vs魔法少女エネルギッシュ1

 ドローンが飛び交う夜空の下を、オワリは走る。


 向かう先は小高い丘にそびえるビル群だった。ここらは歴史ある土地、古代の城跡だったらしいが、それを思わせるようなものは全くなく、煌びやかに輝くネオンサインに着色された瓦礫がここにも並んでいた。


 グランド-ユリカゴ、こうなってしまったこの世界において唯一、人間がいたころと変わらない場所、最先端の廃墟、ここには未だに稼働しているコンピューターサーバーが生き残っていた。


 そのネットの海になら、次元パズルの手がかりもあるかもしれない。


 それを期待してかオワリ、人工の光に伸びる影を引きずるその足には微塵の迷いもなかった。


 だが、私は違っていた。


 …………ここには来たくなかった。


 短くない道のり、ネオンに集るゾンビ、飛び交うドローン、毛根を責める電波、決して安全とは言えない旅、目的達成の確率はほぼゼロに等しく、達成したところで割に合わない。


 やめようよ。


 道々、何度も何度も私はオワリを説得してきた。


 だがオワリの耳には届かず、その目はただ次元パズルとやらに夢中で、止まることもなかった。


 ただひたすら真っ直ぐ、禿げることへの恐怖もなく、そして終にたどり着いた。


 珍しく荒げる呼吸で見上げるのはビルの一つ、ビッチりと並んだネオンサインが何やら昔のアニメのワンシーンをドット絵の点滅で表現している。高さは五十階ほど、その中腹辺りに出入り口があるようで、ドローンが忙しなく出入りしているのが下からでもわかった。


 そんなビルへ迂闊に近寄るオワリ、だが手荒な出迎えはなかった。


 センサー類は機能してないらしく、敷地に踏み入ろうとも、壁に手を触れようとも、錆びたドアを砕いて中に入ろうとも、警報もドローンも何も無く、実に平和に侵入できてしまった。


 反響する音が中の広さを雄弁に語る。


 ぼんやりとした灯が照らすのは、どこまでも高い吹き抜けの天井、踏み込んだ足音からコンクリートの床の下にもスペースがあるようだった。そこには柱のようにぎっしり、無骨な金属の棚の列が詰まっている。


 その間を上下左右に走り回る運搬ドローン、四角いボディに四本の足、先に車輪があって棚の角のレールに噛み合い、固定されている。そしてその腹部から半透明な黄色いプラスチックのコンテナを柱の棚へ、押し込んだり引き出したりしている。


 コンテナの中身は様々だ。紙の束、古い壺、金ぴかの勲章、動物の化石、金銀財宝も少なくない。


 これらが、ドローンが運んできたものだった。


 世界中からかき集められた価値あるもの、価値があったもの、無秩序に羅列し、並べて、しまって、ほっておく。


 これらは全て、人間という種の墓への埋葬品だった。


 そんな棚を蹴り蹴り、オワリは登る。


 三角蹴り、向かい合う壁と壁との間を交互に蹴り合い徐々に駆け上る移動術、圧倒的な脚力がなければなしえない神業を、途中でドローンをかわしながらも、オワリは軽々と行い、駆け上った。


 エレベーターよりずっと早い上昇速度、気が付けば柱の収納スペースはオワリ、外との出入り口に到着する。


 二階分のスペース、最低限の柱しかない、空白のような場所、ネオンの光と共に強い風が吹き荒んでいる。そのせいかむき出しのコンクリートがざらついている。


 大型小型、様々な輸送ドローンが荷物を運び込み、それを運搬ドローンが上と下とへ運び出し、代わりに置かれてあった荷物を抱えて飛び出していく。


 そして運搬ドローンは上と下へ、別れて荷物を運ぶ。


 オワリは迷わず上へ、ドローンがすっぽり通れる穴へと跳び入る。


 ……一転して、白くて明るい空間に出た。


 雰囲気は病院を思わせる。ドローンとは別に人用の廊下があり、内側に向けてのドアが見える。


 目的地、オワリはその一つの前に立つや、右の掌を押し付け一呼吸、力んで押せば吹き飛んだ。


 ……中もまた、病室のようだった。


 広めの部屋、白い床、壁、天井、何かの計器、そして真ん中にドカリと置かれているのは一昔前のアーケードゲームのようなコンピューター端末と、その前に置かれた、巨大なカプセルがそびえていた。


 中に浮かぶのは、元人間だった。


 しょんべんのような黄色い液体の中で胸の頭だけの体、腸がたなびき、後頭部が剥がされ、脳が丸見えになっている。腕があった部分にはケーブルが、ケーブルが伸びるのは水槽の角で、そこには外へ向けてのマジックアーム、赤い角ばった五本の指が端末のキーボードを叩いている。


 オワリの侵入に気が付いている様子はない。ふやけているのか年齢なのか、しわくちゃな顔をびたりとも動かさず、血走った眼はじっと端末の画面を、そこに映し出された文字の羅列に夢中になっている。


 こいつらは人間が絶滅した一因だった。


 ……人間が絶滅するかの瀬戸際の時、まだ人間は楽観的だった。


 受精卵等の各種細胞の冷凍保存、妊婦および乳幼児へのVIP待遇、若年層への手厚い福祉、全部がまやかしだった。


 あらゆるデータは改ざんされ、実際は虚構の真逆の地獄、使われるはずだった予算は彼らの懐に、それらが露見した時には絶滅が決定的となっていた。


 なのに彼らは、こいつは、一切の責任を取らず、それどころか現実から逃げ、こうしてカプセルの中に引きこもった。


 哀れな元人間、それでも電脳に直結してないあたり身分が知れる。これでも彼らの中では若年層なのだろう。


 そんな彼らを前に、私には恐怖がある。


 オワリがこうなったらどうしよう。


 最後の人間であるオワリにとって、これから先に希望はない。


 ならばいっそ、彼らのようにカプセルに入った方が幸せなのかもしれない。逃げ回る心配もなく、中にいる限り寿命が百倍になるとも聞いている。それにこれでも仲間がいる。孤独ではなくなる。


 冗談ではない。


 オワリ、孤独に気高く美しく生きる美少女、この上ない希少価値、唯一頼れるのが私だけ、最高のシチュエーションを奪われる。


 冗談ではない。


 オワリの最後は私が決める。


 絶対にこのような、しょんべん漬けの肉トルソーなんて御免だ。


 だったらいっそ、と考えてる前で、オワリがカプセルからコンピューター端末を引きはがす。


 やっとこちらに気が付いたカプセルの中身、弱弱しくマジックアームを伸ばしてくる。


 それを蹴りやりカタカタとキーボードを叩く。


 その目はカプセルを見ていない。


 クールビューティー、冷たい眼差しも素敵なオワリだ。


「……あった」


 小さく呟く声も可愛い。


 それで何を見つけたのか横から覗き込もうとしたら画面が砕け散った。


 軽くスパーク、漏れ出る液晶、でろでろの中、画面の向こうから飛び出てきた突端は、バナナに見えた。


「ウッホ」


 声はコンピューターの裏側、出入り口から、そこにいたのは、魔法少女、の服を着たゴリラだった。


 ……冒涜的にバインバインだった。

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