第3話 『容疑者、高田傲蔵のアリバイ』 全29話。その17。
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天馬寺にある客間を借りた勘太郎と羊野は、手始めにこの寺の主でもある高田傲蔵和尚から話を聞くことにした。
勘太郎の呼び出しにズカズカと入って来た高田傲蔵和尚は、目の前のテーブルに両肘を付ける羊野を睨みながら向かい合う椅子へと座る。
今回全ての事情聴取は羊野瞑子に任せると決めていたので、勘太郎は二人を見守るかの様に羊野の後ろへと立つ。
「それでは高田傲蔵和尚、私達の取り調べに付き合っていただきありがとう御座います。では手っ取り早く始めましょうか」
「ふん、本来ならたかだか一民間人でもある探偵なんぞに取り調べをされるいわれなどないのだが、話ではお前らは上の警察とも密室な繋がりがあるとの噂だからな、これ以上付きまとわれても流石に叶わんと言う事だ。なので早くワシらの疑いを晴らす為にもお前らの取り調べに付き合ってやるとするぞい」
「ありがとう御座います。流石は天馬寺の1000人の信者達を率いる、天馬様とか言う神に選ばれた代弁者ですわ。ホホホホーっ!」
そんな態とらしい笑い声を響かせながら羊野瞑子の取り調べが始まる。
「昨夜の二十四時三十分から~一時三十分の間、貴方は何をしていましたか」
「何ってその時間は既に自室に戻って、布団に入って寝ているよ。夜も遅いし当然じゃろう」
「ではそれを証明してくれる人はいますか」
「いるわけがないじゃろう。ワシは一人で寝ているのだからな。だがこの天馬寺から下界に通ずる唯一の橋桁は上に上がったままだし、あれを動かすには動力的に大きな音がするから橋桁を下ろしたら信者達の誰かがその音に気付くじゃろうな」
「なるほど、確かにあの橋桁を下ろすには橋桁の近くにある手動式のレバーを回さないと橋は下には降りないんですよね。しかもその時に歯車が軋む音は結構周りに響きますので私も少しうるさいな~と思ってた所だったのですよ。そんな橋桁から地上へと降りるにはあの長い石階段をくだらないといけませんし、ハッキリ言って時間が掛かりますよね。しかも下に降りたら誰かに目撃されるかも知れない。ならあの表の石階段から外へと出るという選択肢はないと言う事です。となれば残る脱出経路は一つしかありませんよね。そうですこの天馬寺の裏倉庫にあるエレベーターです。高田傲蔵和尚はそのエレベーターを起動させる鍵を持っているらしいじゃないですか。ならその鍵を使って周りの信者達に見つかること無く下に降りることは簡単です。しかも夕方の十八時以降は一階のトンネル内にいる信者達も仕事を終えて宿舎に帰ってきているので、人のいないトンネルの倉庫から誰にも見つかること無く車で町に繰り出す事が出来た……とも考えられますよね。て言うかそう考えるのが普通なのではないでしょうか」
「なるほどな、確かにエレベーターを起動させる鍵を持っているのはこのワシだけだからな、そう疑われても仕方がないが、よ~く考えてみたらワシには決定的なアリバイがあったわ。そうだ、そうだ昨夜の事を思い出したぞい。昨夜の一時頃にワシは寝ぼけながら下のトイレに行ったんだった。その時に寺内で食事の準備をしてくれている信者達二名と廊下ですれ違っている。あの二人は夜遅くまで厨房で明日の朝食の仕込みをしていたとの事だから、ワシの話が信じられないのならその厨房で働く二人の信者に聞いてみると良いぞい!」
「分かりました。では後でその二人の信者達に話を聞いてみますね。まあ、そんな事をしなくても高田傲蔵和尚があの強欲なる天馬では無い事は最初から分かっていますから安心して下さい」
「なんだとう、お前はこのワシをあの馬人間だと疑っていたのでは無いのかね?」
「疑ってはいますよ。貴方がこの一連の天空落下殺人事件の犯人の一人かも知れないと私は考えています。ですが貴方はあくまでも命令を下す司令塔であって決して実行犯ではない。実行役のあの強欲なる天馬は他にいるはずです。貴方と強欲なる天馬は体系的にも違いますし、大体見たら一目で分かりますからね」
「それはワシが中年太りで太っていて、その馬人間とやらはがっしりとした筋肉質な体型をしていると言う事か」
「まあ、そう言う事ですわ」
「ふん、見かけはまるで汚れを知らない少女の様な顔立ちをしている癖に結構失礼なことを言うおなごではないか。このワシでも流石に直に言われたら傷つくぞい。だが結果的にはこの体型のお陰でその馬人間ではない事が証明されたから良かったと言った感じだが、それでもワシの関与は疑うのじゃな。だがワシが関わっていたという証拠はないぞい」
「それはどうでしょうか。案外もうその証拠は見つかっているかも知れませんよ」
「悪い冗談だぞい。もしそんな証拠があるのなら是非とも見せて貰いたい物だな!」
「ホホホホーっ、証拠が集まり次第、近い内にお聞かせ出来ると思いますよ。まあ楽しみに首を長くして待っていて下さい」
「お前、この事が終わったら必ず黒鉄探偵事務所を訴えるからな。覚悟しておけよ!」
「私共は警察の許可を経てあなた達を取り調べているのですから、そんな脅しには当然屈指はしませんわよ。覚悟するのは貴方の方ですわ。貴方……あの闇の秘密組織・円卓の星座の狂人と何らかの契約を交わしましたよね。そうではありませんか」
「円卓の星座……狂人……一体なんの事だ?」
「あなたの今までのその行動や事件性からして誰かを殺す為、或いは復讐をしたいが為にあの強欲なる天馬を雇った訳ではないですよね。もしかして貴方は円卓の星座の狂人を使って自分の私利私欲を満たす為だけに狂人を逆に利用しているのではありませんか。もしそうなら大変な事です!」
その羊野の思わぬ指摘に後ろで話を聞いていた勘太郎の顔が思わず強張る。
「円卓の星座の狂人を自分の私利私欲の為に利用するって、そんな事が可能なのか。まあ、ちゃんと金さえ払ってくれたら円卓の星座の狂人はなんでもするんだろうがな」
「円卓の星座の狂人はただの殺し屋や異状犯罪者の集団ではありませんよ。その本質は不可能犯罪を掲げるトリック犯罪集団です。あの円卓の星座の創設者・狂人・壊れた天秤の命令で他の狂人達は皆動くのですが、依頼人であるはずの人に円卓の星座の狂人をまるで玩具の様にいいように使われるのは、あの壊れた天秤からしたら余りいい感じはしないでしょうね」
「だからか。だから円卓の星座の方からは未だになんの反応もないのか。この天馬寺で強欲なる天馬とか言う狂人がこんなに事件を起こしていると言うのに!」
「このまま長々と勝手な状況が進めば、例え多額な依頼料を払っているとは言え、逆にあなたが円卓の星座の壊れた天秤に追っ手を差し向けられて殺されると言う可能性だって充分にあると思いますよ」
その羊野の言葉に高田傲蔵和尚の不適な顔の眉がピクリと動くが、特に動揺すること無く高田傲蔵和尚は腕組みをする。
「その円卓のなんとやらが一体何なのかは正直知らないが、ワシは天馬様に……神に選ばれた唯一の代弁者だ。なのでそのワシに恐れる物など何一つとして無いぞい。何せワシの奇跡の力は本物なのだからのう。それにもしその神の奇跡を疑う……もしくは敵対する不届き者達が現れたら、その時は例え誰であろうと天馬様の神の力で皆天空へと舞い上げられ、その体に天罰を受ける事になるだろうよ! それは誰であれだ! カカカカカカーッ!」
「その言葉は日本の警察や黒鉄探偵事務所にだけではなく、あの円卓の星座の狂人達にも向けた宣戦布告の言葉と受け取ってもよろしいのでしょうか」
羊野のその重みのある言葉に勘太郎が思わずあたふたしていると、高田傲蔵和尚は不適な笑みを浮かべながら羊野に向けて言い放つ。
「ふん、好きに受け取るがいい。だが天馬様の奇跡は絶対であり、誰もその奇跡の力からは逃れる事は出来ないのだ。それが神が人々に与えた平等で残酷な運命なのだからのう!」
その全ての人を敵に回し兼ねない高田傲蔵和尚の絶対的な自信は一体どこから来る物なのだろうか。そんな事を考えながら勘太郎は高田傲蔵和尚の慢心的な自信を心の中で危ぶむのだった。
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