vs蛸壺4
階段は使えた。
そのせいで一気に行けるところが広がったわけだが、だからといって劇的に何かが得られたわけでもなかった。
面白みのない階段で降り立つ各階は、結局のところ変わり映えのしないコピー&ペーストな使いまわしでしかなく、当然お宝が眠ってそうな各ドアは閉められたまま、開く鍵も力もないオワリは、その前を素通りするしかない。
そのくせエンカウント率はそこそこ高く、どこから湧いて出たのか大量のゾンビとやたらと出くわした。ただそのほとんどがほぼ壊れかけで、比較的まともなのでさえ最低でも腕と下顎を失っており、攻撃力の大半を失っていた。
またゾンビの三分の一程度の頻度で現れるのが美男美女、露出少なくエロくないお堅い格好で、どこから嗅ぎつけてくるのか、ワラワラ現れ立ちふさがった。
彼らはゾンビとは比べ物にならないほど危険であり、油断ならない相手なのだが、それもエンカウント三回目辺りから、ただ単調で退屈な存在へと落ちていた。
原因はそのひたすら単調な行動パターンにあった。
距離があれば衝撃波に超音波、だが痛みに耐えて突撃すれば難なく間合いは潰せた。頑丈な人体はオワリの鎧通しで貫通でき、接近戦に対応してか這い出す触手も結局は私の刃で難なく刻めた。
攻略法さえわかればなんて事のない、ただのルーチンワークの雑魚処理へと成り下がったのだ。
それら総合して、つまらないダンジョン攻略だった。
ただ水増しでボリュームを稼いだだけ、ここをデザインしたデザイナーは電柱の下に埋められるべきだろう。
私なら、変化を付けるために罠を一つ二つ加える。
例えばワイヤーで逆さづりにしていやーんえっち、服だけ溶かすスライムかけていやーんえっち、エッチな気分にさせる光線当てていやーんえっち、スパイスとして一つまみ、これだけで一気にダンジョンが印象深く、長らく先まで語れるものとなる。
そんなこともわからないのがデザイナーやってるから人間は滅んだのだ。
頭の中で愚痴れる程度に余裕な探検、足取りは力強いがやはり顔には疲労が、腋には汗が見て取れる。
諦めて撤退するならそろそろだろう。
「ボナンザ」
音声機能が悪化している。声が声になっていない。
だがそれでもオワリには通じたらしく、私にアイコンタクトを落とす。
「わかってる。次で休憩しよう」
微妙にわかってないが、休憩は大事だ。なので訂正は止めておく。
で、その次とされた角を曲がると、タイミング悪く新たなエリアに出てしまった。
廊下の突き当り、散らばる破片、隠されていただろう巨大な鉄扉が、むき出しでひしゃげて引きはがされていた。
その向こうには未知へ通じる通路がぽっかりと開いている。
ボスがいそうな雰囲気、危険な臭い、進むべきでないのは明らかだ。
ここは安全策、撤退すべきだ。
「ババウア」
ちゃんと言えたはずなのにオワリ、聞かずに進み、その中へと入っていく。
これまでと打って変わってチューブ状の通路、それも金属で作られ頑丈な感じ、ますます危険を臭わせる中でほぼ直角な道なりに曲がると、漏れ出る灯りと更なる扉が現れる。
今度は円形、金庫の扉を思わせるぶ厚い金属板、それが手前に倒れていた。
見える限り蝶番部分やシフト、支えていたであろう金属部分が引き千切られたかのように千切れていた。
そしてその先は、広いスペースとなっていた。
高すぎる天井は灯りしか見えない。それと足元の床に描かれた線から、ここは荷物搬入場、つまり天井は地上近くまで届いていると推測できる。
左右の壁際には放置されてるらしい資材が山積みで、軽くせき込んだオワリからここが埃っぽいともわかる。
だが、それよりも特筆すべきは目の前にそびえる壁だった。
明確に金属、黒光りするその表面には大きな円を中心とした出っ張り、それとシャフトやらケーブルやらから、それがこの上なく頑丈な扉だと、推測させた。
……ならば、その前に屯する美男美女は、それを開けようとしているのだろう。
これまでエンカウントしてきたのと同じような美形だがエロくない集団が二十人ほど、それとその足元にはゾンビの残骸が転がっていた。
多勢に無勢、逃げるなら今だ。
「おや、これはこれは、そちらから来ていただけるとは、恐縮です」
だが、タイミングを潰すように声をかけてきたのは一人の男、縮れた長い髪にスーツ姿、ただしネクタイは紐タイで胸ポケットにはハンカチーフを挿していた。
雰囲気、こいつがボスだと感じさせる。
「あ、言葉通じてますか? あなた方の言葉、練習したのですが、どうも自信がなくて、あぁでもこれは覚えました。買い物の時の挨拶です。これをしないのは失礼です」
そう一人で勝手に言って、そしてパンと両手を叩いた。
「いただきます」
ぶしつけな挨拶、それを合図に美男と美女、二人が飛び掛かって来る。
地を這うような上下運動のない走り、だけども素早く、同時に口もパカリと開いてててててててて高周波をををを放ってくるるるるるるる。
震えるボディ、それでもオワリが反応し前に出るのを感じた。
向かってくる美男へ右の拳、鎧通し、吹き飛ばす。
その背後から美女、背中ら触手、広げて包んでくる。
知ってる。流石に覚えた。
変身、ナイフ、刀身に竜の彫り物、ナックルガード付き、中二病スタイル、オワリの左手に滑り込むと同時に振るわれた。
我ながら見事な切れ味、触手まとめて霧飛ばした上、開いた美女の背中へ突き立てられる。
これで二人、余裕そうだ。
そう思い睨み返せば、あれだけいた人数が一人もいなくなっていた。
「すんごいですね」
声、上から、見上げれば壁、張り付いていた。
背中から伸ばした触手をダクトテープのように壁面に磔体を固定、手足をぶらぶらさせながら顔だけが正確にこちらを向いている。
「近くは危ない。白線の内側に下がってお待ちください」
茶化してるのはかわかってないのか、べしゃくる縮れ毛男へ、オワリは跳ぶ。
が、その拳が届くより先に縮れ毛男は、まるで往年のゴキブリがごとくすさまじそくどで逃げ去った。
同時に他の美男美女も遠く高く、届きにくい場所へと逃げ拡散していく。
「それではご一緒に、いぃたぁだぁきぃまぁすぅ」
オワリの着地を見届けると縮れ毛の言葉、合図に全員が口を開く。
!!!!!!!!!!!!!!
ダメージエラー検出、コアへ深刻なダメージ、ナノマシーン崩壊中、直ちになんとかせよ。
ありったけの警報が鳴り響く。
それはオワリも同じ、顔を苦悶に歪め、体を丸めて本能に基づく防御の姿勢、動けなくなる。
高周波、ただしこれまでの比ではない。それが広範囲より、一方的に受けては、身が持たない。
打開策打開策、考えても思い浮かばない。
と、高周波が弱まった。
それを逃さずオワリ、転がり逃げる。
その刹那、先ほどまでいた場所が、そこの床のコンクリートが、砕け散った。
不可視の衝撃、だけども私の犬の聴覚が聞き取っていた。
これは超音波、それも複数がほぼ同じ周波数で一点を叩いた結果の破壊だった。
「だめだね。同時に飛ばしていると聞こえなくなる」
弱まっても止まってない高周波の中、確かに縮れ毛の声が聞こえた。
これに、オワリは立ち上がった。
また元の強さに戻った高周波の中、顔を真っ赤に、奥歯を強く噛みしめながらも逃げず、防がず、流れる動きで、構えを取った。
……それはやってはいけない奥義の構えだった。
これだけは止めなければならない。
「びばべべべべっべべべべべべ!!!」
終にスピーカーが壊れた。ナノマシーンも結合が上手くいかずに崩れ始めている。
止められない。
ただ見守ることしかできない私の目の前で、オワリは禁忌の奥義を放ってしまった。
…………いみじくも、奥義の名は『壁ドン』といった。
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