vsマルティム1

 真昼間、オワリが駆ける。


 風のように飛ぶように、その一歩は大きく高く、まるで踊るように駆け続けていた。


 思わず見とれてしまうほど綺麗な走行フォーム、その美しさを際立たせるかのように、バックは何もない灰色の世界だった。


 見渡す限りの灰色は全て石、直角に伐り出され、鏡のように磨かれ、等間隔に並ぶ、墓所の羅列だった。


 フラット‐レーエン、全く同じデザインで戒名だけが異なる墓石がコピー&ペーストで連なる人工の荒野、殺風景としか呼べないここには何もない。


 一応、墓石の下には遺骨遺灰が埋めてあるらしいが、それ以外となると、墓石前に置かれた線香立てかその横に積もられた殺虫剤の小山ぐらいで、本当に何もなかった。


 墓参りでもなければよりもしない墓場、そこをオワリが駆け続ける理由は、ただ単にショートカットだからだ。


 幸い、ここらにはドローンもゾンビも寄り付かず、直角に区切られた区画は東西南北を製作に指示していて、方角を見失う恐れは全くなく、距離がある以外に障害はない良い道だ。


 だけども、そもそもここを走ることに、私は反対だった。


 いくら次元パズルが気になるからと言ってもにわざわざ調べに行くほどの藻ではない。


 ましてや、これで命を狙われてるのだ。さっさと明け渡すなり捨てるなりするのが賢いだろう。


 しかし、目的を見つけて目を輝かせているオワリは、これはこれで素敵だった。


 人間の最後として懸命に健気にその日を生きる儚さの美学とは対極にある。


 が、これはこれでよいものだ。


 思わず見とれて見とれて、見とれ続けてここまで来てしまった。


 これではオワリに付き従う意味がない。


「バウァ」


 今からでも遅くないと声をかける。


「……うん。わかってる」


 流石はオワリ、私との意思疎通は完璧だ。


 素直に応えて次の踏切は弱めに、それからトントンと減速する。


 やれやれ、やっと思いなおしてくれたらしい。


 ピタリと立ち止まり、そこの柵に凭れかかって、わずかに乱れた呼吸を整えるオワリ、火照った体にほのかな汗、立ち登る香りを楽しめないのがナノマシーンの最大の罪だ。


 そう考えてた私を、オワリはそっと撫でた。やはりオワリは優しい。


「狗闘天」


 名を呼ばれ、思わず舌を垂らして尻尾を振りたくなる。


「刀、いや槍だ」


 静かに、だけどシリアスな声色、そして立ち直すと、ジッと一点を見つめる。


 なんだ嫌な奴の名前でも見つけたのかと尋ねる前にバッと振り返り進行方向へと向き直った。


「凄いな、この移動に反応できるんだね」


 声、男のもの、そこに、いた。


「やあ。どうも、こんにちは」


 にこやかな挨拶をかわしてきたのは、馬に乗った男だった。


 なんか、エンライのがいた。


 先ほどまで誰も、それどころか何もなかった場所に突如として現れた、までは普通に凄い。脅威であり、緊張感をもって対峙できる。


 だが、格好が、エンライことになっていた。


 先ず跨っている馬は、馬だ。蒼白で白目剥いてて歯ぐきむき出しで鼻から白い湯気噴き出していて生きているのか死んでるのかわからないが、馬は馬だ。普通だ。


 問題は男、薄茶色な髪に顎髭を蓄え、無駄なく鍛えられた肉体はスタイル良く、馬上にいてなお背筋良く、まるで彫刻のように美しい。漂う空気は渋いダンディズム、ニヒルな笑顔はナイスミドルを爆発させてる。


 ただし格好は暴れん坊王子だった。


 頭に小さな王冠、上着は赤くぶ厚いフリフリが付いてて、その下には金色の胸当て、そして下半身、赤色のカボチャぱんつに白いタイツだった。


 一言で暴れん坊王子、エンライのがいたのだった。


「いやいや、正直この世界に飛ばされて、ちょっとがっかりしてたんだ」


 言葉使いは普通、声はセクシー、それが余計に格好のエンライのが強調されて、本当にもうエンライ感じになっていた。


 敵か味方かは知らないが、ロクな奴じゃないのは見てわかった。


「いるのは魂のない機械と肉体ばかり、それもてんで強くない。飽きて帰ろうかとも思ってたんだ。だけどそれで君を見かけてね」


 ドキリ、と脈拍が上がったのを感じる。


 オワリ、体温の上昇と若干の発汗、唾を飲み、瞳孔も開いているようにも見える。


 ……最悪が私の頭を過ぎる。


「その上で不躾なお願いだ。私とお手合わせ願えるかな?」


 返事の前に、暴れん坊王子の手に槍が現れた。


 長大、重厚、馬上にいてなお先が地に届く大獲物、その先端は盾かと思えるほどに広く厚い斧、ハルバードと呼ばれる長柄武器だった。


 柄も含めて全てが銀色金属、馬が軽くだが沈む重量、それをどこからともかく出し入れする術はまるで魔法だが、それを片手で軽々構える姿も魔法だった。


 強敵、逃げるべきだと考える。


「おっと、その前に。名乗らせてもらおう。私の名はマルティムだ」


 騎士らしく堂々と名乗るマルティム、対してオワリは、一瞬ひるんだ。


「……オワリ、オワリ-ウチドメ、だ」


 らしくない、たどたどしい返事は、上ずった声、女の声色だった。


 最悪が確信に変わった。


 オワリは、この暴れん坊王子に男を見ていた。


 …………殺すしかないようだ。

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