第1話 『草薙村を後にする』 全28話。その28。
3
「はあ~、バス遅ーいな。何時に来るんだっけ?」
「バスの到着時間は十時二十分ですので、後十分はありますわね」
「後、十分か。この無駄な時間を待っている時が一番長く感じるんだが、そんな経験お前にも当然覚えはあるだろう」
「無いですわ。時間は時間、十分は十分ですわ」
「お前はいつも話がざっくりしているな。せっかく話を振っているのに会話が続かないだろう」
事件の結果報告を告げるついでに本当の蛇使いの正体と真実を暴いて来た勘太郎と羊野は、その後の大沢草五郎の自殺によって後味の悪い最後を迎える。
知らせを受けた警察や大沢家の関係者達が集まる中、勘太郎と羊野はまるでその場から閉め出される用に大沢家を後にする。
その追い出しの先頭を切ったのは勿論一番先に植物園に現れた川口警部と山田刑事だ。
「お前達に依頼を頼んでいた雇い主はもう既にこの世にはいないんだから、もうお前達は用済みだろう。
玄関を出る時急ぎ足で植物園へと向かう大沢柳三郎と蛇野川美弥子と擦れ違うが、その時勘太郎と羊野の存在に気付いた二人は立ち止まり深々と頭を下げる。
丁重な挨拶の後に頭を先に上げたのは息を弾ませる柳三郎の方だった。
「探偵さんの二人には事件を解決して貰ったばかりか命まで救っていただき感謝の言葉しかありません。本当にありがとう御座いました。このお礼はまた近い内に、別の形でしたいと思っていますが。今は父が緊急事態なのでこれで失礼します!」
事件が解決したという安堵と本気で義理の父を心配する柳三郎の姿に、勘太郎は思わず作り笑いをしてしまう。何故ならこの後に知る本当の大蛇事件の首謀者が本当は大沢草五郎だと言う事実に柳三郎のショックは当然大きいと考えたからだ。
草五郎さん……少なくとも貴方を父親だと慕う義理の息子達は皆大小の想いは違えど、それなりに愛と信頼を持って貴方を認めてくれていたはずだ。その信頼と愛に気付けずに殺してしまうだなんて、いくら実の娘が可愛いからって盲目になり過ぎだろう!……と思いながら勘太郎は複雑な心境になる。
会話もそこそこに柳三郎は父の死体が横たわる植物園へと走り。その後ろ姿を見送った美弥子が今度は勘太郎と羊野の方にその悲しげな視線を向ける。
「く、草五郎社長……いいえ、父がいろいろとご迷惑をお掛けして本当にすいませんでした。これからは柳三郎さんと宮下……いいえ、貴志兄さんと一緒に協力してこの大沢農園株式会社を盛り上げて行きたいと考えています……ので、私達の事は心配しないで下さい。父が自ら死を選んだのは本当に残念ですが、事件の
そう言うと美弥子は自虐的にクスリと笑う。そんな美弥子を見て勘太郎は思う。
おいおい草五郎さん……いくら自分の罪に
そんな思いに感情が高ぶる中、勘太郎は大沢草五郎を救えなかった自分を激しく責め立てる。
何故あの時、草五郎社長の自殺を事前に察知できなかったのか。正体がバレたら当然円卓の星座の狂人なら自殺を選んでも別に可笑しくは無いからだ。そんな事は前々から分かっていたはずなのに、ついヘマをこいてしまった。やはり草五郎の罪を追及すると言う羊野の言葉を聞かずに全て警察に任せておくべきだったか?
そんな後悔とやるせなさを抱きながら勘太郎は、やがて来るはずの路線バスをただぼ~とひたすらに待つ。
「はあ~、赤城先輩、帰りくらいは送って行ってくれてもいいとは思わないか。依頼を受けた俺達だって事件解決には一役買ったと言うのに『ご苦労様。後は自力でバスで帰ってね』は無いだろう。それについてはどう思うよ」
「あの後、警察や大沢家の関係者達が植物園に
「そう、そうだな。赤城先輩は警視庁捜査一課の刑事さんなんだから仕事が優先だな。タクシー代わりに使っちゃいかんな」
四日前、始めてこの古びた木造の掘っ立て小屋のようなバス停に降り立った勘太郎と羊野は、今度は家路へと帰る為にやがて来るはずのバスをただひたすらに待つ。
初めてこの地に降り立った時とは違い、四日も経てば田舎独特の光景に懐かしさすら感じる物だが、今はとてもそんな気にはなれない心情でいた。
そんな自己嫌悪に浸る勘太郎の頬に何か冷たい物が付着する。
ふと上を見ると曇りがかった空に涼やかな風が流れ。その静かな冷風に乗るかの用に深々と降る雪が周りの田畑や民家を白く染め上げて行く。
そんな雲の隙間から覗く幾つもの光の線がまるで地上を照らす天然の舞台装置の用だと、
「あ、何かと思ったら雪か……中々降らないと思ったらようやく本格的な雪が降ってきたな」
「はい、そうですね。ついに降ってきましたわね。しかしこうして見てみるとゆっくりと空から降りてくる雪は中々に綺麗ですわね。幻想的な光景と言った所でしょうか」
次から次えと落ちて来る雪をしばらく眺めていた二人だったが、羊野は何かを思い出したかの用に口を聞く。
「あ、因みになぜ私の質問でこんな都合良く産婦人科の先生の口を割らせる事が出来たのかと言うと。半年前にその隣町にある病院を訪れた蛇野川美弥子さんが何気に『自分と親とのDNAを調べるにはどうしたらいいんですか?』と内科の先生に聞いたからみたいですよ。彼女自身はただの風邪で内科を受診したらしいのですが、フと病院内でそんな事を言ってしまった事があるそうで、その時に何かの用でたまたまその場にいた産婦人科の先生が青い顔をしながら『この私が直々に蛇野川津和子さんのお腹の中から美弥子さんを取り上げたのだから、何も心配はしなくていい』と言われた話を、今日の朝早くに美弥子さんが電話で話してくれましたから……その
「まあ、半年前に蛇野川美弥子さんが風邪で病院を受診した際にそんな事を言っていたのなら、昨日お前が蛇野川美弥子の依頼で産婦人科を訪れたというその嘘の言葉は、産婦人科の先生にとっては疑心暗鬼の言葉となったんじゃないのか。あの蛇野川美弥子が自分の
「ホホホホッ、それはあるかも知れませんね。だからこそあの産婦人科の先生は、その後ベラベラと私にお話してくれたのでしょうね」
「まあ、いろいろとあったが事件は一応解決したんだからこれで良しとするかな。フフフッ……流石は我が黒鉄探偵事務所が誇る優秀なる助手にして、華麗なる追求者よ。やはりお前は
勘太郎のその芝居がかった言い回しに、羊野はブッと笑いながら口元を抑える。
「その昔の呼び名で言うのは止めてくれませんか。従来通りに白い羊と言う呼び名で呼んで下さいな。その方が何だか可愛らしいですからね。フフフ、それにしても相変わらず面白い感性を持った人ですわね、黒鉄さんは。その聞いててこちらが恥ずかしくなる用な歯が浮く台詞を平気で言う辺りが黒鉄さんらしいですわ」
「なんだとう~。腹黒の癖に生意気だぞ!」
お互いに見つめ合いながら笑い合う。そんな勘太郎と羊野の心は、雪がその場を和ませてくれたせいかとても穏やかだった。
そうこうしている内に山々が見える遠くの方から年期の入ったバスが一台徐々に近づいてくる。
「お、バスが来たぞ!」
「ええ、ようやく来ましたね。早く帰って黄木田店長の淹れたコーヒーが飲みたいですわ」
「同感だな。帰ったら今回の大蛇神事件の詳細について詳しく説明しないとな」
独特のエンジン音を響かせながら扉が開く路線バスに、勘太郎と羊野は到着と同時に直ぐさま乗り込む。
そんな二人は一番後ろの座席を直ぐさまキープすると、窓越しに後ろを振り返る。
短い間とは言えこの村ではいろんな事があったが、勘太郎と羊野にはいい経験になった事だろう。
良くも悪くも成功と失敗を経験したのだから、探偵として……いや、人間としての成長は確実に上がっていると今は信じたい。
そんな貴重な経験をした勘太郎と羊野の二人は、山々に囲まれた大蛇神伝説が息づく村・草薙村を後にするのだった。
大蛇神の蛇使い 終わり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます