第1話 『勘太郎、蛇使いに捕まる』    全28話。その25。


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 時刻は十四時0五分。川口警部の要請でついに秋田県警の重い腰が動く。

 各チームに分かた刑事達が捜査令状を携えて、宮下達也宅の借り家や小島晶介の蛇園、そして池ノ木当麻のアトリエにガサ入れに入る。

 そんな急転回の中、勘太郎はどの家の家宅捜索に同行しようかとかなり迷ったが、結局家宅捜索の方は川口警部らに任せ、ある疑わしき場所へと足を向ける。


 昨日勘太郎と羊野、それに特殊班の刑事達は、宮下達也・小島晶介・池ノ木当麻・大沢草五郎・大沢柳三郎・蛇野川美弥子・岡村たけしの七人の関係者達にそれぞれ事情聴取をしていたが、その中でも気になる発言をしたある人物の事を思い出し、今正にその人物の過去を示すと思われる場所へと向かっている。

 その場所は隣町でもある三井町から二駅ほど離れた場所にあるのだが、村の周辺は過疎化かそかが進んでいるせいか閑散かんさんとした光景が目に映り、訪れた人の心を心なしかむなしくさせる。その村の名は『鳥音村とりねむら』。村人の人数が数十人しかいない寂れた過疎かその村だ。


 その鳥音村から少し離れた杉林の奥にその廃工場はある。


 ここ数年手入れがされていないのか草木に覆われたこの場所は人の気配が全く無く。びた鉄の建物や所々壊れた板の残骸がまるで誰も寄せ付けないかの用な不気味さを漂わせる。

 そんな閉ざされた場所に、もしかしたら犯人がいるかも知れないと羊野に聞かされていた勘太郎は、乗ってきたタクシーに料金を払い終えると、この疑惑溢れる廃工場の前で堂々と車から降り立つ。


 勿論当の羊野とはのちにこの場所で落ち合う予定ではあるが、自分の失態で大沢柳三郎と池ノ木当麻の二人が連れさらわれた事に強い責任を感じている勘太郎は、単身で廃工場の門を潜る。

 羊野との電話の中で彼女は呉々くれぐれも勝手な行動は控えるようにと言っていたが、その忠告も聞かずに勘太郎はゆっくりした足取りで廃工場の方へと歩き出す。


 地面を踏み締める度に山側から吹き付ける凍てついた風が勘太郎の髪や自慢の黒いダークスーツの襟を激しく揺らすが、そんな事を気に懸けているゆとりも無い勘太郎は荒廃こうはいした庭先や建物の周囲に細心さいしんの注意を払う。

 注意深く歩く事約一~二分。落ちている残骸を上手く避けながら注意深く歩き続けた勘太郎は、その先に見える大きな建物へと辿り着く。どうやらここが廃工場の入り口のようだ。


 建物の前まで来るとその時間の経過と共に変わり果てた廃工場の姿になんとも言えない寂しさを感じたが、勘太郎は再度気を引き締めながら周りの状況を確認する。


「はぁ~っ、ここが羊野の情報にもあった。数年前にある人物が関係していたと思われる廃工場か。しかしまた随分とあれ果てているな。本当にこんな所に犯人の蛇使いと、連れさらわれた大沢柳三郎と池ノ木当麻がいるのか?」


 目の前に見える工場入り口の立て看板には『田中工業株式会社』と書かれた文字がその存在を静かに示すが、その立て看板の文字は錆と風化のせいか所々がかすれて薄くなっているのでその過ぎ去った徒労とろうの年月を嫌でも感じさせる。

 そんなセンチメンタルな気分になる勘太郎だったが直ぐに気分を変え、工場内へと入る覚悟を決める。


「このまま羊野を待っていても拉致が開かないからな。取りあえずは前に進むか」


 勇気を振り絞り勘太郎は、静かにだが確実に一歩一歩前へと進む。

 半開きで動かないシャッターの下を潜り通り抜けると、工場内の奥の方で行き成り何かの気配を感じた勘太郎は咄嗟にその歩みを止める。

 ネズミか何かの小動物かも知れないが、もしかしたら犯人かも知れないので勘太郎は物音を立てないように注意を払いながら忍び足で歩き出す。


 こんな廃墟の中に本当に犯人が……そして大沢柳三郎と池ノ木当麻がいるのか?そう思いながらいろんな工作機械が並ぶ中を突き進んで行くと、ついに鉄のドアの前まで来た勘太郎は薄暗い暗闇に目を慣らしながらドアの真ん中付近に付いている小さなガラス窓から中の様子をそっとうかがう。


「う~ん……暗くて中の様子がよく見えないな。もしかしてこの中に人質と犯人がいるのか?」


 最初は暗くて中の様子が良く見えなかったが、所々壊れた天井から漏れる光のせいかその全貌が徐々に見えてくる。

 薄暗い部屋の中央には小さな電球が吊り下げられており。その天井から漏れる光で辛うじて中の様子が見れる程度だ。

 その電球の光が射す真下には、寝袋の上からロープでグルグル巻きに縛られたサンドバック状態の誰かが無造作にその場に寝かされているようだった。


 その見るからに人が入っていると思われるその寝袋の顔の部分にはぶ厚い布袋が深々と被せられており。その人物が一体誰なのかを確認する事が全く出来ない。そんな不安めいた状況だったが微かに息をしている事だけは何とか確認できたので、それが生きた人である事を確認した勘太郎は一応安堵いちおうあんどの溜息をつく。


「寝袋が一つ、部屋の中央にあるな。誰があの寝袋の中に入っているのかは分からないが、あの中身は恐らくは人質になっている大沢柳三郎か池ノ木当麻のどちらかで間違いは無いだろう。しかし肝心の犯人の姿が全く見えない。一体蛇使いは何処にいるんだ?」


 もしかしたら柳三郎と池ノ木のどちらかは既に死んでいるのではと言う最悪の可能性も考えたが、いくら考えても埒が明かないので勘太郎は柳三郎と池ノ木の無事を祈りながら黒いスーツジャケットの懐から(洒落にならない威力を持つ改造モデルガン)黒鉄の拳銃の所持をグリップ越しに確認する。いざ犯人と出くわした際にはこいつが頼りになるからだ。

 自分の生命を守る最後の切り札を確認した事で決意が固まった勘太郎は、錆びた鉄のドアの取っ手を静かに捻る。


 幸いな事に鉄のドアに鍵は掛かってはいなかったのでこのまま扉を開けようと思った勘太郎だったが、もしかしたら罠かも知れないと思い一瞬その動きを止める。

 だが今は目の前にいる人質の安否あんぴが何よりも重要なので、勘太郎は危険を承知で重い鉄のドアを静に開ける。


 ギイィィーと言う錆鉄さびてつが擦れる不快な音を立てながらドアを開けた勘太郎は、周りに注意を払いながら寝袋の上からロープでグルグル巻きにされている人質の所へと急ぐ。


「だ、大丈夫ですか。誰かは知りませんが、無事なら返事をして下さい!」


「う、うぐ、うぶううう~っんんん!」


 布袋の中で猿ぐつわを噛まされているのか声しか発することの出来ないその人物は駆け付けた勘太郎に必死で何かを訴えている用だったが、頭から被せられている布袋が声を更に聞こえづらくしているのかよく聞こえない。

 その人物の顔を覆っている分厚い布袋を何とか顔から外そうと勘太郎は悪戦苦闘するが、首の所でガムテープでグルグル巻きに固定されているのでなかなか外す事が出来ない。


 それでも必死に声をかけながら生存者の安否を確認した勘太郎は無事である事に一先ずは安堵の溜息をつくが、まだ油断できない状況に嫌でも気持ちが流行ってしまう。


 こ、この人物が大沢柳三郎か池ノ木当麻のどちらかは知らないが、まだ殺されずにこの工場内に連れてこられたと言う事はまだ殺される時では無いと言う事だ。恐らくは大蛇に殺されたように見せかける為にまだ辛うじて生かされているのだろう。

 見た所寝袋は一つしか無いのでもう一人の人質の安否の方も気になる所だが、ここにいる人物を助け出す事が出来たなら色々と有力な情報が聞けるかも知れないな。

 そんな事を思いながら勘太郎は、今ここにいる人質を助け出す事を最優先に動く。


「一体何処に行ったのかは知らないが、今ここに犯人がいないのは好都合だ。犯人が帰って来る前に早くこの場所を川口警部に知らせないと」


 まるで自分に言い聞かせる用に独り言を言う勘太郎は黒のジャケットのポケットから折り畳み式の携帯電話を取り出すが、その一瞬の隙を見逃さなかったかの用に現れた犯人が行き成り勘太郎の背後から現れる。

 勘太郎からは見えないが暗闇に閉ざされた後ろのロッカーから勢いよく出て来たその犯人は、勘太郎の後頭部に木の棒の一撃を思いっきり叩き込むと仁王立におうだちになりながらその悪意を態度で表す。


「ぐっわぁぁぁーっ頭が、しまった! お、お前が、まさか……大蛇神の蛇使いか?」


 そう言葉を口にした瞬間、鋭い激痛と衝撃が勘太郎の後頭部に集中し体がよろける。


「く、くそう……俺としたことが……まさか後ろから、犯人にやられたのか?」


 脳天に響く鈍い痛みと薄れ行く視界を最後に、勘太郎は蛇マスクの男の姿を見つめながら糸の切れた人形の用に地面へと倒れ込むのだった。


            *


「うぅ~ん、い、痛てて。ん、ここは何処だ?」


 天井に見える吊された丸電球が部屋の中を不気味に照らし。木の板で目張りした戸窓とまどや屋根の隙間から見える月の薄明かりは、まるで一筋の線の用に部屋の中で交差する。そんな薄暗い部屋の中で勘太郎は目を覚ます。


 最初は自分が置かれている状況を(何故自分はここにいるのかと)理解できない勘太郎だったが、犯人らしき人物に後頭部を思いっきり殴打おうだされた事を思い出し必死に周りの状況を確認する。


 あれから何時間経ったのかは分からないがズキズキと残る頭の痛みを確認しようと咄嗟に手を動かそうとする。だが何故か両手は全く動かす事が出来ず困惑するが、その置かれている状況を理解するにはそう時間は掛からなかった。

 そう今正に勘太郎は寝袋に入れられ、首だけを出した状態で紐でグルグル巻きにされているのだ。

 それだけなら寝袋の中で何とか手だけでも動かせそうな物だが、何故か寝袋の中の生地をつかむ事が出来ない。何故ならその寝袋の中でも勘太郎の両手両足は何かで縛られているようだったからだ。

 恐らく両足の方は拘束バンドの用な何かでしっかりと固定され。両手首の方は手を覆うミトンの用な物を付けられて何も掴めない状態にさせられているのだろう。

 そんな絶体絶命の中、勘太郎は必死で今自分が置かれている状況を確認しようと周りを見渡す。


 どうやら勘太郎は、犯人に返り討ちにされた部屋に監禁されているようだった。


「く、くそう、今も頭がズキズキする。蛇使いの奴、思いっきり後頭部を叩きやがって。この借りは今度必ず返すとして……あの捕まっていた人質は一体何処に行ったんだ?」


 辺りを見渡しながら柳三郎と池ノ木の姿を何とか確認しようとしたその時、鉄のドアがゆっくりと開き、蛇マスク姿の男が勘太郎の目の前に現れる。


「フフフ……ようやく目が覚めた用だな、黒鉄の探偵。かの偉大なる大蛇神様が御座す、罪ある生け贄達にえたちを狩る礼賛と断罪の部屋へようこそ!ヒャッハハハハーァァァァァ!」


 どっしりと片膝を落としながら勘太郎の顔の前で語る狩衣を着た蛇マスク姿の男は、上から覗き込みながら狂った様に笑う。

 蛇のマスク越しなので誰の声なのか分からないが、その人物が男である事だけは確かな用だ。

 勘太郎はこの絶体絶命の展開に頭の中が真っ白になりそうだったが、その恐怖を何とかこらえて蛇使いを睨みつける。


「お前が大沢早苗・大沢杉一郎・大沢宗二郎を殺し。そして柳三郎さんと池ノ木さんを誘拐した正真正銘の蛇使いか。柳三郎さんと池ノ木さんは当然無事なんだろうな!」


「今の所はな。だがお前やあの三人も、日をまたいだその時には大蛇神様の呪いをその身に受けて貰うぞ。まあ、それまでの命だと言う事だ。しかし馬鹿な奴め。何度か警告をしたのに、この件から手を退かないからこんな目に遭うのだ」


 そう言うと蛇マスクの男は勘太郎に向けてオートマチック式の拳銃を構える。


「そ、その銃は……」


「お前の持ち物を調べてたら懐からこんな物を見つけたんだが、流石にこいつは不味いだろう。探偵さん、あんた普段からこんな物騒な玩具おもちゃを持ち歩いているのか。どうやら本物では無いらしいが洒落にならない物に違いは無いぜ」


 まさかここに来て黒鉄の拳銃を犯人に奪われるとは思ってもいなかった勘太郎は、極度の緊張の余り恐怖の表情を浮かべる。たとえ本物の拳銃では無いにしても至近距離でその強化ゴム製の弾丸を体に受けたら骨くらいは簡単に折れるかも知れない。それくらい恐ろしい威力を持った改造モデルガンなのだ。

 そんな危険な拳銃を勘太郎に向けた蛇マスクの男は、拳銃の引き金を無造作むぞうさに引き放つ。


「や、止めろ!」


 ズッギューウ!と言う大きな音と共に勘太郎の後ろにある木製の棚に大きな陥没かんぼつ亀裂きれつの後が出来る。

 どうやら勘太郎の直ぐ横のコンクリートの床に着弾した強化ゴム製の弾がバウンドしてそのまま後ろにある木製の棚に着弾したようだ。そのいきなりの発砲に硬直し無言になる勘太郎を見つめながら蛇マスクの男は、まるでからかうかのようにせせら笑う。


「ああ~はずれちまったか。ハハハハハー冗談、冗談だよ。あんなんでお前に怪我でもされちゃ……お前が死んだ後に何の傷跡か怪しむ警察もいるかも知れないからな。流石に下手なことは出来ないぜ。お前にはあくまでも大蛇神様の呪いで絞め殺された事になって貰わないとな」


 そう言いながら蛇マスクの男は勘太郎から奪った黒鉄の拳銃をマジマジと見ていたが、溜息を付きながら床へと打ち捨てる。


「はあ~っ、それにしてもこのオートマチック式の改造モデルガン。強力なバネの力と噴射ガスの力で硬いゴムの弾丸を撃ち出す仕組みになっているのか。見た目はただのモデルガンだがその威力はマジで洒落にならない用だな。もしかしたらこの拳銃何かに使えるんじゃないかと思って期待したんだが、マガジンには弾が一発しか入っていなかったから流石にもう使えないぜ。予備の弾も無いみたいだしな」


 弾が一発しか入っていないだって?


 勘太郎は蛇マスクの男の脅しに内心かなりビビっていたが、ここで虚勢きょせいを張らないと流石に泣いてしまうかも知れないので、無い勇気を更にしぼる。


「な、な、何が大蛇神様の呪いだ。これはお前が大蛇の呪いに見せかけた、私情によるただの殺人だ。そうだろう、蛇使い!」


「この偉大なる大蛇神様の裁きが……ただの私情だと?一体何の事だかさっぱり分からん。私は思い上がった汚れた人間達を大蛇神様に捧げる執行人しっこうにんであり、そして代弁者だいべんしゃなのだよ。そしてこのおこないは全て大蛇神様の崇高すうこうなる意思による物!」


「何が意思だ。お前はただ単に大沢家の人間達に復讐したいだけだろう。この村に昔から伝わる大蛇神の民話や伝説を利用してな。大蛇神にこだわる理由はただそれだけだ。この方法なら大沢家の人間のみならず、この草薙村周辺の人達をも恐怖のどん底におとしれる事が出来るからなぁ。だがな、そんな事をしたってお前の家族や過去の人生は決して帰っては来ないんだぞ!」


 じっと見つめながら必死で訴える勘太郎の言葉に蛇マスクの男は否定の声を上げる。


「う、うるさい、うるさい、うるさい!汚れた大沢家の人間とその計画を邪魔する者達は誰であろうと全て死ぬのだ。そしてその全てが成就じょうじゅした時こそ、大蛇神様の呪いは完全な物となるのだ。ハハハハハハ!」


 狂気に満ちた笑い声を上げながら蛇使いは、狩衣の袖口から出した螺旋型らせんがたの首輪の用な何かを勘太郎の頭の上から首にくくり付ける。その首輪から伸びるコードを時計付きの何かの装置につないだ蛇使いは満足げに言い放つ。


「この偉大なる仕掛けでお前が死んだら草薙村周辺の川辺まで運んでやるよ。そしてお前は誰もいない川辺で、大蛇神様の呪いを受けて死んだ事になるのだ。だが寂しがる事はないぞ。直ぐに他の三人も大蛇神様の呪いで死ぬ予定だからな!と言う訳で俺は次なる準備の為もうここを出て行かなけねばならない。次に俺がここへ戻って来た時には既にお前は死んでいるだろうから、今ここで別れの挨拶をさせて貰うとしよう。さらばだ、黒鉄の探偵!」


「お、おい、この首に巻き付けた物は一体何だ。ま、待てよ、蛇使い!」


 汗だくの勘太郎に殺人宣告を告げた蛇使いは、殺意にちた足取りで廃工場の部屋を後にする。


 蛇マスクの男が部屋から出て行った事で内心勘太郎は安堵あんどの溜息を付いたが、その一~二分後。何処か遠くの方で車が発進するエンジン音を耳にする。その遠ざかる車の音で冷静さを取り戻した勘太郎は、蛇使いが大沢柳三郎と池ノ木当麻を連れて何処かに行ったのだと気付き大いに焦る。


 ま、不味い。これは流石に不味い状況だぞ。何処どこかに連れさらわれた柳三郎と池ノ木の方も心配だが、それ以上に俺の命の方がかなりやばい。早くこの状況から脱出しないと。


 思考しこうめぐらせながら目の前に置いてある時計付きの装置そうちに目をやる。

 そのデジタル時計の数値の数は光と共に動いており。その減っていく数値の数は既に五分を切っている所だった。


「これって……この減っていく数値の数がゼロになったら大蛇神トリックが発動すると言う事じゃないのか。じゃ蛇使いがさっき俺の首に括り付けた物と言うのは、もしかして?」


 今まで謎とされていたその殺人の手口を何となく理解した勘太郎は、必死にもがきながらも何とか脱出を試みるが、手と足が何かで固定されている上に、首だけを出した寝袋の状態からロープでグルグル巻きにされているのでどうしても外す事が出来ない。しかも後五分でその人生が終わるかも知れないのだから、その絶望と恐怖は計り知れない。

 だが勘太郎はまだ希望を捨ててはいない用なので、最後の時が訪れるその瞬間まで必死に叫びそして足掻あがく。


「この手袋の用な物で手を固定している奴、いくら暴れても中々外れないぞ。このままでは首に括り付けられているこの首輪のような物が作動してしまう。早く何とかして首からこいつを取り外さないと!」


 勘太郎は有らん限りの力を振り絞り何とかこの絶体絶命の状況から抜け出そうと必死であがくが、タイマーの時間はあっと言う間にタイムリミットとなり、時間終了の電子音が部屋中にこだまする。その瞬間何かが外れる音と共に動き出した首輪の仕掛けが突如作動し。勘太郎の首に括り付けられているゴム素材の首輪が内側から瞬時に膨れ上がる。

 その首全体を締め付ける強烈な圧迫に息が出来ないでいる勘太郎は、今正に命を張りながらこの大蛇神トリックの正体を完全に理解する。


 まさか、目の前にあるこのカートリッジ式のボンベから圧縮された炭酸ガスを直接首輪へと送り。首全体を覆う程に膨れ上がった厚手のゴムを外枠を繋ぐ鉄の首輪だけで固定しているのか。だから被害者達の首には首全体を覆う程の圧迫痕があったのか。確かに羊野の言う用に紐状の物で絞め上げた索状痕の跡じゃなかったな。しかもご丁寧に俺の首全体を覆う螺旋型のゴムチューブにはニシキヘビの皮が貼り付けてあるようだな。恐らくはアミメニシキヘビの本革を使っているのだろうが、その皮はそのままゴムの接触後せっしょくあとをも消してくれるから首に触れるゴムの後も残らないと言う事か。なるほど、このトリックなら大蛇に宛も絞め殺された用に偽装する事も出来ると言う訳だ。圧縮された炭酸ガスの調整次第ちょうせいしだいではゆっくりと出力を上げて相手の首を締め付ける事も出来るからな……。


 薄れ行く意識の中で……もうこれまでかと考えていると、首全体を締め付けていた強い圧迫が瞬時にゆるみ、暗くなっていた視界に再び光が戻る。


「ホホホホっ、一体何を遊んでいるのですか。黒鉄さん。このゲームからリタイアするにはまだ早いでしょうに」


 その聞き慣れた声と共に視界に現れたのは、今日一日(隣町の)三井町で一人諜報活動ちょうほうかつどうをしていた、白い羊こと羊野瞑子だった。

 羊野は長い白銀の髪を揺らしながら万遍まんべんの笑顔を向けるが、そんな彼女に勘太郎は涙目になりながらも必死に悪態あくたいをつく。


「お、お前、集合時間にも表れず今の今まで一体何処で何をしていたんだよ。俺がこんな状況になっている事はここに来た時点で当然知ってたんだよな。なら何でもっと早く助けに来てくれないんだよ。もう少しで本当に死ぬ所だったじゃないか!!」


「ええ、確かに黒鉄さんの言うように数時間前からこの周辺に隠れて廃工場の様子を見ていましたよ。でも私が到着した時にはもう既に黒鉄さんは犯人に捕まっていたみたいでしたから、どうした物かと隠れて様子を見ていたのですよ。下手に潜入せんにゅうしてもし返り討ちにでもあったらそれこそ終わりですからね」


「いや、本当にもう少しで死ぬ所だったんですけど……て言うか俺が犯人らしき人物に捕まっているんだから、その時点で何で警察に連絡してないんだよ」


 その当然と思える問いに羊野は、勘太郎を縛っている寝袋の紐を外しながら困った様に応える。


「そんな事をしたら私達のゲームが……もとい仕事が警察サイドに全て持って行かれるじゃないですか。後少しで犯人の正体とそのトリックの大まかな謎が分かるのですから、こんな美味しい事件を他の警察なんかに任せてはいられませんわ」


「そのお前のエゴの為に柳三郎さんと池ノ木さんは未だに連れさらわれたまま何だぞ。もし二人の身に何かあったらお前、どうするつもり何だよ!」


 紐が解かれ寝袋から飛び出る用に出た勘太郎に、羊野は何故か不思議そうな顔を向ける。


「どうするつもりって、それは間に合わなかったら死ぬしかないでしょうね。そんなの当然じゃないですか。でもそんなのは差ほど重要な事じゃないですよね。今は大蛇神の蛇使いとの謎解き対決の方が圧倒的に……絶対的に……そしてもっとも重要な事ですわ」


「な、何を言ってるんだ。人質の救出こそが最優先事項だろう!」


「いいえ、私はそうは思いませんわ。私達が受けた依頼は、草薙村周辺や蛇神神社に現れる大蛇が本物か偽物からを調べる事だったはずです。その証拠として犯人が仕掛けるトリックを明らかにし、その証明された結果で大沢草五郎社長から報酬を貰う。それが今回私達が大沢草五郎社長から受けた探偵としての依頼です。ですがその中に大沢柳三郎さんと池ノ木当麻さんの救出は含まれてはいません。だってそれは本来は警察のお仕事ですから」


「仕方ないだろう、こんな状況になるとは俺も思わなかったんだから」


「では柳三郎さんと池ノ木さんの救出の方は警察に任せても問題はありませんね」


「だけどお前はまだこの状況を警察には知らせてはいないんだろう。なら柳三郎さんと池ノ木さんは救えないじゃないか!」


「ええ、ですから犯人を捕まえるまで柳三郎さんと池ノ木さんにはもう少しだけ今の状態をキープして貰いたいのですよ。それにもし私達がこの事を警察に知らせたら、警察は間違いなくサイレンを鳴らしながら現場に向かうと思われます。そしてその警察の接近に気付いた犯人はもう逃げられないと分かったら間違いなく傍にいる柳三郎さんと池ノ木さんを人質にする事無く殺すと思われますので、ここは私達だけで行きましょう。何せ田舎の警察官達は人質を有する凶悪事件には皆不慣れでしょうからね」


「まさかお前、柳三郎さんと池ノ木さんをおとりに使って犯人を追跡するつもりか。しかも俺達だけで……それは余りにも危険が大きすぎるだろう!」


「黒鉄さんの言う用に今からでも警察を呼べば犯人を逮捕し柳三郎さんと池ノ木さんを救出出来るかも知れません。ですが同じように連れさらわれた他の人質達は一体どうするつもりですか」


「え、他の人質達だと、それは一体どういう意味だ?」


「犯人の手により誘拐された人達は柳三郎さんと池ノ木さんだけでは無いと言う事です。ついさっき赤城刑事に電話して聞いたのですが、宮下さんと小島さんの二人がまだ家に帰って来ていないとの事じゃないですか。恐らくは蛇使いに誘拐されている可能性が非常に高いかと思われます」


「ああ、確か大沢邸を出て来る時に草五郎社長がそんな事を言っていたな。やはり宮下さんと小島さんはまだ見つかっていなかったのか……。た、たとえそうだったとしても、その元凶でもある犯人さえ先に捕まえてしまえばそれで済む事だろう」


「いいえ、どうやらこの犯人はタイマー式の時限装置を使った仕掛けを使って被害者の首を締め上げる事が可能みたいですから。(さっきの黒鉄さんの時みたいに)もし他の人達が何処か別の所でこの仕掛けを仕込まれているのだとしたら、流石に四人一変には助けられませんわ」


「そんなのは犯人を締め上げて他の人質達の居場所を吐かせればいいだけの事じゃないか」


「こんな念密ねんみつな計画を立て実行した人物がそうおいそれと正体を明かし自供するとはとても思えませんわ。それにこの事件はどうやら私情が絡んだ復讐劇の用ですから、犯人が手掛ける大蛇神トリックが発動するまでは絶対に口は割らないと思いますよ。それとこれはあくまでも可能性の話ですが……もしかしたらこの犯人には協力者がいるかも知れません。なので、このまま犯人を泳がせる事にした次第ですわ。それにあの四人の人質達の中にももしかしたら犯人が紛れているかも知れませんから油断は出来ませんわ」


「犯人を泳がせてその正体を掴むか……そんな最もらしい事を言ってお前は、犯人をおびき出す為だけにあの大沢宗二郎さんをも囮に利用したのか」


 いきなりの勘太郎の指摘してきに、羊野は目を細めながら妖艶ようえんにほくそ笑む。


「ふふふ、一体何の事でしょうか」


「とぼけるなよ。お前が宗二郎さんをたぶらかしてあのメールを打たせたんだろう。恐らくは『あの大蛇が本物か偽物か、その本当の正体が知りたいのなら私に一ついい妙案みょうあんがありますわ。嘘の情報をわざと流して犯人をおびき出すのです。どうか私に協力して下さい』とか言ってな。そして大沢家に関わる全ての人間に、宛も大蛇神トリックの秘密を解明し知ってしまったと思わせる様な意味ありげなメールをわざと送り付けた。恐らくは五~六人に分けて一日ごとにあのメールを送り付け。いずれは会社の人間全てにメールを送る算段だったはずだ。だが皮肉な事に最初の一日目で犯人が釣れてしまった。宗次郎さん的には大蛇神の正体を探るために羊野に協力したんだろうが、そのお前が仕組んだ囮の危険性にはどうやら気づけなかった用だな。そのメールを見た犯人に自分が真っ先に殺されるかも知れないとも知らずに」


「ふふふ、中々面白い仮説ですが、それはあくまでも黒鉄さんの想像に過ぎないでしょう。一体何故私が宗二郎さんをたぶらかして犯人をおびき出す囮に使ったと、そう思うのですか?」


「宗二郎さんが亡くなる前夜、お前と宗二郎さんが何かを真剣に話している所を見たと言う人物がいたんだよ」


「なるほど、そう言う事ですか。確かにあの夜、私は宗二郎さんに更なる聞き込みをしていた事は認めますわ。でもそれはあくまでも状況確認程度じょうきょうかくにんていどの話ですし、大したお話ではありませんわ。そしてその後は……適当な世間話を少々しましたかしら」


「嘘をつくなよ。お前が何か入れ知恵でもしなきゃ宗二郎さんがあんな危険な事をする訳が無いだろう。正直に罪を認めろよ!」


「認めろも何も私は何もしていませんわよ。それにもし仮に私がそのような事を言ったのだとしても、行動したのはあくまでも宗二郎さんな訳ですし、それは宗二郎さんの自己責任では無いでしょうか」


「お前がそうする用に仕向けたんだろうが!」


「ホホホホーッ、でも私が仕向けたと言う証拠は何処にもありませんよね。私と宗二郎さんが話している所をその目撃者さんとやらは偶然見かけた見たいですが、その話の内容までは聞いてはいなかったと推察します。その会話の内容が不確かな以上当然私は無実な訳ですよね。まあ、宗二郎さんが送ったそのメールのお陰で無残な結果になった事は深くお悔やみしますが、その結果犯人と思われる候補者を大幅に限定することが出来たのですから、これは正に結果オーライと言う物ですわ!」


「お、お前……よくもぬけぬけと!」


「ついさっき電話で赤城刑事から聞いた話では、宗二郎さんのスマホの中を調べた結果、六人の人物に送ったと見られる消去メールを復活させる事に成功したとの事じゃないですか。どうやら宗二郎さんは宮下達也さんを入れたこの七人にあの偽メールを送信した見たいですね。ならこの七人の中に宗二郎さんを殺した犯人がいると言う事になりますね」


「ああ、その話ならもう既に川口警部から聞いている」


「それに隣町のコンビニに止めていたとされる宮下達也さんの所有する車の中から、紛失していた宗二郎さんのノート型パソコンが見つかったらしいではないですか。と言う事はやはり宮下達也さんも十分に怪しいと言う事になりますよね。あらら、行き成り宮下さんが一番の犯人候補に浮上してしまいましたが、やはり本当は彼が犯人なのでしょうか。黒鉄さんはどう思いますか?」


 羊野のまるで事件を楽しむかの様な言葉に、勘太郎は改めて彼女の恐ろしさを再認識する。

 そうこの羊野瞑子と言う女性は事件を楽しむ為なら人の命などなんとも思わないそんな異常な性格の人物なのだと言う事を。だからこそ自分が堪えず彼女の傍にいて常に見張っていなけねばならない。そんな心境も相まって疑惑の目を向ける勘太郎から視線を外した羊野は、自分は何も関係無いとばかりに態とらしく笑顔で微笑む。


「ふふふ、そんな不毛ふもうな会話をしても答えは平行線のままですわよ。今はそんな事は忘れてこの事件に集中した方がいいのではありませんか。あなたの頑張り次第では柳三郎さんや他の人達を助けられる可能性はまだ残されているのですから。まあ私は犯人と推理対決が出来るのなら、被害者が死んで用が生きて用がどちらでも構わないのですがね」


 そんな羊野の冷酷な言葉を聞きながら勘太郎は、自分の両手にくくり付けられている物を慎重しんちょうに取り外す。

 その手に握られていたのは間違いなく老人介護で良く使われている手を包み固定するミトンと呼ばれる抑制帯よくせいたいの器具だった。


「このミトンを俺の両手に被せて縛っていたから寝袋を掴む事が出来なかったのか。しかも俺の両手の指に付着している物はまさか蛇の抜け殻か?恐らくこのミトンの中にはアミメニシキヘビの抜け殻が仕込まれていたから被害者達の爪の間には必然的に蛇の抜け殻の破片が引っ付いていたんだな。そして……」


 そう言うなり勘太郎は今後は首にはまっている螺旋状の首輪のような器具をおもむろに掴むと、勢いよく首から取り外す。


「この首輪のような装置は内側が螺旋状のゴム管で出来ているのか。そしてその膨張するゴム管の圧力を外枠の鉄の首輪が防いでいる。だからこの首輪を首に括り付けられた者は、内側に膨れ上がったゴム管に首全体を強く圧迫されて死に至るのか。恐らく大蛇に巻き付かれた用に見せ掛ける為にわざとこう言った作りになっているのだろう。しかもご丁寧に内側のゴム管にはアミメニシキヘビの本革を巻き付けてあると言う徹底てっていぶりだ。そしてそのゴム管を瞬時に膨張させた器具がこの小さなカートリッジ型のボンベと言う訳か。中身は恐らく炭酸ガス……」


「正確には自動二輪のオートバイクに乗るライダー用に開発されたエアバックの用です。本来の形はベスト型のエアバックだった見たいですがいろいろと試行錯誤しこうさくごし、改良と改造を重ねた結果、あの人を絞め殺せる首輪型のエアバックに落ち着いたのでしょう。その大蛇の締め付けにこだわる熱意と狂気に、嫌でも犯人の悪意が伝わって来ますわ」


「なるほど、この首輪のような仕掛けはエアバッグを利用した物だったのか。くそ~これじゃいくら推理したって、実際に仕掛けを見て体験してみなきゃ分からないじゃないか。全く犯人も物騒な物を作ってくれた物だぜ」


 勘太郎は大きく破れている首輪のゴムチューブの辺りを手でなぞりながら、自分が何故助かったのかを認識する。

 どうやら勘太郎が窒息死する寸前に、羊野がいつも両太股に隠し持ている二本の包丁で膨張するゴムチューブを突き刺してくれたから助かったようだ。そんな羊野の助けに複雑な心境を抱く勘太郎は小さく溜息をつく。


「それで、お前は丸一日三井町で情報を収集して、他に何か収穫はあったのか」


「ええ、いろいろと分かりましたわ。調べた結果、宮下達也さんの名前や経歴は全て嘘であることが分かりましたわ。彼の本当の名は蛇野川貴志。当時十三歳の時に養子として県外に出された、蛇野川美弥子さんの実のお兄さんですわ」


「ああ、その情報ならもう既に川口警部から直に話を聞いているからもう知ってるよ」


「そ、そんな、この情報を掴む為に私がどれだけ奔走ほんそうし苦労したかを知らないのですか。行く先々で町の人達に変な目で見られ。知らない子供達には何故か追いかけ回され。挙げ句の果てには交番で事情聴取を受けたりとかして、それはもう大変な一日だったんですよ」


「いや、お前の今日一日の奮闘劇なんか知らねえ~し」


 羊野のその言葉に、昼間の町を謎の白い羊のマスクを被った怪しい人間が闊歩かっぽする……そんな光景が勘太郎の頭の中を一瞬過る。その怪しさ全開の奇っ怪な姿で町中を歩いたのなら、例え誰かに通報されたとしても文句を言える立場では無いだろう。そんな自分の立場をまるで分かっていない羊野に勘太郎は自分の見解を改めてぶつけて見る。


「今のままだとやはり宮下達也が犯人と言う事になってしまうんだろうな。何せ彼を不利にする証拠が続々と出て来ているからな。これは流石に疑いざる終えないか」


「でも大沢宗二郎さんのご自宅のリビングで見つかったスマホのメールの送信履歴には、夜の十一時三十分に宮下達也さんに送ったメールの内容しか確認できなかったんんですよね」


「まあ、大沢宗二郎宅でスマホが見つかったあの段階ではな。いや余りにも宮下達也が犯人に結び付く証拠が露骨に出て来たからなんか逆に怪しいと思ってな。もしかしたら誰かが宮下達也を犯人に仕立て上げる為に何か偽装したんじゃないかと思っただけだよ」


「だから昨日夜の十一時から~十二時までの間に宮下達也以外のメールがもしかしたら犯人の手により消去されているんじゃないかと思ったから、特殊班の人達にその消去されているはずのメールの復元を頼んでいたのですね」


「実際俺も半信半疑だったんだけどな。もしも何も見つからなかったらただの取り越し苦労で終わっていたかも知れないしな。本当に掛けみたいな物だったんだ。でもそう仕向けたのはお前だったんだんだろう。お前はあの偽のガセ情報を大沢宗二郎を使い拡散かくさんさせた時点でこうなる事は分かっていたんじゃないのか。だから朝出かける時に宮下達也以外の存在を徹底的に調べろと言ったんだな。大沢宗二郎に会いに行ったはずの犯人は、必ずその証拠を隠蔽いんぺいする為に誰かを身代わりにすると分かっていたから……それが宮下達也」


「ホホホ、人聞きが悪いですわね。ですがその餌に犯人は見事に食らいついた。その後宗二郎さんは何者かの手で殺され、ノート型パソコンは見事に盗まれた。つまりそれは、同じように大沢宗二郎さんから送られて来たガセメールを見て慌てた犯人が、その真実を確かめる為に宗二郎さんの自宅へと行ったと言う証拠ですわ。恐らく犯人がいくら問いただしても大沢宗二郎さんは大蛇神トリックの証拠に繋がる話を中々教えてはくれなかったので、やむなく酒に密かに忍ばせた睡眠薬を飲ませてから庭先で堂々と例の大蛇神トリックで殺し。そのままノート型パソコンを持ち去ったのでは無いでしょうか。何故なら犯人はノート型パソコンの中身を開く暗証番号が分からなかったからです。だから大蛇神トリックの正体に繋がる論文を確認できなかった」


「まあ、その話事態が真っ赤な嘘だからな。宗二郎さんもそれは言えないさ。しかも死亡した大沢宗二郎の右手には、これ見よがしに(宮下達也の指紋付きの)メモ用紙の切れ端が握られていた。そう考えると宮下達也の車の中から見つかったとされるノート型パソコンも、宮下達也を犯人に仕立て上げる為の伏線とも考えられるな」


「ええ、私達は昨夜にそう結論づけたはずです。もし犯人が宮下達也さんの本当の正体に前々から気付いていたのだとしたら、それを逆に利用しない手はないですからね。宮下達也さんの立場から考えたら大沢家の人間に恨みを抱いていても何も可笑しくは無いですし。復讐の機会を探る為に大沢家に潜入し。必要以上に大蛇神はいると言うデマを村人達に流したと人々に誤解させるにはうってつけの人物ですからね」


「それで、他に分かった事は何か無いのか」


「今私達がいるこの廃工場は昔、犯人の父親が経営していた跡地である事が分かりましたわ。何でも昔はバイクや車の備品を作る会社だった用です。形は随分と変わりましたが、この首輪の用なエアバッグもその商品の一つだったようですね」


「そうか、美弥子さんの父でもある蛇野川拓男は、このバイク部品の事業に失敗して大沢早苗からお金を借りていた訳だな。まさか神社の主がこんな事業に手を出していたとはな。まさか副業のつもりだったのかな?ん……じゃやっぱりその息子でもある蛇野川貴志こと宮下達也も一応怪しいと言う事になるのかな。だから姿を消した……いやわかんねえなぁ」


 勘太郎のその言葉に羊野は「はあ~ッ」と言いながら溜息を吐くが、それ以上は何も言っては来ない。そんな羊野の煮えきれない態度に勘太郎はつい不満を口にする。


「何だよ羊野、何か言いたい事でもあるのか」


「いいえ、別に。ただ黒鉄さんは……やはりそうでなければ面白くはありませんわ。悩み・考え・悔やみ・苦しみ・そして努力をして、この難事件に挑んで下さい」


「何だよそれは、なんか引っ掛かる言い草だな」


「それじゃ後の大まかな話は、犯人を追いながらでも説明しますわ」


「追いながらって、犯人が何処に行ったのか分かるのかよ」


「ええ、大体の行き先なら。それに黒鉄さんが捕まっている間に発信機を犯人の車に付けさせて貰いましたわ」


「相変わらず抜け目が無いな」


「ほほほ、黒鉄さんが身をていして犯人を引きつけていてくれたからこそ出来た事ですわ」


 白い衣服に付着ふちゃくするほこりを気にしながら、羊野はいつの間にか手に持っている(デザートイーグルのモデルガンでもある)黒鉄の拳銃をそっと勘太郎に手渡す。


「床に落ちていましたわ。勿論ゴム弾は全部で三発ほど補充させて頂きました」


「拳銃のマガジンにはゴム弾が一発しか入っていなかったが、まさかお前が弾を抜いたんじゃないだろうな?」


「勿論私が弾を抜きましたわ。一発あれば十分だと思いましたから。それに相手に銃を奪われるという間抜けな失態をした時も一発だけなら特に影響は無いと思いましたから」


「ぐっ、くそ~お前に言いたい事は山ほどあるが、それで俺が撃たれなかったと言う面も否定は出来ないからな、弾丸の件は不問にするぜ。それとこれは俺が犯人と話をして思った事なんだが。あの時会話の途中犯人は『人質は三人』と言っていた。でもそう考えると数が合わないんだよ。誘拐されたのは大沢柳三郎と池ノ木当麻の二人だけだからな」


「そこに今現在行方不明の宮下達也と小島晶介が入れば数がピッタリ合うじゃないですか」


「つまり、大沢柳三郎・池ノ木当麻・小島晶介・池ノ木当麻の四人の中に犯人がいると言う事だな」


「んんん……まあ、外れてはいないですがね」


 そう言いながら羊野は、心配そうに勘太郎を見る。


「そんな事よりです。頭の方は大丈夫ですか」


「なんだよ。俺の考えが可笑しいとでも言いたいのかよ」


「そうではなく、頭の傷の方は大丈夫かと言っているのですよ。犯人に頭を殴打されてから約九時間以上は気絶していましたから、直ぐに手当てをしないと」


「く、九時間も気絶していたのかよ。通りで回りがより一層真っ暗な訳だ。でも最初に比べてかなり痛みも引いたし、ズキズキとは痛むが……まあ、大丈夫だろう」


「気をつけて下さい。頭への殴打は後で響きますますからね。この事件に一段落がついたら直ぐに病院に行って下さい」


「何だよ、珍しく俺を心配してくれるのかよ」


「お給料を払う人間がいなくなったら困るから言っているのですよ。別に深い意味はありませんわ」


「相変わらず素直じゃないな。なら羊野よ、そろそろ俺達も行こうか」


 黒鉄の拳銃を後ろの腰ベルトにそっと忍ばせた勘太郎は犯人が移動したと思われる場所へ向かおうと一歩前に足を進めるが、咄嗟にある事に気付く。


「なあ羊野、お前ここまで何で来たんだ」


「何って普通にタクシーで来たに決まっているじゃないですか」


「で……今何時だっけ」


「今は夜の二十三時十分くらいですわ……あ!」


「そうだよ。東京では二十四時間営業のタクシーは普通だけど、この地域でのタクシーの営業時間はもうとっくに過ぎているんだよ。はあ~っ、一体これからどうしたものか」


 この深夜の廃工場から犯人が向かった現場に行くには流石に足が必要となるので、仕方なく勘太郎はまだ仕事をしていると思われる赤城刑事を呼ぶ為ポケットから折り畳み式の携帯電話を直ぐさま取り出す。

 ふう、どうやら携帯電話は奪われてはいなかったようだな、助かったぜ。


「あ、赤城先輩ですか。お仕事ご苦労様です。こんな夜更けに電話してすいません……それで折り入って頼みたい事があるのですが、今よろしいでしょうか」


 この後勘太郎は、渋々迎えに来た赤城刑事にこの状況をどう説明したらいい物かと真剣に迷うのだった。

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