vsマルティム2
百歩譲って馬ならまだ許せた。
デカい体、りっぱな
馬ならばまだ、気の迷いとして許せた。
しかし暴れん坊王子はない。
なんだあの格好は、ギャグか? 異世界から来てるらしいから向こうのフォーマルでならあり、でもないだろう。
騎乗、しかも口ぶりから戦闘込み、それでカボチャぱんつに白タイツとは、機能美が許さない。
そんなのにときめいてしまうのは、仕方ないことだろう。
オワリが敵ではない人間と会話したのは十年近く昔になる。
それも全員が老人で、当然ながら師匠や保護者の立場しか接触してこなかった。
加えて、少なくとも私の知る限りでは、この暴れん坊王子、マルティムだったか、みたいにダンディでセクシーなナイスミドルとの遭遇は初めてだった。
ならば不慣れなフェロモンに当てられても仕方ない。
いずれは肉体ではなく精神の美しさに気が付くだろう。
だがそれはそれとしてこの男は殺す。
私は寝取りは好きだが寝取られるのは大っ嫌いなのだ。
「……それで、君は素手で良いのかな?」
暴れん坊王子の問いかけに、オワリは私を見た。
……あ、私待ちだった。
言われてたことを思い出し、変身する。
形態は槍、オワリの背丈より少し長く、オワリの手首より少し細い。穂先は少し重く、鋭いひし形、ただし今回は少しアレンジを加えて二枚刃に重ねてある。
近く平衡に並んだ切り傷は縫合しにくい。またこれで突き刺せば刺し傷に間の空気が入る。血液は空気に触れると固まるのだが、これが傷口の中でやられるとなんやかんやあって助からない。
すぐには死なない。たっぷり苦しんで、助からないで死ぬのだ。
ワクワクしながら形を変えてオワリの手へ、地に平行に、腰の高さで、左半身を前へのスタンダードな構えに収まった。
これで殺せる。
「よろしいかな?」
律義に待っていたマルティム、これに頷くオワリを見送ってから、馬の横腹を蹴った。
パカリ、と蹄が石畳を踏み馴らし、馬が踏みだす。
鈍重なスタートダッシュ、それはそれだけの重量を意味していた。
体に粘りついた粘液を引きちぎるかのように一歩、一歩、踏みだし、蹴り出し、そしてその都度本来の速度を取り戻していく。
馬力のなせる力、瞬く間に駆け足に、体重の乗った突撃にと加速された。
同時にマルティムも構える。
白タイツ足でがしりと場体を挟み下半身を固定すると、左手は鬣に添え、右手だけで長大なハルバードを構えていた。それも限界まで石突の端に手を置いてのリーチ重視の持ち方だった。
馬の突進、出鱈目な腕力、重厚なハルバード、合わせて導かれる破壊力は、計算もしたくない。
幸い、間合いはまだ離れている、だがそれが走破されるのも時間の問題、最大限の緊張と警戒をもって身構え、オワリが逃げるべきだと答えを導き出すのを辛抱強く待った。
目前に銀、馬の鼻息、一撫での風、何が起こったのか?
現状を把握する前に横から縦に、オワリは私を立てえええええええええののおおおふうううううあああああああああ!!!
衝撃! 柄の中ほどへの過剰なダメージ、ナノマシーンの多くがひしゃげ、たわみ、私の槍は大きく曲げられた。
何が起こったのか?
現状把握、私とオワリは空にいた。
青空、ブレる体幹、オワリの顔には苦悶の表情、全身からびっしょり汗が噴き出てて舐めたい。
飛ばされていた。投げた石が放物線を描くように、高く遠く速く、ぶっ飛ばされていた。
飛ばされてきた方向を見返せばマルティム、ハルバードを振り抜いた格好で、駆け抜けた後だった。
間合い、有ったはずだ。
それが消された。
まるで縮地、瞬間移動が如き加速、オワリでなければ反応できなかっただろう。
だが防げた。この高度でこの速度、地面に当たれば痛いでは済まないが、受け身をとれば問題ない。
後は逃げるだけだ。
幸い、マルティムも追撃を諦めた様子、馬を止め、ハルバードを高々と掲げて、あれは降参の仕草だろう。
まぁ暴れん坊王子にしてはよくやった目の前に銀、そびえる影、笑うナイスミドル、マルティム、空中にパッと現れた。
そして一撃が振り下ろされる。
身動きの取れない空中、回避は無理、それでもオワリは私を縦から横へへえええええええええがっっっがああががっががあああああ!!!
衝撃! 柄の中ほどへの過剰なダメージ、ナノマシーンの多くがひしゃげ、たわみ、曲がりは悪化してもはや直角、へし折れる寸前だった。
……超反応の防御、斬撃は防げた。
しかし衝撃はそのまま、慣性に従い、オワリの体が下へ、地面へ、石畳へと真っ直ぐ落下、叩き落される。
どうする、などと考えるより先に硬い地面へ、衝突した。
…………ナノマシーン経由でも伝わる即死の衝撃、石畳にもヒビが走る。
その上にべちゃりと叩きつけられ広がるオワリ、永遠っぽい一瞬の後、ブハァと息を吐き出した。
完璧な受け身だった。
右のつま先から始まり、踝、脛、膝、腰、脇腹から肩、胸、反対の肩、そして肘、手首、掌に指、同時に左の足も逆に触れていって、最後に頭がコツンと当たった。
全身へ、段階的に受けて衝撃を分散し、致命傷を避ける。
これは奥義ではなく、特殊部隊が身につけるべく生み出された技術だった。
それでもダメージはあるらしく、張り付いた体を引き剥がしていく。
まだ走れるか、逃げられるか、訪ねる前にビタタタタと血が降った。
灰色から赤色に染まった墓石、その上にボトンと、馬の首が落ちてきた。
……やられっぱなしではなかった。
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