の奇跡の謎を一番知られたくないあんたがよく言うぜ。天馬様のトリックの謎を暴かれると言う事は即ち貴方の全ての地位や名誉や財産を失う事だけではなく、その今までに起きた人殺しの罪も全て被る事になるかも知れないのだから、それはその秘密を知っているかも知れない者の口は嫌でも封じたくなる事だろうぜ」


 厳しい顔で迫る勘太郎の指摘に、高田傲蔵和尚は如何にもとぼけた顔で話を返す。


「ふ、もしかしたらその馬の格好をした馬人間やその協力者でもある原田げんなる人物は、このワシや天馬寺の関係者達を有りもしない嘘で陥れる為に敢えてついた嘘なのかも知れんぞ。そう考えるのならワシらの方が被害者なのかもしれんな。ハハハッ、これだから神の奇跡を解く伝達者は辛い!」


「そんなでまかせがまかり通るとでも思っているのか。ちゃんと証拠は上がっているんだぞ!」


「ならその証拠とやらをこのワシに見せて貰おうじゃないか。そんな証拠など、何処にも無い癖に分かった風なことなど言う物ではないぞい! その馬人間とはこの天馬寺から離れた外で出会ったようだが、天馬様を名乗る馬人間とこのワシとが繋がっているという明確な証拠が本当にあるのなら早くこのワシに見せてみろい。その証拠となる物がないからこそお前達はここに家宅捜査に来たのではないのかね。まあそんな証拠など初めからないから探すだけ無駄なのだがのう」


 あくまでも自分達の関与を否定する高田傲蔵和尚に勘太郎が地団駄を踏んでいると、隣にいた羊野が代わりに話出す。


「まあ、黒鉄さんに高田傲蔵和尚もそんなに熱くならないで下さい。まだ警察の家宅捜索は始まったばかりなのですから。まだ彼らを犯人だと決めつけるのは早計かも知れませんよ」


「だけど、お前、今回の天馬様とか言う神様が関わる天空落下事件はどう考えてもこの天馬寺の関係者の中に犯人がいることは確実じゃないか。その証拠にあの円卓の星座の狂人が誰はばかる事無く堂々と俺達の前にその姿を現している。これはもう完全に警察や俺達のことを舐めきっているとしか思えない行動だぞ!」


「ならその疑惑を証明する為にも私達がこれからする事は一つですわ」


 勘太郎にそう言い聞かすと羊野は高田傲蔵和尚に笑顔を向けながらあることをお願いする。


「高田傲蔵和尚、このままではあなた方の疑いは永遠に晴れないので、ここからはあなた方一人一人に昨夜は何処にいたのかを質問させて下さいな」


「つまり、あんたは俺達のアリバイを調べる為にも職務質問をしたいと言う事か。だがわしらは皆この天馬寺の中に四六時中いるんだぞ。その厳しい掟により誰も外には出れんよ。もし出たら周りにいる誰かが必ず見ているだろうからな」


「ええ、そうですわね。でもそれはあくまでもその外出禁止のルールを皆が守ってたらの話ですよね。その修行の為に長時間一人になることも当然あるでしょうし。更にはその目的を共有した仲間が何人もいればこの天馬寺から抜け出す事は容易になるでしょうからね」


 如何にも相手の話を聞き出して、そこから相手の矛盾点をついてやろうと言う羊野の思惑が透けて見える。それだけ羊野はこの天馬寺にいる信者達を疑っているのだ。

 その意気込みに露骨に嫌な顔をする高田傲蔵和尚はその取り調べの順番を聞き返す。


「お前の願いは分かった。勿論我々の中には天馬様を名乗る犯罪者は当然一人もいないだろうから、我々がその取り調べを断る理由は何処にも無いのだが。その取り調べをする順番は一体どうするんだ。言うまでもないが、この天馬寺の中には信者達が何百人といるのだぞ。とてもじゃないが全ての信者を調べてたら例え一週間掛けても終わりはしないぞ」


「いえいえ、調べるのはここにいる数人だけですわ。私が探しているのはお馬の狂人だけでその取り巻きの部下達は正直どうでもいいのですよ」


「なぜだね。その部下達から探り当てる事が出来れば、自ずと芋ずる式にその馬人間までたどり着けるかも知れないじゃないか」


「それは恐らくはないでしょうね。あの馬人間がその他の部下達に自分の正体を言っているとは思えませんから。恐らく馬人間は、こう劇を飛ばしたはずです。『信者達よ、聞け! たった今高田傲蔵和尚に天馬様からの神の提示があった。選ばれし信者達よ、天馬様はこの欲望と悪意だらけの世の中に大変お怒りである。そのお怒りを鎮める為にも今すぐにこのワシに続け! ワシこそが高田傲蔵和尚に任命された天馬様の代理である。今から我々に仇なす不届き者達に神の天罰を与えに行くぞ!』とか言って盲目的な信者達を上手く手玉に取って先導したのだと思いますよ。でも彼らは馬人間の正体を知りませんから、一般の信者達を調べるのはやめて、今ここにいる高田傲蔵和尚や修行僧と呼ばれる特別な信者達だけを主に取り調べたいと思います」


 まるでその光景を見ていたかのように話す羊野に対し高田傲蔵和尚は怪訝な表情を浮かべていたが、その取り調べの要求に敢えて応える。


「ワシはともかくとして、何故修行僧達もなのかね?」


「この天馬寺の中にいる修行僧と呼ばれる者達は一般の信者達とは違い指導的立場の人が多いです。その数は十数人しかいないとの事ですが、その中でも棒術を使えて、しかもあの馬人間と同じくらいに上手い棒術使いはもう数える程しかいないと思った物ですからね」


「だからここにいる修行僧達と言う訳か。確かに棒術を使える修行僧はここにいるこのワシと・早見時彦修行僧・有田道雄修行僧・そしてワシの隣にいる春ノ瀬達郎修行僧もそうだからのう」


「それに他の一般の信者達は皆十八時以降は外には決して出れず。各宿舎のフロアで皆グループとなって修行に明け暮れていると聞きましたからね。恐らくどこぞの誰かに外出を見られるかも知れないと言う集団的リスクが……つまりは疑心暗鬼が各信者達の間に働くのですよ。なのでもしその馬人間がこの中から敢えて信者達を動かせたのだとしたら、まとまっているその一つのグループ自体が皆その犯行に加わっているという事が考えられますね。その方が秘密を共有している仲間としての使命感も働きますし、例え警察にその日のアリバイを聞かれても皆口裏を合わせる事が出来ますからね」


「つまりはお前も我々のことは全く信じてはいないと言う事か」


「人を疑う事は探偵のお仕事の一つですからね」


 そう言うと羊野は白銀に輝く長い髪を片手で掻き上げながら悪戯っぽく笑う。


「まあ、いいだろう。では早く始めてはくれないかね。本来ならその取り調べの為に割く時間など何処にも無いのだからな」


 そう言うと高田傲蔵和尚は取り調べの場を提供する為、勘太郎と羊野を頂上にある天馬寺へと連れて行くのだった。

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