vsマルティム3

 馬の生首、断面がキモい。


 ただ肉が見えてるだけでなくて血管や神経がビロビロで、皮や気管がデロデロで、未だに血液がドクドク出てる。


 これを人間は美味しいドックフードに加工してたと情報にはあるが、やはり昔は野蛮だったのだろう。


 屍肉への嫌悪感、オワリも同じらしく素早く立ち上がり、生首より飛び退いた。


 それでも私を手放さないのはそれだけ頼られてるのだ。


「すごいすごい。いや正直驚いたよ」


 飄々とした声は正面から、墓跡二つ挟んだ向こうにマルティム、今は己の足で立ち、いつ生えたのか背後に爬虫類の尾を生やしている。


 その尾の影には馬っぽい何かがはみ出てる。予測するに首はないだろう。


 寝取りを企んだものの末路、無様だ。


 それはもう一人、このオワリを誑かす悪い暴れん坊王子も同じ、今更ケモナー度を上げようとも手遅れだ。相馬と同じ末路を辿ってもらおう。


「君は私の斬撃を二度も止めた。しかも二度目はカウンターまで決めて、足がこの通りだ」


 はっはっはと愉快そうに笑いながら足元の首無しを蹴る。


 あぁなるほど、あの一瞬でオワリ、私を振るって馬の首を刎ねてたのか、さすがは私の斬れ味だ。


 それを誇ることなくオワリ、折れ曲がった槍を短く構える。


 表情は固く、全身の汗の質が変わったように思える。


 やった、千年の恋も冷めたようだ。これで本当に大事なものがその手に既にあるのだと気がつくことだろう。


 対してマルティム、愉快な笑いから一転、邪悪な笑みに顔を歪め、ハルバードを雑に振るった。


 ……それだけで三つの墓石が砕け散った。


「本格的に興味が湧いたよ。おめでとう。これからは本気だ」


 風が吹いた。


 …………いや、物理的なものではない。


 これは、もっとオカルト的な何か、生物が持つ気やオーラといったジャンルだろう。


 ナノマシーン経由でも通じる威圧感、科学的には検知できないであろうプレッシャーが、吹き出していた。


 これはまずい。こいつはまずい。


 逃げないと、これには、勝てない。


 ジシリ、とマルティムが一歩踏み出し、同時に右手のハルバードでオワリを指し示す。


「今、面白い技を思いついた。受けてくれるよね?」


 これは、命令だった。


 絶対的上位からのお言葉、まるで神が如き振る舞い、逆らえるものではない。


「……狗闘天、刀だ」


 これも、命令だった。


 オワリ、生身でこのプレッシャーを受けてなお萎縮してない体、その表情は、笑っていた。


 そうだ忘れてた。


 オワリはマゾだったのだ。


 そうしたのは彼女の生活環境、保護者の影響からだ。


 最後の人間として彼女を守り、育ててきた老人たち、彼らは彼女にありったけの術を伝授し、死んでいった。


 親愛なるものはみな保護者、オワリより強いものばかり、その中で育ったオワリにとって強者とは親しい存在だった。そして捧げるはありったけ、己の実力を示すが常、つまりこれは、あのトキメキの延長線上じゃねぇかぁあああああああああああ!!! ふっっっざけんなぁああああああああああんなはちゅううるいごときがなにオワリねとりかけてんだぁ許されるわけねぇだろが身のほどしれ暴れん坊王子如きが!!!


 感情の爆発がナノマシーンを震わせ、形を変える。


 形状は刀、ただし刃は細かなノコギリ、斬るのではなく削り取る形、苦しんで死ぬがいい。


 オワリも同じ気持ちか、私を正面に構える。


 今のオワリは間違いなく強い、それに満足そうにマルティムが笑う。


「よしよしいいぞいいぞ。それじゃあ、いくよ」


 そう言ってハルバードを両手持ち直すと、正面に倒し、そして気でも動転したのか、右回りに、回転し始めた。


 ネジのように、コマのように、そして竜巻のように、順繰りと回転速度を上げ、銀色の斬撃を無限に循環させて、そして物理的な突風が吹き荒れる。


 どうやら血迷ったかと思ったらオワリ、跳ぶ。


 刹那に背後を風が薙ぐ。


 振り返る間もなく衝撃、私が重い斬撃を受け止めていた。


 当然吹っ飛ぶオワリ、そこから踏みとどまる間もなく更なる衝撃、衝撃、衝撃、衝撃、弾かれ飛ばされ掻き乱されて目まぐるしく世界が揺れる。まるでピンボール、連続バウンドでなにもかもを揺さぶられる。


 何が起こってるのか、理解が追いつく前にオワリ、堪らず無事な墓石を踏み台に上へと跳ぶ。


 咄嗟にしてはなかなかの行動、見下ろした下には当然、だけど不自然に、マルティムが回転していた。


 銀の円、消える。


 同時にオワリの背後に、だけど離れた位置に、銀の円が現れた。


 瞬間移動、に見える何か、デタラメな動きだった。


「うーむ。やはり見えない所へはぶれるな」


 回転に音程がぶれる声、だけども蹴る地がない空中ゆえに速度が緩む。


 そのマルティムを見つめながら、オワリはくいしはるように、笑った。


「仕方ない、か」


 諦めに似た声色、先に着地したオワリ、顔は笑ったまま、だけど両手は、力なく下へとだらけた。


 体から力が抜けていくのがわかる。その指だって、辛うじて私を引っ掛けてるだけ、構えも何もない、無防備な立ち姿だった。


「まさか、諦めてないよね?」


 にこやかな、だけども若干の怒気のある声に、オワリは返事しなかった。


 無言でだらりと立つだけのオワリ、その目の前でマルティムが着地し、回転を再開し、そして消えた。


 刹那に、銀の刃がオワリの首へ吸い込まれた。

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