vs蛸壺2
ハーレム第二号、愛人枠は色白大人系美女だった。
黒くまっすぐな髪、きめの細かい白い肌、まるで人形のように整った顔立ち、胸は大きく全身の肉付きも素晴らしい。一歩間違えればデブまっしぐらながらその紙一重で女性の美しさ、柔らかさを最大限に象っている。
欠点があるとしたら、服装だろう。
濃い青色の上に薄い青と黒のチェック柄のスカート、靴ひもなしの黒い靴、ここまでは言い。ここまでは許せる。
何で体のラインを殺す。
特に胸、私でなければ図れないほど、服がゆったりしすぎていて、せっかくのセクシーラインが死んでいる。
何故谷間を隠す? 何故陰影を出さない? 何故そこまでして乳袋で包まないんだ?
下半身もそうだ。
膨らみすぎ、丈長すぎ、太ももの形も全然出てないし、股の凹みも出てない。この分だと尻も雑に隠されてて括れもくそもないのだろう。
セクシースタイルシルエットをぶち殺す、なんだこのババ臭い服は、ババァかよ。
せっかくのミステリアスな登場、ならばここは女医スタイル一択だろうが。
白衣着て、短いタイトスカート、ぱっつんぱっつんの白いシャツ、ハイヒールに眼鏡も欲しい。
全くファッションをわかっていない愛人枠、だがそこへ教え込む楽しみの、あると言えばある。
兎にも角にも名前も知らなければ妄想もはかどらない。さっそくお友達から始めなければ。
というのに、オワリは警戒していた。
前に進み出ながら構えは崩さず、表情は臭い臭いを嗅いだみたいにしかめて、だけど視線は鋭く、まるで不審者と出くわしたかのような警戒の仕様だ。嫉妬かな?
これを前にしても流石は愛人枠、大人の対応、にこりと笑顔を浮かべて同じく前へ、もう手を伸ばせば届きそうな距離にまで、ゆるゆると来ていた。
そして柔らかな動作で、白く細い右の手を差し出してくる。
お手、あるいは握手と呼ばれる挨拶の形、差し出されたならば握り返さなければ無礼というもの、この程度の作法ならばオワリも知っている。
近すぎる間合い、逃げるなら手遅れの位置、ここまで来て何もされてないオワリは、観念したように恐る恐るその手へ右手を差し出し、握り返す。
途端、二人が跳ねた。
オワリ、驚きの表情、一歩後ずさりながらも握る手を放さず、ただ全身の筋肉に絶妙な力が流れたのを感じた。
これは『合気』だ。
自己防衛の反射本能を逆に利用し、より悪い結果を叩きつける技術、その中でご挨拶とばかりに見られる奥義、あだ名は『押しつぶす握手』だった。
相手は口をそろえてただ手を握られただけだという。触れた感じに力をこめられていないのだと、なのになぜだか膝が折れ、背がのけ反り、立ち上がりたいのにどこにどう力をこめたらいいのかわからなくなると言う。
人体が持つ、複雑な神経回路を逆手にとって操る対人特化の魔技だった。
しかし、それ故にわかりやすい弱点もある。
……つまり人体以外には効果がないのだ。
「な!」
想定外の技の結果にオワリが声を出す。
愛人二号、差し出した白い手が、オワリの合気の技にて、波打っていた。
あり得ない動きだった。
力の入り方、逆らった結果、腕の骨が折れたり手首の関節が外れたりすることがあるとは聞いている。
だが、これは、ここまで派手に波打ち、僅かに伸び縮みしてる様子は、まるで、中に骨がないようだった。
ニターーーと、愛人二号が人ではない笑顔を浮かべる。
百年の恋も冷める笑顔、下品に笑う女は嫌いだ。
「狗闘天!」
名を呼ばれるまでもない。
変わる姿は失恋を刈り取る形、刃は厚く短くそれでも鋭い切れ味、片手鉈、空いてる左手にすっぽり入り込むとほぼ同時にオワリは振るう。
極短な間合いでの腕と手首の捻りで放つ斬撃がオワリの手を握り続けるニタリブスの汚い右手手首に叩きこまれる。
……だが、切り落とせなかった。
手首、関節、確かに切り込んだ。
だが切断できない。
刃は手首に当たって、僅かに刃こぼれして、それで止まった。
ここ数日ずっとこうだ。オワリ、刃の腕が鈍ってないか?
それをあざ笑うようにニタリブスの口がパカリと開いがががっがががががががががががばばばばばばばばばっばばっばばばばっば震度する。
ずれる映像、軋む全身、ナノマシーンの体だけでなく大切なコアにさえダメージ表示、加えて集音マイクが過負荷で緊急停止に追い込まれる。これは超音波?
苦悶の表情のオワリ、震え、踠き、掴まれた腕を引き剥がそうと可愛く暴れる。
だが剥がせない。剥がれない。
逃げられないままニタリブスの顔がオワリに近づく。引き寄せられるるるる。
振動、ダメージの増加、発生源は口か!
オワリ、左手の私をその口の中へぶっ刺した。
硬い感触、入りきらない刃、それでも音は弱まり、ニタリブスが手を離した。
好機、逃さないオワリ、自由になった右手掌底を私の柄頭へ、叩き込んだ。
私を通した『鎧通し』炸裂し、目に見えてニタリブスにダメージ、白目をむいて首ガクガクさせて一歩下がる。
その口から私を引き抜くや右手を走らせその襟首を掴み、ニタリブスと体を入れ替えつつ足を引っ掛け、オワリは技も何もない雑な投げをかます。
投げられたというより突き飛ばされた感じで流れるニタリブス、向かう先は入ってきた開きっぱなしのエレベーターのドアだった。
下は見えないほどの闇、落ちれば死、それを前に、ニタリブスの背が爆ぜた。
服が千切れ、露わになった白い背中がパカリと開いて、中から、触手が、溢れ出た。
滑るピンク、滴る粘液、四方八方に広がり、体が落ちる前にエレベータードア周囲にへばりつき、落下を阻止する。
人ではない異形、果て無き性欲が消え去る光景、私の本体は盛大に吐いていた。
オゲレツ、グロテスク、ゲロゲロな中身、普通なら引くところをオワリはあえて前に出て……止める間もなく私を振るった。
一太刀、弧を描く軌道、一撃の斬撃で、無数の触手を全て切り飛ばした。
汚れてしまった私の体、せめてもの救いはあまりにも鋭い斬撃ゆえに何の感触も感じられなかったことと、触手を亡くしたニタリブスがそのまま闇の中へと落ちて行くことだった。
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