vs魔法少女ゲヘナ4

 石化にときめく心持ちは理解できる。


 女性の美しく輝いた一瞬を封じ込め、永遠に手元に残しておく、残そうとする。


 それが写真か、石化か、あるいはエバーミングかの差異はあろうとも、その永続的な支配欲はよくよく理解できる。


 だが部分石化となると話が変わって来る。


 オワリの右手、肘近くまでの無力化、表情を見れば痛みもあるとわかる。


 四肢の欠損、あるいは封印、半永続的なハンディーキャップ、しかも戦いのさなかで、渾身の一撃に対するカウンターともなれば、サディストにはたまらないだろう。


 理解はできる。だが共感はできない。


 オワリを縛るのは、どこぞの痴女の肉体的束縛ではなく、私との絆による束縛こそが美しいのだ。


 オワリは強い。


 だから片腕を落とされようともこの通り、左半身を前に、右手を庇う構えに変えただけで屈服の兆しも見せなかった。


 その傍らに一発で冷静さを取り戻したこの私、負けるはずがないのだ。


 対する痴女、ゲヘナ、より一層にやける。


「ゲヘ、まぁずぅはいっぽーーん」


 勝ち誇った声、同時に最初に見たのと同じ、四足歩行の構えとなる。


 いつの間にか金盥の雨は止み、エロさから盛り上がりを引く青空が広がっていた。


 足場は全部盥、ただし全部が綺麗に均されていて、一つを引っ張り上げるのに数瞬の隙ができそうだった。


 投擲にできそうなものもなく、手は一つに見えた。


「あーーーー、一言教えてあげるぅよ」


 ゲヘナ、ベロりを長い舌で口周りを舐めてから続ける。


「その石化はねぇ。持続すんだ」


 一言に、私の胸は張り裂けそうになる。


「一度石化したところはもう石化しない、なぁーーんて都合のいいことなくてぇ、その境目っから続けんのさぁ。だーかーらー、そん右手でぶんあぐりゃぁ、今度は肩から胸までいくんだよぉ」


 ゲタゲタと、全身を震わせ笑うゲヘナ、だが幸運、口が災いして失敗せずに済んだ。


 こおは逃げるべき場面だろう。


「ピぃ」


 私自身でもびっくりするぐらいカワイイ声が出た。これで隠語を垂れ流して録音してきたい気分だが、それよりも先に逃げろと連呼する。


「わかってる、足元だね」


 オワリわかってない。足元? ゲヘナの?


 見れば足元、手ではなく後ろ足の方、踏んでた金盥が石化していた。


 恐らくカウンターの時、足が触れていた部分が巻き添えで石化したのだろう。


 だから何だ? 相手がの地震の能力を細かく微調整が効かないだけではないか。


「じゃあ、その胸の次元パズル、もろたっちょ!」


 疑問がまだ疑問の内にゲヘナが叫び、弾けた。


 四足疾走、フリスビーを投げられた犬のような豪快な駆け足に、愚かにもオワリは前へと踏みだした。


 やけっぱち、あるいは共倒れ狙いか、あっという間に間合いはすぐそこ、ゲヘナは大きく指を広げた右手を伸ばしてきた。


 これに、オワリは右手を走らせた。


 素早く自身の胸、吊るしていた皮袋を引きちぎると、それを押し付けるように前へ、ゲヘナの右手へと突き出した。


 刹那、弾けるようにゲヘナの右手が遠ざかる。


 皮袋の中身は次元パズル、ゲヘナ含めて新たな脅威共が探し求めてる面倒ごとの元凶、それを突き出したのだ。


 石化に微調整は利かない。


 つまりは、次元パズルも触れたら石化する。


 そう考えるとこれまでの攻撃全部が危なかったわけだが、そんな考えなど痴女の服と同じように邪魔なだけだろう。


 ともかく、その入手が目的であり、それだけを外すという微調整できないゲヘナにとって、触れることができない唯一のものが、次元パズルだった。


 これは想定外だったらしく慌てて右手を引いたゲヘナだったが、その代償としてバランスを崩した。


 そこへ更にオワリが進む。


 そして左手の次元パズルを、ゲヘナの右目に押し付け、そのまま指で頭を掴む。


 そこに、石化はない。


 完全に詰みの状況にて、ゲヘナは引くことを選んだようだが、それよりもオワリの右手が早かった。


 交差するように左上へ右手を引き上げると、石となった裏拳を左の手の甲へと叩きつけた。


 この打撃には見覚えがあった。


『血震』と呼ばれるこの奥義は、振動を肝としながらも鎧通しとは異なる流派、原理で成り立っていた。


 右手で放つ打撃の振動を左手で微調整し、与える振動を生物の液体、すなわち血液に合わせた波長に変えて放つ。その振動はまるで音波で皿の中の水が波打つように、体内の血液を共鳴させ、波立たせ、局所的な高血圧と低血圧を引き起こす。


 生物であれば必ず大ダメージを引き起こし、最低でも部分マヒ、最高では脳梗塞とかになる。見た目は地味ながら後々にまで後遺症を残す、恐ろしい奥義だった。


 しかしその威力には疑問がある。


 ただでさえ、人間含めて大方の生物が死滅した世界、使う機会など皆無だった。加えて最後にかましたのが家畜の豚、それ以外の生物に試してなかった奥義、加えて相手が人の姿をしていても異形の技を使うとなれば、血液があるかも疑わしい。


 ……奥義炸裂から瞬き二回分の間の後、オワリはそっと両手をどけた。


 それと同時に後ろへと倒れるゲヘナ、その下品な目や口や鼻や耳から血を、それとは別に下半身からは透明な液体を垂れ流し、私の疑問を洗い流した。


「……もう話聞けそうにないな」


 そう寂しげに言いながら、オワリは動かなくなったゲヘナを見下ろした。


 その右腕は、石より解放されていた。

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