第1話 『蛇使いと白黒探偵が対決する』  全28話。その26。


         第七章 『蛇使いとの対決』


         1  十二月七日(金曜日)


 時刻が深夜の二十四時を過ぎた頃。闇夜を照らす車のライトと樹木を揺らす冷たい風が外の不気味さを一層際立だせる。そんな静寂せいじゃくに包まれた蛇神神社の境内けいだいに、怪しげな蛇のマスクを被った男がひっそりと立つ。

 池ノ木当麻から奪った車に人質達を乗せてここまでやって来た蛇使いは最後の締めとばかりに、ぶ厚い布で包まれた寝袋状態の三人を順番に地面へと落とす。


「うぐ~っ!」


 顔に被せられている布袋のせいで状況が未だに掴めないでいる簀巻き状態の三人は皆悲痛の声を上げて抗議をするが、口を何かで塞げれているのか上手く声を上げる事が出来ない。

 そんな芋虫状態の彼らを見つめながら蛇使いは何かを考えている用だったが、しばらくするとその中の一人を担ぎ上げ溜池のある方向へと慎重に運び始める。


 三回程の往復をくり返したその数分後。


 胸元に光るペンライトを道しるべに何とか寝袋状態の三人を運び終えた蛇使いは、荒々しい息を吐きながら思わずガクリと片膝かたひざを突く。


「く、くそ~う、なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ。こんな苦労をするのも全部この罪人どものせいだぁ!」


 突如恨みの言葉を吐いた蛇使いは、その上手く行かない心の焦りを暴力と言う形で表現する。

 その感情的に放たれた蹴りは一人の被害者の布袋にヒットするが、靴のつま先が布袋の何処かに引っかけたのか頭部をおおっていた布袋がそのまま何処かへと吹き飛び、その素顔があらわとなる。

 剥ぎ飛ばされた布袋と入れ代わる用に眼前に現れたその顔は、今現在行方不明となっている大沢柳三郎その人だった。


 いきなりの予期せぬアクシデントで顔から布袋が外れた柳三郎は、今現在自分が置かれている状況を確認する為懸命に周りを見渡すが、その場所が例の呪われた場所だと知ると不安な顔が絶望へと変わる。

 近くには柳三郎と同じ用に寝袋で体を封じられている人物が二人ほど見えるが、ここからでは生きているかどうかは確認する事が出来ない。それに(自分と同じ用に)顔も布袋で覆われているので、この二人が何処の誰なのかが全く想像が付かない。

 今の今まで拉致されてからず~と布袋で顔を覆われていたのでその状況は確認できなかったが、黒鉄の探偵こと黒鉄勘太郎が自分を助けようとして合えなく犯人の奇襲に合い、そしてそのまま返り討ちにされていた事を柳三郎は知っている。

 何故ならその時、柳三郎はそのぶ厚い布袋越しにその状況を音で聴いていたので、その時の探偵と犯人との会話のやり取りからこの犯人が大沢家に対して何か恨みがある人物である事が容易に想像が出来た。


 そしてその事を踏まえて、もしここにある二つの寝袋に(自分と同じ用に)誘拐された被害者が入っているのだとしたら、ちょっとした疑問が残る。何故なら(自分を入れて)寝袋が三つある事に柳三郎は気付いたからだ。

 一つ目の寝袋は当然自分として、二つ目の寝袋の中身は同じように誘拐された池ノ木当麻の物と思われる。だとしたならば……三つ目の寝袋には一体誰が入っているのだろう? もしかしたら例の黒服の探偵さんかとも思ったが、柳三郎が知る限りどうやらあの探偵さんは廃工場の中にそのまま置き去りにされたらしいので、この正体不明の寝袋の人物は当然別の誰かと言う事になる?

 この時点で柳三郎は、小島晶介や宮下達也が行方不明になっている事を知らないので、色々と連想しながら誘拐されたその人物の可能性を考える。


 今正に自分の命が危ういと言うこの状況で柳三郎は他人の事を気遣うが、そんな柳三郎をまるであざ笑うかの用に首輪型の改造エアバッグを手に持つ蛇使いが眼前に迫る。


「さあ、裁きの時間だ。ついにお前のその深き罪を悔い改めさせる時が来たのだ。おいおい、そんなに暴れるなよ!」


「うぐぐぐ~ッ。ぐうっううううう~ぅぅぅ!!」


 猿轡さるぐつわが口にはまっているので話す事が出来ない柳三郎は力の限り暴れるが、当然蛇使いの行為を振り切る事は出来ない。

 その必死さ全開の柳三郎が何故こうまでして暴れるのか……それはこの首輪型のエアバッグを首にはめられてしまったら全てが終わってしまう事を本能的に気付いたからだ。

 そんな死への恐怖も相まって必死で抵抗をする柳三郎だったが、結局は抵抗空しく首に改造型のエアバッグをめられてしまい体が大きく震え出す。だがそれでも諦めずに必死で抵抗をし続ける柳三郎の願いが通じたのか、口を覆っていた猿轡が少しずつ緩み、その口元から大きな絶叫がこだまする。


「や、やめろ、止めてくれ!お前は一体誰なんだ。俺に何の恨みがあってこんな事をするんだぁぁぁーっ!」


「何の恨みだと。今さらそれを聞くのか。数年前、大蛇神様が御座すここの鳥居を壊し……この家の社に住んでいた蛇神様に使える一家を離散させた大罪人の家族の癖に、良くそんなことをぬけぬけと言えた物だな。そんなお前達一家には必ず大蛇神様の祟りがあるとしれ~ぇぇ!」


「その言い草、言い回しは……やはりお前は、宮下達也なのか?」


「くくく、さあ、どうかな。俺が何処の誰かなんてどうでもいい事だろう。今重要なのは、心底絶望しているお前に蛇神様の裁きが下ると言う事実を実感して貰う事だけだ。そしてその恐怖を抱いたまま死んだお前の姿を無知な村人達に見せつける事によって、この大蛇神の呪いは確実な物となるのだぁぁ!」


「お、俺が一体何をしたと言うんだ。家の両親に恨みがある用だが。俺自身には全く関係の無いことだろう!」


「お前はあの大沢家の家族の一人であり……そして歴とした罪深き関係者だ。故にお前は絶対に死ななけねばならない運命にある。そうこれはお前らがこの地に来た時から決まっている事なのだ!」


「そんな馬鹿な。そんなのは理不尽だ!ただ単に大沢家の人間だというだけで、ろくに理由も分からずに殺されるだなんて、そんなのは嫌だ!理由を、ちゃんとした、俺が納得の行く理由を言ってくれ!」


「だからこれは、お前ら家族を断罪する為の裁きであり。その罪を清算する為に仕組んだ大蛇神様なりの慈悲なのだよ。だから黙って殺されろや!」


「は、話が噛み合わないし、まるで通じない。く、狂ってる。お前は狂ってるよ。だ、誰か、この狂った狂人から俺を助けてくれぇぇ!」


「ハハハハハハッ、この蛇神神社に来る途中に、池ノ木当麻の家のアトリエに火をかけて来たから、この時間は恐らく殆どの消防隊員と警察官は皆池ノ木当麻の家の方に向かったんじゃないかな。これでもうここに来る警察官は皆無となった訳だ。これで心置きなくお前らを殺す事が出来るな」


「嫌だ、助けてくれ。おれはまだこんな道半ばで死にたくはないんだ。お願いだから!」


「ハハハハッ、ダメダメ、お前はここで死ななきゃ行けないんだよ。大蛇神様の奇跡を体現する為にもな!」


 涙と鼻水を垂らし震え泣く柳三郎を見下ろしながら、蛇使いは蛇マスク越しにケラケラと笑う。そんな蛇使いの耳に想像だにすらしていなかったあり得ない声が夜空に響き渡る。


「そこまでだ、もう止めるんだ。お前の大蛇神の奇跡とやらもこれで終わりだ!」


 突然聞こえたその予期せぬ声に、蛇使いはまさかと言った感じで振り向く。その先には黒のダークスーツに身を固めた黒鉄勘太郎と白い羊のマスクを被った羊野瞑子の二人の姿があった。


「ば、馬鹿な。黒鉄の探偵……お前、生きていたのか。そ、そうか、隣にいる白い羊の女に助けられたんだな。くそ~う、今日一日は隣町から帰ってこないと聞いていたからあの廃工場には絶対に来ないと踏んでいたが、まさか近くまで来ていたとは、こいつは流石に迂闊うかつだったぜ」

 その咄嗟に出た蛇使いの言葉が好戦的に聞こえたのか、羊野は被っていた羊のマスクを乱暴に蛇使いの方へと脱ぎ捨てる。

 その瞬間長い白銀の髪は風になびき、白い柔肌の美人顔が露わとなる。


「ホホホホッ、私が隣町に出掛けていた事を知っていると言う事は、貴方は少なくともあの大沢家で働いている関係者の誰かと言う事ですよね。そうでなければ今日一日だけでこの情報を掴む事は先ず出来ませんから」


「俺がボール流し実験を柳三郎さんと美弥子さんに頼んだ時、池ノ木さんは渋々蛇神神社に行く為に大沢家から車を借りに行ってくれた。もしかしたらその時にでも犯人に情報が知られたのかも知れない。もしその大沢家の中に犯人がいたのだとしたら、その人物はかなり絞られる事になる。そこに転がっている正体不明の寝袋が後二つある事からもそれはうなづける。それに大蛇に絞め殺された用に見せかける大蛇神トリックの正体が分かった今、もう大蛇の驚異きょういに怯える必要は何処にも無いからな。と言う訳で、もうそろそろ潮時しおどきじゃないのか。いい加減にその正体を現せ、大蛇神の蛇使い!」


 勘太郎の勇気ある凄みに逃げられないと悟った蛇使いは、木の棒で二人を威嚇しながら瞬時に覚悟を決める。


「まさかこの土壇場どたんばでここまで追い詰められるとはな。少しお前達をあなどり過ぎたか。流石は白い羊と黒鉄の探偵と言った所か。しかしよくここにいる事が分かったな」


「お前の正体を知れば自ずと分かる事だ。数年前、お前の父親がサイドビジネスで経営するバイクの機械部品会社は、目玉商品でもあるバイク専用のエアバッグベストの商品開発に力を入れていた事は既に調べが付いている。だが当時このエアバッグベストには大きな欠陥と問題点があり。転倒時に着用者の首が異常に閉まるという事故が多発したとも聞いている。そんな欠陥だらけの商品を無理に販売した結果、その影響で経営は大きく傾き。大掛かりな開発費に加えて被害者への賠償金。更には会社が大きな赤字を出した事で経営は火の車だったという話だ。そんな経営難の時にお前の父親は町金融の高利貸しを営む大沢早苗からお金を借りたんだな。しかも違法な利子で取り立てる闇金融会社だと知っていながら。同じ村の人間だからと言う事もあり最初は安い金利でお金を貸して貰っていたらしいが、会社が継続できないと言う事が分かるとまるで手のひらを返したかの用に一斉に取り立てに走ったとも聞いている。その行き過ぎた取り立てに遂には耐えられなくなったあんたの父親は精神を病み自殺をし。そしてそれを皮切りにお前達一家は皆合えなく離散する結果となった。そう言うことだろう。お前がこの数年どういう気持ちで生きて来たかは俺には正直想像も付かないが、お前は正体を隠し再びこの地に帰って来た。入念にゅうねんに仕掛けを準備し、大蛇を見たと言う噂を流し、そして表では村人達の信頼を獲得しながら地道に大蛇神伝説を作り上げる。そうする事によって最初は誰も信じていなかった大蛇の存在もその不安と見えない恐怖によって皆が徐々に信じ始める。その気の長い地道な行動も全ては(自分達家族を不幸に追いやった)大沢家に復讐をする為の布石だったと言う訳だな。何せこの特殊な環境を作り上げると言う事は、その後に始まる殺しの犯行を全て謎の殺人大蛇に押し付ける事が可能だからな」


「まあ、確かに、その大蛇神の呪いとやらで人が殺されたのなら、その罪を誰にも償わせる事は出来ませんからね……。でも~最終的には、正体とそのトリックがバレそうと勝手に勘違いをした犯人がいろいろとへまをした挙げ句、のちに自分の身代わりを仕立て上げなけねばならない所まで追い詰めましたけどね」


 そう言うと羊野は得意げに話す勘太郎を見つめながらさり気なく相づちを入れる。その何気ない言葉の後押しに更にテンションを上げた勘太郎は、大きな自信と確信を持ちながら言葉を繰り出す。


「そして何故お前がこの蛇神神社に来たのかと言う答えだが。この地でなけねばあの殺人大蛇を出現させる事はこのトリックの性質状出来ないからじゃないのか。だからこそお前はこの地にこだわり続けている。そうだろう、宮下達也!いや本当の名前は蛇野川貴志だったか!」


 格好良くポーズを決めながら言い放つ勘太郎の指摘してきに、当の蛇使いは「クククッ」と笑いながら仁王立ちで威嚇いかくをする。


「フフフ、バレてしまっては仕方が無いな。そうだ俺が……俺こそが、宮下達也こと蛇野川貴志だ!よく見抜いたな」


「やはりそうか。お前が……」


 勘太郎は蛇使いの言葉に納得をしていたが、隣で話を聞いていた羊野は溜息をつきながら真顔でその言葉を否定する。


「いいえ、違いますわ。あの目の前にいる蛇使いは残念ながら宮下達也さんではありませんわ。それに黒鉄さんは何か勘違いをしています。蛇野川家の父親である蛇野川拓男さんは確かに大沢早苗さんから借金をしたみたいですが、彼はあくまでも協同経営者で。蛇野川拓男さんが自殺してからはその連帯保証人の権利は別に移ったとの事ですよ」


「れ、連帯保証人だと?」


「ええ、どうやらその連帯保証人になったとされる家も借金に喘ぎ、そのまま離散したとか。人の噂ではその家族は皆不幸な結末に至ったとの事ですよ。だからこの犯人は蛇神神社に関わりのある蛇野川家の人達をも利用して……大沢家の人間に復讐をしようと企てていたのですよ。そうでしょう、大蛇神の蛇使いこと池ノ木当麻さん!いいえ、それとも『田中当麻さん』とでもお呼びした方がよろしいでしょうか!」


「い、池ノ木当麻だとう!それに田中って一体どう言う事だよ?」


 その思いもよらない名前に勘太郎は自らの耳を疑う。何故ならもし池ノ木当麻が犯人なら一つの疑問が残るからだ。


「でも羊野、お前は知らないとは思うが、蛇使いが大沢柳三郎を誘拐した時、その光景を蛇野川美弥子は池ノ木当麻と共に見ていたんだぞ。なら自ずと池ノ木当麻が犯人だと言う説は除外じょがいされると思うんだが」


「だからこそ、この計画には協力者がいるのですよ」


「協力者って、まさか蛇野川美弥子が嘘を言っていたとでも言うのか」


「いいえ、美弥子さんは見たままの事を言っているでしょうね。でも黒鉄さんが私に教えてくれた話では、最初に池ノ木さんが犯人の奇襲を受けて倒れ。そのまま二人が逃げた所で大沢柳三郎さんが犯人に捕まったらしいですから、もしかしたら池ノ木さんは蛇使いに倒されたふりをして、その後はその協力者と共に二人で柳三郎さんを誘拐した物と思われます」


「ふ、二人でか。蛇使いは二人いると言う事か」


「だって普通に考えてみて下さい。倒れているか、或いは意識のある二人を一体どうやって蛇使いは一人で運んだと言うんですか。連れ去った蛇神神社付近とその山の下にある駐車場とは結構な距離がありますよ」


「言われて見れば確かにそうだな。犯人が二回も山道を往復したとは流石に考えにくいか。じゃなぜ池ノ木当麻はその姿を目撃した蛇野川美弥子を殺さなかったんだ。情が湧いて見逃したとは流石に考えづらいぜ」


「簡単な事ですよ。この蛇使いの犯行を宮下さんだと誤認させる為です。恐らく池ノ木さんは宮下さんに罪を擦り付ける為にワザと幾つかの証拠を残して行った物と考えます。故にその蛇使いの姿を目撃した蛇野川美弥子さんが口封じで殺されなかったとなれば、その後に警察が宮下達也に繋がる証拠を見つけ出した時に必ず彼を疑うと踏んだからでしょう。もしかしたら兄妹の情にほだされた宮下達也が蛇野川美弥子さんを殺せなかったと言う布石を作る為に」


「と言う事は池ノ木は、最初から宮下の正体を知っていたと言う事になるな。何とも恐ろしい話だぜ」


「その後、池ノ木さんは柳三郎さんを連れて車で移動したらしいですが。その協力者の方は蛇神神社の山の裏側にある農道から馬で帰ったと推察されます」


「馬でか……ならあの農道で俺が見つけた何かの動物の足跡とその糞はやはり馬の痕跡だったのか。複数の人間の足跡があったのもその為か。けどよ羊野、もしお前の言う用に目の前にいる蛇使いが池ノ木当麻なら、大沢家の長男、大沢杉一郎が死んだ時の彼のアリバイは一体どう説明するんだ。当時の池ノ木には歴としたアリバイがあるんだぞ」


「先日亡くなった杉一郎さんの衣服に付着していた赤い糸くずの事を覚えていますか。首を圧迫されて苦しかったはずなのに、その現場で暴れた形跡が一つも見当たらなかったんですよ。つまり大沢杉一郎さんは別の所で首を絞められ、そして圧迫死したと私は考えています。死亡推定時刻内にどうやって殺したかは……それはもう言わなくても分かりますね。既に黒鉄さんは実体験済みの用ですしね」


 その羊野の言葉に勘太郎は無意識に自らの首を摩る。その時の記憶が今も鮮明に思い出されるからだ。


「別の所でって、一体何処だよ。仮に十九時から二十一時にあのタイマー型の大蛇神トリックが作動して杉一郎が殺害されたのだとしても、その死体をわざわざ別の場所に移動させる意味は無いだろう」


「意味があるからこそ池ノ木さんはわざわざ杉一郎さんの死体を移動させたのですよ」


「だとしたらあの日池ノ木が蛇神神社に行ったのは、隠しカメラが動いていた二十一時四十五分の時と、隠しカメラが停止していた二十四時以降の深夜と言う事になるな。それはあの蛇神神社の駐車場前に仕掛けていた隠しカメラの映像が証明している。それにあの時の池ノ木はまだ隠しカメラの存在には気付いてはいなかっただろうから絶対に油断していたはずだ。だとしたならば二十一時四十五分に駐車場内に入った池ノ木は、何処かに隠していた大沢杉一郎の死体を蛇神神社内の溜池付近に移動させたと言う事になる。だけど一体何の為に移動させたんだ?」


「結論から言いますと、杉一郎さんが死亡したその現場が見つかったら非常に困るからではないでしょうか」


「元々杉一郎を監禁していた場所が見つかるのは当の池ノ木からしても非常に困る訳だが、そんな場所にあの赤い糸くずが関わってくる訳だな。だが事件後は蛇神神社の境内の中や駐車場付近も隈無く探したが、結局はあの赤い糸くずに繋がる場所は何処にも見つからなかった。と言う事はあの赤い糸くずはタダ単に大沢家や外の何処かで偶々付いた糸くずだったんじゃないのか。つまりこの事件とは全く関係の無い物と言う事だ」


「いいえ、そんな事はありませんわ。絶対にこの赤い糸くずは事件に関わりがあります。それにあの神社内で人を監禁できる場所ならちゃんとあるじゃ無いですか。より身近で、素早く移動が出来て。しかも監禁した杉一郎さんの姿を覆い隠せる画期的な場所が」


「そんな場所があったかな?それは一体何処だよ」


「車のトランクの中ですわ」


 その羊野の答えに勘太郎は酷く落胆した顔で大きく溜息をつく。


「はあ~っ、いいか羊野。杉一郎さんの死体が見つかった時に、あの駐車場に止まっていた杉一郎の車やその後に隠しカメラに映っていた全ての人達の車はみんな調べたんだよ。だが、あの赤い糸くずに繋がる証拠は何処にも見つからなかった」


「まあ、車のトランクの中はそうでしょうね。問題はトランクの中では無く、トランクに積んでいた中身の方ですわ」


「中身だと?」


「例えばあの登山なんかに使う寝袋とかはどうでしょうか。あれなら相手の全身を包んで拘束する事も出来ますし、移動の際は持ち運びも結構楽なのでは無いでしょうか。それに例えトランクの中で暴れたとしても全身をぶ厚い生地で覆っているので回りに証拠が残りにくいと思われますよ。あら、そんな事をお話していたら偶然にもそこに寝袋が二袋ほど転がっていますわね。なら今ここでその寝袋の中身の生地を調べてみるのも面白いかも知れませんね。私の考えではその寝袋の生地の中の素材と杉一郎さんの死体の衣服に付着していた赤い糸くずは一致すると思うのですが」


「寝袋……そう言えば俺達が池ノ木の家に聞き込みに行った時、あれと同じ用な寝袋があった事を思い出したぜ。そしてお前はその寝袋をやたらと気にしていた」


「ええ、その寝袋の中の生地に使っていた繊維と杉一郎さんの死体の衣服に付いていた赤い糸くずの繊維がほぼ似ていましたから、もしかしたら彼が犯人かも知れないと思ったまでの事です。池ノ木さんの寝ていた寝袋から糸の繊維を抜いて直ぐに調べた結果、寝袋のメーカーが同じである事が直ぐに分かりましたわ」


「お前、その事は警察には言ってないだろう」


「ええ、言う必要が無いと思いましたから。そんな事をしたらあの川口警部に全て手柄を横取りされるでしょうし。そうなれば勿論大沢草五郎社長からの特別報奨金とくべつほうしょうきんも出ませんし、私達の信用も地に落ちると言う物ですわ。それにこの事件は何としても私達の手で解決したいと思いましたから」


 とびっきりの笑顔を作りながら言う羊野の言葉に、警察に協力する気は全く無い事を勘太郎は今更ながらに理解する。そう軽薄にも事件を楽しむ彼女に取って、この推理ゲームを純粋に楽しめさえすれば後の事はどうでもいいのだと。

 そんな心情を隠せない勘太郎を尻目に、羊野は何も気にしないとばかりに話を続ける。


「それに池ノ木さんのアトリエで、黒鉄さんが何気なくバイクの備品関連の雑誌を見ていた時に、古いカタログが何冊か混じっていたのを覚えていますか。そのカタログの中に確か合ったと記憶しています。田中工業株式会社と書かれたカタログが混じっていたのを」


 その羊野の言葉に、勘太郎は目を見開き驚愕きょうがくする。


「その田中工業株式会社ってまさか。俺が人質を助け出す為に突っ込んで合えなく返り討ちにあった、あの廃工場の事か」


「ええ、あの廃工場の看板に書かれていた名前が確か『田中工業株式会社』。池ノ木家のアトリエで見たあのカタログの内容の全てがバイクに関連する商品の数々であり、その中には後に事故を起こしたとされるあのエアバッグ型のベストも掲載けいさいされていましたから。昨日隣町で聞き込みの際に田中工業株式会社の事を聞かされた時は、池ノ木さんの家で見たあの古いカタログの事を直ぐに思い出しましたわ。それにこんな古いカタログを今も後生大事に持っている時点で池ノ木さんには何か裏があると考えた次第です」


 三日前に勘太郎が池ノ木当麻のアトリエで何気なく見た雑誌やカタログ類を羊野は何故か覚えていた。確かにあの後羊野は、俺が見ていたカタログをまるでなぞるかの用に見ていたが、それはほんの少しの間だけだ。だからこそ、そんなたわいもない事を覚えていた羊野の洞察力と記憶力に恐怖すら覚える。


「でも最初に疑いだした切っ掛けは、アトリエの部屋の中央にあるマッコウ鯨の模型の下に落ちていた粉の事と……美弥子さんが帰宅途中に見たと言う、バイクで信号待ちをしていた池ノ木さんと交差点で鉢合わせをしたと言う話を聞いた時でしょうか」


「ああ、お前が語ったあの二つの仮説か。だがあれはあくまでも憶測なのだろう」


「いいえ、私はかなり信憑性があると思っていますわ。あの床に落ちていた粉は天井に吊されていたマッコウ鯨の模型の素材と同じ物の用なので、皮膚部分の外壁か何かが剥がれて下に落ちた物と考えられます。その素材の種類は、硬質ウレタンと合成樹皮のラテックス液状ゴムの用ですから、先日蛇神神社の溜池付近で見つけた塗料の塊が同じウレタン素材の塗料である事は直ぐに分かりましたわ。勿論その推測を確かな物とする為に証拠の品を科捜研に送り調べて貰ったしだいです。そして美弥子さんが見たというバイクの件は……この後直ぐにお話しますわ」


 アトリエの床に落ちていた粉の件で疑惑を持ち。寝袋の件で犯人かもと疑い。そして宮下や池ノ木の過去を調べ上げた事であの廃工場に辿り着いた。だが池ノ木が犯人かも知れないと疑いだした最初の切っ掛けは、やはり蛇野川美弥子が帰宅途中に見たと言う、池ノ木当麻が運転するバイクと遭遇した時の話を聞いた時だろうか。その話をこれから羊野は勘太郎と蛇使いこと池ノ木当麻の前で堂々と語る。


「しかし、池ノ木と田中じゃ名字が違うんじゃないのか」


「田中は父方の名字で、池ノ木はどうやら母方の名字みたいですね。どうやらあの工場が潰れた後に両親は離婚したみたいですわね」


「なるほどな。宮下達也が本当は蛇野川家の長男、蛇野川貴志だと知った時は大沢家の人間を殺したい程恨んでいるのは彼に違いないとばっかり思っていたが、そこに第三者が紛れ込んでいるとは流石に考えなかったぜ」


「ええ、そこが今回警察すらも見抜けなかった点であり、本当の真実ですわ。何せ連帯保証人となった田中家の主は既に他界してますし、後にその権利は継続破棄と言う形で破産宣告をしていましたからね」


「だけど池ノ木当麻はその事を忘れずに、密かに復讐の機会を狙ってたと言う事か。なら、そろそろ美弥子さんが見たと言う池ノ木当麻が乗るバイクの話と、大沢杉一郎を殺したそのアリバイトリックについて教えて貰おうか」


「ええ、いいですわよ。池ノ木さんも……いいえ、蛇使いさんも何か間違いがあったら意義を唱えて下さいな。ではそろそろ答え合わせと行きましょう」


 羊野のその悪夢のような言葉に、蛇使いはまるで蛇に睨まれた蛙の用に静かに押し黙る。そんな重苦しい空気の中で羊野の推理ショーが今始まる。


「私はある一つの証拠から一人の若者にたどり着く事が出来ました。その若者の証言によれば、十二月四日(火曜日)の午後の十七時頃。池ノ木さんはそのアルバイトの若者を使って、人には言えない秘密の仕事を頼んでいます。それは隣町にいる大沢草五郎社長に必要な書類を届けると言う簡単な仕事だったそうです。ですがそのバイトを引き受けるに当たりある条件を突き付けられました。それは池ノ木さんが普段着用しているフルヘルメットとライダースーツを着て、池ノ木さんのバイクで大沢草五郎社長に書類を届けると言う物でした。つまり池ノ木さんはそのアルバイトの若者を使って、宛も自分がフルヘルメット姿で大沢草五郎社長に書類を届けに来たと言う事実を作り上げたと言う事です。勿論池ノ木さんと同じ体型の人に頼んでいますから、その素顔や声がバレない限りはその正体を見破られる事は先ずないと思われます。まあ、普段から池ノ木さんは何処かに移動の際はそのライダースーツ姿で頼まれごとに応対していたそうですから、その存在を疑う者は先ずいなかったでしょうね」


「その一人の若者って、一体誰だよ?」


「黒鉄さんも一度だけ植物園で会っているのではありませんか。あの時宮下達也さんと一緒にいた革ジャンを着た金髪の若者ですよ」


「ああ、あの時のバイトの若者か。でも何でその若者が池ノ木当麻の犯行に加担なんかしたんだ」


「彼の名前は石田和孝。ロックバンドのミュージシャンを目指して今も活動をしている二十才の若者です。高校時代はいろいろとやんちゃをして家族や町の人にも迷惑を掛けていた様ですが、今は音楽に目覚めて路上や町の駅でストリートミュージシャン活動を行っているそうです。ですがいつもお金が無くて転々といろんなバイトで食いつないでいる所をあの池ノ木さんに出会ってこの大沢農園の仕事を紹介して貰ったそうです。そんな矢先に行き成り頼まれたこの仕事は如何にもうさんくさかったので最初は断ろうとしたそうですが、いつもご飯をおごって貰っている事と提示された大金に目が眩んで、特に理由を聞くことも無くこの仕事を引き受けたそうですよ」


「つまり何か、胡散臭い事に加担させられている事は分かっていたけど。特に理由を聞かずにこの仕事を引き受けたと言う訳だな。飯をおごって貰った引け目と大金欲しさに」


「何でも彼は、この仕事が終わったらしばらくはこの会社には近づかないつもりでいたみたいですからそれで警察からの追求を逃れられると思っていたそうです。彼の働いたタイムカードの記録では、十三時三十分のバスでバス停に降りて。十四時からお仕事を開始。かねてより計画していた通りに池ノ木さんと馬屋で掃除の手伝いをしていると言うアリバイを作りながら、午後の十七時には大沢草五郎社長に頼まれていた書類を届ける為に、池ノ木当麻さんになりすまして、バイクで向かったと証言しています」


「でもお前は何でその一度しか会っていないアルバイトの若者が、その犯行に加担していると思ったんだ?」


「私がその事に気づけたのは、彼が植物園で宮下さんと話をしていた時の内容を思い出したからですよ。確か彼はあの後池ノ木さんの所で馬屋の掃除の手伝いをすると言っていました。しかも同じくバイクの趣味を持っていると。そこから池ノ木さんとの関係が繋がったのですよ。勿論この石田和孝さんにも馬舎で十四時から二十時までの六時間働いていたという立派なアリバイがありますが、馬屋はかなり広く。しかも数人働いていた人達は皆初見のアルバイトの人達でしたので何処に誰がいたかなんて事は当然分からず、皆証言があやふやだったのだと思います。なので『あの人はいなかった』などと言う証言をする人は誰もいなかったのでしょう。だからこそ会社に残っているタイムカードの記録だけが唯一の証拠だったのだと思います。まあ、人数も数百人とアルバイトは多かったので事務的に処理をした警察は石田和孝の関与かんよには誰も気づけなくても仕方が無いと思いますよ」


「でも、お前は気づいたと」


「それに気づいたのは、池ノ木当麻さんが犯人かも知れないと疑りだした時です。ですが池ノ木さんにはれっきとしたアリバイがありますので普通に考えたら見過ごす所ではありますが、ですがあの初見時の植物園で石田さんが池ノ木さんの下で働くと言っていた事を思い出したので、もしかしたら体型が同じ彼なら池ノ木当麻さんの身代わりが出来るのではないかと思ったから調べたまでの事ですわ」


「だから急遽隣町きゅきょとなりまちの三井町に出かけると言ったのか」


「ええ、どうしても会ってお話を聞きたかった物ですから」


「協力者の石田和孝の事は分かった。だが、一体池ノ木は何のためにそんな事をしたんだ?」


「勿論大沢早苗の息子である大沢杉一郎さんを殺害するアリバイ作りに利用する為ですわ。池ノ木さんの命令でバイクを借りた石田さんは、十七時丁度に大沢家を出て、隣町で待っていた大沢草五郎社長にその頼まれていた書類を無事に届けたそうです。ですがその帰り道に思いも寄らない出来事が石田さんの身に起きてしまった。そう十七時四十五分に、池ノ木さんに変装した石田さんとあの蛇野川美弥子さんが交差点で鉢合わせしてしまった件です。美弥子さんの話では道路の交差点で信号待ちをしていたら、フルヘルメット姿のバイクの人とつい目が合ってしまったとの事です。まあ、そのバイクの男はヘルメットを被っていたらしいので、この場合はヘルメット越しに視線を感じたと言った方が正しいでしょうか。フフフ~ッ」


 そう言いながら羊野は一人でクスクスと笑う。そんな羊野の態度に勘太郎は「余裕こいてないでとっとと話を続けろ!」と思わずツッコミを入れるが、そんな上司の言葉などは気にもしない羊野はお構いなしに話の続きを語る。


「交差点で見たそのバイクに乗るフルヘルメット姿の男がどう見ても池ノ木当麻さんにそっくりだったので、美弥子さんは当然彼だと思い声をかけてお辞儀をしたそうです。ですがそのフルヘルメット姿の男は何の反応も示すこと無くその場を立ち去ったとの事です。普段会ういつもの池ノ木さんなら美弥子さんが挨拶をすると決まって挨拶を返してくれたそうですから、何故今日はあの至近距離で無視されたのかと疑問に思っていたとの事です。その話を聞いた時、私は直ぐにその人物は池ノ木さんに成りすました真っ赤な偽物では無いかと疑っていたのですよ。池ノ木さんがアリバイ作りをする為のね。それに三日前に池ノ木さんのアトリエに聞き込みに行った時に、池ノ木さんは草五郎社長から頼まれたと言う書類の話をしていましたが、蛇神神社の駐車場がある交差点で誰かに会ったなんて話は一言も言ってはいませんでした。もしかしたら本当に忘れているだけとも考えましたが、後に美弥子さんの話を聞いて池ノ木さんの言葉に一つ矛盾が生まれたので怪しいと思ったまでの事です。そう思いましたので昨日は一足先に隣町に出向き、宮下さんから聞いた情報を元に、石田和孝さんに合いに行っていたのですよ。そしてその石田さんの事情聴取を行った私は彼の関与を聞き出す事に成功したと言う訳ですよ。フフフフフッ……」


 その更に大きくなった不気味な笑い声から、羊野が一体どうやってその若者から話を聞き出したのかが軽く想像される。

 恐らくその若者がしでかしたと思われる関与を必要以上に煽り。これは取り返しの付かない重大な犯罪かも知れないと散々怖がらせ脅した挙げ句、もし正直に自供じきょうしたら今なら罪を軽く出来る。私は警察関係者に大きなコネがある……とか言って話を持ちかけたのだろう。でもまあ、一探偵事務所所属の探偵助手に過ぎない羊野にそんな権限は初めから無い事は少し考えれば分かる物だが……その罪に心当たりのある余裕の無い人物なら、羊野の飴と鞭を使い分ける心理攻撃に冷静さを失うかも知れない。


「池ノ木の依頼で、その若者が池ノ木当麻になりすましてバイクに乗っていた事は分かったが。ならその時本物の池ノ木当麻は一体何処にいたんだ?」


「十七時丁度に書類を届けに行く若者を密かに見送った池ノ木さんは、予め盗んで置いた杉一郎さんの車の鍵を使ってトランクの蓋を開け。その鍵をまた杉一郎さんの部屋に戻してから、そのままトランクの中に隠れてその時が来るのをじ~と待っていたのでは無いでしょうか」


「なに~いぃ!杉一郎の車のトランクの中に池ノ木が潜んでいたと言うのか。確かに普段から仕事や用事で大沢家の家の中に出入りする事が出来る池ノ木なら、杉一郎の車の鍵がいつも部屋の何処にあるかは分かるかも知れない。て言うか池ノ木が怪しげな計画を立てているのならその下調べも当然しているだろうしな。そうか……だから杉一郎の鍵が一時期無くなったとお手伝いさん達が証言をしていたのか。それで、誰にも知られる事無くその車のトランクの中に入れたとして、そこから一体どうやって出るんだよ。当然杉一郎にバレない用にトランクのロックは掛けてあるだろうし、誰かに開けて貰わないと外に出ることは出来ないぞ」


「ええ、そうですね。なので池ノ木さんはこのトランクの中に入る前に、前もって杉一郎さんを何らかの方法で呼び出していたのでは無いでしょうか。例えば、蛇神神社で待ち合わせをしていたとか」


「確かに、四日前の十二月四日。十七時十五分頃に一台の車が蛇神神社の駐車場に入って行くのを隠しカメラが鮮明にその証拠を映し出している。と言う事は池ノ木はその時間に杉一郎が蛇神神社に行くと言う事を知っていたと言う事になる。だが、さっきも言った用にその後池ノ木はそのトランクの中からどうやって出たんだ。まさかトランクの蓋を叩いて杉一郎本人に出して貰った訳じゃないだろう」


「ええ、そこでまた別の協力者の出番な訳ですよ。恐らくその協力者は杉一郎さんに直接電話を入れて、何気にトランクの中を開ける用にと促したのでは無いでしょうか。その証拠に本来出て来るはずの杉一郎さんのスマートフォンが未だに見つかっていませんからね。電話をした痕跡はその杉一郎さんのスマートフォンに残っていますから、是が非でもそのスマートフォンを回収したかったはずです。もし杉一郎さんがその協力者と電話をしていたと言う事実が知れたら、警察は杉一郎が契約している電話会社からその通話履歴を調べ上げられるかも知れませんからね。だからスマホその物を最初から持っていなかった用に見せたかった訳です」


「アルバイトの石田和孝とは違う、また別の協力者だと……なるほどな。それで、その協力者の電話で荷台のトランクを開ける事になった杉一郎は、トランクの中で待ち伏せしていた池ノ木の思わぬ襲撃に合い(スタンガンか薬品でも嗅がされて)気絶させられたんだな」


「その後、池ノ木さんはトランクに持参していた拘束する為の寝袋と首輪タイマー型のエアバッグを杉一郎さんの体に設置せっちし。そのまま杉一郎さんを車のトランクの中に押し入れたと私は考えています。トランクの中なら例え目が覚めて暴れたとしても、ぶ厚い寝袋で固定されていますから手足を動かす事は先ず出来ないと思われます」


「その後池ノ木は、助けが呼べない用に杉一郎からスマートフォンを奪い。そのまま裏山にある農道を通って、大沢家の牧場まで歩いて戻ったんだな。何故なら、駐車場前に仕掛けた隠しカメラには池ノ木が駐車場から出た映像は何処にも映ってはいなかったからな」


 その当然の用に相づちを打つ勘太郎の推測に蛇使いが反応する。


「いいや、違うな。徒歩では無い、馬だよ。馬で帰ったんだよ。その協力者が予め農道付近の木に繋いで置いてくれたからな。俺はその用意されてた馬で牧場に戻ったんだよ。その方が徒歩よりも断然に早いからな。まあ、あんたの言う用に、もしも徒歩で帰っていたのなら、駐車場前の道路を普通に歩いて帰ったのかもしれんな」


「そうか、池ノ木さん。あんたは確か馬に乗ることが出来るんだったな。だからあんたの姿は隠しカメラに映る事は無かったのか。夕方頃とは言え、馬で道路を走ったら流石に誰かに見られるかも知れないからな。それならば誰にも見られる心配の無い山の農道の方が遙かに安全か」


 そう言い切った勘太郎の脳裏に池ノ木当麻が持っていた乗馬入門の本が頭を過る。恐らくこの日の為に池ノ木は乗馬の練習をしていたのかも知れない。そう考えると勘太郎は何だか悲しい気持ちになる。こんな復讐の為に月日を費やすなど馬鹿げてるし、悲しい事だからだ。


「それで……大沢牧場の宿舎の馬で人知れず牧場に帰って来た池ノ木は、十八時頃に同じように帰ってきた石田和孝と入れ替わり、何食わぬ顔で隣町にいる大沢草五郎社長を待っていたんだな。十九時以降に起動する、杉一郎さんに仕掛けた首輪型のエアバッグが膨張する様を想像しながら」


「ええ、まあ、そう言う事ですわ。これが池ノ木当麻さんが仕掛けた。大沢杉一郎を殺害する為に使った、殺人とアリバイ作りのトリックですわ。あの後私も黒鉄さんに仕掛けた首輪型のエアバッグを直に見ましたが。あの首輪型のエアバッグで首を締め上げられたら、宛も本物の大蛇に締め上げられたかの用な後が残りますからね。恐らくはそう見える用になるまで何回も改造や実験を繰り返したのでしょうね」


「そうか、だから杉一郎の死亡推定時刻に池ノ木は大沢草五郎社長らと共に民宿にいる事が出来たのか。池ノ木はあの民宿で、杉一郎が死ぬのをただじ~と待っていればいいだけの話だからな。だけどその後の杉一郎の死体の移動は一体いつやったんだ。死亡した杉一郎から寝袋や首輪型のエアバッグを取り外さないといけないだろう」


「それはあの隠しカメラに映っていた用に、二十一時四十五分に池ノ木さんが再びバイクで蛇神神社の駐車場に行き。止めてある杉一郎さんの車で山の頂上付近にある蛇神神社まで登り。そして境内の溜池を流れる池の辺に杉一郎さんの死体をそっと置いた物と思われます。勿論杉一郎さんの体を強く拘束していた寝袋と首に巻き付いていた首輪型のエアバッグは既に取り外され、回収されていた事は言うまでもありません。その後殺人道具の回収を終えた池ノ木さんは、再度杉一郎さんの車を元あった駐車場に戻すと、乗って来た自動二輪の座席のボックスの中にその証拠となる犯行道具を隠したまま家路に帰ったと言うのが私の考えです。だから現場に殺しの証拠は見当たらなかった」


「そうか、まあ、寝袋を正しく折り畳んであの首輪型のエアバッグを見えないように包み込めば、バイクの座席ボックスの中に隠すこともギリギリ出来るかも知れないな。そんなに大きな荷では無いしな。ならその後に死んだ大沢宗二郎を殺したのも池ノ木当麻で間違いないんだな」


「はい、恐らくはそうです。宗二郎さんからのよからぬメールで疑心暗鬼になった池ノ木さんは、そのメールの内容を確かめる為に宗二郎さんの家を訪れたのだと思います。ですが当の宗二郎さんは、明日の朝になったらその大蛇神トリックの正体とその犯人に繋がる証拠を公開するといい、中々考えが変わらなかったので。その後功を焦った池ノ木さんが早とちりをして、宗二郎さんを殺害した物と思われます。ですがここで大沢宗二郎さんを殺さなくてはいけなくなったのは池ノ木さんからしても想定外だったのではないでしょうか。何故なら本来、宗二郎さんが死ぬべき場所はここでは無かったからです。ですが宗二郎さんの思わぬ狂言によって宗二郎さん宅で彼を殺すしか無くなってしまった。何故なら夜明けまでに宗二郎さんの口を封じ、その大蛇神トリックの正体が保存ほぞんされているというノート型パソコンを人知れず回収しなけねばいけなかったからです。そして宗二郎さんが死んだその全ての罪を宮下さんに被せようと考えていた池ノ木さんは、宗二郎さんのスマートフォンから宮下さんに送ったメールだけを残して、他の人達の送信メールは全て消し去った。そうする事によって宛も宮下さんだけにメールを送った用に見せかけられるからです。そして更なる罠として、死亡した宗二郎さんの右手にはわざと宮下さんにつながるメモ用紙の切れ端を握らせて証拠を偽造した物と推察されます。ですが逆に考えたら他の人達のメールを消したのは大きな失態しったいになりましたね。そこから大体の犯人像が絞り込まれるきっかけとなったのですから。宮下達也さんだけのメールを残した事によって、逆に疑われる用な事案が出て来てしまったと言った所でしょうか」


「だけど何で池ノ木はそうまでして宮下に罪をなすりつけようと考えたんだ。まあ、大蛇神信仰の熱心な信者だから犯人に仕立て上げ安いのは分かるが……」


「その要因よういんもあるのかも知れませんが、一番の原因は彼が蛇野川家の長男、蛇野川貴志さんだからですわ。恐らく池ノ木さんはその事を最初から知っていた物と思われます。この殺人大蛇計画を実行するに当たり、蛇野川貴志の現在の居所をいの一番で探したと思われますから」


「まあ、池ノ木の父親と宮下の父親はお互いに合弁会社を立ち上げる程仲が良かったみたいだから、幼い頃もしかしたら池ノ木はまだ幼かった宮下と何処かで会っていたのかも知れないな。だからこそ数年ぶりに宮下に会った時も、一目でその正体に気付いたのかも知れない。そしてそんな宮下が人知れず正体を隠しながら何故大沢家にいたのかは何となく想像がつく」


「ええ、それは……一人あの大沢家に残してきたその積年から実の妹を陰ながら見守り、そして助ける為にわざわざ来たのでは無いでしょうか。何せ普通にあの大沢家を訪れていたら妹に会う事無く門前払いをくらう可能性の方が高い訳ですから」


「確かに。村人達の話では大沢早苗と言う人物は蛇野川美弥子には相当キツく言う人物だったみたいだから、そこに蛇野川貴志がひょっこり現れてもいい結果にはならなかったかも知れないな。それなら人知れず他人となって目の届く距離で妹を見守るのもいい手かも知れないな。まあ大沢家に関しては余りいい話は聞かないから、兄としては一体どんな私生活を送っているのか心配だったのだろうぜ」


「だからこそ宮下さんは尚更自分の正体を誰にも明かす事は出来なかった。当然妹の蛇野川美弥子さんにもです。恐らく宮下さんが大蛇神信仰にこだわるのも、もしかしたら無意識に妹を守る為の行為だったのかも知れませんね。蛇野川美弥子に何かしたら祟りが降りかかるぞ~ぉぉ!的な。つまり村人達や大沢家に対する威嚇であり、脅しですよ」


 羊野がそこまで話した時、勘太郎は何かを思い出した用に話し出す。


「あ、そうだ。俺達、犯人でもある蛇使いの事ばかり考えていたから、肝心の大蛇の謎についてはほったらかしのままだったな。で、村人達が直接見たと言う大蛇の謎についてはどう説明するつもりなんだ。勿論動いているその姿を見たと言う人もいる用だし。その謎がまだ分からないままだぜ」


「ホホホ~ッその謎の方はもう少し落ち着いてから後で説明しますわ。もうそろそろ本当に時間が無い用なので。それに長々とお話をしていたせいか蛇使いさんの方もかなりしびれを切らし退屈なさっているみたいですから……ね」


 羊野の赤い眼光が鋭く蛇使いを捉えたのと同時に、下の方からけたたましいサイレンの音が近づいてくるのが分かる。

 そのサイレン音を合図に羊野は目の前にいる蛇使いに迫ろうと動き出す。


「もう既に警察がここに向かって来ている様なので、後の答え合わせは直接貴方を捕まえてからゆっくりと聞かせて貰いますわ。そんな訳でそろそろ終わりにしましょうか。蛇使いさん。下で待っている赤城刑事もいい加減痺れを切らしていると思われるので」


「そ、そうだな。赤城先輩にはこの蛇神神社に着いたと同時に、もしかしたらこの場所に犯人がいるかも知れないと言う事を伝えたんだったな。その事で赤城先輩はかなり怒っている様だったが、連絡した警察がこの地に当直するまでの間に何とか事件を解決して見せろと言う先輩の粋な計らいで、俺達は今この地に立っている。つまりこれは、犯人をここまで追い詰めた俺達に対する赤城先輩からの最大限の譲歩じょうほなんだろうぜ。だからこそ俺達はこのチャンスを潰す訳には行かない。絶対にだ!」

「そうですわね。警察がこの地に到着するまでの時間は、後二~三分と言った所でしょうか。それまでに何とか犯人と決着をつけなけねばなりません。下の駐車場で泣く泣く待機をしている赤城刑事の為にも。と言う訳でそろそろ幕引きとしますか、蛇使いさん」


 そう言うと羊野は白いスカートの両端をつまみ上げると、そのまま両太股に両手を入れ、勢いよく何かを引っこ抜く。その両手には打ち刃物で鍛え上げられた業物の二双の包丁がしっかりと握り絞められていた。

 そんな好戦的な態度をマジマジと見せ付けられた蛇使いは、手にスイッチの用な物を持ちながら勘太郎と羊野に向けて高らかに警告をする。


「二人ともそこを動くな。もし俺にそれ以上近づいたらこのスイッチを押すぞ!このスイッチの電波は大沢柳三郎の首に括り付けられている改造型のエアバッグに連動している。なので俺がこのスイッチを押したら大沢柳三郎の首は瞬時に絞まる事になるぞ!」


 足下に転がる柳三郎を見つめながら、蛇使いは柳三郎に向けてスイッチを押す素振りを見せるが、その脅しを見せ付けられた羊野は真顔で不思議そうな顔をする。


「あの~それが一体何だと言うのですか。人質が死のうが生きようが、私としては一向に構わないのですが。私は今から貴方を力ずくで捕まて、黒鉄探偵事務所に貢献こうけんするだけの事ですわ!」


 そう凄みながら蛇使いに走り寄ろうとした羊野を、勘太郎は全力で止める。


「お、お前、何を考えているんだ。向こうには人質がいるんだぞ!」


「ええ、知っていますが、私は武器を捨てるつもりは毛頭ありませんわよ」


「お、お前な~ッ、もしそれで人質が死んだらどうするつもり何だよ。ここは冷静に、落ち着いて、話し合いに持って行くんだ!」


「いえ、もうこの場では話す事は何も無いですから……」


「お前に無くとも俺にはちゃんとあるんだよ!」


 そんな二人のやり取りを見ていた蛇使いは、大笑いをしながら白黒探偵を笑い飛ばす。


「ハハハハハッ、やはり面白いな~お前らは。まだお前らとは相まみえていたい所だが、その白い羊の言う用にそろそろ幕引きの用だ。最後に大沢草五郎の奴を取り残してしまったのは流石に無念ではあるが、その末息子である柳三郎を最後に殺す事が出来るのだから、まあ……それで良しと言う事にするかな!」


 それだけ言うと蛇使いは、まるで開き直ったかの用に被っていた蛇のマスクを無造作に地面へと脱ぎ捨てる。

 そこに現れた素顔は紛れもなく、あの動物模型芸術家の池ノ木当麻その人であった。


「ホホホホッ、いいですわね、この趣向~この転回。貴方が柳三郎さんに仕掛けた首輪型のエアバッグが起動するのが先か。或いは私の手に持つ二双の包丁が貴方の腕を突き刺すのが先か……勝負ですわ!」


「いやいや、お前達……それちょっと、余りにも無茶無謀過ぎるだろう!」


 この土壇場で何故か盛り上がる二人を見ながら勘太郎は、互いの中間に立ちながら必死で二人を止め用とするが、そんな勘太郎の思惑も実は別の所にある。

 何故なら勘太郎は時折チラチラと蛇使いの様子を伺いながら互いの距離を図っているからだ。その蛇使いまでの距離、後六メートルくらいと言った所だ。

 勘太郎はさり気なく腰に手を当てながら、やがて来るはずの絶妙のタイミングを慎重に図る。


「こらーッ、そこを動くなと言ったろう。何少しずつ距離を詰めて来ているんだ!そこで止まれ!」


 少しずつ近づいたのも束の間。その行為に気付いた蛇使い事池ノ木当麻は、リモコンの起動スイッチを前に突き出しながら、必死な顔で牽制けんせいする。

 追い詰められもう後が無いその言動から推察するに、どうやら池ノ木は最後に大沢柳三郎の死を完遂させる事によって、この大蛇神殺人事件の幕を閉じようと考えている用だ。

 勘太郎はそんな池ノ木を見つめながら、相手をさとす用に言葉を掛ける。


「池ノ木さん、もうこんな事は止めるんだ。トリックも正体もバレ、その犯行の詳細が明らかになった今、もう何処にも逃げる事は出来ないぞ。こんな事は死んだご両親だって望んではいないはずだ」


「ふん、まるで取って付けた用な言い回しだな。そんなんじゃ誰一人として説得は出来ないぜ。もっと真剣に刑事ドラマでも見て勉強してこいよ、黒鉄の探偵!」


「よ、余計なお世話だ!つまり俺が言いたいのは、お前の個人的な恨みに……柳三郎さんは全く関係ないだろうと言う事だ。ただ大沢夫妻の息子だと言うだけで殺されるんだったら、それはただの逆恨みだろう」


「ああ、これは俺のただの逆恨みさ。だがな、その大沢家の無慈悲な取り立てによって俺の親父も・母親も・姉ちゃんも・まだ幼かった妹も……みんな死んでしまったんだ。だったらその帳尻ちょうじりを合わせる為にも奴の家族には皆死に絶えて貰わないと可笑しいだろう。それにさ……ただ普通に殺すには生温いと思ったから、大蛇神の伝説を利用して極限まで恐れさせてからゆっくりとその息の根を止め用と思ったんだ。そしてその計画の邪魔をする周りの社員達も当然同罪だ。フフフフ……ッ、あの家族には絶望の死こそが相応しい!」


すさんでるし、心がねじ曲がってる。池ノ木さん。今のあんたの考えはかなりねじ曲がってるよ!家族を死に追いやられたと言う恨みの思いが強すぎて、もう自分が何をしているのか分からなくなっているんじゃないのか!」


「うるさい!そんな事より、お前ら二人武器を捨てろ。そこにいる白い羊は言うに及ばず、お前も当然何か武器を隠し持っているんだろう!」


「ある訳ねえーだろう。ここへ来る時だって急いで来たから何も準備する暇すら無かったよ。それにお前も分かっているように、俺が持っていたあの玩具の銃にはゴム弾は一発しか入っていなかっただろう。だからこの場には持って来てはいないよ。でもまあ、確かに、武器として包丁を持っている羊野は端から見てもかなり危険な人物に映るだろうから、彼女の武器だけは下げさせるよ。おい、羊野……」


 その勘太郎の声に最初は無視をしていた羊野だったが、仕方が無いとばかりに両手に持っていた二双の包丁を地面へと放り投げる。


「黒鉄さん、これでよろしいのですか」


「ああ、すまない」


 そう言うと勘太郎は、自分も武器は全く持ってはいないと言う証拠を見せる為に上着を脱ぎ捨て、その場でクルリと一回転をして見せる。


「よし、腰ベルトや足下。それにズボンのポケットにも何も入ってはいないな」


「何ならこの場で、この履いているズボンも脱いで見せようか!」


 そういいながら勘太郎は履いているズボンを脱ごうとする。

「いや、もういい。お前はそのいかれた白い羊の手綱を掴んでこっちに来させない用にしていろ。そして今から起きる大蛇神様の最後の奇跡を……その目で刮目かつもくするのだ!」


「そうまでしてあんたの殺意を掻き立てた物は一体なんだ。止められなかったのか、その復讐の気持ちを。大きな恨みがあったとは言え、こんな大掛かりな殺人事件を引き起こしてしまうだなんて。しかもその犯行から逃れる為に自分の家すらも燃やしている。あのアトリエにはあんたが今まで作り上げて来た自慢の作品が山ほどあったはずだ。なのに何の迷いも無くその作品もろとも火にかけるだなんてどうかしてるぜ。あの作品の数々はあんたに取って人生その物じゃなかったのかよ!」


「ああ、人生その物だったよ。将来は世間に認められる芸術家になって自分の思いを表現するのが俺の夢だった。だがその想いもある人物との出会いでいつの間にか可笑しくなってしまったがな。ハハハ~ッ人生とは可笑しな物だな」


「ある人物だと……?」


「黒鉄の探偵、あの誘惑に満ちた悪意に遭遇してしまった以上、俺はもう後戻りは出来ない。だからこの復讐だけは何としても完遂させてもらうぞ。この蛇神神社に御座す蛇神様。大蛇神様。この罪深い生け贄をどうかにえとしてお納め下さい!どうか……どうか!」


「や、止めろ。止めてくれ!わかった、罪は償うから、命だけはどうか助けて下さい。嫌だ、嫌だ、死にたくない。探偵さん、この狂った蛇使いから俺を助けてくれぇーぇぇぇ!」


 必死で命乞いをする柳三郎を無視しながら、池ノ木はついに覚悟を決める。その右手に持っている起動スイッチのボタンに親指を掛けたからだ。だがその決定的瞬間を見逃さなかった勘太郎は「赤城先輩あぁぁぁぁーぃッ。今です。後ろからやっちゃって下さい!」と大きな声を上げながら、池ノ木を見てニヤリと笑う。

 その微笑みが一体何を意味していたのかはその一秒後直ぐに分かる事となる。何故なら池ノ木から十メートル程離れた後ろで、行き成り銃声のような音が夜空に響いたからだ。


 バァァァーン!


「なっ?」


 予想だにすらしていなかったいきなりの銃声に池ノ木は思わず振り返る。その闇夜の中にうっすらと赤のジャケットが見えた事から招かれぜる人物がもう一人いた事を池ノ木は瞬時に理解する。


「まさか……もう一人……いたのか」


 そう呟いた瞬間、ズッギュウーゥゥン!という乾いた音と共に池ノ木の右手が何かの強い衝撃と痛みで大きく後ろへと吹き飛ぶ。


「ぐっおぉーぉ。い、痛ぃ!何だ、この右手の指先に伝わる衝撃と強烈な痛みは?」


 その衝撃に思わず下に落としてしまったリモコンの起動スイッチを探しながら、池ノ木は今自分自身の身に起きている事実をマジマジと確認する。


 間近で見た右手の人差し指と中指の指は内出血を起こしているせいか黒く腫れ上がり、指を動かす事は難儀の用だ。もしかしたら人差し指と中指の骨にはひびが入っているかも知れない。そんな事を思いながら池ノ木は、六メートル先で黒鉄の拳銃を構える勘太郎を睨みつける。


「黒鉄の探偵ぇ、よくもやってくれたな!一体何処にその銃を隠し持っていやがった!」


 その池ノ木の疑問に勘太郎は、両手で拳銃の狙いを定めながら冷静に応える。


「この黒鉄の拳銃はここに来る前に羊野の方に予め渡して置いたんだよ。もしかしたら人質を取られる可能性もあったからな。だからこそ羊野はあんたに近づく振りをして、その被っていた羊のマスクをわざとあんたの前に投げ捨てたんだよ。その後高圧的な態度と長い推理の説明を演出したのは、その羊のマスクに犯人の注意を行かせない為だ」


「ひ、羊のマスクだと?」と言いながら池ノ木は勘太郎の足下に転がる羊のマスクをマジマジと見る。この羊のマスクが黒鉄の拳銃と一体何の関係があるのだと。


「それにしても羊のマスクの中に黒鉄の拳銃を見えないように入れて、俺と蛇使いの丁度中間辺りに上手く投げ付けてくれて正直助かったぜ。内心あの銃をもし拾えなかったらどうしようかと本気で心配したからな」


「ええ、黒鉄さんの命令通りに、羊のマスクの中に黒鉄の拳銃を素早く隠す事が出来て本当に良かったですわ。正直私もヒヤヒヤ物でしたからね。何せ目の前にいる池ノ木さんに気付かれない用に自然に振る舞わねばなりませんでしたから。でも流石は黒鉄さんですわね。こんな状況になるのを想定して(いつでも拳銃を抜ける用に)私のマスクの中に隠すことを思いつくだなんて。相変わらず悪知恵だけは働きますわね」


「その言葉、お前にだけは言われたくはないよ」


 可愛らしく笑みを浮かべながら、羊野は隣にいる勘太郎を珍しく褒める。その真意に何があるのかは分からないが、その事で気を良くした勘太郎は勇気を振り絞りながら最後の詰めとばかりに再び黒鉄の拳銃を池ノ木に向けて構える。


「そうか、そこにいる白い羊が無造作に投げ捨てた羊のマスクの中に、あの拳銃が隠されていたのか。そしてお前は俺の後ろにいるもう一人の仲間に合図を送って、俺の注意をその仲間の方に向けさせたと言う訳か」


「まあそう言うことだな。俺の腐れ縁の先輩でもある赤城刑事に頼んで、こっそりと裏側の方に回って貰ったんだよ。そして俺からの合図で赤城刑事は、犯人の注意を自分に向けさせる為にワザと大きな音を出してくれたんだが……その注意を引き付ける為に使った手段が、まさか本物の拳銃を使った威嚇とは流石に思わなかったが」


「くそーう、ついさっき言ってたお前らの話じゃ、その赤城とか言う刑事は下の駐車場で待機をしていると言っていたじゃ無いか!」


「すいません、あれはあんたを油断させる為についた私達の嘘でした。今この場にいる黒鉄さんと犯人の池ノ木さん、それとこの私と。後は寝袋に入れられている柳三郎さん・小島さん・宮下さんの三人を加えた合計六人しかいないと言う私達の話をどうしても貴方に信じ込ませたかったから」


 そう言うと羊野は可愛らしく舌を出しながら小悪魔っぽく笑う。だがそんな彼女の一つ一つの言動も今の池ノ木には嫌悪にしか映らない。


「羊の狂人め、図ったな!」


「ホホホッ、私を狂人と呼ぶと言う事は、もしかしたら貴方も円卓の星座の狂人の一人と言う事ですか」


「円卓の星座の狂人……?一体何の話だ」


 池ノ木のその真顔な答えに羊野は疑いの目を向けていたが、本当に知らないことが分かるとまるで一安心したかのように大きく溜息をつく。


「いいえ、何でもありませんわ。流石に考え過ぎでしたか」


「ふ、何を言いたいのかは知らんが、俺こそが罪人を裁くために神の蛇と歌われる……大蛇神様に選ばれた、本当の蛇使いだ。だからこそ俺はこの神の啓示けいじでも成功させねばならないのだぁぁぁーっ!」


 まるで何かに取り憑かれたかの用に池ノ木は、足下に落ちている起動スイッチを再び拾おうと素早く左腕を伸ばす。だがその決意を込めた一心の行為も勘太郎が放つ二発目の強化ゴム弾の前に合えなく砕け散る。

 黒鉄の拳銃から放たれた強化ゴム弾の弾が池ノ木の左手の甲に着弾し大きく弾き飛ばしたからだ。


「ぐわあーあぁぁ!指がぁぁ……。今度は左手がぁぁぁーっ!」


「無闇に手を伸ばさない方がいいぜ。当たっても恐らく死にはしないだろうが、物凄く痛い思いをするだろうからな」


「後少し何だ。目の前にあるこの起動スイッチを一押しするだけで……それだけで柳三郎を裁けると言うのに……っ」


「恐らくそれは、お前らの言う所の大蛇神とやらがその行いを本当は望んではいないからじゃないのか。だからこそ今俺達はこの地にいる」


「馬鹿な、そんな事はあるはずが無い。嘘だ、そんなのは絶対に嘘だ。俺は大蛇神様に人を裁く許可を与えられているんだぁぁぁーっ!」


「お前のような罪深い罪人にそんな資格は初めから無いよ」


 拳銃を構えながら目の前まで来た勘太郎に、池ノ木は狂った用に飛びかかろうとする。だがその行為は羊野の蹴りと赤城刑事の取り押さえで合えなく阻止される。


「ただぼ~と突っ立てたら危ないじゃ無いですか。犯人が襲って来たら迷わず急所にゴム弾を撃ち込まないと」


「いや、流石にそう言う訳には。それにお前と赤城先輩が必ず守ってくれると信じてたから、俺は何も心配はしていなかったぜ」


「そう言う気持ち悪い事を言うのは止めて下さい。何だか背中が痒くなりますから」


 そう言うと羊野は何やら複雑な顔をしながらそっぽを向く。どうやら羊野は勘太郎の言葉に照れ隠しをしている用だ。そんな二人の前で池ノ木は赤城刑事に手錠をかけられながら辺り構わず喚き散らす。


「うっおぉぉぉぉーっ、大蛇神様、助けて下さい。早くその姿を現し、この不届き者どもを絞め殺して下さい。お願いしますぅーぅぅぅ!」


 だがその願いを込めた悲痛な叫びも、寒風で木々が揺れる闇夜の星空へと空しく消えて行く。

 そんな池ノ木の言葉に何やら違和感を感じた勘太郎は、その言葉の真意を聞く為、池ノ木に聞き返す。


「さっきから一体何を言っているんだ、お前は。その殺人大蛇とやらはお前が動物模型作りの技術を生かして作ったただの偽物の大蛇の事じゃないのか。動物模型芸術家のあんたなら、あの村人達が見たと言う大きな大蛇の模型を作り上げる事は造作も無い事だろう」


「いいや、違う。俺はあんな大きな大蛇なんか作ってはいない。あれは紛れもなく本物の大蛇だよ」


「そんな馬鹿な。お前があの偽物の殺人大蛇を作っていないなら、あの大蛇の存在は有り得ないだろう!」


「そ、そうね。有り得ないわね」


 池ノ木の言葉に勘太郎と赤城刑事は冷や汗を垂らしながら、その大蛇の存在をお互いに否定する。


「俺がその大蛇を見たのは一年前に殺した伊藤松助の時と、今年に入ってからは大沢早苗と大沢杉一郎を殺した時だ。何れもこの蛇神神社内で見た大蛇だからまず間違いないと思うぜ」


「いやいやいや、そんな話誰が信じるかよ。貴方が伊藤松助・大沢早苗・大沢杉一郎・大沢宗二郎達をそのトリックで殺して、宛も大蛇に絞め殺された用に見せかけていたんじゃないのかよ?」


「ああ、確かにその通りだが、村の人達が見たと言う大蛇には俺は全く持って関わってはいない。何故ならこの俺もその大蛇を見たと言う目撃者の一人だからだ。俺はただその大蛇の噂や村の伝説を利用して、罪人達を必要以上に怖がらせてから殺していただけだからな。だがただの噂話だと思っていた大蛇神様が本当にこの蛇神神社に現れると言う事は、この俺に罪人達を殺していいと言う蛇神様からの神の提示であり、そして証明なのだろう。でなけねばあんな都合良く俺が殺した罪人達の傍に、あの大蛇がその姿を現すはずがないんだ。だからこそ俺は大蛇神様に選ばれた唯一の人間だと言っているのだ!」


「つ、つまり村人達が見たと言うあの大蛇は、池ノ木当麻が仕掛けたトリックとは何の関係も無いので、もしかしたら本当にいるかも知れないと言う事か」


「ああ、この話については俺は全く嘘は言ってはいないぜ。それにお前達が仕切りに言っていた石田以外の協力者とやらの話だが、俺はその人物の正体を知らないし直接会った事もないぜ。何せ俺がその協力者と関わるようになったのは、俺がこの草薙村に来てから間もなくの頃だったからな」


「だが、大沢草五郎社長がその大蛇に襲われた時にお前は身を挺して助けたそうじゃないか。じゃ大沢草五郎社長も嘘を言っていると言う事なのか?」


「いや、その協力者の話では、ある方法を用いてどうにかして大沢草五郎社長に大蛇がいるように信じ込ませるから、俺にもそれに合わせてくれと言う電文があったんだ。だから本当は俺も勿論大沢草五郎社長もその大蛇の姿を見てはいない。俺は宛もその大蛇と暗闇でもみ合って、その結果腕を負傷した用に見せかけていただけだよ」


「そのある方法とは一体どういう物なんだ?」


「知らない……俺がそんな事知る訳が無いだろう。逆にどうやって草五郎社長を信じ込ませたのか教えて欲しいくらいだよ」


「そうか、その全てが、その協力者の指示通りに動いたただの演技だったのか。じゃあんたは一体どうやってその協力者と知り合ったんだ」


「ある謎の人物に紹介されたんだよ。その協力者の事をな」


「ある謎の人物から紹介された……?それは一体どういう事ですか」


「俺が最初からあの大沢家の連中を殺す為にこの村に態々来たとでも本気で思っているのかよ。最初はそんな事は全く考えていなかったんだ。三年前は東京で映画の大道具管理係のアルバイトをしながら、趣味の動物模型作りをしていたんだ。近い内にこの作り上げた動物模型の個展を開こうと思っていたからな。まあ、小さな個展は少しずつおこなっていたんで俺の作った動物模型が売れる時もあったが、でも大きな収益には繋がらなかった。そんな時に俺はあの大沢夫婦と個展会場で会ったんだ。大沢夫婦は俺が作った動物模型の作品を見て、俺の作品に大絶賛を贈ってくれた。東京での仕事を終えて偶々この個展に寄ったとか言っていたが、その何気ない言葉に俺は正直感動に打ち震えていた事を覚えているよ。そんな絶賛の褒め言葉が進んでいく内に大沢草五郎社長が俺に向けて言ったんだ。作品を作りながら働きたいのなら是非とも内の会社で働いてみないかと。その為の環境と設備や仕事の時間の優遇はしてやると言ってくれてな。勿論その頃金の無かった俺は、草五郎社長のその提案を二つ返事で受ける事にしたよ。大沢夫婦の家は秋田県にある俺の元あった実家にかなり近かったし、その草薙村に移り住んで動物模型作りを続ける事が出来るんならそれもまたいいかな~と思ってなぁ。それにその頃はまだ大沢夫婦が俺の家族を不幸にした張本人達だとは知らなかったから、特に迷いは無かったよ」


「では一体誰に、大沢一家は実はあんたの本当の敵だと聞いたのですか」


「三年前、この草薙村に移住して間もなく、ある一人の老紳士に会ったんだ。黒縁の丸いサングラスを掛けた黒いハットの帽子を被ったスーツ姿の初老の男だ。口には顔が見えないように大きな風邪マスクを付けていたから顔は全く見えなかったよ。どう見てもよそ者のその老紳士は、外で畑の仕事をしていた俺にまるで諭し哀れむ用にこう言ったんだ。『お前の家族を死に追いやったのはお前をこの地に誘ってくれた大沢草五郎社長とその大沢家の人達だ。この草薙村はお前が昔育った鳥根村にも近いから、ワシが言っていることが嘘からどうかを確かめたいのなら調べて見ると言いだろう。そしてその真実を知ったお前がもし本気で大沢家の人達に復讐をしたいと考えているのなら、我々はその協力を惜しまないつもりだ。どうだ、もしお前が本気でその罪人達に裁きの鉄槌を下したいと思っているのなら、私の古き友人を格安で紹介しようではないか。まあ、こちらも商売なんで流石にただと言う訳には行かないが、今回は特別に……そして格安であんたの復讐の手伝いをしてやろうと思っている。そして今回君に紹介したい人物なのだが、それは奇っ怪で奇策な大蛇トリックを操るとされる、まるで蛇の用な男が君に協力する事だろう。本日はそのトリックの内容のごく一部を公開するので、家に帰ってからじっくりと検討して見るといいだろう。そのトリックの内容を見て本気で家族の仇討ちがしたいと思っているのなら、十日以内に私が指定した所に来ると言いだろう。そこで大蛇神トリックを行う上でのマニュアルノートと、私の友人でもある蛇使いを紹介する事をここに約束しよう。あ、それとこれは忠告なんだが、もしこの事を誰かに話したら君は約束を破った事により、我々の組織に抹殺されるだろうから、行動には十分に気を付ける用に』と言い。その老紳士はその場からいなくなったんだ。だが、俺も最初は正直迷ったよ。何せこの話は人を本気で殺す殺人計画だからな。まあ、行き成り現れたその老紳士の言葉を信じるのは流石にどうかとも思ったんだが、いろいろと迷った結果、俺はその待ち合わせ場所に向かう事にしたんだよ。真実を知ったその頃の俺は人を疑うことよりも今は亡き家族の為に復讐したいと言う心の方が大きかったからな。だがその指示された場所には蛇使いの姿はなく、代わりに大蛇神トリックマニュアルが記載されているノートがその場に落ちていたんだ。その殺人計画書に書かれている内容を見た俺は心の中に潜む何かが目覚めた様な気がしたよ。恐らくその時に俺はこの殺害を決めたのだと思う。その後俺は、大沢家の人達を殺すと決めてからは定期的にその協力者とは連絡を交わす用になった。そのノートに記載されていた大蛇神トリックを成功させる為に、昔やった文通ノートの用にそのノートに自分の主張を書いてはその場にノートを置き。その二日後にまたそのノートを取りに行くと言う面倒くさい事を繰り返したよ。そしてその文通は今日までに至る。なのでその協力者とやらの姿は当然見てはいないし、邪推もしていない。恐らく奴がある組織に所属する本当の蛇使いなのだろうが、そんな事は正直どうでもいい。俺に知恵と力を与えてくれるのなら、それが何者であろうと何だって利用してやるぜ! 後……その最初にあった老紳士の方は、いなくなる際にこんな事を言っていたな。『自分達がその復讐に協力するのは、我々の同士達が考えた殺人トリックが実際に役に立つのかを実験実証し、その真実を調べる為だ。その為にこの実験に参加して貰うある被検体も近々準備中だ。まあ、このトリックを実際に使える用にするには後二~三年は掛かるがなあ』とか言っていたな。何でも不可能犯罪に関わる実験をしているとか……まあ、俺にはその老紳士が何を言ってるのかは全く理解できなかったがな」


 その池ノ木の話に、本当にそんな人物が存在しているのかと勘太郎と赤城刑事は目を細め困惑するが。その話を黙って聴いていた羊野の方は回りに注意を払いながら極めて真剣な顔をする。


「なるほど、その実験の為の被検体とは、どうやら私達の事でしたか。壊れた天秤……やはりこの事件に関わっていたのですね」


「壊れた天秤って、お前。マ、マジかよ」


「でも、その話って今から三年前の話よね。勘太郎と羊野さんが出会ったのは二年前だから、その老紳士はこうなることを三年前から想定してたって事。いやいや、いくら壊れた天秤とは言え、そんな気の長くなるような計画はしないと思うんだけど」


「二年前。私が近じか組織を抜け出して黒鉄探偵事務所の門を叩く事は恐らく壊れた天秤も把握していたでしょうから、こんな気の長い布石を計画していても特に驚くべき事ではありませんわ。あの男ならやりかねないでしょうからね」


 その羊野の言葉に勘太郎と赤城刑事が絶句していると、闇夜と静寂の空にけたたましいサイレン音が近づいて来る。

 パトカーの到着と共に強烈なライトが辺りを照らし、同時に何人もの警察官達が急ぎ足で勘太郎達がいる現場へと駆け付ける。

 そして一部の何人かの警察官達が寝袋に簀巻すまきにされている大沢柳三郎・小島晶介・宮下達也こと蛇野川貴志の三人を助け起こした時、この殺人事件の幕が一先ず降りた事を勘太郎達は理解するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る