第2章 『絶望階段!』 とある高校に出没する階段落下トリックを操る狂人・絶望王子と呼ばれる謎の学生との推理対決です。

第2話 『復讐の始まり』            全25話。その1。

            一 『罪深き者達』



            1 七月七日土曜日。


『おい近藤、お前にベースのチューニングなんて本当に出来るのかよ? あれはあれで結構難しいんだぜ。だがお前が色々と教えてくれと言うから一万円で引き受けてやったんだから俺に感謝しろよな!』



 時刻は二十時三十分。


 日が落ち暗くなった住宅地のアパートの階段を近藤正也と金田海人の二人が一段一段登って行く。

 ゆっくりとした足取りで登る近藤正也は音楽バンドで使っている自分の楽器のベースの(調律)チューニングをする為、同じバンド仲間でもある金田海人と共にもう一度楽器を整備しようと二階フロアの一角にある近藤家の自宅を目指す。


 見た感じ彼らは高校生の用なので二人とも学生服を着ているのだが、素行が悪いせいか校則に反する短ランや中ラン、ボンタンやドカンと言った改造学生服を着こなしている。

 そんな風変わりな見た目に合わせるかの用に近藤正也の方は前髪をリーゼント風に掻き上げ。金田海人の方はその名字にふさわしく頭を金髪に染め上げていた。

 そう二人は校内では知らない物がいない程の不良グループの一員なのだ。

 そんな意気揚々と階段を上る二人の身に行き成り有り得ない事件が突如として起こる。


 後一~二段で二階に到達すると言う所で行き成り壁上に設置してある全ての電灯が消え、言い知れぬ緊張が辺りを包む。


「ん、なんだ、停電か? 暗くて何も見えねえな。近藤、何か明かりはないのか」


 そう金田が呟いた次の瞬間「あっ!」と言う短い声と共に金田の気配が突如階段から消える。


 ドタン・バタン・ドスン・ゴロン・バシッ!


「……。」


「お~い、どうしたんだ金田。返事をしろ!」


 突然気配が消えた事に心配したのか、まるで生死を確認するかの用に近藤が階段から落ちた金田に向けて呼び掛ける。その間五~六秒程してから意識を取り戻した金田は自分の身に一体何が起きたのかが分からずただ呆然と目の前に広がる闇夜を見つめていた。


 お、俺は一体……なんでこんな所で寝てるんだ。確か……階段を上っていて、そこで行き成り……う~ん、そこからは覚えて無いな。どうやら俺は階段から落ちたみたいだが、なんで落ちたのかがよく思い出せない……て言うか分からない。くそ、くそ~っ一体どうなっているんだ!


 よく分からないまま階段から落ちた事に金田はイライラを募らせていたが、そろそろ立ち上がろうかと体を起こそうとした時に全身から頭部へと走る鈍い痛みに思わず顔を大きく歪めてしまう。


 痛えぇ、いてて。な、何だこの痛みは。まさかどこか骨が折れているのか? 体中が痛いと言う事は突然の停電で階段から落ちた事でいろんな所にぶつけ打撲したと言う事か。それにしてもやけに頭が痛いな……それに何だか吐き気がして気持ち悪いぜ。


 自分の身に起きた異常事態に気付くことが出来ない金田は助けを求めようと階段の最上段にいるはずの近藤正也に助けを求める。


「た……ずぅ……け……てぇ……っ」


 あれ、上手く言葉が出ない?

上手く声が出ない事に不安と焦りそして目眩を感じていると、暗闇だった階段付近に再び明るい電気が付き一気に視界が広がる。


 電気が復旧した事で最上段にいる近藤の姿を確認する事が出来た金田は意識が朦朧とする中必死に助けを求めたが、当の近藤は中々階段から降りては来ず階段下に倒れている金田を見ながら驚きの表情を見せる。

 一体何をそんなに驚いているんだ? なんでもいいから早く降りて来て俺を助に来てくれよ!


 そう思いながら何気に頭の後ろに視線を向けると、仰向けに倒れている金田の頭の後ろに黒い防空頭巾を被ったボロボロのマントを羽織る学生が不気味に金田を見下ろしていた。


 な、なんだこいつは……て言うかこいつの姿は……。


 当然その姿を見た金田の顔はまるで血の気が引いたかの用に一気に凍り付く。何故ならその姿はまるで第二次世界大戦の戦時中から当時の庶民が時代を超えて抜け出して来たかの用な、そんな奇妙な姿をしていたからだ。


 そして防空頭巾と言ったら戦時中は空爆の破片から頭を守る為に住民が被っていた布きれの中に綿を敷き詰めた圧布の頭巾の事だが、その防空頭巾とボロボロのマントを纏ったその姿はまるで昭和初期に出て来る得体の知れない怪人を彷彿とさせた。

 そんな得体の知れない黒い防空頭巾を被った学生なのだが、黒いマントの下から見える学生服が金田達が通う高校の制服に少し似ている事から、この黒い防空頭巾の学生が同じ高校に通う生徒では無いかと本気で考えてしまう。

 だが金田がそう思った理由はそれだけではない。何故ならその黒い防空頭巾の学生の頭の上には段ボールで出来た薄汚い王冠が滑稽に飾られていたからだ。

 まるで幼稚園児にでも作って貰ったかの用なそのクオリティーの低さは余りに幼稚で、その王冠を被る学生の姿は正直笑えるのだが、だがその姿を見た金田海人の体は突然震えだし体中の汗が止めどなく流れ落ちる。


 段ボールで出来た王冠を防空頭巾の上から被るその素顔は、きめ細かい黒網のネットで顔を覆い隠しているせいか全く見えないのだが、それでも金田はその王冠を被る黒い防空頭巾の学生に心当たりがあった。


「その格好は……まさかお前……内田……内田なのか? いやそれは流石に無いか。内田にこんな大それた事をする勇気は無いからな……ならお前は一体だれなんだよ」


 話している最中も体が痛いのか何気に体や頭に触って見ると夥しい血が手に付いている事に金田は正直驚く。そんな彼が後ろに立つこの防空頭巾を被るマント学生を疑うのは、あの気弱でいつもオロオロしている内田なる人物とは思えない程の憎悪ぞうおと殺意をその全身から放っていたからだ。

 そんな金田の不安が的中したのかその黒い防空頭巾を被ったマント姿の学生は肩に背負っている長筒のケースの中から金属バットを取り出すと、下で倒れている金田の背中に向けて勢いよくその金属バットを叩き付ける。


 バッキィィーッ!


 その瞬間猛烈な痛みと衝撃が背中に伝わり思わず金田の口から「ぐわぁ!」と言う声にならない悲鳴が近藤の耳にも届く。

 そう近藤が中々階段を降りて来なかったのはこの黒い防空頭巾を被ったマント姿の学生が金田の目の前に立っていたからなのだ。そう理解した金田はそれでも近藤に必死になって助けを求めるが、当の近藤は震える声で相手を威嚇しながらただ必死に虚勢を張るだけだった。


「こらぁーっ、てめぇーぇ、俺の友達に一体何してくれてんだぁ。ぶち殺すぞ! おら!」


 そんな必死な近藤の強がりも長くは続かず、次第にその言葉は虚勢から懇願へと変わって行く。


「お、おい、いい加減にやめろよ。やめろ、止めてくれ! それ以上やったら本当に金田が死んでしまうよ!」


 取り乱しながらも必死に叫ぶ近藤の願いが通じたのか、ただ単に標的を変えただけかは分からないが、黒い防空頭巾の学生はその殺意ある視線を今度は階段の最上階にいる近藤に向ける。

 その手に持つ金属バットを数回フルスイングしながら相手に叩き込む準備運動をするその謎の防空頭巾の学生は、口から妙な「ゴオォォーッ、ゴオォォーッ」と言う(さながらダースベイダーの様な)音を立てながら二階にいる近藤に向けて階段を駆け上がる態勢を取る。


「まさかお前……俺にもその金属バットを叩き込むつもりじゃないだろうな。やめろ、止めてくれ! いかれてる、こいつはいかれてやがる。そしてこいつは恐らく内田じゃない。だとしたらやはりお前の正体はあいつなのか……。だけどあいつは半年前にあの事故で死んだはずだぞ。有り得ない。こんな事は絶対に有り得ないぜぇ! 一体お前は誰なんだよおぉぉぉ!」


「ゴオォォーッ、ゴオォォーッ、ゴオォォーッ!!」


 黒いマントをなびかせながら迫り来る黒い防空頭巾の学生に近藤が必死に叫んだその時、隣の駐車場の方からガヤガヤと数人の人の声が聞こえて来る。

 その声のする方に「だ、誰か助けてくれ。通り魔に殺される!」と近藤が叫んだ事で瞬時にその場から逃走する事に決めた黒い防空頭巾の学生は、電気が消えたのと同時にその姿を闇の中へと隠し。その五秒後に再び電灯に電気が付いた頃には既にその場から消えた後だった。


「……。」


 俺達……助かったのか? 意識が朦朧する中金田がそう考えていると周りから幾人かの大人達が慌てた様子で二人に駆け寄って来る。その声と足音の歩みから自分達を心配して駆け付けてくれた事に金田は正直胸を撫で下ろしていた。


「い、今のは一体なんだったんだ。もしかして通り魔か何かか? 上にいる君は大丈夫か。怪我はないかい!」


 そう言って駆け寄って来たのは駐車場から現れた会社員風の中年の男だ。


「おい、階段の下で倒れている学生の方は何だかやばそうだぞ。頭を強く打っているみたいだ。それに体中からおびただしい血が出ているぞ!」


「おい、動かすな。絶対にその学生を無闇に動かすんじゃないぞ。先ずは直ぐに救急車を呼ぶんだ。早くしろ!」


 そう仲間に指示を出す大人達の緊迫したやり取りを耳で聞きながら、やっと自分の元へと駆け寄って来てくれた近藤正也の顔を見る。

 その顔は不安と涙で溢れ。汗だくの体の方は未だに震えが止まらない様子だ。近藤は金田の手を固く握り締めると声を震わせながら「すまない……すまない……」とまるで呪文の用に繰り返していた。


 最初は中々助けに来てくれる様子の無い近藤に怒りや不信を感じた物だが、今はあの黒い防空頭巾の学生通り魔の脅威を目の前にし助けにこれなかった事に納得はしている。恐らく武器を持たない近藤が駆け下りて来ても事態は更に悪い方向に転がっていたかも知れないからだ。そう良き方に考えると今度は何故自分は階段から転がり落ちたのかとごく当たり前の事を真剣に考える。

 あの電気が消えた直ぐ後に階段から落ちて意識を失い。その後意識を取り戻したのと同時に電灯に明かりがついたその間の時間が凡そ十秒間程度だったと記憶している。その暗闇の中で階段を駆け上がって来る人の気配は全くしなかったので、金田は本当に自分の不注意で足を踏み外した事になる。


 だが停電の中での金田の記憶では足を踏み外した感覚は全く無いので、金田はまるで白昼夢を見せられているかのような不思議な感覚に囚われていた。


 だが……まあ……もし何か違和感があったと言うのなら背中に少しだけ痛みが走った事と、その一~二秒後に背中を誰かに引っ張られた用な……そんな気がすると言う事だろうか。


 金田はそんな事を考えながら、行き成り階段下に現れた黒い防空頭巾の学生通り魔の、もう一つの呼び名をたまらず口にする。


『ぜ、絶望王子……まさかあいつが俺達の前に現れるだなんて……まさか復讐のつもりか。だから俺も奴と同じ様に階段事故で……怪我をしているのか。いやそんな事は……あり得ない……奴の……絶望階段の呪いなんて絶対にありっこないぜ!』


 薄れゆく意識の中でまるでうわごとの用に何度も呟いた金田海人は、近藤や他の大人達の呼び掛けに答えること無く意識を失うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る