第2話 『階段落下と謎の学生通り魔』      全25話。その2。



        2 一月十五日。天気は晴れ。


勘太郎かんたろう貴方達黒鉄探偵事務所くろがねたんていじむしょに警視庁の警察サイドから正式な依頼の要請が来たわよ。半年前から続く、人が何の前触れも無く階段から転げ落ちると言う謎の怪事件について調べて来る用にとの事よ!」



 時刻は十八時三十分。


 吹き荒む外の冷風が町や通行人達を覆い、滑りやすい道路の凍結で警察や市からは注意勧告が出ているそんな夕暮れ時。喫茶店内のカウンターテーブルに座る赤城文子刑事が行き成り語った要領ようりょうを得ない話に、隣に座る勘太郎は口に含んでいたコーヒーを思わず吹き出しそうになる。


「な、何ですか、人を呼び出して置いて行き成りその話は。また変な事件を持ち込んで来ましたね赤城先輩。大体日本の治安ちあんを守る国家の警察が、民間の一探偵事務所に事件の依頼協力を要請すること事態可笑しな話でしょ」


 その当然とも言える勘太郎の言葉に赤城刑事はニヤリと不敵な笑みを向けながら堂々と応える。


「まあ、確かにそうだけど、あなたは是が非でもこの依頼を受けないといけないわよ。何故なら二代目・黒鉄くろがねの探偵を名乗る以上、貴方にこの事件を断る権利は初めから無いからよ!」


「いや、毎度の事ながら言ってる意味がよく分からないんですけど?」


 そんなよく分からない二人のやり取りが静かなジャズとほろ苦いコーヒーの香りが漂う店内で繰り広げられる。


 モダンな赴きを感じさせる古い本棚には数多くのジャンルの書物が並び。本を一つ選んで落ち着いた音楽と共に美味しいコーヒーを頂くのがこの喫茶店のスタイルとなっている。そんな昭和レトロな雰囲気を醸し出すこの喫茶店こそが勘太郎も良く通う名店『黄木田喫茶店おうきだきっさてん』なのである。

 そんなモダンな落ち着きを感じさせる店内で、被害者の資料や現場写真をテーブルに広げながら話すこの女性の名は『赤城文子あかじょうふみこ』(二十五歳)。きちんと整えられた黒髪ボブカットと赤いジャケットがよく似合う警視庁捜査一課・特殊班の刑事の一人である。


 どうやら赤城刑事はまた不可思議で危険極まりない難事件を勘太郎の元へと持ち込んで来たようである。


 そして赤城刑事が勘太郎と呼ぶこの男が、黒のダークスーツに青いネクタイをはめた今売り出し中のへっぽこ探偵……元い私立探偵。黒鉄探偵事務所の二代目所長『黒鉄勘太郎くろがねかんたろう』(二十三歳)である。


 勘太郎はたった今赤城刑事が話していた話を詳しく聞く為、もう一度聞き返す。


「それで、人が階段から転落すると言う怪事件とは一体どんな内容の物なんですか?」


「一番始めに起きたのは去年の七月七日土曜日。つまり半年前よ。時刻は夜の二十時三十分頃。東京江東区とうきょうこうとうくのとある住宅団地で殺人未遂事件があったの。被害者は地元の高等部に通う高校三年生の男子学生で、名前は近藤正也(十八歳)と金田海人(十八歳)の二人よ。当日の事を話してくれた近藤正也の話によれば、高校から二人で帰宅途中に近藤正也宅のアパートの二階に続く階段付近で何者かに襲撃されたと証言しているわ」


「その何者って一体誰なんですか。心当たりは?」


「それは未だに分からないけど目撃者の証言によれば、顔の部分は黒い防空頭巾とネットの網でよく見えなかったとの事だから素顔は分からなかったとの事よ。後着ていた服装は、昭和初期を思わせる古い学生服にその上から黒いボロボロのマントを羽織った出で立ちをしていたらしいから、ワザとそのいかれた格好で襲撃したとも考えられるわね。たまたまその場で居合わせた行きずりの犯行とは思えないから」


「それで、襲撃された二人は無事だったんですか」


「ええ、近藤正也の方は無事だったけど、金田海人の方は頭部の打撲に頸椎損傷、それと金属バットでの背中への一撃に、極めつけが全身を先端の尖った何かで数回刺されての刺し傷があったらしいから未だに意識が戻らないらしいわ。つまり今も病院のベットの上で寝たきりと言う事よ」


「どうやら被害者は奇妙な事件に巻き込まれた用ですが、それと階段の事件とどうつながるのですか。タダ単に階段から転げ落ちた被害者をたまたま目撃したその加害者が、突発的に襲撃した犯行にしか見えないのですが」


「近藤正也の証言によると、友人の金田海人と二人で自宅アパートの階段を上っている最中に行き成り階段の電気が消えて辺りが真っ暗になったと証言をしているわ。その後十秒間ほど経ってから再び電気は付いたらしいんだけど、その間に足を踏み外した金田海人が階段から転げ落ちたらしいのよ」


 真剣に語る赤城刑事の話に勘太郎は腕組みをしながら不思議そうな顔をする。


「階段からですか。電気が行き成り消えて動揺でもしたのでしょうか?」

「それは分からないけど、電気が消えてる最中に金田海人は階段から転げ落ちて、近藤正也が次に見た時には階段下で倒れている金田海人の背中に金属バットの一撃を叩き込む黒い防空頭巾を被った謎の学生の姿がそこにはあったとの事よ」


 その不可思議で恐ろしげな話に今度はミニキッチンで静に食器を拭いていた黄木田店長が話に加わる。落ち着いた物腰と白い口髭が特徴のこの人物こそが、この黄木田喫茶店のマスターであり。勘太郎の良き理解者でもある初老の紳士『黄木田源蔵おうきだげんぞう』(六十五歳)その人である。


「階段から落ちて来た男子学生へと向けた、犯人による金属バットでの背中への一撃ですか……何やら物騒な物を感じますね。人間関係のもつれによる怨恨えんこんか、それともただの通り魔による愉快犯でしょうか。いずれにしても階段でつまづいての落下だなんて、その金田海人と言う被害者は付いてないですね。しかもその下では正体不明の通り魔と鉢合わせをしてしまうだなんて、とんだ災難ですよ」


「所がこの事件、とんだ災難では片付けられないくらいに事態が広がっているのよ」


「広がっている? つまりこの階段落下事件は、その二人の学生の事件だけでは無いと言う事ですか」


「ええ、今話した階段落下事件は、さっきの二人の学生の案件だけだったから階段を踏み外してのただの転落事件で事が終わってたかも知れないけど。この後半年間、七月から~一月の今に至るまで、江東区の街中で階段転落事故が幾つも起きているのよ。その数ざっと三十件」


「この半年の間に階段落下事件が三十件ですか。と言う事は一ヶ月の間に確実に五人はその怪事件で階段から足を踏み外していると言う事になりますね。そう考えると結構恐ろしい事件ですね」


「階段落下事件に巻き込まれた被害者達の中には一人の時に階段で足を踏み外し転落してからその可笑しな姿をした犯人に襲われたと言う人もいるけど、たまたま二人以上で階段を登っている最中にいつの間にか階段を転げ落ちた友人を見て、その時の状況を語る人達も当然いるわ。そしてその事件の瞬間を目撃した人達は皆決まってこう言っているのよ。『黒い防空頭巾の上に段ボールの冠を被った黒マントの学生が階段から転げ落ちた人の眼前に行き成り現れて、その場に立っていた』ってね。階段から落ちて怪我だけで済んだ人達の証言によれば、階段から落ちて意識朦朧としている所に犯人が現れて何か鋭く尖った物で全身を突き刺されたと皆言っているわ」


「階段から落ちた全ての被害者が何か鋭い物でその全身を刺されているのですか。一体何の為にそんな事を。それにその凶器は一体なんですか?」

「余程恨みがあるのか、或いは何か意味があってそんな事をしているのかは分からないけど。もしかしたら階段から落ちた人へのトドメのつもりなのかしら? 何の凶器かはその時の被害者によっていつも異なるらしいけど、鋭く尖った獲物である事だけは確かなようね」


「と言う事はCTスキャンでその被害者達の傷跡の形を一つずつ調べたんですね」


「観察員制度の予算上流石に怪我をした人達全員をCTスキャンで調べる事は出来なかったけど、死亡した人達の体は既に調べてあるわよ。だから今現在も継続して調査中よ。鑑識の話では恐らくはアイスピックの針か千枚通しの様な物で刺したんじゃないかと言っていたけどね」


「今さらっと死亡した人達がいると言いましたが、その三十人の被害者の中に死亡した人は何人いるんですか?」


 緊張した面持ちで口を出して来たのは勘太郎と赤城刑事に野菜ハムサンドを持って来てくれた、黒縁の丸い眼鏡と緑のエプロンがよく似合う、現在私立の大学に通いながら黄木田喫茶店でバイトをしている『緑川章子みどりがわしょうこ』(二十二歳)である。


 高校時代からの勘太郎の後輩でもある緑川は勘太郎の頼みで時々探偵業も手伝っているのだが、いつの間にか黒鉄探偵事務所のメンバーに入れられている事を当の緑川は今も知らない。そんな(車の免許を持っている)緑川の主な仕事は車を持っていない勘太郎と羊野の送り迎えなのだが、時々何故か危険な目に合う事もあるのでできるだけ黒鉄探偵事務所の仕事には関わらないようにしている。そんな緑川が腰まで伸びた長い三つ編みを揺らしながら不安げにその答えを待つ。


「そうね、死亡したのは三十人中十人と言った所かしら。鋭い何かによる体中への殺傷は何れも致命傷にはなってはいないけど、やはり階段から落ちた時に打ち所が悪かったのか、病院に搬送後そのまま容態が悪化して死亡したと言うケースが幾つかあるわね。頸椎損傷と頭部の打撲による頭蓋骨陥没と脳内出血が主な死因みたいね。何れも階段から転げ落ちた際には皆後ろから落ちているみたいだから後頭部を強く打ち付けているみたいね」


「ひいいぃぃーっ、何だかその階段落下事件、不可思議で不気味で物凄く怖いですね。人が階段から落下した後に必ず現れるという、黒い防空頭巾を被った学生通り魔ですか。何だか人を階段から突き落とす為に現れる死神みたいで物凄く嫌な気分です。本当にその黒い防空頭巾を被る学生は生きている人間なのでしょうか?」


 自分の発した言葉に震え出す緑川を安心させるかの用に赤城刑事はこの犯行が呪いや幽霊と言ったオカルト的な物では無いと断言する。


「ええ、間違いなくその黒い防空頭巾の学生は歴とした人間よ。それは間違いないみたいだけど、一体どうやって被害者達を階段から(体に触れること無く)突き落としているのかが未だに謎なのよね。それを解かない限りこの事件は永遠に解決しないわ」


 赤城刑事のその話の口ぶりだと、どうやら犯人は絶対に人間だと言う何か確証がある用だが、その根拠とは一体何なのだろうか。勘太郎は話を進める為再度話を戻す。


「それで、階段から落ちて怪我や掠り傷だけで済んだ人達からは何か聞いてはいないのですか。その被害者達は一体どんな状況の中で階段から足を踏み外したのか……とか」


「階段から落ちて運良く打ち身だけで済んだ被害者達の証言によると、階段を登っている時に行き成り電気が消えて、その後直ぐに背中を誰かに強く引っ張られたとその証言者は言っているわ」


「背中を強く……ですか。でもその時はまだその黒い防空頭巾の学生が階段を登って近づいて来たと言う形跡は何処にも無いんですよね。それとも暗闇での出来事だったから近づいてくる犯人の気配に気付かなかったのでしょうか?」


「電気が消えたと言ってもほんの十秒程みたいだし、その間に素早く階段を駆け上がって被害者の背中の衣服を掴めたとしても走って来たらその時点で音は嫌でも出てしまうし、気配だって勿論感じるはずよ。でも階段から落ちた被害者やそこに居合わせた人達ですら、その黒い防空頭巾の学生の気配には気付かなかった。それにその黒い防空頭巾の学生を目撃したのは転落した被害者が横たわる階段下での事よ。つまりその黒い防空頭巾の学生は階段を駆け上ってはいないと言う事になるわ」


「階段下に佇む黒い防空頭巾の学生ですか。ここまで同一の似たような事件が頻発したら、これはもう偶然ではないですよね。その黒い防空頭巾の学生は本当に何者なのでしょうか。そして彼が現れた際は必ず起こるとされる階段落下現象は一体どうやって起こるのでしょうか。うぅぅ~ん、なんか凄く気になりますね」


「ねえ、これって充分に『不可能犯罪』になり得る話じゃ無いかしら。人に触れる事無くその被害者は行き成り階段の最上段から下段の真下まで頭を打ち付けながら落下し転げ落ちる……正に前代未聞の階段転落死事件。どう勘太郎、探偵としてこれ以上やりがいのある怪事件は他に無いんじゃ無いかしら」


「不可能犯罪って言いますけど、その落ちた人達の階段付近はちゃんと調べたんですか」


「ええ、勿論調べてあるわ。その時の資料によると、いずれの階段にも細工を仕掛けた形跡は見つからなかったみたいだし。被害者の体にも薬物投与やくぶつとうよや何かの仕掛けは一切なかったとの事よ」


「被害者の衣服の中に遠隔操作型のスタンガンが密かに入れられていて、それで気絶させられたとか。階段に何か足を引っ掛ける糸とか、滑る薬品が塗ってあったとか。はたまた被害者の体内に既に眠り薬が混入されていたとか色々と考えたのですが、その可能性はどれも無いと言う事ですね」


「ええ、どの可能性も無いみたいね。そしてこの階段落下事件には決まってあの冠を被った黒い防空頭巾の学生が関わっている。勘太郎、あなたはその黒い防空頭巾の学生の正体を突き止め、その犯人が一体どんな手口で被害者達を階段から転落させているのか、その謎を突き止めて解き明かして頂戴!」


「解き明かしてくれって言いますけど、なんでこの事件を警察で調べないんですか。わざわざ一民間企業の私立探偵事務所に持ち込まなくても警察で何とかすればいいじゃないですか。しかも殺人事件が絡んでいますし」

「所がそうも行かないのよ。この謎の階段落下事件。そもそも一体なんで三十人もの犠牲者が出たと思う」


「なんでって……ただ単に、いつどこで起こるかも知れない犯行を警察が未然に防ぐ事が出来なかっただけじゃないんですか?」


「理由は簡単よ、一部の血気盛んな刑事達がこの事件を調べ始めたからよ。警察上層部の上の人達の命令では、この事件には一切関わるなと言うお達しが出ていたと言うのにね」


「この事件には一切関わるなだって……上の上層部がそう言ったのですか。それって……まさか」


「そう警察はへまをしたのよ。そのお陰でルール違反の報復として罪の無い一般人が二十八人ほど無差別に階段から落下させられたと聞いているわ」


「ルール違反、報復って……警察が無闇に手を出せない事件って……それってまさか」


「ええ、不可能犯罪を掲げる闇の秘密組織・円卓の星座から黒鉄探偵事務所に……いいえ、白い羊と黒鉄の探偵にまた新たな挑戦状が届いたと言う事よ」


「ええぇぇーっ、またあいつらかよ。いい加減あの組織には一切関わりたくないんだけどな~ぁ!」


「そう言う訳には行かないわ。闇の秘密組織・円卓の星座の創設者にして不可能犯罪を実証する為にあらゆる不可能犯罪的な事件を間接的に引き起こすとされる狂人・壊れた天秤が直々に、元円卓の星座の狂人にして白い羊と呼ばれる羊野瞑子と二代目・黒鉄の探偵こと黒鉄勘太郎に再び挑戦状を突き付けて来たのだから、あなたはこの挑戦を受けるしか選択肢はないのよ」


「もしこの挑戦を受けないとルール違反の報復として(いつもの用に)人が無差別に何人も死ぬ事になると、つまりはそう言う事ですか」


「まあ、平たく言えばそう言う事よ。あの壊れた天秤は警察すらも無闇に手を出せない数いる狂人達の中でも異質な存在であり、そして悪のカリスマ的存在よ。だから他の狂人達は皆彼を闇の組織のボスだと認めている。その壊れた天秤が唯一その活動で行っているのが、考えついた不可能犯罪トリックが果たして実際に使用可能かどうかの検証と実験をする為に時々行われている。殺意ある弱い人達の心に取り入り、その事件を作り上げる。狂人達による恐ろしいトリック実験の宴、それが狂人ゲームよ。なにせ自分の興味本位の実験の為に殺意ある加害者人達を利用し、そしてその過程上被害者を殺しているんですからね。その方法は事件を起こしそうな加害者を見つけて、その加害者に人を確実に殺せる不可能犯罪トリックの仕組みの提供と、その仕掛けを操るトリック使いの狂人を一人紹介すると言う物よ。そしてその狂人が作り出すトリックやルールに従ってこの事件は行われている」


「だから赤城先輩はここへ来たと……でも今回のその事件は半年前の事件ですよね。随分と月日が経ってるじゃないですか。なんで今更家に」


「半年前、最初の階段落下事件があった翌日に、実は壊れた天秤から警視庁捜査一課宛てに手紙が届いていたそうなのよ。手紙の内容はこうよ」



『警察諸君、昨日の江東区の集合住宅団地の階段で起きた階段落下事件はもう既に知っているかな。中々に謎めいてて不思議な事件だったろう。さぞ警察も困り果てている事だろう。だが警察の介入はここまでだ。ここからは我々円卓の星座の狂人と、生涯の好敵手である因縁いんねんの探偵との至高しこうの対決が始まるからだ。フフフフ……果たしてこの事件を(私の選んだ)あの探偵はその謎を解き明かし無事に事件を解決する事が出来るだろうか。正に謎めいてて非常に興味深い実験になるとは思わないかね。ではルールを説明する。このゲームに参加する探偵達は、捜査を開始した時点から三日以内にこの階段落下事件の犯人を突き止め、その難解なんかいなトリックを速やかに解決し謎を解き明かすのが君達警察側の唯一勝利条件だ。そしてこの階段落下事件への参加者は勿論黒鉄探偵事務所の黒鉄勘太郎・羊野瞑子・緑川章子・黄木田源蔵の四人の面々と、そのサポート役として警視庁捜査一課・特殊班から川口大介警部・山田鈴音刑事・赤城文子刑事のいつもの三人の刑事達の参加だけを特別に認める物とする。さあ、今回も狂人ゲームの始まりだ。初代黒鉄の探偵・黒鉄志郎の息子にして、二代目黒鉄の探偵・黒鉄勘太郎よ。またいつもの用に、あの頭のいかれた白い羊の狂人・羊野瞑子を操って見事この絶望階段トリックを暴いてみせろ! 君達の姑息なアイデアと奮闘っぷりはいい検証実験のデータにもなるからまた実りある結果を出してくれる物と期待しているよ。まあ、精々頑張りたまえ。あ、因みに、もし三日以内に事件を解決出来なかった場合は、何の罪も無い一般人が追加で二十数名ほど無差別に階段から落下する予定なので気合いを入れて捜査をする用に。後これは警察上層部に警告なのだが。分かっているとは思うが、もしこの事件に別の人間が無闇に介入して来た時はルール違反と見なして罪の無い一般人が無差別に人数に関係なく階段から転落死する事になるので、警察諸君は慎重に事に当たる用に……では頑張りたまえ!』



「と記載されていたわ」


 その話を聞いた勘太郎は思わず目頭を押さえる。


 ひいいぃぃーっ、あの壊れた天秤が俺を直々に指名しやがった。なんで俺に命のやり取りを掛けた難解な事件ばかりを持ち込むんだよ。あのいかれた犯罪集団は。そんなのは警察と羊野だけで勝手にやってくれよ。お願いだから俺が黒鉄志郎の息子だと言う理由だけで事件に巻き込まないでくれ! お願いだからさぁ。全くあいつらは悪質なストーカーかよ!


 そんな事を内心思いながら勘太郎は、被害者の資料や写真を見つめながら話を進める。


「警察は組織からの手紙を無視した挙げ句に勝手に捜査をし。そしてその事を知った円卓の星座の狂人からの報復を受けて更なる怪我人と死人を出してしまった。だから二進も三進も行かなくなった警察は、ついには従来通りに俺達に依頼をして来たと言う事ですね」


「そう言う事よ。何せあの円卓の星座は……いいえ、狂人・壊れた天秤は、白い羊と黒鉄の探偵との推理対決以外は一切受け付けない変わった人物の様だからね。だからこの半年間は奴らの警告通りに人が無差別に階段から何人も突き落とされているのよ。それに最初の事件の近藤正也と金田海人の二人を入れれば、ざっと被害者は三十人にもなるわ」


「つまり、その話にあった黒い防空頭巾の学生の狂人との狂人ゲームを正式に受けないとこの階段落下事件は永遠に終わらないと言う事ですね」


「そうよ。だから是が非でも事件を解決して貰わないと困ると言っているのよ。また警察が余計な捜査や隠し事をして死者を増やす訳には行かないからね。警察側からは特殊班の川口警部・山田刑事・そして私の三人しか協力は出来ないから、そのつもりでいなさい」


「マジですか。探偵業界では新人のへっぽこ探偵と同業者からいつも揶揄されているこの俺が、たったの三日でこの難事件を解決しなけねばならないだなんて余りに理不尽で無謀すぎますよ。本当に俺なんかにこの階段落下事件が解決出来るのでしょうか。もし出来なかったら、また人が無差別に何人も死ぬんですよね。そう思うと俺、胃が行き成り痛くなって来ました。いててててぇーっ!」


「大丈夫、できるだけ私達がサポートするからあなた達はいつもの用に捜査をしなさい。分かったわね」


「人が触れること無く、絶対に転落する階段……絶望階段トリックか。ならこっちも黒鉄探偵事務所が誇る優秀なる助手、羊野瞑子を早く呼ばないとな。あ、緑川と黄木田店長も協力の程をよろしくお願いしますね」


 そう呼びかけたその時、地下にある図書ルームの方から白一色の衣服を纏った異形の姿をした女性が姿を現す。


 両手には白いアームカバー・足には白いロングブーツ・長めの白いロングスカート履いたその人物は、首に付けた赤いネクタイを揺らしながら勘太郎達の前に姿を現す。そう彼女の名は羊野瞑子ひつじのめいこ(推定二十歳)。先ほど話に名前が幾度も出た元円卓の星座の狂人にして、今は黒鉄探偵事務所の有能な探偵助手として働く心強い相棒である。


 腰まで伸びた長い白銀の髪を揺らしながら現れた羊野は、熱意ある赤い瞳をキラキラと輝かせながらカウンターテーブルに置かれた事件の資料に直ぐに目を通す。


 透き通る様な白い肌と白銀の髪質を持つ羊野はアルビノのせいか生まれつき体の色素が少ないらしく、基本的に日の光は苦手である。その為彼女は日中外を歩く際には彼女のトレードマークでもある白い羊のマスクを常に被り身に着けているのだが、今は建屋の中にいるので羊のマスクを外している。その素顔はとても美しく均等の取れた可愛らしい顔立ちをしているのだが、その正体は狡猾でかなりの腹黒の人物である。その羊野が被害者達の写真や資料を目でなぞりながら雄弁に語る。


「中々面白そうな事件ですね。せっかくあの壊れた天秤が直々に送りつけて来た事件なのですから、こちらとしてはきっちりと受けて立つのが礼儀と言う物ではないでしょうか。この黒い防空頭巾の学生通り魔を捕まえて返り討ちにしてやれば彼らも文句なく納得をしてくれるでしょうからね」


「羊野、お前また地下の書物コーナーに隠っていたのか。それで、この黒い防空頭巾の学生通り魔に心当たりはあるのか」


「いいえ、初めて見る狂人ですわ。階段落下トリックなどと言う極めて地味な手法も聞いた事がありません。最近選ばれた新人の狂人なのでしょうか?」


「地味かどうかはともかくとして、極めで悪質な事件である事だけは十分に分かったが、この黒い防空頭巾の学生通り魔が次に現れる所に心当たりはないのか。何せこの事件に関わる事の出来る人員は俺達黒鉄探偵事務所の四人と、警察からは川口警部・山田刑事・赤城先輩のいつもの三人だけだから数に任せて警察官達を江東区中に配備は流石に出来ないぜ。何せ後三日でその黒い防空頭巾の学生通り魔が作り出す階段落下トリックを暴いて、そのどこにいるかもよく分からない神出鬼没しんしゅつきぼつな犯人を捕まえないと行けないんだからな。時間は無いし、それは焦るぜ」


「この犯人が次にどこに現れるかはそれは分かりませんが、その犯人とつながりがあるかも知れない人物と、その僅かな根拠なら示せると思いますよ」


 その羊野の思わぬ言葉に、今まで頭を抱えていた勘太郎と赤城刑事が声をハモらせながら羊野を見る。


「黒い防空頭巾の学生通り魔につながりがあるかも知れない人物だと。一体誰だよ、それは?」


「普通に考えてみて下さい。円卓の星座の狂人がこの事件に関わっていると言うのなら、この事件の裏には必ずこの事件を依頼した依頼人の加害者がいるはずです」


「まあ、そうだよな。円卓の星座の狂人は、その誰かを殺したがっている加害者の願いや思いに漬け込んで殺人依頼をトリックと言う形で再現するんだったな」


「ええ、なので必ずあの絶望階段トリックとやらを操る狂人を雇った加害者が必ずいるはずです。何せ円卓の星座の狂人もタダでは殺人は行いませんからね」


「だからこそ円卓の星座の狂人を雇った依頼人が必ずいると言いたい訳だな。だがそれが分かったとして黒い防空頭巾の学生通り魔と一体どう繋がると言うんだよ」


「円卓の星座の狂人が殺人依頼をした加害者の要望に応える際には、まず自分の殺人トリックが信用できる物かどうかを依頼主側に誰かを殺して見せる傾向があります。そうしないと依頼人を信用させる事は出来ませんからね。何せ見ず知らずの得体の知れない殺し屋にその殺人を任せ、しかもそれに似合うだけの大金を払わないといけないのですから、それは依頼主側も慎重になるでしょう。だからこそそれを見極める為に依頼主側は先ずは一番殺したい相手ではなく、その人物に間接的に近しい人を指名して、この殺人トリックが信用に至る物かどうかを確認する為に人を一人殺して貰うのだそうです。だってせっかく大金を払っているのに特に恨んでない似ず知らずの人を殺してしまったら流石に後味が悪いですからね。だから試験的に人を殺すとしたら、それは殺したい人に関わりのある人物……或いは次に殺したいほど憎んでいる人間だけなのですよ」


「だから、その殺したい人と間接的に関わりのある人物を真っ先に殺して、そのトリックの完全性をアピールすると言うのか。それは元円卓の星座の狂人のお前ならではの視点から見た物の考え方だな。流石に説得力があるぜ。と言う事は一番最初に階段から落ちた被害者の金田海人と現場を見ていた近藤正也の二人が、その殺しの依頼をした加害者と何らかの接点があるかも知れないとお前は考える訳だな」


「ええ、その可能性は十分にあると思いますわ。それにこの資料に書かれてある近藤正也の証言が一字一句正しく書かれているのなら、彼の証言に気になる点が一つあります」


「何だよ、その気になる点って?」


「この書かれてある資料によれば、近藤正也さんと金田海人さんが一番最初に襲われた犠牲者ですから、つまり近藤正也さんが初めてその黒い防空頭巾の学生通り魔を見た最初の証言者と言う事になります。彼がその犯人を見た最初の証言によれば、その犯人の姿は黒い防空頭巾を被ったマント姿の学生通り魔としか書かれていません。でも次の被害者達からの証言では、黒い防空頭巾を被ったマント姿の学生通り魔の他に、ある言葉のキーワードが加えられているのですよ」


「ある言葉のキーワードだと、それは一体なんだ?」


「王冠ですよ。黒い防空頭巾の学生通り魔を見たと言う他の証言者達は皆何れも黒い防空頭巾の上に段ボールで出来た汚らしい王冠の様な物を被っていたと証言しています。ですが黒い防空頭巾の学生通り魔に最初に遭遇したはずの近藤正也さんだけは、その犯人が被っていたはずの王冠の事を証言してはいないのですよ。他の皆さんが覚えているほどにインパクトのある印象的な王冠のはずなのに何だか不思議ですよね。もしかしたら近藤さんは何かしらの理由でこの事を無意識的に言わなかったのでは無いかと私は考えています」


「嫌、流石にそれは考え過ぎじゃないのか。最初の段階で犯人がたまたまその冠を被っていなかっただけかも知れないし。そうでなかったら近藤正也がたまたまその犯人が被っていた王冠に気付いていなかっただけかも知れないじゃないか」


「いつ襲ってくるかも知れない犯人を彼は互いに対峙しながら階段の最上段から見下ろしてたんですよ。ならその犯人が被る段ボールで出来た冠も当然見えていたはずです。そう考えるのなら、その言わなかった言葉の行為に何か裏があるとは思いませんか」


「最初の階段落下事件が起きたその翌日には、壊れた天秤から本庁宛てに挑戦状が届いているからな。見方によっては後の二十八人は全て警察に対する見せしめ的な物で、最初の近藤正也と金田海人の事件だけは、もしかしたらこの事件を仕組んだ誰かに間接的につながりがあるかも知れないと言う事か。まるで糸を掴む様な話だな」


「でも調べてみる価値はありますよね」


「まあ、今回のこの事件。どこから調べていいのか正直分からなかったから、お前のその考えに今は賭けて見るとするかな。じゃその最初の被害者でもある近藤正也の周りを今一度調べてみるか。そんな訳で緑川、申し訳ないが明日の朝一番で車を出してはくれないかな。黄木田店長、明日は緑川をお借りしますよ!」


「分かりました。緑川さんをお貸ししましょう。と言う訳で緑川さん、今回もお願いしますね」


「ええぇぇーっ、また送り迎えの運転手をやるんですか。いい加減黒鉄先輩も車の免許を取って下さいよ!」


「いいだろう別に、給金はちゃんと払うんだからさ」


「いや、そう言う問題じゃなくて、黒鉄先輩の関わる仕事って何故かみんな危険な依頼ばっかだし。殺人事件が伴う依頼を警察に任されるだなんて、ハッキリ言ってこの探偵事務所は異常ですよ。大体探偵業ってこんなに危険なお仕事でしたっけ。私の認識では一般的に浮気調査や家出人の捜索とかが主な仕事だと思っていたのですが、私の勘違いでしょうか」


「お前は深く考えなくていいから、車での送り迎だけを頼むよ。では赤城先輩、明日はサポートの程をよろしくお願いします」


「ええ、気をつけて行って来なさいよ。明日は近藤正也が通う江東第一高校に行くんだよね。なら私からその高校の校長先生に連絡を入れて置くから、明日は心置きなく捜査に励む用に。そして何かあったら直ぐに私に知らせるのよ。分かったわね。私も明日は川口警部らと合流し次第、これまで黒い防空頭巾の学生通り魔が現れた現場を今一度調べて、周りの家々から聞き込みをするつもりよ」


「分かりました。では明日の夜にまた黄木田喫茶店で会いましょう」


「フフフフ、これで正式に狂人ゲームが始まりますわね。なんだか楽しくなって来ましたわ!」


 羊野は不適に笑いながら勘太郎の隣に座ると、緑川が持って来てくれたコーヒーを美味しそうにいただくのだった。

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