残された絶望

 ……自分が無力だという事実がこんなにも悔しいのは初めてだ。


 オワリ、微妙な空気、相手のトォイが裸に気付いて服を着なおさなけれな永遠にあのままだったかもしれない。


 下から順繰りに足からケツから腰から、ぴったりと着ていく動作は、男でなければセクシーだと表現していただろう。それぐらい、このガキ、トォイは、美形だった。


 気の迷いは理解できる。


 これまで大変だった。


 最近は特に酷かった。


 ここまでも遠かった。


 そして得たもの、明るい未来と安全そうな家、だがこいつはいらない。


 何故なら私がいる。群れにオスは二匹もいらないのだ。


 ましてや、こんな男だか女だかわからない、なよっちぃガキなんかに私が負けるわけにはいかないのだ。


 そう力説したいのに、いよいよ全身がダメになってきた。


 コアが壊れるのは時間の問題、ナノマシーンも次一度動かしたらそれで力尽きるだろう。


 だからチャンスは一瞬、一度切り、それでこのガキを殺したいが、どうしてもオワリが近寄ってくれない。


 もじもじしながら距離を取る。


「家、案内するよ」


 そんなオワリに美少女と見間違えるような笑顔を向けてトォイが手招きしながら奥へと歩き出す。


 それに何の迷いもなく付いて行くオワリ、心を許した感じ、もはや戦いの構えもない。


「そこから見えるのが畑、豆、トマト、ブロッコリー、それと日陰からはキノコが採れるんだ」


 ゲロゲロだ。野菜ばかり、脳を腐らせる気か。


 オワリの美貌を磨くには古に作られ、保存料によって守れ続けたジャンクフードこそふさわしい。


「そっちがバスルーム、温くて勢いは悪いけど、バスタブに貯めたら肩までつかれるよ」


 あぁ知ってるとも。お湯をかけられ、体中を泡だらけにされ、もみくちゃにされ、挙句に臭いまで洗い落とされる、犬用の拷問部屋、人は服を脱いで入るらしいが、興奮よりも恐怖の方が勝っている。


 同じ気持ちかオワリ、自分の体臭を嗅いで心を落ち着かせている。


「大丈夫、そんなに臭わないよ。気になるなら後で入ればいいし。それよりこっち、ベットルーム」


 殺す。寝床にオワリを誘い込むとか、こいつは残忍に苦しめて殺す。


「こっちが着替え、全部おんなじだけどね」


 青色のぴっちりキャットスーツ、オワリに、アリだな。


「それでこれがゴモラ君、ここでたった一人の話し相手なんだ」


 そう言ってベットから取り出し、思いっきり抱きしめて見せるのは茶色いトカゲのぬいぐるみ、そんなのに話しかけてるとか、哀れだ。


 それを口にしようとしたのか、オワリ話しかけるも、すぐにやめた。


「……他の人はみんな死んじゃったよ。後でお墓に案内するね」


 沈む声、よかった。殺すのは一人で良いらしい。


「それでとっておきがこっちなんだ」


 トォイ、裏口自動ドアより外へ、ぬいぐるみは抱きしめたままだ。女々しい。


「じゃーーん」


 センスのない効果音と共に、視界に入ったのは、船だった。


 白色に青の線が入ったヨット、丸い窓に乗り込みようの梯子、ただし船体はずんぐりむっくりしていて、帆がない代わりに短い砲台が乗っていた。


「ラストホープ号、この世界で最高の船さ」


 自慢げに言って中へさっさと入ってしまう。


 その後をオワリ、黙って続いて乗船する。


 上のハッチから中へ降りると、思ったより広い船内、運転席に砲座にロッカーに、それとは別に吊るされた野菜や蔦を編んだ籠とかが乗せってあった。


「正式名称は単独浮遊飛行船、脱出用のポッドを改造して、色々つけてあるんだ。下の隠れたとこにはバイオプラントがあって、君の腕を治した薬もここで作ってるんだ」


 早口に説明し始めるトォイ、持てないオタクが自分の特領域でハッスルして滑るのを実践していた。


「本当はコレ、異世界にワープもできるんだ」


「異世界?」


 オワリ、期待を込めて訪ねてしまう。


「そう。こことは違う、まだ人間が生活している別次元、だけどシステムは完璧なんだけど、動力がなくてさ。使えるソーラーパネルだけじゃ空も飛べないんだ」


 ホラだ。女の子の気を引こうとして話を盛って取り返しのつかなくなるアレだ。


「あと一つ、エネルギー源がないと完成じゃなんだ。形とかわかってるんだけど、えっと、これぐらいの小さな結晶できらきら光る宝石みたいなやつで、見たことないよね?」


 そう言って人差し指と親指で丸を作る。


 それに、オワリはしばらく考えてから、表情が爆発した。


 慌てふためきながら胸の皮袋を取りて、横着して袋を破いて、中身を出して見せた。


 ……掌に乗る次元パズルを見て、トォイの目が輝き出す。


「これをどこで、いや、それよりこれで完成だ。船を動かせられる。異世界に行けるんだ」


「他の人がいる、異世界に?」


「そうどこだって行ける。あぁでもその前にテストしないと、壊れたら元も子もないからさ。それに準備もしないと。行った先に食べ物が十分あるとも限らないし。それにこの船、バスルームないからさ」


「それが終わったら?」


「出発だ」


 興奮しながらウンウン頷き合う二人、目を輝かせ、まるで長年の恋人かのように笑い合いながら、速い動きで船を降りた。


 異世界、新たなる世界、新世界、つまりは別次元、この絶望しかない世界よりそちらの方がオワリは幸せになれるだろう。


 だが私はどうなる?


 この体はあくまで端末、本体である脳はまた別のところに安置されている。


 今すぐ移動はできない。


 遠隔操作は別次元までは届かないだろう。


 私は一人、取り残される。


 …………オワリの幸せを願うなら、笑って見送るべきなのだろう。


 それに、旅だったからと言って二度と戻ってこないとも限らない。むしろここより酷い環境ばかりかもしれない。


 だがそんなことは関係ない。


 オワリは、世界最後の少女として、絶望に絶望を重ね、最後の最後に私という希望を見出し、人生に意味を付けて死ぬ、だから美しいのだ。


 それができないなら、完ぺきではないがここで死ぬべきだ。


 私の体よ、最後の仕事だ。


 その全身全霊をもってオワリを殺せ。


 手段は窒息、美しい顔に被せて覆って隠して、そして傷一つ付けずに殺す。


 その後にトォイによって何かされるかもしれないが、オワリは私の中でデスマスクの情報として永遠に生きるのだ。


 決定と同時に殺しに行く。


 肩から跳び広がり、一気に後頭部からオワリ頭部を包みここここここここここむむむむむむむむむむむむむむ。


 バグ、ダメージ、ナノマシーンへ深刻なエラー、なんだこんな時に! 故障など殺した後でいくらでもすればいいだろう!


 怒り、憤怒、それでも動かないか、まだ動かせないかデータを見る。


 ……超音波によるダメージ?


「……防がれましたか。そちらの武器君は、思ったより優秀ですね」


 ノイズが入る中、それでも声ははっきりと聞こえた。


 オワリ、トォイ、同時に顔を向けた先に、縮れ毛男が立っていた。

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