vsマルティム4
……オワリにも長所短所、得手不得手がある。
あまり風呂に入らず体をぼりぼりと掻くこと、食べた食器を丹念に舐めまわすこと、足の爪を噛んで切ること、どれも長所、美徳だ。
逆に短所としては、体の凹凸が乏しいのはこれからに期待するとして、とりあえずトイレで尿を捨てるのは頂けない。マーキングの重要性をいかに説明してもいまいちフェチへの理解が進んでいないように思える。まぁ、その無垢さもかなり魅了的な長所だ。
そして得意なことは私を焦らし、喜ばせること、魅惑させることにかけてはどんな血統書付きの雌犬よりも優れている。
後一応格闘技に関しては天才だったらしい。
そこら辺は私の専門外だが、曰く、歴史上類を見ない逸材で、それを各方面の達人が寄ってたかって英才教育を施したのだから、それは逸材にもなるだろう。
だけども所詮は女、スピードやテクニックは磨けてもベースとなる体が貧弱故、パワーやタフネスには限界があった。。
それは習得した奥義にも反映されていて、オワリが習得できた素手武器合わせて攻撃と移動に特化しており、防御やカウンターといった体を張る奥義の多くを習得できずに終わった。
今に思えば、修行にて奥義に失敗し、防御しきれずダメージを受けては苦痛と悔しさで歪む表情を堪能してきたあの時代が懐かしい。
ただそれでも、狙った時に確実に出せるという習得の最低ラインを超えてないだけで、何度かに一度は発動できる程度なら、オワリでもできていた。
…………長い長い走馬燈、オワリの首にマルティムの斧が吸い込まれてから一瞬なのか永遠なのか、時が経った。
静寂、打ち壊したのはマルティムだった。
「なん、だと?」
いい表情だ。それにポーズも間抜けだ。
古のハンマー投げよろしく回転して、遠心力で斧を叩きつけた瞬間を写真で切り取ったかのように、固まっている。
そしてそこだけが唯一動かせるかのように目線を落とす。
先はオワリの足元、石畳に走る、まるで斧を叩きつけられたかのようなひび割れだった。
防御奥義の成功の印だった。
原理としては鎧通しの応用、というよりも逆だった。
鎧などの抵抗を無視して内部に衝撃を送りつけるのが鎧通しならば、今オワリが放ったのは、自分自身を鎧とし、衝撃を足元へと流したのだ。
そのために必要なのは完全な脱力だと聞いている。すべての筋肉から力みを抜き取り、立つどころか人の形さえも保てないほどに力を抜いて、液体にまでとろけて初めて成功する、らしい。
当然そんなことをすれば溶けてしまう。だから一撃を受けた瞬間に一気に溶けて、衝撃を流し、一気に足下へ、放出する。理論上あらゆる物理攻撃を無力化できる最高の防御奥義だった。
私たちはこの奥義の名前を知らない。
習得しきる前に師匠の老人がぽっくりといってしまったのだ。抵抗が変わると失敗しやすくなるから全裸推奨と最高にときめく内容だったのに、残念としか言えない。
ただ最後に見せた模範では、格闘戦を行ってる最中に、空気へ衝撃を逃せるまでが完成であり、それがいつでも完璧に行えるようになって初めて習得した、と名乗れるとも知っていた。
だからオワリがマルティムの回転ハルバードを止めて流したのは、その三段も四弾も下の初級レベルの技だった。
それでも攻撃を流した。動きを止めた。隙を作った。
オワリの斬撃は速かった。
だがマルティムの回避の方が早かった。
件の瞬間移動、切り崩された墓石の上にワープして、もう回転を止めて普通にハルバードを構えてる。
そしてまた視線を下へ、今度は自身の腿を見る。
ぱっくりと切られたカボチャぱんつ、中の空洞が無為だしになって、ポロリとでた。
切れてないそいつは馬並みだった。
「参ったね」
それはどちらの意味か、目線は又の間だが、隠す素振りは見られなかった。
「今のはどうやったのかな? まるで全ての力を吸い取られたみたいだった。なのに魔力は感じない。つまりそれは技術なんだろ?」
質問、オワリは応えない。いや答えられなかった。
吹き出る汗はこれまでの比ではなく、散々の運動であったまっているはずの体ががくがくと震えている。
当然だ。失敗すれば首が飛ぶギリギリの攻防、成功の安堵よりも蘇る恐怖が勝るだろう。これで夜眠れずうなされるオワリを堪能できるが、その前に次の斧をどう避けるかを考えなければならない。
幸運はそう何度も続かないだろう。
私を滑り落しそうになったのを必死に掴みなおしたオワリに向け、マルティムが左手の掌を突き出す。
「いやいい。これは持ち帰って自分で解くよ。その方が楽しそうだ」
どうやら退くらしい。やはりこの程度、ぶらりとしただけで帰りたがるとは小さいが、まぁオワリも疲れてるようだし、見逃してやろう。
「逃げるのか?」
何でオワリ挑発するかなもう。
「あぁ逃げるさ」
これにマルティム、セクシースマイルで返す。
「自慢の一撃が無効化されたのはショックだし、服もこれだ。何より目が回った。だから戦わない。今は逃げる。神とは勝手気儘にやるものさ」
それが真実であるかのように、あの威圧感が緩んでいた。
「あぁそうだ。帰る前に聞きたいんだけど、この格好、どうかな?」
訪ねながらマルティムは回転でしわくちゃになった暴れん坊王子コスチュームを伸ばして見せる。
これに、オワリは肩を竦めた。
「あぁやっぱりそうだよね。おかしいとは思ってたんだ。やはり、周りをイエスマンで固めるのは問題あるようだね」
それだけ言い残し、マルティムの姿は消えた。
影のように現れて、嵐のように暴れまわり、過去のように消え去った。
ドサリ、とオワリが倒れるようにあおむけに寝る。
手足を広げ、私を放して、限界が来たようだった。
汗だく、荒い呼吸、ぐったりとした体、人仕事終わった後のようでこの上なく、そそる。
「……もっと強くならないと」
ぼそりと呟いて瞼を閉じて、大きく息を吸って、吐いた。
今の感じは青春っぽくて、私は嫌いだった。
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