vs蛸壺(ボス)1

 私の元を去ろうとしているオワリ、このままさよならバイバイするぐらいなら私の手でさよならバイバイしてやるつもりでいた。


 前間より燻っていた殺意の発揮、しかし空回り、邪魔したのは奇しくも同じ目的のはずの縮れ毛の男、死角より強烈な奇襲、結果は私の失敗と縮れ毛の失敗、オワリの身を守ってしまった。


 ままならない。


 その分、縮れ毛には頑張ってもらおう。


 壊れた身から、高みの見物だった。


「やれやれ、小さいから便利と思ってたのですが、戦場には強度が足りなかったですね」


 その目は何を見てるのか、縮れ毛はポケットから小さな機械を取り出していた。踏みつけたのか、灰色のプラスチックが割れて中の金属部分が見えている。それに長いコード、イヤホンらしい黒い紐を引っ張り出して、丸めて無造作に投げ捨てる。


 まるでオワリたちが見えてないかのような立ち振る舞い、それでもトォイが一歩足を鳴らしただけで素早く顔を向ける。


 そして笑ったのか、パカリと口を開いた。


 刹那、弾け飛ぶ。


 振動、衝撃波、不可視の力により、私は宙高く弾き飛ばされる。それだけのパワー、わずかに残っていたナノマシーンも剥ぎ落されながら、天からの視線で全てを見る。


 トォイ、耳を押さえて無様にしゃがみ込んでいる。みっともない。


 縮れ毛、ただ口を開いて突っ立っているだけに見えて、実際はその口の周囲が歪むほどの空気の波、音を吐き出し続けている。


 建物、地震かのように派手に揺れ、ガラスにヒビが走る。中も酷いことになっていることだろう。


 船、揺れてはいるがびくともしてない。流石に頑丈、こちらの破壊は期待できそうにない。


 そしてオワリ、どこだ?


 いた。走っている。素晴らしい脚力、この衝撃の中で耳も押さえず、だけどもぐるりと螺旋を描くように、縮れ毛へ距離を詰めていく。


 元がどれほど離れていたかはもはやわからないが、今やあと数歩の距離、数瞬後には拳が叩きこめることだろう。


 ……これに、縮れ毛は背中から数多の触手を展開する。


 これまで見てきた美男美女と比べても立派で、数も多く、太くて長いそれらは、明らかに体の体積を超えているが、そんなことはどうでもよい。


 触手、それでどういたぶるのか、期待と想像で唾を飲む。


 だというに、縮れ毛はそれらを伸ばさず垂らし、芝を掴むや駆けだし逃げ出した。


 触手を器用に動かし、絡めることも躓くこともなく、体の重心を上げ下げしない、まるでゴキブリのような走法で、近寄るオワリより距離を離していく。


 その足は決して速くはない。


 だが追いかけるオワリは衝撃波の中、加えて、縮れ毛の足跡からは滑る粘液が滴り残る。


 そいつに嫌悪感か潔癖症か、オワリはそれを踏みたがらず、結果遠回りさせている。


 詰められない間合い、一方的な攻撃、これは詰みだった。


 ……私もオワリと共にいたころ、どのような相手が苦手か、どうすれば倒せるか、頭の中でシミュレートしたことがある。


 オワリ、その肉体は美しさだけでなく、機能も抜群だ。例え人間最後の生き残りでなくとも最高の存在だっただろう。


 しゃぶりつきたい足はしなやかで、舐めまわしたい腕は艶めかしい。


 筋力こそ女の子の限界を突破できていないが、常人を上回る反射神経、何よりもそのテクニック、力の伝道能力は過去類を見ない達人だ。合わせればライフルの直撃さえも地面に流して見せる。


 そんなオワリを倒す方法、それは遠距離戦、狙撃をメインとした届かない場所から一方的に攻め立てるのが最善だと出た。


 如何に力を伝道させようともそれはあくまで格闘戦の範疇、手足が届かなければ当たらない。


 実際、空飛ぶドローン相手にはそこらの物を投げつける程度しか反撃手段がなく、それも威力、コントロール共に悲惨で、結局は逃げ隠れしてきた。


 だから距離を取って攻撃し続ける、この縮れ毛の戦法は完全回答に近いものだった。


 ……私の体が地面に落下しきるのと同時に、衝撃波が収まる。


 静寂は安心の兆しではない。


 明らかな溜めの間、阻止せねばならない。


 直感でわかる危機感、オワリは躊躇いを捨てて粘液を踏み、わずかに滑りながらも最短距離で叩きに行く。


 その伸ばした手が、届くかという間際、音が爆ぜた。


 爆音、壊れかけのマイクが離れた位置で受け取ってなお耳を裂く大音響攻撃、まともに受けたオワリは文字通り吹き飛ばされる。


 風に流されたビニール袋みたいに、跳んで仰向け、粘液の上、寝そべる姿は頑張ればエロく見える。


 だが、意識は飛んでいるようだった。


 決着だ。


 後はヒロピンの一発逆転がないバージョン、好き放題やれるボーナスタイムだ。


 触手に取られるのは面白くないが、ただ逃がすよりは何十倍もましだろう。


 楽しみに胸躍らせる私とは違い、縮れ毛はまだ慎重だった。


 近寄らず距離を取り、自身の触手の具合を確かめてから、改めて止めの一音、口を開いた。


「やめろ!」


 声、響く。


 発したのは、トォイだった。


 その様は、ここからでもわかるほど、情けない。


 顔は涙目、震える手足、へっぴり腰て形になってない構え、拳だけは白くなるほど強く握っている。


 あぁ、これが女の子だったなら、なんの気兼ねもなく楽しめたのに、男だと知ってしまったがために、その哀れな姿には蔑みしか感じない。


 無視しても良い。むしろ見せつければよい。


 私の考えとは異なるらしく、触手はまじめにもトォイに向かい、構えた。


 ただしそれはただ顔を向け、口を開き、オワリに向けたのと同様の衝撃波を飛ばしただけだった。


 格闘戦で言えばジャブ、ほんのあいさつ程度、撫でただけに等しい安い攻撃、それだけで無残、いや無様にトォイは吹き飛ばされ、尻をついてなるだけになった。


 ……触手の性癖など知らないが、縮れ毛はオワリよりもトォイを選んだようだった。


 チラリチラリとオワリを気にしながらもその足はトォイに向かう。


 死ね。殺せ。願いが叶う。


 ワクワクして待っているのに、縮れ毛は半端な位置でその足を止めた。


 オワリが、立ち上がっていた。


 震える足、前かがみの姿勢、表情は苦悶、そしてウっと唇の端より赤い鮮血が滴り線を引いた。


 これはエロい。ぞくぞくする。


 この姿を見て感情を揺さぶられるのが変態ならば、私は喜んで変態となろう。


 ぞくぞくしている私の前で、オワリは構えを取った。


 それは、壁ドンだった。

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