第1話 『勘太郎、蛇使いの後を追う』   全28話。その24。


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 時刻は十二時三十分。大沢柳三郎と池ノ木当麻が誰かの手により誘拐された事は、大沢家の当主とうしゅである大沢草五郎社長の耳にも直ぐに届いた。


 突如亡くなった次男・大沢宗二郎の死に戸惑いながらも長男・大沢杉一郎の葬式を始めようとしていたその矢先、今度は三男の大沢柳三郎までもが誰かの手により誘拐されたと聞いた大沢草五郎社長と川口警部の二人は、無事に戻った蛇野川美弥子と黒鉄勘太郎からその時の状況を詳しく聞く。

 微かに畳の匂いがする八畳ほどの応接間でその時の状況を美弥子から詳しく聞いた草五郎社長は、その内容にかなり驚愕きょうがくしている用だったが直ぐ様行動に移る。


 その後ろでは、勘太郎の連絡で大沢家に来ていた川口警部が地元の警察官達に指示を出しながら現在行方不明となっている大沢柳三郎と池ノ木当麻の捜索に力を入れる。そんな川口警部の意気込みに背中を押されたのか草五郎社長は、外で仕事をしている小島晶介にも協力を頼もうと仕切りに電話を掛けるが、何故か連絡が取れずその出鼻をくじかれてしまう。

 ならばと今度は今日一日非番の宮下達也にも連絡をして見たが、こちらの方も何故か連絡が取れず、草五郎社長は非常にやきもきしてしまう。

 第一発見者の為その時の状況を詳しく警察に話していた宮下達也だったが、午後は何処かに出かけているのかその行き先は全く持って不明のようだ。


 予定ではそのまま大沢家に戻って葬式の準備を手伝う予定だったらしいが全く連絡が付かない為、草五郎社長はその歯がゆさからか固定電話の受話器を握り絞めながら「なぜ誰も電話に出ない……」と体を震わせる。

 だがそんな草五郎社長に勘太郎は何も言えず、ただこの状況を静かに見守る事しか出来ない。

 そう思っていると、何故かゆっくりと電話の受話器を下に置いた草五郎社長が震えた声で重々しく呟く。


「い、一体どうなっているんだ。何故あの二人は電話に出ない。まさかとは思うが、二人の身にも何かあったのではあるまいな?」


 激しく動揺する草五郎社長は頭を抱えながら天をあおぐ。その草五郎社長の目の前には勘太郎・蛇野川美弥子・それに川口警部を加えた三人が雁首がんくびを並べながら草五郎社長の次の言葉を待つ。


 勿論川口警部は犯人の姿を見たと言う蛇野川美弥子から何かしらの情報を得ようとこの場に来たのだが、部下に出す指示が忙しく携帯電話から耳を離す事が中々出来ない。

 そんな緊迫する状況下で、うつむきながら立ち尽くす蛇野川美弥子には幾つかの謎と疑問が残る。何故犯人は大沢柳三郎と池ノ木当麻の二人を殺さずに行き成り誘拐したのか。そして何故同じく蛇男の姿を見たはずの蛇野川美弥子だけをその場に残したのか。と言う二つの謎だ。

 考え過ぎかも知らないが、この犯人は何らかの理由で大沢柳三郎を拉致すると言う行動に踏み切ったのかも知れない。

 そしてその近くにたまたまいた池ノ木当麻は犯人が逃げる際の逃走の足として誘拐されたと思われる。その証拠に池ノ木が運転して来た会社の車が下の駐車場には一切見当たらない。恐らくは犯人が逃亡する際に柳三郎を人質にして池ノ木に無理矢理運転させているのだろう。


 そんな犯人の誘拐ゆうかいを見す見す許してしまった勘太郎は、今になって自分のあやまった行動をひたすらに後悔する。


 う、うかつだった。普通に考えたら杉一郎さん、宗二郎さんに続き、次の犯人の狙いはどう考えても草五郎社長か柳三郎さんの二人のどちらかだ。それなのに俺は柳三郎さんを外に連れ出してしまった。これは大きな失態しったいだ。恐らくこの犯人はこの気に乗じて柳三郎さんを誘拐しようと決めたのだろう。何せ蛇神神社で柳三郎の傍にいたのは蛇野川美弥子と池ノ木当麻の二人だけだからな。そして誘拐の際には、立ち向かう池ノ木さんを先に襲撃し。続いて抵抗する柳三郎さんの身動きを封じ。最後に一人残された美弥子さんを木にでも縛り上げれば、柳三郎さんを密かに蛇神神社から連れ去る事はそんなに難しい事では無いだろう。

 だがそんな事よりも犯人の一番気になる所は、大沢家の人間を必要以上に付け狙うその動機だ。

 美弥子さんの話では、その蛇マスクの男は神社の神主が着るボロボロの狩衣を着ていたとの事だが。まさか借金を苦に自殺した(蛇野川美弥子の父親でもある)蛇野川拓男の霊が蛇の怨念となって現れたと言う事なのか。だがそれは流石に考えにくい。何せあまりにも非現実的過ぎるしオカルト感が満載だからだ。


 勘太郎は大きく呼吸をしながら落ち着いて考える。


 と、とにかくだ。不安や恐怖心を捨ててもっと現実的に考えるんだ。早く蛇使いの正体とその居場所を突き止めないと連れさらわれた大沢柳三郎と巻き沿いを喰らった池ノ木当麻の身が本当に危ない。

 そもそも大蛇神の呪いが大沢家の関係者達をことごとく死へと追いやっているように見えるのは、大沢早苗の厳しい取り立てで自殺した蛇野川拓男の経緯いきさつを村の人達が皆知っているからだ。その思いが疑惑ぎわく憶測おくそくとなって皆が大蛇のたたりを心の何処かで肯定こうていしている。

 だが本当に蛇野川拓男の恨みや怨念がこの事件を引き起こしているのだろうか?少なくとも俺自身はその事を不信に思っている。何故なら借金の事で大沢家の人間に恨みを抱いているのは何も蛇野川拓男一人だけでは無いはずだからだ。

 もしかしたら他に恨みを持つ誰かが、数年前に自殺した蛇野川拓男の死を利用して大蛇神の呪いに仕立て上げているのだとしたら、この犯人は自ずとこの村に当然いなくてはならない……そんな人物と言うことになる。

 何せ村の風土や迷信を使ったトリックなど村の外にいる部外者には絶対に出来ない芸当だからだ。

 だがそんな犯人も今日は何故か致命的なミスを犯してしまっている。なぜなら午前の十一時三十分に、柳三郎・美弥子・池ノ木の三人を蛇神神社に連れ出した俺の行動をこの犯人は何故か知っていたからだ。つまりそれは犯人がこの大沢家の中にいる人物の誰かである事を意味している。

 三人への協力要請はこの俺がその場で直接お願いした言葉なので、偶然何処かで俺達とのやり取りを聞いていないとその動向を知ることは先ず出来ないはずだ。にも関わらずこの犯人は蛇神神社から麓へと降りて来る柳三郎・美弥子・池ノ木の三人をただ静かに待ち伏せしている。しかしそう考えるとこの犯人は一体何処でその情報を知ったのだろうか? 考えられるのは池ノ木当麻が大沢家に車を取りに行った時くらいだ。

 もし池ノ木が蛇神神社に車を出す事を誰かに話してから屋敷を出て来たのなら、犯人がその事を知っていても別に可笑しくはないだろう。


 そんな事を考えながら思考を巡らせていると、スマホを手にした川口警部が静かに話し出す。


「今赤城刑事と山田刑事から連絡があった。大沢宗二郎宅の家の中に落ちていた大沢宗二郎のスマホの送信履歴を復元し調べた結果、睨んだ通り昨夜の二十三時から~一時までの間にやはり大沢宗二郎は七人の人物に送信メールを送っている事が分かった。その中の一人は宮下達也だが、彼に送った送信メールだけが何故か消されずに大沢宗二郎のスマホの中にそのまま残っていたから、それが逆に彼を犯人に仕立て上げる為の罠なのでは無いかと言うのがお前ら白黒探偵の考えだったな。なのでそれとは逆に送信履歴を行為に消されていた人物達をこれから発表する。その消されていた人物は小島晶介・池ノ木当麻・大沢柳三郎・大沢草五郎社長・岡村たけし・そして蛇野川美弥子の六人である事が送信メールを復元した結果分かった。メールの内容は宮下達也に送られて来たメールと何ら変わらない内容の物だったが、犯人からしてみたら大沢宗二郎からのメールを受けて自分が宗二郎宅に来たと言う証拠を出来るだけ消したいだろうから、メールの消去や宮下への罪のでっち上げは証拠隠滅の為に行った苦肉の策と見てもいいだろう。つまり犯人は小島晶介・池ノ木当麻・大沢柳三郎・大沢草五郎社長・岡村たけし・蛇野川美弥子の六人の中にいるかも知れないと言う事だ。と言う訳でこれから直ぐに捜査令状を持ってこの六人の家に家宅捜索に行くつもりだ!」


 川口警部のその力強い言葉に大沢草五郎社長もすかさず反論をする。自分一人だけならともかく、誘拐された息子や会社の従業員達が同時に疑われるのは流石に気分のいい物ではなかったのかも知れない。そんな二人のやり取りを勘太郎は又も静かに見守る。


「犯人の手により消された六件の送信メールの中にワシと美弥子も入っている事は既に警察には正直に話してあるからワシらは何も心配はしてはいないが、まさかその中に家の息子の柳三郎や従業員の小島晶介と池ノ木当麻……それと知り合いの岡村たけしが絡んで来るとは流石に思わなかったぞ。だがそれだけの理由で彼らを犯人だと決めつけるのは流石に乱暴過ぎるだろう。仮に彼らの中に犯人がいたとして、死亡した宗二郎のスマホから彼ら六人の送信メールを行為に消したとしても、後に警察にこうやって消したはずの履歴が復元されてしまうのだから返って足が付く事くらいは誰もが分かるはずだ。スマホを持っていないワシの様な人間ならともかく、宗二郎のスマホをわざと残して行く様な行為は逆に自分の関与を証明する様な物だろうから、その事を分かっているあいつらなら誰一人としてそんな事はやってはいないとワシは信じておるよ。まあ、ワシが改めて言わんでもあいつらなら直ぐにその考えに至るはずだがな。今現在誘拐されている柳三郎や池ノ木の方はともかく、これから宮下や小島を呼び出して直接話を聞いて見れば全てが分かる事だ」


「だがその宮下達也と小島晶介とは未だに連絡が取れてはいない見たいですね。ならこうも考えられるのではありませんか。もしも宮下達也が犯人なら、自分が誰かにはめられたと言う事実を作り上げる為にワザと自分以外のメール履歴を消したとも考えられるし。また逆に小島晶介が犯人なら、一番犯人に仕立て上げやすい宮下達也に全ての罪を擦り付ける事によってその関与をあやふやに使用と画策したとも考えられる。だからこそ宮下と小島は現在連絡が来ない状況にいる。何故ならどちらか一方が被害者として捕まり。もう一方の方は恐らく犯人だからだ」


「川口警部、あんたまさか家の宮下達也と小島晶介の事を疑っているのか。宮下達也の送信メールの件では、彼は犯人の手によってその罪をなすりつけられた被害者だと言う結論に至ったのではないのか?」


「もしかしたら消去したはずのメールがバレる事すらも計算に入れての自作自演という線も考えられますからな。それはあの小島晶介も然りですよ」


「馬鹿馬鹿しい。そのような話……ワ、ワシは絶対に信じないぞ。そんな心配をしなくとも時期にあいつらから電話が来るはずだ。ただ何らかの理由でワシの電話に気付いていないだけだろう。そうだ、そうに決まっている」


「そうですか。では我々は小島晶介と宮下達也の二人を容疑者と見て更に捜査を進めていきたいと思います。では失礼!」


 そう意気込みその場を立ち去ろうとしたその時。川口警部のスマホにまた新たな着信音が鳴る。どうやらまた誰かが電話を掛けて来た用だ。

 スマホを耳に当てながら話の内容を聞いていた川口警部はその渋い顔を更にしかめながら小さく溜息を吐くが、その表情を見逃さなかった勘太郎はすかさず声をかける。


「今度は一体どうしたんですか。川口警部?」


「ふ、今赤城刑事から連絡があった。これであの宮下達也の容疑が更に確実な物となったな。宮下達也の本当の素性が割れたぞ。彼の本当の名前は蛇野川貴志……そうあの蛇野川美弥子の本当の兄であり、養子となってこの村から出た蛇野川家の長男だ。もしその話が本当なら大沢一家に復讐をした動機も納得が行くし。蛇神神社の山道で大沢柳三郎と池ノ木当麻を誘拐した際も、目撃者でもある蛇野川美弥子を殺さなかったのは彼女が実の妹だと分かっていたからだ。更に決定的な証拠として、隣町のコンビニの駐車場に止めてあった宮下達也の車の中から、今まで行方不明だった大沢宗二郎のノート型パソコンが見つかったとの事だ。偶々巡回中の警察が見つけたらしいな」


「宮下達也の車の中から大沢宗二郎の家の中から紛失したはずのノート型パソコンが見つかったと言う事ですね。それはまた何とも決定的な状況証拠が出て来た物ですね。しかも彼があの蛇野川美弥子の実の兄ならば、その殺害動機もまた納得が行きますね。恐らく借金で家庭を滅茶苦茶むちゃくちゃにされたと考えた、彼の一方的な逆恨みと言った所でしょうか。でもそう考えると何だか意外に呆気ない幕切れですね」


「ああ、そうだな。一つの証拠が見つかれば、後は根元からボロボロとアリバイが崩れていくからな。こうなれば事件解決は意外と早いのかも知れないな。犯人が捕まるのも時間の問題だよ。と言う訳で俺は赤城刑事達と合流して、宮下達也・小島晶介・それと池ノ木当麻宅の家の宅捜索をするつもりだ」


「そうですか。では俺も後から行きますよ」


「ふん、どうでもいいが捜査の邪魔にならない用にしろよ。もうこの事件は解決した用な物だが、入らぬ邪魔で現場をかき回されては迷惑だからな」


「まだ事件が解決したとは言い切れませんよ。まだいろいろと不可思議な謎が沢山残っていますからね。大蛇神の謎とか・その大蛇を操る蛇使いの謎とか・蛇野川家の呪いに纏わる謎とかね。それにまだ誘拐された人達も救出してはいませんし」


「そうだな、気を引き締めねばな。それにその他の謎も宮下達也を捕まえて見れば全てが分かる事だろうからな。じゃ俺は行くぞ。蛇野川美弥子さんの事情聴取は家宅捜査が終わってからまた改めて行う事としよう。では草五郎社長、美弥子さん、私はこれで失礼します」


「ま、まさかあの宮下が……あの時養子に行ったあの蛇野川貴志くんだったとは流石のワシもしらなんだ。そしてその素性を隠して偽名を使い、わざわざこの家に舞い戻って来ていたと言う事か。ならこのワシを恨んでいたとしても別におかしくは無いかも知れないな。川口警部、行方不明の柳三郎と池ノ木の事、どうかよろしくお願いします。そしてもし宮下達也に会えたら伝えて下さい。このワシに恨みがあるのなら直接このワシの元まで来いと」


 声を震わせながら頭を下げる草五郎社長の心情に川口警部は、その思いを汲み取るかの用に大沢邸を後にする。

 その数秒後、川口警部がいなくなった事で何だか言い知れぬ気まずさを感じた勘太郎は「では俺もそろそろ行きます」と言いながらその場を離れようとする。そんな引き腰気味の勘太郎に美弥子はまるですがくように引き止める。


「ま、待って下さい。黒鉄の探偵さん。どうか宮下さんを……いいえ、本当は兄でしたか……貴志お兄さんを助けて下さい。兄を庇う訳ではありませんが、私は宮下さんが大沢一家殺しの犯人では無いと……そんな気がするんです」


 その美弥子の言葉に、勘太郎は静かにそして優しく尋ねる。


「何故そう思うのですか。彼は異常なまでの大蛇神信仰の生粋な信者ですし、しかもあの大沢早苗の名を口に出すくらいに彼女の事を良く思ってはいなかったはずです。『大沢家の人間が死ぬのは大蛇神の祟りを受けた罪人だからしょうが無い』とまで言っていました。その彼がもしかしたら本当は犯人では無いかも知れない……そう言うからにはその確証たる証拠が美弥子さんにはあると言う事ですか?」


「そんな確証かくしょうめいた物はありません。ですが私が奥様や杉一郎さんに苛められていた時も宮下さんはいろいろとかばってくれました。良くないことは良くないとハッキリと言える人でしたし。その信仰心や言動が何処か屈折くっせつしていても基本的には正しい人でしたから、そんな優しい人が人殺しなんか出来るとは到底思えません。確かに大沢家に対する恨みはあったのかも知れませんが、大部分は大沢早苗さんのサラ金会社からお金を借りた家の父の責任ですし。その大沢家の人達を恨むのは筋違いだと私は思っています。それに何より、両親が死んだその後は草五郎社長が色々と気にかけ面倒を見てくれましたから、その命の恩人に向けて恨みを持つなんて事は先ず有り得ない事です。それは勿論あの宮下さんだって本当は分かっているはずです。宮下さんは草五郎社長の事だけは尊敬していましたから、その恩人の家族を殺害すると言う事は絶対にしないと私は思います。それにあの蛇神神社で会った犯人には、また違う……何か別のドス黒い悪意を感じます。とても執念深く……危険な悪意を!」


「危険な別の悪意……ですか。貴方の言う用に、もしも宮下達也さんが犯人では無かったとしたら、今連絡が付かない宮下さんは犯人の手により身動きが出来ない状態なのかも知れませんね。そしてその犯人の手により濡れ衣を着せられているだけかも知れない。それに宮下さんの車の中に宗二郎さんのノート型パソコンがそのまま放置されていた事も気になります。何だか態と見つかる用に車の中に置いていると言うか……そんな風にも考えられますからね」


 そんな見解を言う勘太郎に、フと何かを思い出したのか蛇野川美弥子は遠慮えんりょがちに昨晩見たある気掛かりな事を話し出す。


「それと……これは直接は余り関係の無い話なのですが。昨夜、草五郎社長が見たと言う大蛇騒ぎが一段落して黒鉄の探偵さんが民宿に戻られるちょっと前に、あの白い羊の女探偵さんと宗二郎さんの二人が何やら内緒話をしていたのを偶然見かけました……見かけたのですが」


「あの二人が何か話をしていた……それがどうかしたんですか?」


「ええ、その姿が何だか異様で、まるであの羊のお姉さんが何かを餌に宗二郎さんをたぶらかしている用に私には見えました。その時の二人の雰囲気がとても怖い物だったので、一体何を話していたのかを一度黒鉄の探偵さんに聞いてみようかと思って……」


 あの羊野が大沢宗二郎と何か意味深な話をしていた?そんな話俺は羊野からは何も聞いてはいないぞ。羊野の奴、一体宗二郎さんと何を話していたんだ。まさか宗二郎さんが大蛇神のことで話そうとしていた内容をあいつは先に聞き出そうとしていたんじゃ無いだろうな。いや……それは流石に無いか。あの宗二郎さんが明日の朝に公表すると言っていた話を知ったのは、俺達が民宿に帰って来て、その後宮下さんが訪れた後だ。だから宮下さんが語るメールの話を俺達はまだ知らない。だとしたらあの時羊野は宗二郎さんと一体何を話していたんだ。大沢宗二郎の顔色を蛇野川美弥子が気にするくらいだからただの世間話ではあるまい。

 そんな事を考えながら勘太郎は美弥子に曖昧に答える。


「さ、さあ~俺も本人から話を聞いてはいないので、何を話していたかは分かりませんね」


 態とらしく頭を掻きながら美弥子の質問に応えていると、勘太郎の脳裏に羊野の邪悪に歪む顔が一瞬過る。


 ま、まるで宗二郎さんをたぶらかすように……だとう。まさか羊野の奴。一体羊野は宗二郎さんと何を話していたんだ。いや、そもそも宗二郎さんは本当に大蛇神に関する新たな発見なんてしていたのか?


 そう考えた時、勘太郎の体に一瞬寒気が走る。


 ま、まさか羊野の奴、何かやらかしてないだろうな。


「では、俺もこれで失礼します。柳三郎さんと池ノ木さん、それに宮下さんと小島さんの消息の行方も調べないといけないので」


 一つの不安を抱えながら勘太郎は玄関に足を進めると、後ろの方からハッキリとした二つの声が同じに聞こえる。


「み、宮下さんを……いいえ、家のお兄さんをどうかよろしくお願いします。この呪われた大蛇神事件を解決して下さい。黒鉄の探偵さん」


「ワシからも頼も。宮下がもし本当に犯人ではなく、誰かに濡れ衣を着せられたのなら是非とも助けてやってくれ。ワシの妻がやった事とはいえ、彼の人生を狂わせたのは間違いなく私達夫婦が原因なのだからな」


 そう言って頭を下げる草五郎社長と美弥子の思いを背に受けながら、勘太郎は頭を下げ無言で玄関の引き戸を閉める。

 その体からほとばしる決意と真っ直ぐに見据えた鋭い眼光は、まだ見ぬ蛇使いの悪意に挑もうとする本当の探偵の目だった。

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