vs魔法少女ゲヘナ2

 距離感が狂う。


 この赤の女は本屋の反対側にいた。


 そこからよーいどん、でスタートしたとして、横移動は同じか向こうが上だとしよう。


 そこから、オワリが窓ガラスを割るのにかかった時間よりも、ここまで登ってこれる時間の方が短くなければ、この女はここにはいられない。


 それだけの速度、加えてここのオワリを見つけ出せたセンサーの類、逃げ切るのは難しそうだ。


 せめてもの救いは、女の息が切れていること、ただしそれは走ってなのか、下品な興奮なのか、でろりと歪んだ表情からは読み取れなかった。


「ゲヘゲヘ、逃げないでおくれよお」


 赤い女がすくりと、四足歩行から二足歩行に切り替わる。


 立った姿は、オワリと同じぐらいの背丈だろう。胸も括れもどっこいどっこい、いやオワリの方が素敵だ。


 その素敵でない赤の女がぬたりと右腕を上げオワリを、その胸元の皮袋を指さす。


「それ、ゲヘ、次元パズル。ちょーだい♡」


 カクリと小首を傾げる姿は残念なことに下品さが勝って可愛くない。


 それを感じてか、オワリ、一歩下がる。


 刹那、赤が弾けた。


 どちらの足から踏みだしたのかも見逃すほどの加速、そこそこあったはずの距離が瞬時に消えた。


 飛び掛かる赤、両腕を左右に大きく広げた姿はまさに獣だった。


 大きく開いた口、くっきりと出た鎖骨、二つのぽっちに小さな穴はおへそだろう。


 ……こいつ、裸だ!


 全裸の上にボディーペイント、赤で立体感が見えにくいだけですっぽこぽんだったのだ。


 すなわち痴女、赤ならぬピンク色の存在、ならば下品な笑いがそれを裏付ける。うひょー。オワリには見せられない存在、だが利点もあって、それは何をしても許される。むしろ喜ばれることだ。痴女はエロい。エロいからエロいことしてもエロいだけで怒られないでエロエロでエロなのだ。うひょー。だからこれから飛び出して胸をもみくちゃにしても正しいことであって紳士のままうひょーであって悪くはない。エロい。


 しんぼうたまらん。


 オワリの肩より全身のナノマシーンを最大規模で展開、目指すは赤の胸、両方、がっちりぽっちりげっとでうひょー。


 だと言うのに生意気にも伸ばした私へ赤は広げた腕を戻して払いにきた。


 今更の抵抗、ここに来てのちらリズム、それが余計にそそらせて、腕ごときで私を阻むことなどうがああああああああ!


 体が! 私のナノマシーンが! 一瞬にして機能停止した! それも大量に! 触りに行ったの全部が灰色に! ボロボロになって崩れてしまった!


 この感覚、侵食されたような感じ、もしも足場にしてたオワリが後ろに下がらず、引っ張られて千切れなければ、オワリどころか私のコアまでもあの灰色に侵されていただろう。


 この赤の女、性病持ちだったか!


「おらゲヘナ。おらの固有魔法は『石化』触ったら粉々よん♡」


 ぐしゃりと灰色に、言葉を信じるならば石化した私の体を抱きしめ砕く女、ゲヘナ、ふざけた言動ながらその脅威は、やはりこの世界のものではない。


「ゲヘへへへ。だいじょーぶ。痛いだけだから、ゲヘ」


 その言葉を無視してオワリは更に下がって飛んで、後方入ってきた窓より外へと背面跳びする。


 そのついでに、窓枠の上を蹴り、下へ、横へ、裏路地へと飛び出した。


 緩い角度で落ちながら壁を蹴り角度を変え、時に加速、時に減速してゲヘナから一気に距離を取る。


 そして最後の壁を蹴ってバリケードを飛び越えると、周囲の風景が裏路地から大通りへと切り変わる。


 広い道幅は八両車線、焦げ跡落書きは数あれどスクラップの数は少なく、代わりにゾンビとスパイドローンがそこそこ点在する。


 その真っただ中へ、飛び込み転がり、十分勢い殺してから立ち上がるや素早く来た方へと振り返った。


 ……ゲヘナは、窓から顔を出してるだけでその場にとどまり、追ってきてはなかった。


 代わりに空へ向けてその手を挙げた。


 意味不明、だが隙だらけ、逃げ隠れするならば今だろう。


 そう言いたいのに私の体はほぼ消え去っていた。総量は変身しても釘にも足りず、こうしてオワリの腕にへばりつくのがやっと、また現れても胸を触れなかった。


 見るだけなら面白くない。撤退が最善だ。


 だがオワリ、じっとゲヘナを見つめ返すと、突如として横へと跳んだ。


 その一瞬後、先ほどまで立っていた場所に、上より何かが落ちてきた。


 がらーーーん。


 響き渡る金属音、落ちて跳ねて響いたのは、金盥かなだらいだった。


 昔も昔、電力などがなかった時代に洗いものするのに水をためるための金属製の大きな桶、更にその時代のコントでは話のオチに上から降らせて頭に当てる笑いが流行ったとかデータが残っている。


 それが、コントよろしく、空から降ってきた。


 思わず見上げた空は、今が昼なのか夜なのかわからなくなるほどに、大量の金盥で覆われていた。


 それらが一斉に落ちてきていた。

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