vs魔法少女エネルギッシュ2

 この世界にゴリラはいない。


 絶滅したのではない、のだ。


 始まりは動物園からだった。


 飼育していたゴリラが一匹残らず消滅、脱走か? 盗難か?


 それも一ヶ所二ヶ所ではなく全国全世界で、加えてサーカスや食肉店や野生保護区や個人所有のペットまで、ゴリラというゴリラがある日を境にごっそりと消え去った。


 にわかに騒ぐ世論の中、次の重大ニュースは、未だ人が寄れないジャングル奥地の秘境での大爆発だった。


 テロ、噴火、隕石落下、人々が騒ぐ中、衛星画像が映し出したのは、予想を超えるものだった。


 六角形を基調とした道路、黄金比に基づいた曲線の建築物、セラミックの塔が立ち並ぶ空き地、発電所らしき建築物からは膨大なエネルギーを検出しながらも一切の公害も観測できなかった。


 一言簡潔に言えば、そこには遥か未来の都市があった。


 当然各国から調査団が向かった。


 そして発見したのは、終には原理を解明できなかったステルスシステムに、バナナ味のエナジーバー、人間には大きすぎる道具に服装に、ゴリラの体毛だった。


 導き出された答え、そこはゴリラの都市と推測された。


 賢く優しく男前で名を上げていたゴリラだったが、まだか人間よりも高度な科学技術を有し、長い年月その存在を隠し続けてきたとは、信じられない発見だった。


 しかし、肝心のゴリラは一匹も確認できなかった。


 都市は無人、倉庫等もほぼカラで、生産工場も最近まで稼働していた跡があるものの、肝心の製品がほとんど残っていなかった。


 一方であちこち壊れた跡、掃除をサボった跡、慌てて逃げ出したような跡が散見された。


 そして都市の中央、議事堂と思われる建物の正面に残されたメッセージ、ご丁寧に人間語で書かれた言葉を信じるならば、ゴリラはこの星から逃げ出していた。


 絶望的な環境破壊、移住可能な惑星の発見、宇宙船の完成、この星を見限り、ゴリラ一同は宇宙に旅立ったらしい。各地のゴリラを消したのも彼ら、そして残された人間と、その他の生き物へ哀悼を、上から目線でやたらと長い文章が書き残されていた。


 その後、調査も続けられたらしいが、多くが軍事機密となり、それらが開示される前に人間の絶滅が決まって、それどころではなくなった。


 つまりゴリラは裏切り者であり、人間の心の友は犬しかいないということなのだ。


 ……そんなゴリラが目の前に現れて、オワリも固まる。


 ゴリラ、ここにいるということは取り残されたのか、あるいは戻ってきたのか、どちらにしろ味方ではない。


 そしてフリフリの魔法少女コスチュームは、全ての漢への冒涜だった。


『男の人ってこういうのが好きなんでしょ?』


 浅はかな女が考えそうなことだ。


 確かに、全ての漢は魔法少女が好きだ。だが全ての女、例えそれが清らかな少女であったとしても、全員が魔法少女になれるわけではない。


 これは譲ることのできない事実だ。


 そこに例外は無く、完璧で可憐で素敵なオワリでさえ、魔法少女コスチュームは似合わない。もっと言えばセーラー服もメイド服も振袖もボンテージも似合わない。


 オワリが着るべきなのはスクール水着一択なのだ。


 なので魔法少女は、いや待て! 魔法少女はないが姫騎士は……アリだ。


 ピッチリ鎧、太ももむき出し、武器はレイピア、実際の強さを知る私には彼女を倒せるオークオーガゴブリンを想像できないが、手錠で両手を封じるのはアリだ。


 想像するだけで盛り上がる私、だがゴリラの顔が急激に冷ます。


 拳を突いての四足歩行、ナックルウォークだったか、必然的に前屈みになり、胸の谷間を前方へ向けるポージング、ゴリラでなければうひょーなのに、毛深いゴリラだからうひょーになれない。


 そんなゴリラがすくりと二足歩行、唇を尖らせるとその両手で胸を、叩き始めた。


 ドラミング、警告のリズムにオワリはゆっくりと距離を取る。


 両者の間に障害物がない直線上、全身は自然体、目線は鋭く、だけどの両手は下げたまま、戦う素振りを未だ見せない。


 優しさ、甘さ、まだ戦わない可能性を踏まえた賢く危うい判断だった。


 これを正すのが私の役割だ。


「バウア!」


「うぼおおおお!!!!」


 私の一言に答えたのは咆哮、先に動いたのはゴリラだった。


 ドラミングからナックルウォークへ、そこからの加速、白く鋭い牙を剥き、襲いかかってくる。


 明確な敵意、遅れて構えたオワリへ、繰り出されたのは豪快なスイングだった。


 その動きは素人、先端は拳、だけども肘は伸ばしっぱなし、腰も入っておらず、ただ勢いと肩の力で振り回してるに過ぎない。パンチと呼ぶのもおこがましいパンチ、力など微塵もこもってない打撃だった。


 所詮は獣、ワイルドな力を持ちながらもそれを正しく使う、伝える技術も知能も持ち合わせてない。


 恐るに足りない一撃に、オワリは過剰に反応して両腕を交差し防御した。


 刹那、吹き飛ばされた。


 まるで車にはねられたかのような衝撃、ぶち当たりめり込んだのはカプセルの水槽、ミシリとヒビ走るのに重ねてオワリの色気たっぷりな吐息が漏れ出た。


 ……これは、想定外だ。


 技術も知能も押しつぶす『力』それがゴリラだった。

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