第3話 『白黒探偵、倉庫1階に到着する』 全29話。その15。


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 救急車で急遽運ばれた原田げんを見送った勘太郎・羊野・春ノ瀬桃花の三人は駆けつけた長野県警の警察菅に原田げんの現状を伝え、その後直ぐに諏訪町の中にある天馬寺へと駈け戻る。

 幸いな事に毒を飲んだ事に早く気付く事が出来たので原田げんは何とか一命を取り留める事が出来たようだが、当然のごとくまだ言葉を交わせる状態ではない為、今は原田げんの証言から高田傲蔵和尚の悪事を暴く事は出来ない。



 時刻は十四時二十分。奮起しながら川口警部が令状をひっさげて長野県警と共同で天馬寺へと乗り込む。

 これまでに起きた数々の天空落下事件の証拠を掴む為、ついに上の上層部は天馬寺への家宅捜索に踏み切った用だ。勿論その家宅捜索には黒鉄勘太郎と羊野瞑子も特別に中に入る事が許されていた。

 円卓の星座の狂人絡みの事件なので当然と言えば当然なのだが、その割には円卓の星座の方からは今の所何も言ってきていないのが妙に気に掛かる。

 勘太郎は円卓の星座の関与を疑いながらも、その無反応差に寧ろ不気味差すら感じてしまう。


 曲がりなりにも組織の構成員でもある、狂人・強欲なる天馬のアジトが警察に家宅捜索を受けているのだから、いつものように警察の出入りを規制するなどして狂人ゲームのルールを盾に俺たちに挑戦して来ても別に可笑しくはないのだが、なぜか円卓の星座の声明は今はまだ届いてはいない様だ。

 そんな事を考えながら天馬寺方面に行く川口警部達と別れた勘太郎は、後ろに着いてくる羊野と共に、この山の真下にあるとされる、広く長い通路が連なるトンネルの一番奥まで来ていた。


 ここで働く信者達の話によれば、このトンネルは山の頂上にある天馬寺に必要な生活物資を運ぶ為に作られた東側に入り口があるトンネルとの事だが。運送用のトラックが横並びに2台も入れるくらいに大きなそのトンネルの置くにはちょっとした荷材場があり。そこから南の通路を渡った先には荷物を上に運ぶ為に作られた荷物用のエレベーターが小さな機械音を鳴らしながら慌ただしく上下を繰り返している。

 そのエレベーターから運ばれる生活用の物資は230メートルもある高い山の頂上に建つ天馬寺へと運ばれているとの事なので、勘太郎は物資の量と山の上に住む信者達の多さに改めて度肝を抜かされていた。


 そんな信者達の生命線とも言える貴重な物資は運搬の仕事を命じられた信者達が毎日運んでいるとの事なので、もしも天馬寺から下におりたいのならこのエレベーターを使って下に降りるのが一番手っ取り早いだろう。だが、このエレベーターを起動させる鍵は高田傲蔵和尚本人が絶えず持っているとの事なので、荷物の運搬作業の仕事を与えられた信者は高田傲蔵和尚に直接鍵を借りにこなけねばならないと言うのがここのルールだ。そうなるとそこには当然見張りもいるので、このエレベーターを使って逃げ出すことは先ず容易ではないだろう。

 そんな事を思いながら勘太郎と羊野は闇を照らす蛍光灯の光に導かれながら、目の前にある一台の荷物用のエレベーターに注目する。


 そのエレベーターはどうやらかなり古く。一昔前にあった手動式のエレベーターだった。


「しかしやけに古いエレベーターだな。勿論ちゃんと業者に頼んで点検してるんだよな?」


「恐らくはしていると思いますよ。こういうレトロなのも風情があっていいじゃないですか。そんな事よりです。何故春ノ瀬桃花さんを置いてきたのですか。またいつ強欲なる天馬が春ノ瀬桃花さんを襲うか分からないじゃないですか」


「確かに言いたいことは分かるが、これ以上俺達の捜査に彼女を同行させる訳には行かないじゃないか。それに天馬寺の関係者には決して分からないように長野県警のある宿舎に匿って貰っているから、これで彼女の身の安全は確保されたはずだ」


「果たしてそうでしょうか。もしもその長野県警の内部に天馬寺の信者が紛れ込んでいたら春ノ瀬桃花さんの居場所が瞬時にバレてしまうかも知れませんよ」


「お、お前、怖いことを言うなよ。その前に何としてでも俺達の手で、一刻も早くこの事件を解決へと導くんだ!」


「そうですわね。昨日、石階段中腹で会った、あの強欲なる天馬とも決着をつけないといけませんからね。それで黒鉄さんの考えでは、昨夜の二十四時三十分に公園の廃車の上に落ちて死亡した天馬寺被害者の会会長の山本拓也は天馬寺と地上を繋ぐこのエレベーターを使って犯人に死亡させられたのではないかとそう考えているようですが、もしよろしければその根拠と推理を聞かせて下さい」


「分かった。俺が考えに考えた推理を聞かせてやろうじゃないか」


 意気揚々と応えた勘太郎は自ら考えた推理を羊野に語り始める。


「ここ何日か前に廃工場の廃車の上に落ちて死亡したどこぞの大学教授のコメンテーターや、公園の隅にあった廃車の上に落ちて死亡した山本拓也会長はいずれも地面にではなく廃車や何かの遮蔽物の上に落ちて息絶えている。そしてそのいずれの死体もその場から動かした形跡がないと言うのなら、その落下した着地点その物を動かす意外に方法はないと言う事になる。だが死体を調べた鑑識の話では少なくとも標高が一〇〇メートル以上はある高さから落ちているとの事なので、この一~二時間で人を確実にあの廃車の上に落とせる場所はこの天馬寺以外にないと俺は思っている。何故ならこの天馬寺のある山は標高230メートルと言う十分な高さがあり、被害者達を狙いの場所に確実に落とす事が出来る場所があるからだ」


「死体の方では無く、落下地点その物を動かしたのではないかとお話したのは私が最初ですが、その殺害現場をこの天馬寺にある荷物用のエレベーターに焦点を合わせたのは悪くない発想だと思いますよ。でもこの諏訪町の周りには標高の高い山などいくらでもあるじゃないですか。なぜ敢えてこの天馬寺に設置してある荷物用のエレベーターに注目したのですか?」


「そんなのはお前もわかりきっている事だろう。天馬寺の山もそうだが、普通に標高一〇〇メートル以上ある高さの山の崖から人を落としたとしても狙った着地点には決して落ちないからだ。微妙な角度や突風の動きとかで物の着地点は高ければ高い程変えられてしまうからな。だがこの天馬寺に備え付けられてある荷物用のエレベーターから落ちたのならどうだろうか。高さも十分にあるし、エレベーターの中だから当然突風は無いのでその中に落とされた人間は真っ直ぐにエレベーターの真下へと落ちていくはずだ。そしてそのエレベーターの着地点にトラックの荷台か、フォークリフトに乗せられた廃車をエレベーターの中に突き入れる事が出来たならその廃車の上に人間を落とす事も不可能ではないのではないだろうか。これが俺が出した天空落下事件の真相だぜ」


 そう自信満々に言った勘太郎に羊野は大きな溜息で応える。


「はぁ~っ、それ真面目に言っているのですか。だとしたら大きな矛盾が生じますわ。先ず第一にトラックの荷台はバックで突っ込んでもエレベーターの入口の方が狭いのでボックスの中には入りませんし。フォークリフトの方は車を横向きで持ち上げる事は可能でしょうが、正面の縦向きでは持ち上げる事は難しいと思います。よしんば車を縦向きに持ち上げてエレベーターの中に入れる事が出来たとしても、そう都合良く廃車の屋根の上のど真ん中に人を落とす事は先ず出来ないと思いますよ。恐らく黒鉄さんの考えでは、エレベーターのボックスを最上階まで引き上げてから、その一つ下の修行僧フロア階から人を落とす事が出来ると思ったのでしょ。エレベーターの引き戸は手動式ですし、引き戸を開ける事が出来るのなら人自体をそこから落とす事は恐らく可能です」


「だったら……」


「ですが先程も言ったようにこのエレベーターの入口に後ろからバックで無理矢理入れ用としても、エレベーターの入口の横幅の方が狭いので車は当然入らないのですよ。よしんば車がエレベーターの中に入れて運良く廃車の屋根の上に人を落とす事が出来たとしても、その周りに飛び散った人の血は当然消すことは出来ませんわ。例えその返り血を綺麗に洗い流せたとしても、その後の警察のルミノール反応検査で直ぐに現場での犯行はバレてしまいますからね。でも恐らくは返り血の痕跡は出ないでしょう。私は人が上空から落とされたとされる犯行現場はこのエレベーターの内部ではないと思っていますから」


「じゃ~この一連の被害者達は一体どこから下に落とされているんだよ」

「この天空落下事件の犯行現場が天馬寺周辺の何処かにあると言う考えは黒鉄さんと何ら変わりはしませんが、人を突き落とした殺害現場が明らかに違うのですよ。でもそれを結論付けるにはまだまだこの天馬寺周辺や内部を調べないといけませんので今日の所は証拠集めに専念しましょう」


「まあ、それもそうだが、まだこの天馬様の天空落下トリックにはもう一つの謎があるだろう。それは車の上や遮蔽物に落ちた人間だけではなく、ちゃんと地面に直接落ちた人間も確かにいることだ。しかもその落ちてきた瞬間を見た目撃者もちゃんといるくらいだからな。俺達も昨日石階段中腹で人が空から落ちてくる瞬間を見たし、それ自体に嘘はないだろう」


「ええ、一つの事件、或いは現象で見たら、この天空落下事件は物凄く不可思議な超常現象のように見えますが、この殺害方法には二つの謎があるのだと思うのですよ。その二つの謎が合わさっているからこそ、この天空落下トリックは不可思議な神の奇跡として成立しています」


「つまり、この天空落下事件は、二つのトリックが使われていると言う事か」


「はい、まあそう言う事ですわ。一つの謎は車の上や何かの物の上に敢えて落ちている落下トリックを使った物です。恐らくはめぼしい現場から廃車や鉄の板などを選んでそれをトラックの荷台などに運び。トラックがこの天馬寺周辺の目的地に着いてから、その障害物の物の上に人間を落として殺害した物と思われます。そしてその人間を高い所から落とすのなら、人一人がやっとギリギリ入れるような小さな穴が適任だと思いますよ」


「人一人がやっと入れる様な穴だと。そんな穴がそう都合良くあの天馬寺周辺にある物かよ。エレベーターの内部の幅よりも狭くて、そして底が一〇〇メートル以上もある小さな穴なんて探しても先ずないだろう。しかもその真下には人が的確にその場所に落ちるように障害物を置いていないといけないんだぜ」


「でもその犯行現場さえ探し出す事が出来ればルミノール反応で天空落下現象の謎の一つを解明する事が出来るかも知れませんよ」


「それで、もう一つのトリックの謎は一体何なんだ? 昨日お前、空から落ちてきた瞬間を他者に目撃された被害者達は皆天馬寺にいる関係者が圧倒的に多いとか言っていたが、それと知らない内に地面へと落ちていた目撃されていない被害者達とは何か関係があるのか?」


「ええ、大いに関係ありですわ。空から落ちてきた瞬間を他者に目撃された被害者達は皆一つの特徴が見受けられますわ。空から落ちてきた瞬間を目撃された被害者達は皆ただ単に真上から落ちてきたのではなく、ある方角から放物線を描いて落ちてきた事が分かったのですよ。それは落下した人達の傷の跡や血の跡で分かりましたわ」


「放物線を描いて地上に落下して来ただと……確か昨日も同じような事を言っていたな。で、その方角ってまさか」


「ええ、いずれも皆天馬寺のある方角を向いていました」


 その調べ上げた結果を聞かされた勘太郎は、両手を組みながら大いに悩む。


「なんでそんな大事な事を今まで警察は気付かなかったんだ。鑑識や科捜研が調べていたら直ぐにわかった事だろう」


「飛行機のような物でそのまま空に運ばれ、そして落とされたか。或いは天馬寺から直接何か強力な力のある動力で人を飛ばしたのか。そこから導き出される推測は恐らくは警察も分かっていたはずです。ですが夜空には飛行機やハングライダーの類いの物は一つも飛んではいなかったとの証言を得ていますし、天馬様と言う怪しげな神様が起こすとされる不可思議な事例が人の恐怖心を煽り冷静な判断を鈍らせていたのかも知れませんよ」


「まあ、あの高田傲蔵和尚が絶えずメディアの力を借りて天馬様の祟りや奇跡の力を大々的にアピールしていたからな。その話を聞いてしかも何人もの人間が高田傲蔵和尚の予言通りに何も無い空から落とされていると言う現実を知ったら人の深層心理にもしかしたら刻まれて、これは天馬様に逆らった人間に対する天罰なのかも知れない……と思うかも知れないな」


「それにそもそも例え警察でも高田傲蔵和尚の許可無く天馬寺の中に入る事が出来なかったのですから、一体どんな方法を使い、人を自由に空から落としているのかは想像の域を出なかったのだと思いますよ」


「なら今日の家宅捜査で天空落下トリックの秘密がついに分かるかもしれないな」


「そう願いたいですわね。でもそこは強欲なる天馬も流石に考えているでしょうから、私達の出番が回ってくるかも知れませんよ。何せ私達は今、あの強欲なる天馬と偽りの狂人ゲームを繰り広げている真っ最中ですからね」


「流石の強欲なる天馬もこの誰も認めてはいない、俺達と強欲なる天馬とだけで勝手に決めた勝負事を、向こうから不意にする事は流石にないだろう。あの自尊心の強い強欲なる天馬の性格からして、受けた勝負を自分から破る事は狂人ゲームから逃げた事になってしまうからな。例え円卓の星座公認でなかったとしても一度啖呵を切ってその挑戦を引き受けた以上振り上げた拳は引っ込める事は出来ないと言う訳だな。流石は羊野だな」


「でもそうとも言い切れないですけどね。強欲なる天馬は結構自由に私達を直接攻撃してきていますからね」


「やはり強欲なる天馬は複数いるんじゃないのか。だからこそ皆その言動や性格が違うんだよ。あ、エレベーターが降りてきた。中に入るぞ、羊野」


 そういいながら勘太郎と羊野は一階に降りてきたエレベーターのボックスの中に乗り込むと、共に行く生活用物資と共に上へと上がる。その物資の中身は食料や衣類雑貨だけでは無く、油の入った大きな灯油缶が二個ほど積まれていた。

 信者達の話では外部から運ばれてくる石油でお風呂を炊いたり食事を作る時の火にも使われているとの事なので必要不可欠な物資だ。そして一番灯油を使う所は天馬寺周辺の電力を補う為に発電機を使用している天馬寺や信者達の宿舎。そしてその地下に広がる各階にあるとされる広大な地下フロアだ。当然このエレベーターもその電力で動いているとの事なので、今現在勘太郎と羊野と共に上へと上げられている灯油缶がどうしても必要なのだ。


 この大きな灯油缶は後十缶ほど上へと上げるとの事だが、勘太郎は素直に驚き、そして納得する。あの生活のライフラインが一切無い山の頂上に人が数百人も寄り添って生活しているのだから毎日灯油を消費してもおかしくは無いだろう。山の頂上には薪に使用できる木々が幾つも生えてはいるがその自然の資源は当然限られているので、その貴重な木々を薪に変えるなど初めから論外なのだ。

 因みにだがこんな頂上にある天馬寺の敷地内の中でも携帯電話が使える大きな電波塔は何故か立っている。

 どうやらスマホを持っている高田傲蔵和尚の意向で携帯電話は何とか使えるようだが、だが当然信者達は携帯電話を持ってはいないので電波塔が建とうが建つまいが特に関係がないのだ。

 そんな電波塔と灯油缶の事を考えながら勘太郎は昨日石階段中腹で見た、人が空から落ちてくるトリックについて語り出す。


「大砲だよ。きっと大砲を使っているんだ! 鉄の弾の代わりに人間を砲身に込めて、そのまま火薬で撃ち出しているんだよ。それなら人を天馬寺からその下にある町の中まで飛ばす事が出来るだろ。それとも人間パチンコのように人の体を飛ばせるような強力なゴムを使って飛ばしていたのかな?」


「天馬寺がある山の崖から下に広がる町の中までは距離にしてざっと300メートルか~400メートルはありますわ。その距離をもし人が入れるような大きな大砲で飛ばしたりなんかしたら、その瞬間人間の体は爆風と衝撃でズタボロになって空から落ちてくると思いますよ。しかも死体についた爆煙で火薬の使用がバレて仕舞いますから、大砲を使っての天空落下はないと思いますよ。それに人間パチンコの案ですが、人を一人飛ばせるくらいのゴムの張力を生み出すには弓の弦を引っ張る様な強力な機械を使って大がかりな装置を仕掛ける事になりますから、流石に現実的ではないし、かなり無理があると思いますよ。まあ、天馬寺の頂上に上がってその周辺を丹念に調べたら自ずと分かることですがね。今現在川口警部達がそれらしき物を探していますから、私達が天馬寺につく頃には何か新たな進展があるかも知れませんよ」


 そう言うと羊野は被っていた羊のマスクを脱ぎながら、赤城文子刑事から送られて来たメールに静かに視線を落とすのだった。

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