vs魔法少女ゲヘナ1

 人間のいなくなったこの世界で調べ物は大変だ。


 遺産として本屋や図書館のような場所は残されているが、そこに置かれている本はただの紙束だった。


 漫画、雑誌、小説、攻略本、カタログ、写真集などはまだしも、それ以外の本は頭が悪い。


 学術書や教科書、資格書の類はテスト前提の丸暗記ばかり、過去問には効果的でも実生活では無意味だ。


 新書と呼ばれる小難しい本は全部詐欺、金融と健康と宗教、それと隣国を蔑み自国を上げるタイトルばかりが並んでいる。


 後は自己啓発本と付録が豪税な何か、娯楽としてもつまらなさそうな本が目立つとところに置かれている。


 その中で比較的頭が良さそうな図鑑と地図も、今は失われた知識の残すだけの遺影だった。


 この本屋もだめだったようだ。


 ビル一本全部丸々本屋のここは、オワリが知る限り一番大きな本のある建物だった。


 それだけに品ぞろえも多いが、種類が多いだけでジャンルにバリエーションはなく、エロい本もない。


 一日回って、唯一褒めれる点はメス犬の写真集が沢山あることだが、なぜだか全部正面からの絵だけで肝心の後姿がない健全ポルノばかりだった。


 ……最後に、オワリがダメもとで辞書を引いても、次元パズルの項目はなかったようだ。


 オワリは静かにため息を吐いて、分厚い紙の束を本棚に戻した。


 人間たちは本を捨てたと聞いている。


 わざわざ木々を虐殺しなくてもネット上に情報を載せれば手軽に端末でいくらでも調べられる。だから本など不要、理には適っているが、ネットも端末も電力も怪しい今では、だから滅んだと言いたくもなる。


 お陰で、こうしてオワリがあちこち本屋を歩き渡り、ついにはオシャレナ‐シティまで来てしまった。


 最初は、オワリのような若くて美しい女性がファッションにトキメキ、青春を謳歌していたキラキラした町だったらしい。


 だが老人たちが利権を奪い、それに反旗した若者たちが立てこもり、戦い、そして若者が負けた滅びの始まりの土地だった。


 こんなところ、用がなければ立ち入るべきではない。


 そして用が済んだのなら素早く立ち去るべきだった。


「バウァ~」


 諦めようよと声をかけると、オワリはカラ元気な笑顔を返した。


「そうだね。こうなったらあそこしかないよね」


 あそこ、と呼ばれた場所を思いつくのに数秒、思いつてさらに言葉を失う。


 あそこは不味い。


「バウ!」


 叱ろうと声を上げるもオワリは聞いておらず、静かに下の風景を見下ろす。


 激戦跡地、バリケードの残骸、錆びた車にシャッターに、ゾンビは少ないがもっと面倒なものがうろついている。


 真っ当な『人間』の姿を保つ、『人間』ではないものたち、スパイドローンだ。


 まだ争いが始まる前、立てこもる若者たちの動向を探るため、大量導入された人型兵器、自立型で外部からの支持なしに行動でき、外見はもちろん、脈拍や呼吸、脳波に至るまで完全に人間を模倣した高性能だ。


 だがファッションセンスが古かった。


 黒髪黒い口紅、黒マントに黒いハイヒールと黒いロングスカート、当時は『クロウモード』と呼ばれたかなり前のファッション。


 化粧無しで耳に生の花、麻のスカートにシャツに大麻の香りを身にまとった、当時は『フラワーキッズ』と呼ばれた相当前のファッション。


 最低限の化粧、水面に浮いたカラフルなゲロのような殻の、ペラペラなミニスカートのワンピース、当時は『ラリパッパ』と呼ばれた化石のファッション。


 会話や表情、反応などが怪しくても見つかるのは近づいてから、だがこの絶望できな見てくれの古さは、当時の若者とは異なるものだった。


 真っ黒に焼いた肌に白の修正ペンでの化粧、カラフルな水着姿で自身の頭よりも厚い靴底の、当時は『バーバリアン族』と呼ばれたファッション、一目で仲間ではないと見て取れる。


 男も同様だったらしいが興味がない。


 結果、スパイドローンは即時に発見され、バリケードを超えることなく、そしてすぐに戦闘が始まり、若者が絶滅したこともあってそのまま放置されていた。


 ……それだけならばそれだけだが、アレのバッテリーは当時最先端だったリチウムイオン電池、新品さえもニトロ並みの爆発力を持つ欠陥電池だった。


 うかつに触れれば破裂する。歩く爆弾だった。


 それさえなければ、服を脱がせて着せ替えを楽しめたのに、残念に思いながら見下ろす。


 …………変なのがいた。


 真っ赤な、影のような何か、良く見れば立体、四足歩行の、人のような何か、虫のように這いずり、前を歩く『ラリパッパ』ファッションのドローンの後ろについている。


 その動作、スカートの中を下から覗き込んでいるようだった。


 壊れたドローンか、ゾンビの突然変異か、あるいは新手の敵か、嫌な予感しかしなかった。


「あれは、近寄らない方が良いよね」


 わかってるオワリ、安心する。


 ……その赤が突如立ち止まると、すくりと立ち上がった。


 犬が立つように、背筋を伸ばして、首を伸ばして静かに周囲へ巡らせると、刺すように、その視線をこちらに向けてきた。


 ぞくりと、ナノマシーンのこの体にも伝わる悪寒、その赤はニタリと笑った。


「バフウウ!!」


 私が鳴くより先にオワリは走り出していた。


 踵を返して反対方向へ、本棚と本棚の間を駆け抜け、下へのエスカレーター後の過ぎ去って、会計前に置かれた最後のベストセラーの厚い本を一冊ひっ掴むや反対側の窓ガラスへ、我て砕けた穴と破片の間を飛んで跳んだ。


 その先は裏通り、飛び越えてすぐに隣のビル、壁に当たり、落ち駆け、それでも踏ん張りしがみつき、まだ変身しきれてない私で窓ガラスを割るやオワリは中へと滑り込んだ。


 中はカワイイ系の雑貨屋だった。ポーチにスリッパ、ぬいぐるみに文房具、後はカビが生えてるからお菓子類だろう。


 女の子ならば何時間でもいられそうな退屈な場所、だが今はクロウモードのスパイドローンとぼろ布を着てるゾンビがいくつか、そして四足歩行の赤いのがいた。


 ……あの、赤いのだった。


「ゲヘヘ、にーがーさーなーいー」


 赤いのは、下品に笑う女だった。

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